最終話 故郷へ帰る
「はっ!?」
勢いよく体を起こすと、アリーシャ達の顔が視界に映った。
宿屋かどこかに運ばれたらしく、落ち着いた色合いの壁や調度品が控えめに置いてある。
「カルムさん!気がついたんですね!」
「ああ……。俺はいったい……」
「あんた、丸2日眠りっぱなしだったのよ。そりゃあショックよね……」
フローの言葉を聞きながら頬をつねってみた。
すぐにわずかな痛みがはしる。
(痛ぇ。やっぱり夢じゃないんだな……)
フロー達が順に俺が眠っている間に起こったことを教えてくれた。
まず、各教会に設置してある映像装置を使って大司教が全国民にペナルティについて話し、深々と頭を下げたらしい。
それから、トゥラクの司祭達がペナルティを伝えないことを主導していたとして全員解雇され、メンバーが入れ替わったそうだ。
(当然だよな。これでちょっとは組織もマシになるかな)
少なくともいい加減な対応はしなくなると思う。「教会送り」を管理しているのだからしっかりしてほしい。
すると、ザルドが明らかに不安の色を浮かべて尋ねてくる。
「それで、カルム……気分は大丈夫なのか?」
「あの時よりは落ち着いたよ。まだ実感がないけどな……」
「それにしても、大司教様ももう少し配慮ってものを考えて欲しかったわね。
あんな事言われて気絶しない方がどうかしてるわ」
「でも、大司教が教えてくれなかったら俺は知らないままだったからな。
それに伝えた本人もかなり苦しそうだったし」
そう答えるとフローは眉を下げた。
まだ何か言いたげだったが、諦めたように口を閉じる。
「そういえばフロー達はどうやって大聖堂に?乗り込むの大変だっただろ?」
「そもそもカルムとはぐれたことにビックリしたけどな。気づいたら居なくなっててよ。探すかどうか迷ったんだが、大聖堂に向かってることを信じて進むことにしたんだ」
「2階まではどうにか進めたんだけど、司祭達が固まっててね。私達も武器や魔法で威嚇はしたんだけど……」
「当然なんですけど相手も退かなくて。このままじゃ危ないって思った時に、黒い鎧の人が暗黒ナイト達をを引き連れて駆けつけてくれたんです。
「先に進め」って言ってました」
「……へネラルさんだ……」
(じゃあ魔王が町に突入する前に離れたのは、へネラルさんと話すためだったのか)
思わず呟くとフローが呆れ顔でため息をついた。
「あんた、魔族に顔ききすぎじゃない?」
「一時期魔王城に居たんだから仕方がないだろ……」
そう答えながら、魔王達の姿がないことに気づいた。俺達と居れば非難されるのは間違いないので納得はしたが、どうしているのかが気になった。
「魔王達は?」
「あぁ、魔王達なら宣言して帰ったぞ。大司教様の謝罪の後に「我等はニンゲン共を滅ぼすつもりはない。だが、どうしても戦いたいというのであれば、
3ヶ月後に城まで来い!「教会送り」にならぬ程度に相手してやるわ!」ってな」
「なんだそりゃ……」
「「教会送り」のペナルティを知ってもなお、戦い続けたい人達のために武闘大会を開くそうなんです。種族なんて関係ないみたいで……」
「魔王らしいな……」
子ども姿のまま偉そうに言い放っている魔王を思い浮かべて、思わず笑みを漏らす。
それを見たフローから鋭い指摘が入った。
「やっぱりあんた、前世魔族なんじゃない?」
「なんでそうなるんだよ!?俺はれっきとした人間!」
「お、カルムが突っ込みかえした。それぐらい回復したんだな」
笑顔で言うザルドの言葉に冷静になれた。
(確かに……。だいぶ調子が戻ってきた。
タイミング的にも今言ったほうが良さそうだな)
次がない、とわかった時からうすうす考えていたことを話そうと思った。
「3人共、聞いてくれ」
俺の少し真面目な声に皆が何事かと顔を寄せる。
「俺……冒険者を引退しようと思うんだ」
「引退!?」
「た、確かに安心かもしれないけど、そこまでしなくてもいいんじゃない?」
「そうだぞ、カルム!俺達が注意してればいいんだから!」
口々に引き留めてくれる。
でも俺は考えを改めるつもりはなかった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、皆に迷惑がかかるから」
「じゃあ、あたし達は解散ってこと!?」
「それでもいいし、新しいメンバーを加えて再出発してもいいと思う。
どうするかは皆に任せるよ。無責任なこと言ってるけどな……」
「い、いえ、無責任ではないと思います。
カルムさんは私達のことをしっかり考えた上で、発言してくださったんですよね?」
「そのつもりではあるけど……」
フローがアリーシャに眉をつり上げて詰め寄る。
その気迫にアリーシャが少しだけ肩を震わせた。
「アリーシャ!あんた自分の言ってることわかってるの!?
もうこのメンバーで冒険できないのよ!?」
「わ、わかってます……。
私だってこの4人で冒険したいです。でも、ふとしたことでカルムさんを喪ってしまったら、悔やんでも悔やみきれませんから」
「……それはあたしだってそうよ。でも方法なんていくらでもあるわ!」
「フロー、願いは皆同じだと思うぞ。
ただ、もしもの時のリスクが大きすぎる」
ザルドの冷静な意見にフローは口を曲げた。
完全に納得はしていない顔だが、やがてゆっくりと首を縦に振る。
「そうね……。4人で過ごすのは最後だけど、二度と会えなくなるわけじゃないんだし……」
「ごめんな、フロー」
「あんたが謝ることじゃないわよ。いつかはこうなるかもしれないんだから、それが早まったと思えば……」
フローの言葉にアリーシャとザルドが目を伏せる。
場の空気が重くなって辛くなったので、適当に理由をつけて宿屋を出ることにした。
外に出ると、人々が町の修復に尽力していた。職人を中心に忙しそうに動き回っている。
元はといえば原因は俺達なので、見ていて申し訳なくなってきた。
「俺達も手伝った方がいいかな……」
「あたし達みたいな素人が入ってもあんまり変わらないわよ。
まぁ、元凶なんだから手伝った方がいいんだろうけど……」
そう話しながら周囲を見回していると、複数の集団が俺達を見ながらボソボソと話している。
なんとなく視線が痛い。彼等は眉を寄せていて、あまり良い内容ではなさそうだ。
「やっぱり俺達はよく思われてないみたいだな……」
「か、間接的に町を破壊しちゃいましたからね」
「町から離れたほうがよくないか?」
「そ、そうね」
珍しくフローがソワソワしている。
俺達は逃げるようにトゥラクを後にした。
トゥラクから少し東に進み、俺達はいつか野宿した旧街道の橋の下で腰を落ち着けていた。
「あれじゃ修復にかなり時間かかるよな……」
「で、ですが、人害は少なかったそうです。軽症者なら複数出たみたいですけど、死者はいなかったみたいで……」
「変なところで律儀だったなあいつら。
デュークなんかはどさくさに紛れて殺すかと思ったのに」
「ああ見えても魔王の言うことはちゃんと聞くんだよ、デュークさんは」
そう言うと3人が一斉に俺に視線をぶつけてきた。
特にフローは怪訝そうに俺を睨んでいる。
「俺何か変なこと言った!?」
「そういえばずっと思ってたけど、何であんたはデュークを「さん」付けで呼んでるわけ?」
「今更!?」
「い、今更ですけど気になります。何かあったんですか?」
アリーシャが遠慮がちに尋ねてくる。でも緑色の目は明らかに興味津々だ。
ザルドも隣で深く頷いている。
とんでもないことを突っ込まれてしまった。
(「ツケ」は抜きで話すしかないな……)
「いろいろ助けてもらったから、俺なりに感謝を込めて呼んでるだけだよ……」
「本当にそれだけなの?」
「それだけ!他に何があるって言うんだよ!?」
なかなか食い下がらないので、ついヤケになってしまう。
ザルドがいつになく真剣な表情で顎に手を当てている。
「でも、カルムがずっと「さん」付けで呼ぶなんて珍しいぞ」
「怒らせたら怖いんだ。だから「さん」付けだったんだよ」
「ふーん。まぁカルムがそう言うなら……」
3人共まだ詮索したそうだったが、キリがないと察したのか口を閉じてくれた。
そのまま静寂に包まれるかと思ったが、フローが思い出したように俺に声をかけてくる。
「で、カルムはこれからどうするのよ?」
「故郷に戻って、両親の手伝いをしようと思うんだ。
ナキレの南にある小さな村だけど、気が向いたら寄ってくれよ」
「あぁ、気が向いたらな」
「とか言いながらザルド、絶対に寄るつもりね」
「ははは、バレた?」
歯を見せて笑うザルドを横目で見ながらフローが立ち上がる。
つられて俺達も立ち上がった。
自然と3対1に分かれる配置になる。
「寄るときは何かお土産持っていきますね」
「ああ。
じゃあ、皆元気でな」
フロー達に手を降ると、俺は故郷への帰路に着く。
もう冒険をすることはない。
そう思うと胸が強く締め付けられた。
第2部 完
このお話で完結になります。
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