狂狡の娘
※グロ表現注意
村人たちが悲鳴を上げる中、騒ぎを聞きつけてきたドクは我が目を疑った。
血の流れる地面に転がる村人の死体と、目を見開いたままのガランの頭。
その近くには散った花に埋もれた体がうつ伏せで倒れている。
そして逃げ惑う村人を追いかけ、鋭い爪で切り裂く少女とも狼とも言えるそれ。
サラが着ていたワンピースは血に染まり、白かったとは思えない。
頭と胴体はかろうじてサラのままなのだが、炯眼が最早サラが正気ではないことを物語っていた。
「なんということだ…。恐れていたことが起こってしまった…」
ドクはその場に崩れそうになるのを必死に堪える。
そこへ向かい側の方からサロメが走ってくるのが見えた。
「サロメ…!」
ドクは急ぎサロメの元へ走った。
現状を見たサロメは真っ青になった顔でドクを見つめた。
「村長…。これは一体…」
ほとんど涙目のサロメにドクは伏せ目がちに推測を告げる。
「向こうにガランが転がっとる。恐らくルカの事を理由に言い寄ろうとでもしたんだろう」
「あのバカ野郎…!」
村人の悲鳴が響く中、2人はひたすらにサラを止める方法を考えた。
早く止めなければ村が滅んでしまう。
そして恐らく自分たちもサラに殺される。
まるで狼族を滅ぼしたあの日のようだと、ドクは思った。
「報いなのかもしれんな…」
ドクの呟きにサロメは眉間に皺を寄せる。
「村長、やめてくれ。サラは優しい子だ。こんなこと望んでいるはずがない。そう…俺が森の中であの子を見つけた時から、穏やかで心優しい子だったんだ」
ちょうど17年前、サロメが森で狩をしていた時、赤子の泣き声が聞こえた。
不審に思ったサロメが声の方へ寄ると、大樹の穴に泣いている赤子とその傍らに息絶えた女性がいた。
おそらく母親なのだろう。
変わりに人の形によく似た狼が死んでいた。
心臓が大きく跳ねた。
狼族の生き残りがいたのか…!?
狼族は人間よりも長命だ。
滅亡を告げられた時から、これまで生き延びていてもおかしくはない。
サロメは赤子を抱き上げ、あやした。
その時に見た赤子の左手は人のそれとは違い、毛深さの中に鋭い爪が生えていた。
その赤子は間違いなく、死んでいる狼族と女性の子供だった。
サロメは黙って赤子を連れ帰った。
サラはそのことをサロメから、ルカはサラから聞いた。
そして翌日、ルカは叫び始めた。
狼は確かに生きていた。
そして今もまだ生きている。
そのことを伝えるために。
そしてサラの願いは…
「ウォォォォン!!」
サロメが思いに耽っていた矢先、離れた場所から銃声と咆哮が響いた。
その音にサロメとドクは一瞬顔を見合わせ、同時に走り出した。
「サラ!!」
村の入り口に着いた2人はこちらに背を向けて立つサラを見つけ、サロメが名を呼んだ。
振り返ったサラは両手に男の頭を鷲掴みしている。
その1人は見たことのある男だった。
「…カガミ!?」
ドクが驚いて言うと、サロメはサラから視線を外さないまま、誰だ?と聞く。
「この前狼退治だと言ってここに来た男だ」
ドクの答えにサロメが男のことを思い出していると、サラは掴んだ男を左右に投げ捨て、2人に向かって走り出した。
これはきっと報いだ。
サロメがサラの名を叫ぶ隣で、ドクは静かに目を閉じた。




