旅路9「温泉の街シルバー・ケイヴ」
ちょっと息抜き温泉回
基本的にこの旅に目的は無い、面倒を避けるための行く宛もない旅である。行き先はペインの気まぐれで決まるのだが、現在は3人旅だ、そうでない時もある。
「はぁ・・・ナレイアに会ったら肩凝っちまったぜ、温泉にでも入りてぇな・・・」
歩きながら何気なく呟いたペインの言葉に、レインが反応する。
「温泉? なにそれ?」
妹のミース程ではないが、基本的にレインもクイーザの街から出た事が無い。当然温泉が何かも知らなかった。
「温泉っつーのはな、山の方に行くとな、地面から沸かしてもないのに熱いお湯が湧いてる泉があんだよ、その温かい湯に浸かるとなァ、疲れが吹っ飛ぶんだぜ?」
「聞いたことがあります。都市部では蒸し風呂が当たり前ですけど、田舎の方では人が入れるような大きな鍋に湯を沸かして、それに直接入る事もあるそうですね?」
フリージアは教会で教育を受けていただけはあり、温泉・・・と言うか直接入るタイプの風呂の存在を知っていた。
「おう、それも元はと言えば、その自然の温泉の心地よさを再現しようとしたもんだ。自然の温泉にはな、色々と他にも良いことがあるんだぜ? 身体を暖める事で病気が良くなったり、肌が綺麗になったりとかな」
「肌が・・・?」
「綺麗になる・・・?」
ぴくり、と。
女性陣二人の耳が動いたような気がした。
「ああ、何でも温泉の湯のなかに溶け出した土の気がな、肌をツルツルにするんだと」
まあ俺には関係ないけどな・・と、ペインは笑おうとするが、フリージアとレインの思いがけず真剣な目差しに、気圧されるように後ずさった。
「何だよお前ら・・・」
ペイン程の男を後ずさらせるとは、何という圧力か。
「ペイン、それってオレみたいな浅黒くて今まで何もしてこなかった女でも、フリージアみたいになれんのか!?」
レインが食いつくのは意外だが、彼女は彼女なりに思うところがあったに違いない。
元々レインは最低の生活環境下で生きていた。
それでも16歳という若さもあり、肌にもまだ張りがあり、可愛らしい部類に入るのだが、どうしても栄養不良による肌荒れや発育不足は出てきてしまう。
しかも同じ男の愛人として、最近自分と比べるようになった相手がフリージアである。
「お前達はまだ若いし、そんな気にするもんでもねェだろ、フリージアもレインも抱き心地は良いしな」
フリージアは言わずもがな、レインも出会った当初は栄養不良で痩せすぎであったが、最近は食生活が改善されてきた為か程よく肉が付き始めた気がするし、肌艶も良くなった。もちろんその・・・レインとはまだだが子猫のようにすり寄って来るからその変化は感じている。
肉付きが良くなった分ほんの少しだが胸も大きくなり、何よりもレインは妹を救ってくれた恩からか、非常にペインに懐いていて、ペインにならどこを触られようが無抵抗だし、むしろ自分から抱き付いて来る。
なのでペインとしてはレインの事を好ましく思いはすれ、不満など無かったのだが。
「でもさ、フリージアは寝る前にもなんか顔につけているし、オレも少しは気にした方がいいのかなって・・・」
フリージアがつけているのは化粧水だ。といってもチーマという野菜の余った葉っぱを分けてもらい、水に浸けただけのものなのだが、今まで何もしてこなかったレインには、それでも「フリージアは美容に対しての意識が高い!」かのように映ったのだろう。
今までのレインの生活では食うのにやっとだったが、ようやくそんな年頃の娘が気にする事を、当たり前に気にする事が出来るようになった訳だ。
「オレ、行ってみたい!!」
「あの・・・私も、興味があります」
「お、おう」
意外な食いつきに困惑するペインだったが、元々目的地など無いのだし、せっかくこんな辺鄙な場所まで来たのだ。
ペインは次の行先を、山間の温泉地シルバー・ケイヴにする事にした。
蒸し風呂しか経験の無いフリージアは、温泉には全裸で入るものだという事も、そして男女の別も無いこともまだ理解していない。
(くくっ、せっかくフリージアの方から裸の付き合いをしたいと言ってくれているんだしなァ・・昼間の明るい日差しの下で、ゆっくりと鑑賞するのも悪くねぇ)
ペインはそんな悪戯心が湧いてくるのを感じて、ほくそ笑みながら山岳方面の街道へ足を踏み出した。
◇ ◇ ◇ ◇
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馬車一台がやっと通れるような山あいの細い道を縫うように歩き、上へ上へと昇っていく。
「なぁペイン、こんな所に本当に人が住んでんのかよ?」
「ん?ああ、少なくとも10年ちょっと前には住んでいる人間がいたぜ、そいつらが居なくなってたとしても温泉だけは残ってる筈だからな」
長々続く上り坂に辟易したレインがこぼす愚痴に、ペインは飄々と答える。
今向かっているのは山麓の村、シルバー・ケイヴから細い山道を登った所にある、村とも言えない集落だ。
元々銀山だったその山は、銀が取れると同時に温泉も出た。
その温泉は鉱山で働いていた男達の疲れを癒していたが、銀が取れなくなった事で鉱山は閉鎖。温泉だけは残ったが、町はどんどん衰退し人が減り、今はご立派な名前だけが残っている。
麓のシルバー・ケイヴは元宿場町、そして温泉がある元鉱山までは細い山道を登る必要がある。そして10数年前来た時は、山の上にもまだ細々と銀を掘ったり、小さな畑を切り開いて生活している集落があった筈だった。
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季節は秋に近付きつつあり、標高が高い所では涼しさを感じる。坂道を上る3人にとってそれが気持ち良い。
細長い道を数時間歩いて行くと、道の両脇に生えていた樹木が急に開け、今にも倒れそうな掘立小屋の寄り集まりが見えてくる。
元鉱山労働者の待機所や休憩所を利用して作られた住居。そこにはまだ人が住んでいた。
「そんじゃ、フリージア、また頼むぜ」
「は、はい!」
麓の村、シルバー・ケイヴでもそうだったが、基本的に田舎の村でよそ者は歓迎されない。
ペインのようなうらぶれた外見の男や、レインのように育ちの良くないのが分かり易い娘などは特にそうだ。
そしてその点フリージアは初対面の人間から信頼を得るという点については完璧だった。
女性で、神官。そして美しい見た目に教会で仕込まれた控え目で丁寧な物腰。
これだけで大抵の人間は警戒を解く。
もちろんフリージアに全て任せては危なっかしい所もあるが、そこは傍に付かせている「下働きの侍女」役のレインが目を光らせる。
そして俺の役どころは「女の二人旅では危ないからと、雇われた護衛」という訳だ。
麓の村を出た時点で、今までフリージアに対して犯罪を働こうとした人間は二人しかいない。それもやや品物を高く売りつけようとした商人と、宿代を吊り上げようとした宿の主人くらいのもので、実に平和だ。
なので最近ペインたちは街や村に寄る度、フリージアを中心にした「旅の神官と侍女、護衛の傭兵」という体裁を取り繕うようにしている。
いくら温泉があるといっても、そもそも湯に入る習慣が無い人間の方が多いのだ、それを目的にこのような山の上まで来る人など殆どいないのだろう。
日常的に湯で体を洗うのは、病人か、あるいは水では落ちない血脂を洗う必要がある職業の者だけだ。
案の定集落の人間からは不信な目で見られる。
「あんたら一体なんだ? ここ最近、この集落に死んだ人間はいないが・・・」
僧侶が来るのは葬式の時くらい。こういった教会も無いような集落ではそれが当たり前である。
「突然の訪問をお許しください、私はフリージアと言う旅の神官でございます。此度は護衛の者が古傷が痛むと言い出しまして、こちらの温泉は金創の古傷によく効くと伺い、しばらくの逗留をお願いしたいのですが・・・」
フリージアの丁寧な物言いに、最初に接触してきた20代半ばくらいの若い村人__おそらく集落で一番腕の立つ人間なのだろう__が、警戒を緩めるのが解った。
よく見れば顔が少し赤らみ、鼻の下が伸びている。もしかしたらただ警戒を緩めただけではないのかも知れない。
隔絶した身内と老人ばかりの集落では、フリージアの存在はそれだけで、若い村人には誘惑の呪文のような効果を及ぼすのかも知れなかった。
「僅かばかりですが宿代もお支払いいたしますし、食材なども買い取らせて頂きますから・・・」
「何だって!?それは助かる!」
フリージアに鼻の下を伸ばしていた若者だが、その言葉を聞くと夢から覚めたように真顔になった。
このような山の上の集落では現金収入の宛は少ない。麓の村に山の恵みを持っていったところで足元を見られるのが常だ。
それに対し、逗留する旅人にはある程度高値を吹っ掛けるものだが、今回は相手が聖職者でそれも諦めていたのかもしれない。
これから季節は冬に向かう。
保存食にも限りがあり、保存できない食材が腐らない貨幣に変わるという話は、この時期の田舎の人間には何よりの福音だった。
「貸せる空き家もある、造りは粗末だが掃除をすれば雨露を凌ぐには十分な筈だ!すぐに準備するように言ってくる」
若者はそう言うと、興奮したような足取りでその集落の建物に駆けていく。
「掃除でしたら自分達でやりますのに・・・」
掃除は神官の修行の基本だ。フリージアには苦では無いのだろうが、ペインとレインにとってはやってくれるだけ有り難かった。
◇ ◇ ◇ ◇
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若者の名前は「ライル」といった。
集落に案内され、そのライルの父親と滞在期間や宿代、食品の融通の仕方や支払い等について話し合っている間に、集落の女達によって掃除が終わったと連絡があった。
「湯治だったんならぁ、ここを使ったらいいべ」
そう言われて案内されたのは温泉施設のすぐ側にあり、集落とは50m程離れたところにあるあばら屋だった。
元々は鉱山の男達が食事を取る為の休憩所だった所に手を入れて、湯治客が宿泊出来るようにベッドを入れた建物らしい。
だが期待したほど湯治の客は来ず、今は冬場に村人が温泉に入る時、更衣室代わりに使うだけで、放置されていた建物だと言う。
目的が目的だけに温泉からは近いが、既に硫黄のような臭いが鼻につく。この建物が集落からポツンと離れて建っている理由が解った。
「温泉にはここで着替えて入ってくだせぇ、いつでも入ってくだすって構わねぇ。この入り口の札を『使用中』にしといてくれればオラ達は入んねぇがら゛」
「承知しました、ありがとうございます」
あばら屋からすぐ歩いて行ける距離の温泉の側には壁と屋根だけの東屋のような更衣所があり、温泉自体は生け垣で囲ってはあるものの、壁など無い露天風呂である。
立ち上る湯気が水面を滑るように立ち上っているのが見え、知っている者にはとても気持ち良さそうに見えた。
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ペインたちはあばら家の脇に馬を繋ぎ、荷物を下ろして水を飲ませ、草を食ませる。
「せっかくだ、荷物を建物に入れたら早速入るか」
山道を登って来たので汗だくだ。フリージアに浄化の奇跡を願って貰えれば身体は清潔にはなるが、温泉にはただ清潔になる以外の気持ち良さがある。
「あの・・更衣所もお風呂も一つしか無いのですが・・・」
「当たり前だ、基本的に田舎の温泉てのは混浴だからなァ?」
まあ普通は時間をズラして入ったりと工夫をするものだし、その為の『使用中』の札なのだろうが、その事は黙っておく。
都市部の蒸し風呂でも、専用の風呂衣を着て入る場所などは男女の別が無い所も多い。ここも別に混浴がいけないとは言われてはいないのだ。
せっかくフリージアとレインと、女二人と旅をしているのだ、ここで一緒に入らねぇ選択は無ェだろ?
ペインは困惑するフリージアに対し、温泉とはそういうものだと言い聞かせ、信じ込ませる。
「オレはペインと一緒でも全然いいよ! 早く入ろうよ!」
レインからの思わぬ援護射撃もあり、最終的にフリージアは一緒に風呂に入る事を了承したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
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「これが温泉? 水が白く濁ってる・・・泥?」
「よくわからんが、それが水に混ざった『土の気』ってェ奴だな、そのおかげで肌が綺麗になるんだとよ」
「へー」
羞恥心が無い訳では無いだろうが、レインは俺になら見られてもいいと思っているのか、前を隠しもしないで温泉の中を覗き込んでいる。
小川を堰き止めて作った様な池と言えばいいのか、その温泉は柵で囲まれた岩場から湯気を上げて噴き出る熱湯と、小川から流れ込む水を混ぜて入れるように調整してあるようだった。
軽く体を流してから白い湯の中に身体を沈めると、筋肉の凝りが解れていくようで、思わず爺むさい声が出る。
初めて入るレインがつま先で何度も水面を突く様にして、慎重にそろそろと入って来るのが微笑ましかった。
「フリージア! 俺達だけで長時間占領してしまったら集落の人にも迷惑だと言っただろ? 観念して早く入ってこい!!」
「そんなに大声で呼ばなくても分かりましたから・・・」
フリージアはレインと違い、羞恥に顔を真っ赤にしながら、タオルで前を隠して入って来る。
フリージアの体は何度も見た事があるが、やはり恥じらいというのはあった方がいい。そして夕暮れ前とは言え、明るい太陽の下で見るフリージアの素肌は白磁のように滑らかで美しかった。
「体を流したらゆっくりと入るんだ。タオルは湯につけない様にな」
常に新鮮な湯と水が供給される仕組みのこの温泉は、少しの汚れならすぐに流れてしまうが、湯を汚さないために一応それがマナーだと、そう伝えると、フリージアは難しい顔をしながらタオルを取り、乳房を片腕で抱きしめるようにして湯に入って来る。
湯が白くて不透明な事に、彼女はほっと息をついたが、こっそりと近づいたペインが湯の中から手を伸ばし、フリージアの太腿を撫でる。
「きゃっ!!」
「ああ、やっぱお前の身体の触り心地は最高だな、温泉の効果で更に良くなってやがる」
「まだ入って1分も経っていません!」
「だけど実際良いんだから仕方が無いだろう?」
白く濁った湯は少しぬめり気を帯びている感じがして、女の肌に触った時、そのぬめりと女の肌のきめ細かさが合わさり、絹のような手触りになる。
「ねぇ・・ペイン、オレは?」
「どれ・・・」
そんな風に聞いてくるレインを横抱きにするようにして、胴に手を回すようにして肌触りを確かめると、レインはくすぐったがって笑い出した、実に平和だ。
ペインは逆側の腕に同じようにフリージアを横抱きにして、池の縁の岩に背中を預け、ゆっくりと息を吐き出す。
両手に女を横抱きにしながら風呂に入り、疲れを癒す・・・最高だな。
1か月程度の逗留の予定だったがもっと長くても良いかも知れない。
二人の体を触っている内にペインの一部が見る見る元気になり、当然ペインは湯舟の中で行為に及ぼうとするが、ここが集落の人達も使う公共の場所であるからという理由で、フリージアは頑として首を縦に振らなかった。
何度も「なぁ・・いいだろ?」と囁いてみるがフリージアの意思は固い。
それならば宿に帰ってからならいいだろうと一つ条件を譲り交渉していると、横からレインも「じゃあそれにオレも混ぜてよ」と冗談なのか本気なのか分からない事を言ってくる。
そんなやり取りの後、ペインがこの後訪れる湯上り美少女との桃源郷のような時間を想像し、簡素な湯衣を身に着けて、あとはフリージアとレインが湯から上がって来るのを待つだけ・・・そんな時だった。
ペインだからこそ分かる微かな血の臭いと共に、集落の方が騒がしくなったのは。
_____________つづく
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