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成り上がり商人の次男はのんびり暮らしたい  作者: キウイボーイ
第1章 始まりの工房編

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第19話 未来への設計図

すみません。

長すぎました。。。

 フィルネ村へ続く道の先に、見慣れた家々が見え始めた。


 荷馬車の揺れに身を任せていたレオンは、背筋を伸ばし、遠くに見える工房へ目を向けた。


 領都を出てから、半日以上が過ぎている。


 荷台には、前回よりも少し多くの商品が積まれていた。


 農具や金具、ロープ、修理に使う部材。針や糸、油、掃除用の布といった生活用品や消耗品もある。


 どれも、ただ数を増やしたわけではない。


 前回の販売記録と、村人から寄せられた要望をもとに選んだ品だった。


「そろそろ着くぞ」


 御者の声に、レオンは頷いた。


「ありがとうございました」


 村の中へ入ると、道を歩いていた者たちが荷馬車へ顔を向けた。


「レオンじゃないか。戻ったのか」


「はい。今戻りました」


「今度もいろいろ買ってきたな」


 荷台を見た村人が、感心したように声を上げる。


 前回の仕入れでは、荷物は荷台の一角にまとまる程度だった。


 今回は、そこへ木箱や布袋がいくつか加わり、束ねられたロープも前より場所を取っている。


 一つひとつの増加はわずかでも、すべて合わせれば、前回より荷が増えたことは一目で分かった。


 工房の前へ荷馬車が止まると、入口からニナが飛び出してきた。


「レオンさん!」


 その声に続いて、作業場の奥からカイも姿を見せる。


「お帰りなさい!」


「ただいま戻りました」


 レオンが荷台から降りると、ニナはすぐに積まれた品へ目を向けた。


「前より増えましたね」


「今回は少し多いな」


 カイも荷台を覗き込み、目を細める。


「ええ。売れた品を中心に、前回より少しずつ増やしました。取引先も、継続して品を用意してくれるようになりました」


 レオンは二人の顔を見た。


「留守の間、何か問題はありませんでしたか?」


「レオンさんに確認してもらう依頼を一件残しています。それ以外は大丈夫でした」


 ニナが胸を張る。


「売上も全部記録してあります」


「修理も予定どおり進んでる」


 カイの言葉を聞き、レオンは安堵した。


 判断できない依頼を無理に引き受けず、必要な記録を残しながら、二人だけで工房を動かしていた。


「ありがとうございます。二人に任せてよかったです」


 ニナの表情がさらに明るくなる。


「次も任せてください!」


「気が早い」


 カイが呆れたように言う。


 レオンは二人のやり取りに笑いながら、荷台へ手をかけた。


「話はあとでします。まずは荷物を下ろしましょう」


「はい!」


 三人は協力して、荷馬車から商品を運び始めた。


 最初に下ろしたのは、重い金具や農具の入った木箱だった。


 カイが大きな箱を抱え、レオンとニナが小さな箱や布袋を運ぶ。


「これはどこに置く?」


「修理用の金具です。作業台の近くへお願いします」


「近くって言っても、置く場所がないぞ」


 カイが工房内を見渡した。


 作業台の横には、修理を待つ道具が並んでいる。


 壁際には木材や金属の部材が立てかけられ、その隣には工具箱が積まれていた。


「ひとまず、そこの鎌を少し寄せましょうか」


 ニナが手を伸ばしかけ、途中で止まる。


「カイさん、この鎌は動かしても大丈夫ですか?」


「ああ。依頼票も一緒に置け」


「分かりました」


 ニナが鎌を移動させ、その空いた場所へ木箱を置く。


 しかし、それだけでは足りなかった。


 販売用のロープを置こうとすると、商品棚の下にはすでに在庫が詰まっている。


 油差しや針、糸を並べるには、今ある商品を一度すべて動かさなければならない。


「こっちにも置けそうにないですね」


 ニナは布袋を抱えたまま、工房内を見回した。


「受付机の下はどうですか?」


「売上を入れている箱があります」


「じゃあ、奥の倉庫は?」


「材料と予備の商品でもういっぱいだ」


 結局、すぐには棚へ並べられない品を、工房の隅へ積み上げることになった。


 荷物を下ろし終え、御者へ代金を支払う。


 荷馬車が走り去った後、レオンは改めて工房の中を見た。


 前回より少し増えた商品が、壁際や棚の前へ置かれている。


 三人が中へ入ると、通路はさらに狭くなった。


「何とか入りましたね」


 ニナが額の汗を拭う。


「入っただけだ」


 カイは足元の箱を避けながら作業台へ戻った。


「このままじゃ仕事にならないぞ」


「そうですね」


 レオンも苦笑した。


 仕入れが増えたこと自体は喜ばしい。


 村で商品が売れ、領都の取引先から継続して品を買えるようになった結果なのだから。


 しかし、増えた品を置く場所までは増えていない。


「まずは休みませんか?」


 レオンが提案すると、ニナは大きく頷いた。


「賛成です。腕がもう上がりません」


「それくらいで情けないこと言うな」


「カイさんが重い物を全部持ったからですよ」


「だったら感謝しろ」


「ちゃんと感謝してます」


 三人は工房の隅に残されたわずかな空間へ椅子を寄せ、簡単な休憩を取った。


 ニナが水を用意し、レオンは領都での出来事を話し始める。


「前回仕入れた品が売れたことは、取引先にも伝えてきました」


「反応はどうだった?」


「悪くありませんでした。前回は少量しか買わない客として見られていましたが、今回は少し扱いが変わりました」


 レオンは仕入れ帳を開き、今回の買い付け内容を見せた。


「小さい金具は、前回より増やしています。販売だけでなく、修理にも使うので減りが早かったですから」


「それは助かる」


 カイが頷く。


「前に使いたい大きさが足りなくなって、別の金具を削って合わせたからな」


「太いロープは減らして、細い物を増やしました。長いまま仕入れた物もあります」


「必要な長さで売るんですよね?」


 ニナが尋ねる。


「はい。ただ、切り分けて売る方がいいのか、最初から決まった長さの方がいいのかは分かりません。両方試してみます」


「新しい物もあるな」


 カイが小さな油差しを手に取る。


「それは試しに二つだけ仕入れました。少し高いですが、作りは丈夫です」


「使いやすそうだ」


「売れたら次は増やします。売れなければ、無理に仕入れません」


 ニナは仕入れ帳に並ぶ数字を覗き込んだ。


「前よりいっぱい買ってきたのに、全部を増やしたわけじゃないんですね」


「はい。よく売れた物を少し増やし、動かなかった物は減らしました。新しい物は少量だけです」


「売れたからって、全部たくさん買うわけじゃないのか」


「売れ残れば、その分だけお金が商品に変わったまま戻ってきませんから」


 レオンは仕入れ帳を閉じる。


「商売を大きくしたいからといって、急に買う量を増やすのは危険です。今の工房で無理なく売れる分だけ増やします」


 カイは手にした油差しを棚へ置こうとして、置き場所がないことに気づいた。


「その結果が、これか」


 足元や壁際に置かれた箱を見て、カイがため息をつく。


「嬉しい悩みではありますけどね」


 レオンが言うと、カイは鼻を鳴らした。


「仕事の邪魔になるなら、ただの悩みだ」


 休憩を終えた三人は、仕入れた品を棚へ並べ始めた。


 よく売れる金具を手前へ。


 新しい油差しは、村人が手に取りやすい高さへ。


 ロープは太さごとに分け、長い物は壁際に束ねて立てかける。


 しかし、一つ置けば別の物を動かさなければならなかった。


 針と糸を並べるために木べらを移す。


 木べらを移した場所には、修理に使う布が置かれている。


 布を作業台の下へ入れようとすると、木材の端材が詰まっていた。


「レオンさん、これ、どうします?」


 ニナが両手に商品を持ったまま困った顔をする。


「少し待ってください。場所を作ります」


 レオンが受付机の横に積まれた箱を動かそうとした、そのときだった。


「すまん。釘を買いたいんだが」


 一人の村人が工房へ入ってきた。


「いらっしゃいませ」


 ニナがすぐに応じる。


 村人は商品棚へ向かおうとしたが、床に置かれた木箱が通路を塞いでいた。


「あれ、通れんな」


「すみません。今、動かします」


 ニナが箱を持ち上げようとする。


 同じ頃、カイは作業台で荷車の部品を削っていた。


 村人が箱を避けて商品棚へ近づくと、その背中がカイの腕へ触れそうになる。


「危ない」


 カイが手を止めた。


「すまん」


「こちらこそ、すみません。少し狭くて」


 レオンは村人を棚の前へ案内しようとしたが、今度はニナと肩がぶつかった。


「あっ」


「大丈夫ですか?」


「はい。でも、本当に狭いですね」


 村人は釘の袋を選び、苦笑した。


「前はもう少し歩けた気がするんだがな」


「商品が増えまして」


「繁盛してる証拠だな」


 そう言って笑ってくれたものの、客を窮屈な思いにさせたことに変わりはない。


 代金を受け取り、村人を見送る。


 その後も何人かの客が訪れたが、工房内では似たようなことが続いた。


 修理品を預けに来た者と、商品を買いに来た者が入口で重なる。


 ニナが受付をしている間、レオンが商品を取り出そうとすると、互いに道を塞いでしまう。


 カイが工具を取りに棚へ向かえば、商品を見ている客のすぐ後ろを通らなければならない。


 対応できないわけではない。


 だが、一つひとつの動きに余計な手間がかかる。


 以前の工房にはなかった窮屈さだった。


     ◇


 その日の営業を終えると、レオンは入口の札を裏返した。


 ニナが戸締まりを確認し、カイが作業台の工具を片づける。


 しかし、片づけようにも、戻す場所が足りない。


 カイは工具を持ったまま、壁際の棚を睨んだ。


「ここに置いてた金槌は?」


「商品を並べるために、その下へ移しました」


「下には端材があっただろ」


「端材は奥の倉庫へ動かしました」


「倉庫も材料と予備の商品でもういっぱいだぞ」


「ほかの材料と分けてあります」


 ニナの説明は間違っていない。


 それでも、限られた倉庫の中で物を一つ動かせば、別の物を置く場所がなくなる。


「一度、整理しましょう」


 レオンは受付机から紙を数枚取り出した。


「掃除ですか?」


「それも必要ですが、今日は工房そのものを整理したいです」


 三人は作業台を囲んだ。


 レオンは紙の中央に、現在の工房を簡単な四角で描く。


 入口。


 受付机。


 商品棚。


 作業台。


 工具棚。


 修理品を置く場所。


 奥の倉庫。


 大まかな位置を書き込んでいく。


「ずいぶん雑な図だな」


 カイが言う。


「細かい形は必要ありません。どこで何をしているのかが分かれば十分です」


 レオンは別の紙を用意した。


「今日、困ったことを一つずつ出しましょう」


「狭い」


 カイが即座に答えた。


「それでは大きすぎます。何をするときに、どこが狭かったですか?」


「修理をするときだ。作業台の周りに客が来ると、工具を使えない」


 レオンは紙へ書く。


『修理を行う場所が狭い』


「商品を置く場所も足りません」


 ニナが続けた。


「今ある物を動かさないと、新しい商品を並べられませんでした」


『販売商品を置く場所が足りない』


「材料もだな」


 カイは壁際に立てかけられた木材へ目を向ける。


「木も金属も、空いてる場所に置いてるだけだ。奥の倉庫も、予備の商品と材料が一緒になってる」


『倉庫が狭く、材料と在庫が混在している』


「在庫を増やせません」


 レオンも自分で書き加えた。


「今日仕入れた量でも、置き場所に困りました。今後、取引量を増やせても、この工房では保管できません」


 ニナが図を覗き込む。


「修理品と商品も、近すぎますよね」


「どういうことですか?」


「お客さんが商品を見ているすぐ横に、預かった修理品があります。間違えて触られたり、ぶつかったりするかもしれません」


『修理品と販売商品が同じ空間に集中している』


「客が重なると、誰も動けなくなる」


 カイが言った。


「今日も俺が工具を取りに行けなかった」


「私もレオンさんとぶつかりました」


『客が重なると自由に動けない』


『接客と修理の動線が重なる』


 一つずつ書き出していくと、紙はすぐに文字で埋まった。


 レオンは最後に、受付机の小さな空白を指した。


「帳簿を書く場所も足りません」


「受付机があるだろ」


「接客中は使えません。それに、発注内容や売上を確認している横で客が待つことになります」


「そういえば、昼間も帳簿を広げたまま商品を渡してましたね」


『帳簿や発注作業を落ち着いて行う場所がない』


 すべて書き終えると、三人は紙を見つめた。


「不便ばかりだな」


 カイが呟く。


「今までよくやってましたね」


 ニナも苦笑する。


 以前は、カイが一人で修理をする場所だった。


 修理品と材料、工具が置ければ十分だった。


 そこへレオンが加わり、受付と帳簿管理が始まった。


 商品を販売するようになり、棚と在庫が増えた。


 さらにニナが加わり、三人が同時に動くようになった。


 工房の広さは変わっていない。


 だが、そこで行う仕事は大きく変わっていた。


「狭いと感じてはいました」


 レオンは現在の工房を描いた紙へ目を落とした。


「でも、こうして書き出すと、問題がはっきりしますね」


「書いたら広くなるわけじゃないぞ」


「もちろんです。ただ、何が必要なのかは考えられます」


 レオンは新しい紙を取り出した。


「今すぐではありません」


 そう前置きしてから、紙へいくつかの言葉を書いていく。


『修理と製作を行う場所』


『商品を並べる売り場』


『材料を保管する場所』


『販売用の在庫を置く場所』


『帳簿と発注作業を行う場所』


『取引相手と話せる場所』


「将来、仕事がもっと増えたときには、こういう場所が必要になると思います」


 ニナは紙を見つめた。


「今の工房を広くするんですか?」


「それも方法の一つです。ただ、この周りには広げられる土地がありません」


 工房は家々の間に建っている。


 壁を壊して広げるにも限界がある。


「なら、別の場所に作るのか?」


 カイの問いに、レオンはすぐには頷かなかった。


「いつかは、そうなるかもしれません」


「かもしれない?」


「まだ決められません。建てる土地も、お金もありませんから」


 レオンは紙の上に描かれた言葉を見つめた。


 修理工房と売り場を分ける。


 材料と在庫を整理して保管する。


 帳簿を落ち着いて確認できる場所を作る。


 領都の商人が訪れても、作業台の横ではなく、座って話ができる場所を用意する。


 そこまで整えば、今より多くの仕事を受けられるだろう。


 新しい商品を扱う余裕も生まれる。


 だが、それはまだ構想にすぎない。


「でも、あったら便利そうですね」


 ニナの目が明るくなる。


「商品を選ぶ人と、修理を待つ人がぶつからなくて済みます」


「作業場が広いなら、今より大きい物も直せる」


 カイも紙へ目を落とした。


「材料をまとめて置ければ、探す手間も減るな」


 二人の言葉を聞きながら、レオンは紙の端へ大きな四角を描いた。


 その中をいくつかに分ける。


 売り場。


 修理場所。


 材料置き場。


 在庫置き場。


 事務と商談を行う場所。


 正確な設計図ではない。


 大きさも、入口の位置も決まっていない。


 必要な物を紙の上へ並べただけだった。


 それでも、三人が目指す場所の輪郭が、初めて形になった。


「これが新しい工房になるんですか?」


 ニナが尋ねる。


「いつか作れたら、です」


「じゃあ、未来の設計図ですね」


 ニナの言葉に、レオンは紙を見つめた。


「未来への設計図、ですか」


 今はまだ、そこへ向かう道の途中にいる。


 夢の形だけを描いても、現実にはならない。


 必要なのは、そこへたどり着くまでの道筋だった。


「でも、お金はどうするんですか?」


 ニナが率直に尋ねた。


「こんなに場所がある建物なら、すごく高いですよね」


「その通りです」


 レオンは別の紙を用意した。


「だから、建物を考えるより先に、準備しなければならないことがあります」


 まず書いたのは、『積み立て』だった。


「これから、利益の一部を将来の拠点のために残します」


「今までの利益から出すのか?」


「はい。ただし、修理に必要な材料や仕入れの金まで減らしてはいけません。工房を続けるためのお金を確保したうえで、残せる分だけ積み立てます」


 次に、『出費』と書く。


「必要のない支出がないか、改めて確認します」


「無駄遣いなんてしてるか?」


「大きな無駄はないと思います。ただ、仕入れたまま売れていない物や、使わずに残っている材料はあります」


「在庫も金なのか」


「売れるまでは、使えないお金と同じです」


 レオンは続けて、『利益』と書いた。


「よく売れる物を見極めて、少しずつ利益を増やします。ただ値段を上げるのではなく、仕入れ方や商品の組み合わせも考えます」


「領都との取引もか?」


「もちろんです。継続して買えば、今より良い条件を提示してもらえるかもしれません」


 さらに、『信用』と書き加える。


「修理の品質を落とさない。約束した日に返す。商品について嘘をつかない。取引先への支払いを守る」


 レオンはカイとニナを見た。


「今までやってきたことを続けるのが、一番大切です」


「建物を建てるためなのに、結局やることは同じなんですね」


 ニナが言う。


「同じことを、もっと確実に積み重ねます」


 新しい建物を用意したとしても、仕事が続かなければ維持できない。


 広い場所を持てば、それだけ管理する物も増える。


 修理も販売も安定していないうちに建物だけ大きくすれば、負担になるだけだ。


「まずは、建てられるだけの土台を作ることが先です」


 カイがゆっくり頷いた。


「焦って建てても、続かなきゃ意味がない」


「はい」


「だったら、今の仕事を増やせるようにすればいいんだな」


「無理のない範囲で、です」


「分かってる」


 カイは未来の工房を描いた紙を指で軽く叩いた。


「これを作るために、今の仕事を雑にしたら本末転倒だ」


「その通りです」


 三人は、すぐに工房を建てるとは決めなかった。


 決めたのは、準備を始めることだけだった。


 利益の一部を残す。


 無駄を減らす。


 利益を少しずつ増やす。


 村人と取引先からの信用を積み重ねる。


 今の工房を安定させ、その先に新しい場所を目指す。


 レオンは未来の工房を描いた紙を丁寧に折り、帳簿とは別の箱へしまった。


     ◇


 夕方、レオンは一人で村長ロダンの家を訪れた。


 まだ新しい工房を建てると決めたわけではない。


 資金も計画もない状態で土地を借りたいと申し出るつもりもなかった。


 ただ、フィルネ村に建物を建てられる土地があるのかだけは知っておきたかった。


「珍しい時間に来たのう」


 ロダンはレオンを家へ招き入れた。


「何か相談か?」


「相談というほどではないんです」


「お主がそう言うときは、大抵何か考えておる」


 ロダンが面白そうに笑う。


 レオンは出された茶へ口をつけながら、少し言葉を選んだ。


「村で空いている土地って、意外とあるものなんですか?」


 ロダンの眉がわずかに上がった。


「商売人らしい聞き方じゃな」


「まだ何かを決めたわけではありません」


「分かっておる」


 ロダンは椅子へ深く腰をかけた。


「今の工房が手狭になったか?」


「はい。修理だけなら何とかなりますが、商品と在庫が増えて、三人で働くには厳しくなってきました」


「なるほどのう」


 ロダンはしばらく考えた後、村の外れへ顔を向けた。


「使われておらん土地なら、いくつかある」


「いくつかですか?」


「村の中は家や畑があるから難しいが、外れまで行けば空いておる。昔は畑だった場所もあれば、最初から使われておらん土地もある」


「街道へ出やすい場所もありますか?」


「あるにはある」


 ロダンは立ち上がり、棚から古い村の地図を取り出した。


 紙の上には、村の家々や畑、周囲の道が簡単に描かれている。


「この辺りと、この先じゃな。どちらも街道へは出やすい」


 ロダンの指が、村外れの数か所を示す。


「ただし、すぐ使えるとは思わん方がいい」


「何か問題があるんですか?」


「草が伸びておる。場所によっては石も多い。建物を建てるなら草を刈り、土地をならし、土の状態も見なければならん」


「整地が必要なんですね」


「水が溜まりやすい場所もある。広ければどこでもよいというわけではない」


 レオンは地図に示された場所を覚える。


「土地を使う場合は、村から借りることになるのでしょうか?」


「場所による。村で管理しておる土地もあれば、使わなくなった者の家が権利を持っているところもある」


 ロダンは地図を畳んだ。


「今ここで条件を話しても仕方あるまい。どの土地を、何のために、どれほど使いたいのかが決まらねば、賃料も契約も決められん」


「そうですよね」


「必要になったら、その時に相談に来るといい」


 ロダンの言葉に、レオンは深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「礼を言うのは早いぞ。教えただけじゃ」


「それでも、村の中に可能性があると分かりました」


「お主はもう、その先まで考えておる顔をしているがな」


 ロダンは目を細める。


「ですが、まだ考えているだけです」


「それでよい。夢を見ることと、急いで飛びつくことは違う」


 レオンはその言葉を胸に留めた。


     ◇


 ロダンの家を出た頃には、空が夕焼けに染まり始めていた。


 レオンは工房へ戻る前に、村外れへ続く道を歩いた。


 ロダンが地図で示した場所を、遠くから確かめてみたかった。


 家々の間を抜けると、風を遮る建物が減り、草の匂いが強くなる。


 街道へ続く道の近くに、使われていない土地が広がっていた。


 背の高い草が風に揺れている。


 所々に石が転がり、地面には浅い窪みも見えた。


 建物は一つもない。


 人が働いている様子もない。


 ただ夕日に照らされた空き地が、静かに広がっている。


 レオンは道端で足を止めた。


 この土地を使えると決まったわけではない。


 ロダンが示した候補の一つにすぎない。


 それでも、何もない空き地を見つめていると、頭の中に昼間描いた図が浮かんだ。


 入口から入れば、村人が商品を選べる売り場がある。


 その奥には、カイが広々と使える修理工房がある。


 壁際には材料が種類ごとに並び、完成品と修理前の品も別々に保管されている。


 帳簿や発注を行う小さな部屋があり、領都から商人が来ても、落ち着いて話ができる。


 村人が壊れた道具を持ち込み、ニナが明るく迎える。


 カイが作業台で道具を直し、レオンが商品の仕入れや新しい仕事について考える。


 三人が同じ場所にいながら、互いの仕事を邪魔せずに動ける。


 やがては、修理や販売だけではない仕事もできるかもしれない。


 領都の市場で見つけた玩具の種も、いつか形にできるかもしれない。


 レオンは小さく息を吐いた。


 思い描くだけなら、どこまでも大きくできる。


 だが、現実は何一つ決まっていない。


 建設に使える資金は足りない。


 土地を借りられるかどうかも分からない。


 建物の広さも、設計も、必要な材料も決まっていない。


 完成した後に、どれだけの費用がかかるのかも分からない。


 今の工房の売上だけで、本当に維持できるのかも確かめる必要がある。


 目の前にあるのは未来の拠点ではない。


 草と石に覆われた、何もない土地だった。


 それでも、フィルネ村へ来たばかりの頃とは違う。


 あの頃のレオンは、仕事も仲間も持っていなかった。


 工房を借りることさえ、カイやロダンの助けがなければできなかった。


 今はカイがいる。


 ニナがいる。


 修理を頼んでくれる村人がいる。


 商品を買いに来る客がいる。


 領都には、少しずつ信用してくれる取引先もでき始めた。


 まだ小さい。


 だが、何もないわけではない。


「焦る必要はない」


 レオンは夕焼けに染まる空を見上げた。


「一歩ずつ積み重ねていけば、きっと形になる」


 夢だけを見て、現実から目を逸らすつもりはない。


 現実だけを見て、夢を諦めるつもりもなかった。


 今の工房が抱える問題を知った。


 必要な場所も見えてきた。


 建物を作る前に、何を積み重ねるべきかも分かっている。


 それで十分だった。


 レオンは空き地へ背を向け、工房へ続く道を歩き始めた。


 まだ遠い。


 だが、進むべき方向は見えている。


 その足取りは、ハルバート家を旅立った日の少年よりも、少しだけ力強くなっていた。


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