15. 葛藤
私は憲兵の詰所に来ていた。ジェクトさんと二人、机を挟んで向かい合って座っている。
ジェクトさんはユウトについて根掘り葉掘り聞いてきた。
私はその質問に正直に答えていく。本当のことはあんまり言わない方がいいかもしれないけど、嘘を言ったらどうなるか分からなかった。
「じゃあユウトってやつがどこで生まれてどこで育ったのか、あんたは知らねぇんだな。」
「はい...知りません。」
私は俯いたまま答えた。ここに来てから私はずっと俯いていて心ここにあらずだ。その理由ははっきり分かってる。
ユウトに騙された。
私はそう思った。ユウトは本当はホルミ族とドーラ族の混血で、それを隠すためにキンミ族のふりをしていた。
そして私やお母さんを騙すために、お母さんの話に乗っかり自分は異世界人と嘘をついた。
……私は、その事が、ユウトが私を騙していたことが物凄く悲しかった。
家の裏山で倒れているのを助けてから数ヶ月、やっと仲良くなってきたと思ったのに、これからもっと色んな話が出来ると思ったのに、でも彼は……
私はまだ受け入れきれてない。あのユウトが混血なんて。
でもジェクトさんは言っていた。ユウトが火の魔法も水の魔法も使っていたと。憲兵の皆さんも頷いていた。それに本人は全く否定せず逃げた。
私も大きな火柱を見たけど、アレがユウトの仕業なの?
でもあの時、近くに魔物がいなかったし、憲兵の方もジェクトさんもホルミ族だった。周りにドーラ族らしき人はいなかった。でも氷狼は真っ黒焦げになっていた。
だからあの魔法を放つことが出来るのはユウトしかいない。
マミルの契りを破るのは最悪の禁忌だということは誰でも知っている。小さい子でも知っている。異種族間で子供を作ることがどれだけ忌み嫌われることかを。
ユウトは知ってたのかな?この世界の常識をほとんど知らないユウトが知ってたのかな。
でもそれも演技かもしれない。常識を何も知らないように見せて私たちを騙していたのかも。
嫌だ。純粋だと思っていたユウトが嘘を嘘で塗り固めた詐欺師なんて。
いやいやそんなわけない。マリタン様も知らなかったユウトがそんなこと知っているわけない。
でもマリタン様を知らないって言うのも嘘かも……
考えがグルグルグルグル回って抜け出せない。ユウトを信じたいのに信じられない気持ちが強くなっていく。
気づいたら薬屋の前に立っていた。
どうやらジェクトさんにもう帰っていいと言われ、ここまで1人で歩いてきたらしい。
頭の中はぐちゃぐちゃで混乱しているのに、足は無意識にここへ歩いてきた。
私は扉をゆっくりと開けた。いつもよりも重かった。
「マーヤ、おかえりなさい。随分遅かったですね。」
師匠が奥の部屋から出てきて言う。
「はい……ただいま、帰りました。」
「どこに行っていたんですか?私が仮設テントに薬を持っていった時にはもういませんでしたので、入れ違いで帰ったのかと思ったのですが、薬屋に帰ってきてもいませんでしたし……」
師匠は私のことを心配している。師匠になら言ってもいいのかな。
「師匠に伝えなきゃいけないことがあります。」
私は師匠の目を見てそういった。師匠は私のかしこまった態度を見て背筋を伸ばした。
「実は、ユウトは……混血でした。」
私がそう言うと、師匠の目はかっと見開いた。
師匠は驚愕した顔から、すぐに失望の色になった。
私は今日のことを全て話した。
治療中に ”キンミ族の男が氷狼に向かっていった” という噂を聞いたこと。心配になって外に出てみると人混みの中心から大きな火柱が立ったこと。その中に分け入って行ったらユウトがいたこと。そしてジェクトという男にユウトは混血だと言われたこと。
私は時々言葉につまり、泣きそうになったけど、師匠は黙って聞いてくれた。
「ユウトさんが混血だというのは間違いないのですか?」
私が話し終わったあと師匠は優しくそう問いかけた。
「はい。多分……ジェクトさんは戸惑いもせず言ってましたし、憲兵の方たちも頷いていた。それにユウト本人が否定してなかったので……多分……本当だと、思います。」
「そうですか……」
師匠は複雑な顔をしていた。
彼女もまさかユウトが混血だとは思っていなかっただろう。
「それは、辛いですね……」
そう言って師匠は私に近づき、そっと抱きしめた。
ぎこちない手つきで私の背中をさすってくれる。温かい。
気づいたら涙がボロボロと零れていた。
1度決壊した涙は止まらなかった。
私は抱きしめられながら泣き続けた。子供のように嗚咽した。
師匠は黙って抱きしめてくれた。私が落ち着くまで、ずっと抱きしめてくれた。
「ぐすっ…師匠、すみません……ぐすっ、服を、汚してしまって……」
私は少し涙が引っ込むと顔を離しそう言った。
「いいんですよ。不甲斐ない師匠がようやく弟子の役に立てるんですから。」
「師匠は…不甲斐なくなんか、ないです。」
私は涙を拭いながら言った。本心からの言葉だった。
ぎこちなく背中をさする手や、緊張したように固まった体から彼女はこういった状況になれていないのが分かる。
でも師匠は抱きしめてくれた。耳元で大声で泣いても、服を涙でびちょびちょに濡らしても、師匠は黙って抱きしめてくれた。
こんなに私を慰めてくれている師匠がどうして不甲斐ないのだろうか。
「もう大丈夫です。ありがとうございます。」
私は涙にぬれた顔を自分の袖で拭き、ガーベラの胸元から離れる。
今の私、酷い顔をしてるんだろうな。
でも師匠は特に何も言うことなく、心配そうにしながらも優しく見つめてくれている。
私はあの衝撃的な話を聞いてから時間が経って落ち着いてきたのか、いつもの元気を取り戻してきているような気がする。
「よし!じゃあ晩御飯を作りましょう!」
私は自分を鼓舞するように言った。
師匠は私の言葉にほほえみ、優しくこう言った。
「晩御飯はもうできてますよ。」
私は若干面食らったけど、そのあとガーベラさんの作ってくれた晩御飯を食べた。
師匠は晩御飯中、私がいなくなった後の仮設テントの様子を話してくれた。
師匠は傷薬と凍傷に効く薬を大量にもっていった。テント内で倒れている人の多さに驚きつつも、一人ひとりに薬を服用させて回ったらしい。応急処置で手一杯だった現場に薬が迅速に回ったことで重症患者がみるみる快方に向かっていった。颯爽と現れて重症者を次々と治していくさまは、まさに英雄でサーベンス医局の人も含めて多くの人から称賛されたとのことだ。誇らしい。さすが師匠だ。
師匠の話を聞いていたら、あっという間にご飯を食べ終えてしまっていた。そんなに食欲なかったけど、お腹すいてたんだろうな。
「今日はいろいろあって大変だったでしょう。早く寝て疲れを取った方が良いかもしれませんね。」
食器を片付ける前に師匠は優しくそう提案した。
「そうですね。今日はもう休みます。師匠もお疲れさまでした。」
私がそう言うと師匠はこくりと頷いた。食器を片付けようとしたけど、もう寝ていいですよと言われ師匠に片付けられてしまった。
これじゃあ熱が出た時の子供みたい。でもそれだけ師匠が私に気遣ってくれているってことだ。ありがたく休ませてもらおうかな。
私は寝る準備をすぐに終わらせて2階の自分の部屋に入った。
ろうそくを消し布団に入った。
でも私は寝付けなかった。今日は色んな所を走り回って大分疲れているはずなのに、寝れなかった。
私の頭の中は一つのことだけをずっと考えていた。
ユウトのことーー
忘れようとしても忘れられない。
なぜ?という思いが駆け巡る。
なんでユウトは私に言ってくれなかったの?
なんで私を信じてくれなかったの?
なんで嘘をつき続けたの?
なんで...なんで....
そんな疑問で頭がいっぱいだった。
考えても考えても分からない。
頭が熱くなるまで考えなくても分からなかった。
トントン
その時障子に何かが当たる音がした。
鳥がぶつかってきたのかな。
私は窓に近づき障子を開ける。
そこには...
屋根に腰かけたユウトの姿があった。
「マーヤ、迎えに来たよ。」




