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たかみねベーカリーと迷えるお客さま  作者:


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3/3

#1 ぽっかり空いた穴には、まぁるいあんパンをー後編

「――と、いうわけで、これからクリスマスケーキを作るぞ」

「いやいや! どういうわけですか!?」


 あの後、相変わらず挙動不審な優介を連れてスーパーの食品売り場に行き、買い集めたのはケーキの材料。


 クリスマス、と言えばクリスマスケーキだろう。


「クリスマスケーキを作る。お前はそれを持ち帰る。そして、両親と一緒に食べる。以上だ」

「え、?何で」

「お前、親に感謝は伝えてるのか?」

「……っ!」


 ――まぁ、そうだよな。“親に感謝”なんて、むしろ伝えない方が基本だ。……だけど。


「お前は今、実家にいるな?」

「……はい」

「引きこもり、っていうだけあって、生活費なんかは入れてないな?」

「……はい。自分でする買い物なんかは、細々とネットで稼いだお金でやってるんですけど……」


 小さな声で、現状を話す優介に。

 

「まずな、成人した子供を養う義務は、親にはない」


 言われたくないであろう核心を口にする。思った通り優介は居たたまれない表情を見せた。すまんな、許せ。


「だけど優介のご両親は、お前を養っている。その理由がわかるか?」

「……それは、俺が、ダメなやつだから……」

「それは違うな」


 つい食い気味になってしまったが、優介の自己否定を否定する。


「ご両親が、お前を愛しているからだ」


 そして、予想外のことを言われたような、少し呆けた顔をする優介に――“隠し事”を伝える。


「実はな、ご両親は何度か、この店に来ているんだ」

「……え?」

「そりゃあ、何年も外に出ていなかった引きこもりの息子がいきなり出掛けるようになったら気になるだろ。夜中なんだから、心配もあるだろうしな」


 そんな、当たり前の“親心”に、優介は驚いた表情のまま何も言えずにいる。


「それで、俺と話しているところを見つけて、昼間に2人揃って店に来てくれたんだ。最初こそ少し警戒していたみたいだったけど、お母さんがこの店を知っていてくれてな。前に言ってたろ? 来たことあるって」

「……はい」

「ばあちゃんの孫だって言ったら安心してくれたよ。本当、ばあちゃんの人望に感謝だ」

「あの、すみません、面倒をかけてしまって……」

「何にも迷惑なんかじゃないさ。むしろ嬉しかったんだ、優介が大事に想われていることを知れて。いいご両親じゃないか」

「……っ、俺、もう親には見放されてると思ってて、っ……ずっと、まともに顔も合わせてないし、こんな情けない息子で、申し訳ないと思ってるのに、どうしてもこわくて、」


 そう言うと、堰を切ったように涙を流し、今までのことを話してくれた。


 もともと人と関わることが得意ではなかったが、高校三年生の夏に仲のいい友人ができたこと。

 会話が苦手な自分にたくさん話しかけてくれたこと。友人のしてくれる話も楽しくて、要領を得ない自分の話も、嫌がらずに聞いてくれていたこと。

 ずっとひとりだった自分に、誰かと過ごす楽しさを教えてくれたその友人に、心から感謝していたこと。


「……だけど、友人だと思っていたのは、俺だけだったみたいで。――聞いてしまったんです。彼が、他の友達と話してるの。俺のことは“友達なんて思っていない”って。ちょっと声を掛けたら嬉しそうに尻尾を振ってくるのが面白かっただけだ、って」


 そこまで言って、優介は自嘲するように笑った。

 

「彼は、クラスの中でも目立つグループにいるような人だったんです。周りにいる人も、明るくてオシャレな人たちばかりで。だから……地味で、ぼっちな俺が、新鮮だったみたいで、それだけ。嘲笑うように盛り上がっているのを見て……それから、学校に行けなくなりました。周りの人たちみんなが俺を見て笑っているように感じるようになったんです。身のほどを知らずに、友人だ、なんて勘違いをして。“滑稽な勘違いぼっち野郎”だって、そう、思われてるんじゃないかって」


 静かなトーンで話す表情が痛ましい。初めて“友人”だと思った相手からのその仕打ちは、どれだけ心をえぐったのだろう。一見、人を寄せつけない雰囲気を見せながらも、実は素直な優介の性格は庇護欲こそ湧くが嘲笑うような要素など、ひとつもないと言うのに。


「だから正直、初めて猛さんに会った時、すごくこわかったんです。体も声も大きいし、自分とは正反対のタイプの人だって思って」

「あぁ……夜道で声を掛けちまった時な。あまりにも怯えていたから、悪いことしたなって反省してたんだよ」

「ふふっ でも、本当は全然こわい人じゃなかった。昔会ったパン屋さんのおばあちゃんみたいに、元気でやさしい人でした」

「おお、そりゃあ嬉しい褒め言葉だな。少し照れくさいが」

「あの時、自分の周りには誰もいないと思ってました。唯一の友人だと思ってた相手が、実は友人じゃなかった。両親も、実は俺のことを疎ましく思ってるんじゃないかって思ったら…部屋からも出られなくなってしまって」


 そんなことはない、と言葉にする前に「だけど」と優介の言葉が続く。


「三十歳になったんです。ちょうど、猛さんと初めて会った数日前に。――自分でも忘れていた、何でもない日だったはずなのに。その日、部屋の前に置かれていた夕飯が、いつもより少し豪華だったんです。……俺の好きなものばかりで。おまけに、小さなショートケーキが添えられていて。ロウソクはなかったんですけど、中にまでイチゴがいっぱいで」


「涙が、止まりませんでした。その時、“このままじゃダメだ”ってようやく思えて。外に出よう、と思ったんですけど、昼間はやっぱりまだ少し怖いので、あんな時間に。……そうしたら、大きい人に声を掛けられて、思わず逃げてしまいました」


 少しだけ申し訳なさそうに笑う顔は、先ほどまでと違ってやわらかくなっている。


「でもあの時、猛さんに会えて良かったです。その後に会った時にいただいたパンもすごくおいしくて……少しずつですが、外に出るのがこわくなくなりました。まぁ、昼間の買い物は、まだ難易度が高かったみたいですけど」

「あそこはなぁ……食料品以外もあるし、休日はどうしても家族連れが多くなるんだよな」

「日曜日ですもんね……すっかりそういう感覚がなくなってしまっていました。だけどそのお陰でこうして猛さんに会えたので! ……ケーキ、一緒に作らせてください」

「おう! とびっきり美味いケーキを作ってご両親をビックリさせてやろうぜ」

「はい!」


 ぺこり、と頭を下げる姿に、胸にこみ上げてくるものを感じた。それを誤魔化すように、気合いを入れてケーキ作りに励む。

 優介の心がまた一歩、前に進むキッカケになることを願いながら。



*

コンコンッ


「すいません、失礼します……」


 クリスマスが終え、あと数日で今年も終わる。そんな、早朝の仕込み時間。控えめなノックの後に顔を出してきたのは優介だ。


「お、おはよーさん。どうした? こんな朝早くから、珍しいな」

「おはようございます。……あの、改めて、ケーキありがとうございました」

「あれはお前も一緒に作ったケーキだろ」

「そう、ですけど……俺は猛さんに教えてもらいながらやってただけだし、材料を買ってくれたのも、猛さんだし」

「俺が作りたかったんだからいいんだよ。付き合ってくれてありがとうな」

「いえ、それで、その、両親に渡したらすごく驚かれて。一緒に食べたんですけど、母なんて泣きながら喜んでくれて……父も、『美味い』って言いながらたくさん食べてくれたんです。父は、甘いものをあまり食べないはずだったのに」

「そうか。それは……嬉しかったな」

「はい……っ! 本当はすぐにお礼を伝えに来たかったんですけど、実はあの後熱を出して寝込んでしまって」

「熱!? もしかしてあの日無理させちまったか!?」


 人混みに連れて行ったことが悪かったのか、ケーキ作りで疲れさせてしまったのか……一気にあの日の自分が強引すぎた気がして、申し訳なくなる。


「違うんです! あの、俺、ずっと引きこもってて」

「あぁ、この前の話だと十二年くらいだな」

「そう、なんです。最初の数年こそ気持ちがふさぎ込んだり焦燥感にかられたりして感情が動いていたんですけど、ここ数年はそういうこともほとんどなくて。だからたぶん、なんですけど、猛さんに昔のことを話して、思いっきり泣いた上に、ケーキを両親に渡す時はすごく緊張してて。でもその後喜んでもらえたことが嬉しくて、また泣いて……感情が、大忙しでその、。頭が痛くなるくらい泣いて、疲れ切ってしまっていたので……」

「ん? ってことは、ずっと動いていなかった感情が急激に動きすぎて、それが原因で寝込んだってことか?」

「はい、たぶん……」

「はははっ そうか、感情が大忙しで、か」


 恥ずかしそうにうつむく優介には申し訳ないが、ついつい声に出して笑ってしまう。初めて会った日もうつむいていたが、あの時のような“寂しさ”はもう感じられない。


「あ、そうだ。優介、この後何か予定はあるか?」

「いえ、特に何もないですけど……」

「パンの仕込み、手伝ってくれよ。ケーキ作る時初めてだったのに手際が良かったからな。手を貸してもらえると助かる」

「っ! それなら喜んで! お役に立てるように頑張ります!」

「いい返事だ。よろしく頼むぞ、体調だけ崩さない程度にな」

「ふふっ はい、気をつけます」



*

「よし、できたな」

「はい……お疲れさまでした……パンを作るのって、意外と重労働なんですね」


 大体のパンが焼きあがった頃、優介はへとへとになってテーブルに突っ伏していた。


「猛さんがムキムキな理由がわかった気がします」

「俺のガタイはパン作りが理由なわけではないんだがな……まぁいい、ほら焼きたて食ってけ。牛乳飲むか?」


 そう言って、ちょうど焼きあがったばかりのあんパンを渡す。


「ありがとうございます、いただきます。――っ おいしい……」

「え、おい、どうした!? 熱かったか!? ほら、牛乳で口の中冷やせ」


 あんパンを口に含んだかと思えばまた涙を流す優介に、慌てて牛乳を渡す。


「いえ、そうじゃなくて……ゴクンッ でも、牛乳と合わせると更においしいですね」

「おお、やっぱり昔からある組み合わせだけって美味いよな」

「焼きたてのパンを食べるのなんて、もう何十年ぶりかわからないくらい久しぶりで。この温かくてむっちりしたパンと、甘すぎない、やさしい甘さの粒あんに、何だかじんわりしちゃって。牛乳を飲んだらそれが更に広がって……身体中に沁みわたった気がします」

「沁みわたった、か」

「はい」

「それなら、良かった」

「はい」


 帰り際、両親にも、と言ってあんパンを三個買って帰る優介の表情は、今まで見てきた中で一番晴れ晴れとしていて。どこかスッキリした顔をしていた。


 ――前に、進めそうだろうか。


 すっかり太陽が顔を出している空は、気持ちがいいくらいの快晴だ。ひんやりした空気すらも心地いい。


「おはようございまーす」

「おう、おはよーさん」


 いつもの、間の延びた声。今日も開店時間に合わせてやってきた啓にあいさつを返しながら「CLOSE」から「OPEN」にかえる。


「あれ、高峰さん、何か今日機嫌いいですね」

「そうか?」

「はい、いつもよりゴツゴツしていないです」

「どういう意味だそれは……。今日は何にするんだ?」

「そうですねー、何にしようかな。オススメは何ですか?」

「うちのパンはぜんぶがオススメだ」

「ははっ 言うと思った」


 軽口を交わしながら、店に戻る。――さぁ、今日も一日が始まる。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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