第十二話 夏、魔法技術研究所
全員が水着を買ったあと、いつもの『スライディング•テーエン』で昼食を取ることになった。
「かんぱーい!」
「今日は模擬戦のおつかれさま会かな?」
「そうだね、コウくん」
それぞれメニューを注文し、飲み食いしながら話す。
「二学期は交流戦だねー」
「交流戦?」
「コウくん予定見てないな〜? 西分校の生徒が合宿に来て、VR交流戦をやるんだよ」
「コウ、せっかくの機会だ。もう少し鍛えてみたらどうだ?」
たしかに、接近戦しか攻撃手段がない以上、もっと鍛えないと使い物にならないことがわかった。今度は、ヘイト作戦などを使わずに勝ちたいという気持ちもある。
「カオル、ボクシング教えてくれる?」
「自己流でよければな。ちょうど俺もスパーリング相手が欲しかったし、いいぜ」
「魔法のほうは私に任せて」
あのスパルタ訓練を思い出す。
「……お手柔らかにお願いします」
四人でトレーニングに明け暮れ、時に『パンダ珈琲』で、時に『スライディング・テーエン』で親交を深めるうちに、あっという間に夏休みとなった。
一部の優花さんファンからの嫉妬が残っているのは感じたが、露骨ないやがらせなどを受けなかったのは、後になって考えると、カオルと親しくしていたおかげかもしれなかった。
技研見学の前日、寮の自室で何度目かわからない荷物の最終チェックをする。
着ていく服、替えの下着、財布、帽子、タオル、日焼け止め……。そして、この時のために買った水着とラッシュガード。
準備は万全だ。ただ、友人と……それも女子と海水浴なんて初めてなので、控えめに言ってかなり緊張していた……。
翌朝、おれたちは学園寮の前で集合することになっていた。集合場所へ行くと、まだ誰も来ていなかった。
ミーン、ミーン、ミーン、と敷地内でセミが鳴いている。セミが鳴き始めると、夏が来たことを実感する。海水浴なんて何年ぶりだろう……。空を見上げながらそんなことをぼーっと考えていると、
「わっ!」
「ひゃっ!?」
いつの間にか優花さんが後ろにいた。
「おはよう。……まだまだ甘いわね」
「お、驚かさないでよ……。普段から探知を発動してるわけじゃないんだから……」
みっともない声を聞かれてしまった。それにしても、彼女がそんなことをするとは思わなかった。
今日の優花さんは、麦わら帽子にノースリーブの白のワンピースだ。
夏らしい爽やかな印象を受けるその姿に、おれはひまわり畑を連想した。
……少しドキドキしているのは、驚かされただけではないかもしれない。
そこへ、早苗とカオルの二人も合流する。
「二人ともおはよう! 早いね」
カオルはポロシャツにハーフパンツ、素足にスニーカーという出立ちだ。極めてシンプルなのだが、大柄な引き締まった身体によく似合う。これでサングラスでもすれば、怖くて誰も近寄れないだろう。
早苗はTシャツにサスペンダー、デニム地のショートパンツにスニーカーという出立ちだ。小麦色の脚が、健康的な色気を感じさせる。
「? コウ君、どうしたの? 私たちのことマジマジと見て……」
「あ、いや……みんなおしゃれだな、と思って」
歩いて駅へ行き、四十分ほどモノレールに乗って海浜公園駅に向かう。学生はもう夏休みに突入しているが、平日の通勤時間帯で列車内は混み合い、しばらくは座ることができなかった。
海が近づいてくると、窓の外に海浜公園と岬が見えてくる。
……似ている。夢に出てくる岬に。だからVRのパンフレットで見たときに気になったんだ。そう考えていると、優花さんが言う。
「あの岬の展望台……夕陽がよく見えるんだって」
「優花ちゃん、見たことないんだ? 実家は藤ヶ丘みらい市内なんだよね?」
「そうなんだけど、あまりこっちのほうには来たことなくて……」
「そうなんだ。なら、岬からの夕陽は絶対見たほうがいいよ! 泳いだ後に行ってみよ?」
海浜公園駅に到着して、モノレールのドアが開くと、海の香りが漂ってくる。
「そういえば昔、父親と海岸でキャンプしたことがあるよ」
数年ぶりに嗅いだ香りに、家族との思い出を思い出す。
「いいよね、キャンプ! あ、あたしはなんだかバーベキューしたくなってきちゃった」
「田舎の川原でよくやってたな。人にばっか焼かせて」
海浜公園駅からアストラル魔法技術研究所までは、海沿いの道を歩く。道路沿いには椰子の木が植えられ、南国らしさを演出している。空は広く、雲ひとつない。そして、太陽が眩しい。夏だ。
十分ほど歩くと、ガラス張りの大きな建物が見えて来た。
立派な建物だが、外観は老朽化が進んでいるように見える。中に入り、受付の女性に声をかける。
「ようこそ、アストラル魔法技術研究所へ。ウィステリア魔法学園の皆様ですね。お待ちしておりました。今、案内の者を呼びましたので、少しお待ちください」
二、三分ほどでスーツ姿の女性が現れる。広報担当の職員だろうか。
「お待たせしました。本日皆さんをご案内させていただきます、田中と申します。では、こちらへどうぞ」
「ここ、アストラル魔法技術研究所では、日頃から魔法と科学の融合を目指した研究が行われています。ご存知かと思いますが、皆さんが先日の模擬戦で使用したVRシステムも弊社が開発したもので……」
「知ってます! すごい発明ですね! わたし、VR大好きなんです!」
早苗が目を輝かせて食い気味に言うと、田中さんはニコッと笑って答える。
「ありがとうございます。模擬戦を見た弊社のスタッフが、ぜひあなた方四人に見ていただきたいということで、今回は特別に開発室をご覧いただきます」
おれたちは田中さんに着いて通路を歩いていき、開発室と書かれた扉の中に案内される。
「こちらが開発室です」
部屋の中には大型のスクリーンが正面にあり、その前のデスクにパソコンが並んでいる。四十代と思われる白衣の男性がこちらに気付き、手を挙げて話しかける。
「やぁ、いらっしゃい」
「彼は吉岡さん。VRシステムの開発主任です」
「どうも。模擬戦、楽しませてもらったよ」
この人が模擬戦を見に来ていたというスタッフのようだ。
「わざわざ来てくれてありがとう。みんなの模擬戦、楽しませてもらったよ。いやぁ、本当に素晴らしかった!」
まず、彼はカオルと早苗に声をかける。
「優勝おめでとう! 君たちの戦いは実にすばらしかったよ。木村君は珍しい武闘派ヒーラーなんだね。倒れない回復役は貴重だよ」
吉岡さんは、興奮した様子で続ける。
「地属性魔法を日比谷さんみたいに使う人は見たことがない。すばらしい応用力だね!」
「ありがとうございます……!」
早苗は魔法研究の専門家に褒められうれしそうだ。
「……霞優花さん。名門、霞家のご令嬢だね。惜しくも優勝は逃したが、実にすばらしい魔力だ」
「……ありがとうございます……」
そういう優花さんの顔が一瞬曇ったように見えたのは、気のせいだっただろうか。
「実は、僕の娘も学園生なんだ。霞さんに憧れているらしくて、君のことは娘からよく聞かされていたよ」
「そうなんですか……」
「それと……深瀬君、だったね。君のねばりもすごかった。楽しませてもらったよ」
「ありがとうございます」
あいさつが終わると、吉岡さんの案内で設備を見せてもらう。
「魔法技術研究所なんて名前だけれど、魔法関係の部署は年々予算が削られてね……。補助金も打ち切られちゃったし、VRシステムも、今のバージョンで最後かもしれないんだ……」
「えー! そうなんですか……!?」
早苗が心底残念そうに言う。
「あ、すまない……。こちらから見学に招いておいて、こんな話を聞かせてしまって……」
その後、VRシステムのテストやデバッグ体験などをさせてもらい、見学は終了した。
最後に受付でパンフレットやクリアファイル、ロゴ入りのキーホルダーをもらい、研究所の外に出る。
「楽しかったね、優花さん。吉岡さんもいい人だったし」
「……」
優花さんは心ここにあらずと言った様子だ。
「どうかしたの?」
「え……? あ、ごめんなさい、なに?」
「ふたりとも、早く海水浴場に行こうよ! 遊ぶ時間なくなっちゃうよ!?」
「……コウ君、行きましょう?」
先を歩いていた早苗が声をかけると、優花さんは小走りで追いかける。その後ろ姿に、おれはいつかと同じ寂しさを感じた気がした。




