バレンタイン
あの日以来、
和樹は転校し、
周囲の連中も俺から距離を置くようになった。
大きな騒ぎを起こすこともなく、
表面だけは静かな日々が続いていた。
だが──
俺の心は、日を追うごとに歪んでいった。
三学期が終わり、二年生になる。
一年という時間は、
驚くほどあっけなく過ぎ去った。
気づけば俺は、
ほとんど一人で過ごす存在になり、
周囲からは「怖い奴」として見られていた。
兄に対しても、
理由のない苛立ちだけが募っていった。
────
それからさらに一年半。
三年生の二月十四日。
突然、
同級生の女子に声をかけられた。
「あの……よかったら、これ……」
差し出されたのは、チョコレート。
だが──
「何これ?」
「あ……お兄さんに渡してほしいの……」
「は? なんでだよ」
女子は顔を真っ赤にして、逃げるように去っていった。
その日、同じことが何度も繰り返された。
俺はただの受け渡し役だった。
家に帰り、まとめて兄に渡す。
兄は、いわゆる“イケメン”で、明るく、負け知らずの人間だった。
──こんなにも近くに、越えられない壁があったのか。
その現実を、嫌というほど思い知らされた。
女子たちは俺ではなく、兄のことばかり聞いてくる。
そのたびに、胸の奥で黒い感情が膨らんでいった。
────
三年生になった頃、俺は塚本や数人の連中とつるむようになっていた。
放課後、
自転車で道路を横一列に塞ぎ、
クラクションを鳴らされればわざと挑発する。
完全な非行少年だった。
だが、その均衡は突然崩れる。
ある日、仲間の何人かが顔に痣を作って登校してきた。
昼休み、月山に集合することになった。
そして──
事件は起きた。
──────
月山に着くと、すでに数人が倒れかけていた。
その中心にいたのは、見覚えのある上級生。
宮田。五年生。
一年のとき、
プールで腹に膝を入れてきた奴。
そして、体育館で俺を睨んでいた奴。
次の瞬間、塚本が叫ぶ。
だが数人が一斉に襲いかかり、あっという間に塚本は地面へ沈められた。
俺も羽交い締めにされ、身動きが取れない。
宮田の前蹴りが、腹に突き刺さる。
呼吸が止まる。
そこからは──
一方的な暴力だった。
殴られ、蹴られ、顎を打ち抜かれ、地面に大の字で倒れる。
馬乗りになられ、顔面を何度も打ち据えられる。
鼻血。裂けた唇。
割れたまぶたから流れる血で、視界が赤く染まる。
──完全敗北だった。
完膚なきまでに、叩き潰された。
胸ぐらを掴まれ、顔を引き寄せられる。
「あんま調子に乗るなよ。
──殺すぞ」
唾を吐き、宮田たちは去っていった。
─────
保健室では処置できず、俺は病院で瞼と唇を縫った。
傷は、今も残っている。
だが、もう泣かなかった。
考えていたのは、どうやってやり返すか。
それだけだった。
────
家に帰ると、母と兄がいた。
心配する母に、俺は吐き捨てる。
「うるせーんだよ。関係ねえだろ」
俺の言葉に母は、ただ悲しい顔をしていた。
兄は笑いながら言う。
「お前、ほんと喧嘩弱えな。相手だれだよ?」
本当に惨めだった……
だが、一つだけ理解した。
ヘッドロックなんかじゃ何もならないと。
拳で顔を殴り、足で腹を蹴り潰す。
それがすべてだ。
─────
翌日。
体育館裏に仲間を集める。
やり返すために。
だが──
「やめようよ……危ないって」
塚本までもが、拒んだ。
その瞬間、何かが音を立てて崩れた。
「あっそ、もういい」
「お前らがやらなくても、俺一人でやる」
そう言い残し、俺はその場を去った。




