第1話 旅立ちの日
王都の東側に位置する商業区は、朝を迎えるのが早い。
日が昇り始めたばかりだというのに、石畳の大通りには荷馬車が行き交い、商店の軒先では店主や奉公人たちが忙しそうに開店の支度を始めている。
木箱を運ぶ音。
馬のいななき。
威勢のよい呼び込みの声。
香辛料や焼きたてのパン、干した薬草といったさまざまな匂いが混ざり合い、王都の新しい一日が動き出していた。
そんな商業区の一角に、周囲の商家よりもひときわ大きな屋敷が建っている。
王都で商人として名を上げたハルバート家の屋敷である。
古くから続く貴族の邸宅ほど華美ではないが、堅牢な石造りの外壁と、よく手入れされた庭は、ハルバート家が築いてきた財力を物語っていた。
屋敷の二階。
通りに面した一室で、一人の少年が革製の鞄を前に腕を組んでいた。
「……こんなものか」
少年の名はレオン・ハルバート。
今日で十四歳となる、ハルバート家の次男である。
柔らかな茶色の髪に、穏やかな印象を与える同じ色の瞳。細身ではあるが、旅に出ることを考えて最低限の鍛錬は続けてきたため、華奢というほどではない。
もっとも、屋敷の者たちから見たレオンは、商家の息子としては少々頼りない少年だった。
帳簿を任せれば計算を間違える。
商品の種類を覚えさせれば名前を取り違える。
取引先の前に立たせれば言葉に詰まり、倉庫の手伝いをさせれば荷物の置き場所を忘れる。
兄のアルベルトが幼い頃から商才を示し、周囲の期待を一身に集めてきたこともあり、レオンの頼りなさは余計に目立っていた。
幸い、ハルバート家には優秀な長男がいる。
次男であるレオンが多少失敗したところで、家業が揺らぐわけではない。
そのため、家族や使用人たちもレオンを厳しく責めることはなかった。
むしろ、どこか仕方がないものとして受け入れていた。
「レオン様、本当にお一人で大丈夫でしょうか」
部屋の入口から、心配そうな声が聞こえた。
振り返ると、長年ハルバート家に仕えている年配の侍女が、畳んだ外套を抱えて立っていた。
「大丈夫だよ。街道を歩くわけじゃないし、途中までは乗合馬車だから」
「ですが、レオン様は少々、その……」
「頼りない?」
レオンが笑いながら続きを口にすると、侍女は困ったように視線を逸らした。
「そのようなことは……」
「皆がそう思っているのは知っているよ。僕だって、自分が兄さんほどしっかりしていないことくらい分かっているから」
レオンは侍女から外套を受け取り、鞄の上に置いた。
侍女はなおも何か言いたそうにしていたが、やがて小さく息を吐いた。
「どうか、無理だけはなさらないでください。困ったときは、すぐにお屋敷へお戻りくださいませ」
「うん。ありがとう」
素直に礼を告げると、侍女は深々と頭を下げて部屋を出ていった。
扉が閉まる音を聞きながら、レオンはわずかに肩の力を抜いた。
今日、レオンはこの屋敷を出る。
ハルバート家では、跡を継がない子供は成人を迎える前に一度家を出て、自らの力で生活するという慣例があった。
商人にとって、家名や財産だけに頼る者は一人前とは認められない。
自分で働き、自分で食べ、時には失敗しながら世の中を知る。
その経験があってこそ、商人としても、人としても成長できる。
もっとも、家を継ぐ予定の兄アルベルトは、父のもとで商会の仕事を学ぶ必要があるため屋敷に残る。
次男であるレオンが、家を出ることになったのは自然な流れだった。
使用人たちの中には、次男だから仕方がないと口にする者もいた。
両親も、表向きは慣例なのだから当然だという態度を崩していない。
だが、皆が自分を心配していることを、レオンは知っていた。
頼りない次男坊が、果たして一人で生活していけるのか。
路銀を使い果たし、数日で泣きながら戻ってくるのではないか。
おそらく、屋敷の者たちの大半はそう考えている。
「まあ、そう思うよな」
レオンは鞄の留め具を閉じながら、独り言をこぼした。
中に入っているのは数着の着替えと、簡単な日用品。それから旅の途中で必要になる最低限の食料だけだ。
商家の息子が家を出る荷物としては、驚くほど少ない。
だが、最初から多くの荷物を持てば、それだけ移動が難しくなる。必要なものは旅先で調達すればよいし、持っていく物は用途と重量を考えて選別した。
何が、どれだけ必要になるか。
消耗するまでに何日かかるか。
補充できる場所はどこにあるか。
レオンは頭の中で確認しながら、鞄の中身を最後にもう一度思い返した。
その思考は、屋敷の者たちが知る頼りない少年のものとは、少しばかり違っていた。
レオンには、誰にも話していない秘密がある。
それは今から七年前。
七歳のときに受けた、覚醒の儀で始まった。
◇
この世界では、七歳を迎えた子供は神殿で覚醒の儀を受ける。
儀式を通して己の資質を知り、将来進むべき道を考えるためのものだ。
剣に適性を持つ者。
魔法の才能を授かる者。
手仕事や商売、農業に向いた力を得る者。
何が現れるかは、実際に儀式を受けてみるまで誰にも分からない。
七歳だったレオンも、父や母、兄に見守られながら神殿を訪れた。
高い天井から柔らかな光が差し込み、白い石で造られた祭壇を照らしていた。
神官に促され、レオンは祭壇の中央に置かれた水晶へ両手を触れた。
その瞬間だった。
頭の奥で、何かが弾けた。
見知らぬ街。
夜空を覆い隠すほど高い建物。
絶え間なく走る鉄の箱。
光を放つ板。
鳴り続ける電話。
積み上がった書類。
次々と現れては消えていく数字。
知らないはずの光景が、激流のようにレオンの意識へ流れ込んできた。
いや、知らない光景ではなかった。
すべて、自分が経験したものだった。
レオンは思い出した。
自分がかつて、日本という国で生きていたことを。
前世の自分は、商社で働く会社員だった。
国内外を飛び回り、取引先と交渉し、商品の仕入れから販売までを管理する。納期を調整し、在庫を確認し、売上を予測しながら計画を立てる。
数字の管理。
進捗管理。
在庫管理。
交渉術。
相手の表情や言葉から意図を読み取る心理学の知識。
商品を必要とする相手へ、どのように魅力を伝えるかを考えるマーケティング。
仕事を通じて身につけた知識と経験が、記憶とともに蘇った。
だが、その人生は決して幸福なものではなかった。
朝早くから働き、深夜に帰る。
休日も電話が鳴り、問題が起きれば取引先へ頭を下げに行く。
仕事を終えても、翌日の予定と納期が頭から離れない。
疲れていることに気づきながら、休むことはできなかった。
自分が止まれば仕事が滞る。
誰かに迷惑をかける。
あと少し頑張ればいい。
そう言い聞かせ続けた結果、前世の自分は倒れた。
最後に見たのは、誰もいない夜の事務所だった。
机の上には処理しきれなかった書類が残り、光を放つ画面には翌日の予定が並んでいた。
助けを呼ぶこともできないまま、意識は静かに遠のいていった。
過労死だった。
七歳の子供には、あまりにも重すぎる記憶。
水晶から手を離したレオンは、その場で何も言えずに立ち尽くした。
神官や家族は、儀式の結果に戸惑ったのだと思ったらしい。
だが、実際のレオンは、それどころではなかった。
一度目の人生を思い出し、自分がすでに死んだ人間であったという事実を受け入れるだけで精いっぱいだった。
その日の夜、レオンは一人で考えた。
前世の知識を使えば、この世界でもある程度は成功できるかもしれない。
ハルバート家は商人だ。
数字や在庫を管理する知識は、間違いなく役に立つ。
交渉術や心理学、マーケティングの考え方も、この世界では珍しいものだろう。
だが、同時に危険でもあった。
七歳の子供が突然、大人顔負けの計算や交渉を始めたらどうなるか。
家族は喜ぶかもしれない。
しかし、それを見た他人がどう思うかは分からない。
神童ともてはやされるだけならよい。
利用しようとする者が現れるかもしれない。
不気味な子供だと警戒される可能性もある。
貴族や大商人に目をつけられれば、自由を失うことだって考えられる。
そして何より、レオンには前世と同じ生き方を繰り返すつもりがなかった。
能力があると知られれば、仕事を任される。
仕事をこなせば、さらに多くの仕事が集まる。
周囲の期待に応え続けた結果、前世の自分は命を落とした。
ならば、最初から期待されなければいい。
多少失敗が多く、少し頼りない。
家を継ぐ兄の陰に隠れた、目立たない次男坊。
それくらいがちょうどいい。
こうしてレオンは、盆暗のふりをすることにした。
帳簿の計算では、わざと数字を一つ間違える。
商品を覚えるときは、似た名前を取り違える。
倉庫の整理を頼まれれば、すべてが台なしにならない程度に配置を間違える。
失敗しすぎれば叱られ、何もできなければ周囲に迷惑をかける。
だから、できない人間として不自然にならない範囲を見極める必要があった。
皮肉なことに、無能を装うためにも、相手の反応を読み、状況を管理しなければならなかった。
レオンは七年かけて、その演技を続けた。
少なくとも、本人はうまく隠し通せていると思っていた。
◇
「レオン」
扉の向こうから名前を呼ばれ、レオンは意識を現在へ戻した。
「入っていいよ」
返事をすると、扉が開く。
入ってきたのは、レオンより五歳年上の兄、アルベルトだった。
父譲りの濃い茶色の髪を整え、若いながらも商人らしい落ち着いた服装を身につけている。
十九歳となったアルベルトは、すでに父とともに商会の仕事を任されていた。
人当たりがよく、計算にも強い。
取引先からの評判も高く、将来ハルバート商会を継ぐ者として不足はない。
そんな優秀な兄と比べられても、レオンは嫌な思いをしたことがなかった。
アルベルト自身が、弟を見下すような態度を一度も取らなかったからだ。
「準備は終わったか?」
「ちょうど終わったところ。これだけだからね」
レオンは床に置かれた鞄を指した。
アルベルトは鞄へ目を向け、わずかに眉を上げた。
「ずいぶん少ないな」
「荷物が多いと動きにくいから。必要になったら途中で買うよ」
「なるほど」
アルベルトは、それ以上何も言わなかった。
ただ一瞬だけ、弟を見る目が鋭くなったことに、レオンは気づかなかった。
アルベルトは知っていた。
弟が、周囲から思われているほど頼りない人間ではないことを。
レオンが帳簿の数字を間違えるとき、その間違いはいつも簡単に修正できる場所にあった。
倉庫の商品を置き間違えたときも、商売に影響が出る品には決して触れなかった。
取引先の前で言葉に詰まったように見えて、後から確認すると、余計なことは何一つ話していなかった。
偶然が何年も続くはずはない。
レオンは、失敗したふりをしている。
それを確信したのは、何年も前のことだった。
なぜ弟がそのようなことをしているのか、アルベルトには分からない。
問い詰めようと思ったこともある。
だが、結局は何も聞かなかった。
レオンには、レオンの考えがある。
弟が話そうとしないのなら、無理に暴く必要はない。
いつか話したくなったときに、自分から話してくれればいい。
それが兄としてのアルベルトの考えだった。
「父上と母上が待っている」
「分かった。すぐ行くよ」
レオンは外套を羽織り、鞄を持ち上げた。
部屋を出る前に、一度だけ振り返る。
幼い頃から使ってきた部屋。
大きな机も、壁に並んだ本も、窓から見える王都の景色も、今日からは当たり前のものではなくなる。
覚悟していたはずなのに、胸の奥に寂しさが広がった。
「忘れ物か?」
「いや」
レオンは小さく首を横に振った。
「行こう、兄さん」
二人は並んで階段を下りた。
一階の玄関広間では、父エドワードと母アリシアが待っていた。
父のエドワードは、一代で商売を広げた商人らしく、がっしりとした体格と強い眼差しを持つ男だった。
取引では厳しい人物として知られているが、家族に対して声を荒らげることはほとんどない。
母のアリシアは、普段と変わらず上品な微笑みを浮かべていた。
しかし、その両手は胸元で固く重ねられている。
平静を装いながらも、息子の旅立ちを心配しているのだろう。
玄関の左右には、屋敷の使用人たちも集まっていた。
掃除を担当する者。
厨房で働く者。
馬車や庭を管理する者。
幼い頃から知っている顔ばかりだ。
皆、頼りない次男坊の門出を見届けるため、仕事の手を止めて集まってくれたのだ。
レオンは両親の前まで進み、鞄を床へ置いた。
「父上、母上。十四年間、お世話になりました」
深く頭を下げる。
家を出るとはいえ、縁を切るわけではない。
それでも、一人の人間として自立する以上、これまでと同じ子供ではいられない。
エドワードはしばらく黙って息子を見ていた。
やがて、大きな手をレオンの肩へ置く。
「商売も生活も、思いどおりにいかないことの方が多い」
「はい」
「失敗したなら、なぜ失敗したのかを考えろ。同じ失敗を繰り返さなければ、それは無駄ではない」
「覚えておきます」
エドワードは一度うなずいた後、わずかに表情を緩めた。
「それでも困ったら帰って来い。家を出たからといって、お前が私たちの息子でなくなるわけではない」
厳しさの中に込められた父の言葉が、胸へ染み込んでくる。
レオンはもう一度、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、父上」
続いて、アリシアがレオンの前へ歩み寄った。
母は息子の外套の襟を整え、肩に付いていた小さな糸くずを指先で払った。
その仕草は、幼い頃から何度も繰り返されてきたものだった。
「食事はきちんと取りなさい」
「はい」
「夜更かしもしすぎないように」
「はい」
「知らない人を簡単に信用してはいけません。それから――」
「母上」
エドワードが静かに呼びかけると、アリシアは言葉を止めた。
少しだけ寂しそうに笑い、レオンの頬へ手を添える。
「体だけは大切にしなさい」
その一言が、何よりも重かった。
前世の自分は、体を大切にできなかった。
疲労を無視し、休むことを後回しにし続けた。
その結末を知っているからこそ、母の言葉を軽く受け取ることはできない。
「約束します」
レオンが答えると、アリシアはようやく安心したようにうなずいた。
湿っぽくなりすぎないのは、商人一家らしい別れ方なのかもしれない。
父も母も、いつまでも息子を抱きしめて引き止めたりはしなかった。
寂しさを抱えながらも、外の世界へ送り出す。
それがレオンのためになると分かっているからだ。
「レオン様、お元気で」
「いつでもお戻りくださいませ」
「道中、お気をつけて」
使用人たちから次々と声をかけられる。
レオンは一人一人の顔を見ながら、礼を返した。
やがて鞄を持ち上げ、玄関の扉をくぐる。
朝の光が、屋敷の前庭へ降り注いでいた。
門へ続く道の両側には、丁寧に刈り込まれた植木が並んでいる。
何度も歩いた道のはずなのに、今日だけはやけに長く感じられた。
両親と使用人たちは玄関前に残り、アルベルトだけが門まで付いてきた。
鉄製の門の向こうには、王都の大通りが見えている。
荷馬車が行き交い、人々が忙しそうに歩いていた。
ここを出れば、もうハルバート家の次男として守られる生活ではない。
レオン自身の人生が始まる。
「じゃあ、兄さん。行ってくるよ」
「ああ」
アルベルトは短く答えた。
レオンが門をくぐろうとした、そのときだった。
「待て」
「どうしたの?」
振り返ると、アルベルトは上着の内側から小さな革袋を取り出した。
片手に収まるほどの大きさだが、中には硬い物が入っているらしく、革がわずかに膨らんでいる。
「持っていけ」
差し出された革袋を、レオンは反射的に受け取った。
思った以上に重い。
嫌な予感がして口を開くと、金色の輝きが目に入った。
「兄さん、これ……」
「金貨五枚だ」
「多すぎるよ」
レオンは即座に革袋を閉じ、アルベルトへ押し返した。
金貨五枚。
旅立ちの餞別として簡単に受け取れる金額ではない。
慎ましく暮らせば、しばらく生活に困らないだけの価値がある。
「受け取れ」
「無理だよ。父上からも、当面の路銀はもらっている」
「それとは別だ」
「別でも多すぎる。兄さんが自分で稼いだお金だろ?」
「だから、好きに使わせてもらう」
「好きに使うなら、自分のために使ってくれ」
「弟のために使っている」
「僕には必要ないよ」
「必要になる」
「ならない」
「なる」
互いに革袋を押し返しながら、短い言葉を繰り返す。
屋敷の玄関前から見守っている使用人たちが、困ったように顔を見合わせていた。
父と母は止める様子もなく、兄弟のやり取りを静かに眺めている。
「兄さん、本当に受け取れない」
レオンは革袋をアルベルトの胸元へ押しつけた。
「これだけあれば、商売の仕入れにだって使える。僕の餞別にするような額じゃないよ」
「レオン」
アルベルトは革袋を受け取らず、まっすぐ弟を見た。
「兄が弟に投資するのは当然だ」
「投資って……」
「お前なら、無駄にはしない」
その言葉に、レオンは一瞬だけ動きを止めた。
なぜ兄が自分をそこまで信じるのか、分からなかった。
屋敷の者たちと同じように、兄も自分を頼りない弟だと思っているはずだ。
それでも家族だから、応援してくれているのだろう。
レオンはそう考えた。
アルベルトが、自分の演技をとうに見抜いているとも知らずに。
「返せるようになったら返すよ」
「餞別を返す者がどこにいる」
「じゃあ、兄さんが困ったときに使う」
「好きにしろ」
アルベルトはそう言うと、弟の手ごと革袋を握り込ませた。
これ以上押し返しても、受け取ってはもらえないだろう。
兄の表情を見て、レオンはついに諦めた。
「……分かった。ありがとう、兄さん」
「ああ」
「絶対に無駄にはしない」
「それでいい」
アルベルトは満足そうにうなずいた。
レオンは革袋を鞄の奥へしまい、今度こそ門の外へ出る。
数歩進んだところで振り返ると、家族と使用人たちがこちらを見ていた。
父エドワードは腕を組み、厳めしい表情のまま立っている。
母アリシアは胸元で手を重ね、目元をわずかに潤ませていた。
兄アルベルトは門の横に立ち、穏やかに弟を見送っている。
「行ってきます!」
レオンが声を張る。
「ああ。行ってこい!」
父の力強い声が返ってきた。
母と使用人たちも手を振っている。
レオンは深く頭を下げ、今度こそ前を向いた。
朝の王都は活気に満ちていた。
通りの向こうでは商人たちが声を張り上げ、荷馬車が石畳を鳴らしながら進んでいく。
これまでは屋敷の窓から眺めていた光景。
だが、今日からは自分も、その中で生きていくことになる。
不安がないわけではない。
前世の知識があるからといって、この世界ですべてが思いどおりに進むとは限らない。
常識も違えば、使える道具も違う。
魔法や魔物といった、前世には存在しなかったものもある。
十四歳の少年が一人で生きていくことは、決して簡単ではないだろう。
それでも、胸の奥には不安を上回る期待があった。
誰かに決められた仕事をこなすのではなく、自分で進む道を選ぶ。
無理をする必要はない。
疲れたなら休めばいい。
前世でできなかったことを、この人生ではやり直せる。
レオンは鞄の紐を握り直した。
今度こそ、後悔しない人生を送ろう。
働くためだけに生きるのではない。
穏やかな場所を見つけ、食べるものに困らない程度に働きながら、のんびりと暮らす。
前世では最後まで叶わなかった、小さくも切実な夢。
「今度こそ、ゆっくり暮らすんだ」
誰にも聞こえない声でつぶやき、レオンは歩き出した。
王都の門へ向かう人の流れに交じりながら、一歩ずつ屋敷から遠ざかっていく。
こうして、ハルバート家の頼りない次男坊は、新たな人生への第一歩を踏み出した。
その旅が、やがて多くの人々と出会い、世界を巻き込む大きな流れへつながっていくことを――。
このときは、まだ誰も知らなかった。
初めましてキウイボーイです。
読んでいただきありがとうございました
初めて書き始めた作品なのでつたないところや矛盾点は、
あると思いますが温かい目で見ていただけると幸いです。
更新は2日に一回はできたらと思います。




