第十三話 海水浴
来た道をもどり、海浜公園内にある海水浴場に到着する。
海水浴場の白い砂浜は粒が細かく、サラサラして足触りが心地いい。海も透明度が高い。
黒っぽい砂浜と、暗い色の海でしか泳いだことのない俺は、気分が高揚するのを感じる。
俺たちは、一旦男子と女子に分かれて更衣室で着替え、またビーチに集合することとなった。
「カオルは水泳は得意?」
「海はあまり来たことないが、地元ではよく川遊びをしていたからな。まぁ、苦手ではないと思う」
「へぇ……。俺のとこは田舎といっても平野部で、海も山も、泳げるような川もないところだったよ」
そんな話をしながら着替えを済ませ、二人で更衣室から出る。
「あいつらはまだみたいだな」
「うん。まぁ、女子のほうが着替えに時間かかるだろうから」
……あの壁の向こうで優花さんが着替えている……と一瞬考えたりもしたが、頭を横に振り煩悩を払いのける。
「パラソルをレンタルして場所取りしておくか」
「そうだね」
海の家でパラソルとビーチベッド二つをレンタルする。夏休みといっても海開き直後の旅行シーズン前なので、それほど混雑はしていない。
二人でパラソルを設営していると、早苗が走ってやってきた。
「二人ともお待たせ〜! どう? あたしの水着姿?」
「……原始人みたいだな」
「くっ……! カオルはそう言うと思った……! どう、コウくん?」
早苗が腰に手をやり、グラビアのようなポーズを取る。俺はそれを見て、少し考えながら感想を口にする。
「えと……意外にも大人っぽいビキニだね。でも、それが却って普段の元気な早苗とギャップがあって、新鮮でいいと思う。白色の水着と日焼けした肌がそれぞれ引き立っているし、健康的な女性らしさを感じてかわいいと思うよ」
それに、結構着痩せするタイプなんだな……。
早苗が顔を赤らめ、カラダを隠すようにする。あれ、変なこと言ったかな?
「コウくん……そんな具体的に言われると恥ずかしいんだけど……」
「ご、ごめん、意見を求められたからつい……」
「もう……魔法の解説じゃないんだから……」
「あ……」
その後ろから優花さんが歩いてやってくる。
長袖のパーカータイプのラッシュガードか……少し残念。おそらく中に着ているのはワンピースタイプの水着。いやしかし、これはこれで……むしろ上半身と下半身の露出度の差がより優花さんの美脚を引き立てている。控えめな胸が美しいラインを描き、隠された部分も想像を掻き立てる。そして、いつもとちがってポニーテールにまとめた髪。
「コウ君……?」
「……え?」
「はは〜ん、さては見惚れているなぁ? お主はわかりやすいのう?」
ピースにした手を顎にやり、茶化すように目を細める早苗。
「ちっ、ちがっ……!」
……落ち着くために一旦カオルを見ることにする。
相変わらず鍛え抜かれたすばらしいカラダだ。高校生にして逆三角形の肉体に、グレーのタイトな水着がいかにもマッチョな雰囲気で、海水浴客というよりライフセーバー……いや、滝に打たれにきた修行僧といった雰囲気を醸し出している。……よし、落ち着いてきた。
「? 何見てんだ?」
優花さんは初めての海水浴ということで、珍しくはしゃいでいるように見えた。泳ぎはお世辞にも上手いとは言えないが、海辺の彼女はとても絵になり、俺はイルカを連想した。
早苗とカオルは田舎で川遊びをして育ったというだけあって、泳ぎがとてもうまかった。気がつくと、足のつかない岩場のほうまで行ってしまっている。
俺と優花さんは、パラソルの下でビーチベッドに腰掛けて一休みしながら、そんな二人を眺めていた。
「すごいわね、あの二人。もうあんなところまで……」
「うん。俺はとても無理だな……優花さんは?」
「……運動苦手なの知ってるくせに」
少し拗ねたように、上目遣いでのぞきこむように見られて、慌てて目を逸らす。
「ご、ごめん」
「別に怒ってなんかいないけど」
……それはわかってるんだけど。
「……何か飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「ありがとう。じゃあ……オレンジジュースがあればお願い」
二人きりもいい加減慣れたと思っていたのに、さっきのようなちょっとした仕草に未だに緊張するというか、慌ててしまう。
ジュースを買うために売店に並びながら、パラソルの下の優花さんを見て、俺は思う。
こうして離れて改めて見ると、優花さんは自分と同い年とは思えないほど大人っぽい。
それに引き換え俺は……弟のように見えるかしら。
ジュースを両手に持って戻ろうとすると、背の高い二人の男がパラソルに近づいていくのが見えた。なんだか嫌な予感がする……。
「ねぇ、君、かわいいね。ひとり?」
優花さんに近づいた男たちは、二人ともよく日に焼け、一人は金髪、もう一人は茶髪だ。金髪の方は耳と鼻にピアスをしている。
「いえ……友だちと一緒です」
「へぇ? じゃあ呼んできてよ。俺らと一緒に遊ばない?」
「……結構です」
間違いない。ナンパだ……。意を決して、男たちに声をかける。
「あの!」
「ん?」
男たちが振り返り、下から上まで値踏みするように俺を見る。
「なに? お前?」
「コウ君……」
優花さんが俺を見つめる。しっかりしないと……!
「彼氏?」
「いえ……友だちです」
「ちっ、友だちって男かよ」
「あの、そういうの遠慮してもらえませんか? 同級生で遊びにきているんです」
男たちは顔を見合わせて、肩を揺らして軽く笑う。
「『そういうの』って何?」
「彼氏じゃないなら、別に俺たちと遊んだってかまわないよな? 彼女に選んでもらおうぜ」
そいつらは訳の分からない理屈を口にし、金髪のほうがしゃがんで優花さんの肩に手を置いて言う。
「なぁ彼女? こんなガキより俺たちと遊ぼうよ? な?」
「もしかして、友だちの中に他の女の子もいるのかな?」
「やめてください……」
パシッ! 優花さんがその手を払うが、男は表情ひとつ変えずニヤニヤしている。
「怒った顔もかわいいねぇ」
男たちは俺よりもずいぶん背が高い。でも……気後れしちゃだめだ。できるだけはっきりとした口調で、男たちに向かって言う。
「彼女に触らないでください! 嫌がってるのがわからないんですか……!」
「あ……」
俺は優花さんの手を引いて立たせ、彼女の前に立つ。
「お、かっこいいじゃん。『わからないんですかぁ〜?』、だとさ」
「にいちゃん、よく見たらかわいい顔してるじゃん。なんなら一緒にかわいがってあげてもいいぜ?」
くそ……へらへらとバカにしやがって……!
そのとき、俺は男たちの背後に近づく人影に気づき、視線を移す。
「あん?」
そいつらは俺の視線に気づき、後ろを振り返る。
「俺のダチに何か用か?」
海から戻ってきたカオルが男たちの背後に立っていた。
カオルの身長は、そいつらよりさらに高く、その上筋肉質だ。後ろには早苗もいる。
「な、なんだよ、お前……」
「俺の、ダチに、何か、用か」
カオルが一歩踏み出し、威圧するように言葉を区切って言うと、男たちは強がるが、明らかにたじろいでいる様子だ。
「な、んだお前……大人にその口の聞き方は?」
「や、やめなよー。また人を殺しちゃったら、今度は少年院じゃすまないよー」
早苗がカオルに向かって、後ろのほうからわざとらしく言う。
ギロリ!
「ち……ガ、ガキが……」
カオルが睨みつけると、男たちはすごすごと去っていった。……俺のときとは雲泥の違いだ。
「お前らだけでも平気だと思ったんだが、聞いてたら腹が立ってな」
そのあと、俺にだけ聞こえる声で続ける。
「わり……余計なことしちまったか」
カオルはそう言ったが、もし喧嘩になった場合、魔力しか探知できない俺があいつらを追い払うのはおそらく難しかっただろう。
「いや……助かったよ。優花さん、大丈夫?」
「え、ええ……ありがとう、二人とも。……コウ君、手」
「え? あ! ご、ごめん!」
ずっと握ったままになっていた手を慌てて離す。それを見て、早苗が何やら意地悪そうな笑みを浮かべる。
「優花ちゃんはかわいいんだから、気をつけなくちゃ。これから大変だね、コウくんは」
「は? な、何言って……!」
「?」
優花さんはきょとんとしている。俺のほうは変に意識してしまうから、あまりイジらないでほしいんだけど……。
「そろそろ日が傾いてきたな。岬で夕陽を見るんじゃなかったか?」
カオルが岬のほうを見ながら言う。いつの間にか、陽が傾きかけている。
「あ! そうだった。早く着替えて行こう?」
俺とカオルが着替えをすませて更衣室を出るのと同時に、早苗が女子更衣室のほうから走ってくる。
「あれ? 早いね。優花さんは?」
「はぁ……はぁ……。優花ちゃんはまだ着替えてるよ。ねぇコウくん、あたしとカオルは前に岬に登ったことあるんだ」
「あ、そうなんだ」
「うん。だからあたしたちは他見てくるね。岬は二人で登ってきなよ」
「他?」
早苗の目が泳いでいる。何か不自然だ。
「え? あ〜……うん、そう、他」
ふぅ……、とため息をついたあと、カオルが言う。
「近くに面白いショップがあるらしいんでな」
早苗がカオルの顔を見て、一瞬の間のあと、慌てたように話す。
「そ、そうそう! 面白いショップ」
「ショップって、なんの? まぁ、でもそれなら俺と優花さんも……」
「あ! コウくんたちはいいの! カオルの趣味に付き合ってあげるだけだから! 絶対夕陽は見たほうがいい! それじゃ!」
「あとでな。がんばれよ」
「ちょ……」
そうして、二人は慌ただしく去ってゆく。カオルまでどうしたんだろう。『がんばれ』って……。
「早苗ちゃん、そんなに慌ててどうしたの!? ……あれ? 二人は?」
優花さんが早苗を追って出てきて、俺に尋ねる。
「いや……なんか自分たちは岬展望台に登ったことあるから、他を見てくるって。だから二人だけで行ってこいって」
「え?」
「……え?」
優花さんと目が合い、しばしの沈黙。
……あ。そういうことか。
二人とも何か勘違いして……いや、俺のほうは勘違いとも言えないんだけれども……。だけど優花さんは俺のことなんてこれっぽっちもそんな対象として見てないだろうし……。気を遣ったつもりなんだろうけど、二人きりでどうしろと……?
「……仕方ない。二人だけで登りましょうか」
「あ、はい」




