旅路8「聖女ナレイア」
他の神殿や聖堂が街中にあるのに対し、地母神の大神殿は郊外のかなり寂れた場所にあった。
世間から隔絶した場所で修行するとかそんな厳しい理由がある訳ではなく、単純に大地の恵みを感じ、土と共に生き、最後は土に還るという教義の為、大地に根差す農民や山間民に身近であれとの考え方が根っこにあるらしい。
以前その事を教えてくれたのは他でもない司祭ナレイアだった。
・・・いまは聖女か。
「なぁペイン、本当に大丈夫かよ?疑う訳じゃねぇけどさぁ、こんな辺鄙な所まで来て門前払いとか嫌だぜ、オレ」
疑ってんじゃねぇか。
10歳の子供を連れた旅ではあまり強行軍という訳にも行かず、のんびりとした旅路だ。
本当に地母神の神殿で受け入れてもらえるのか懐疑的なレインに対し、クイーザの街から出た事の無いミースにとって旅は物珍しい事ばかりらしく、むしろ純粋に旅を楽しんでいる様に見える。
たとえ受け入れられなくても、それはそれで姉と一緒に居られるのだから、別にそれでもいいと思っているのかもしれない。
フリージアも子供は好きらしく、今ではすっかり打ち解けている。
のんびりとした徒歩の旅、のどかな風景の中、獣避けだろうか、低い塀に囲まれた聖堂の尖塔が見えてくる。
「大きい・・・」
フリージアが呟いた通り、地母神の聖堂は寄宿舎や畑等も塀の内側に内包した広大な敷地を有していた。
イメージ的には聖堂付きの牧場のような外観だ。
「なにか御用でしょうか」
入り口の柵の切れ目まで行くと、近くで作業をしていた尼僧が声をかけてきた。
「クイーザの街から手紙を差し上げましたフリージアと申します、この度はナレイア様に・・・」
「ナレイアにペインが来たと伝えてくれ」
フリージアの丁寧な挨拶を遮る様にペインが口を挟む。
「ちょっと、ペインさん、失礼ですよ!」
「もう手紙であらかた説明は済んでるだろうが、後はナレイアに会ってミースを引き渡すだけだろ?」
顎のあたりをボリボリと掻きながらそう言うペインは見るからに面倒臭そうで、対応した尼僧も明らかに困惑している。
「申し訳ありませんが、しばらくお待ちください」
それでもそう言って確認に引き下がる尼僧にフリージアは何度も謝りながら頭を下げた。
◇ ◇ ◇ ◇
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「相変わらずの様ですね・・・ペイン」
それからややあって通された聖堂の中で、奥から現れた気品あふれる中年女性がペインにそう声を掛ける。
落ち着いた雰囲気に地母神の僧衣。決して派手な服装ではないし体つきも大きくはないのに、その雰囲気に圧倒される。これが「人徳」というものなのかとフリージアは思った。
(この方が聖女ナレイア様・・・なんて素敵な女性なのでしょう)
しかし振り返ったペインさんは、そんな気品あふれる聖女様に向かってとんでもない暴言を吐いた。
「おう、ナレイア、久しぶりだなァ!? 昔はフリージアと張るくれぇの別嬪だったのに、すっかりババァになっちまって!」
「ペインさん!!」
私は血の気が引くのを感じた、聖女様に向かって何という口の利き方をするのだこの人は!
ペインさんが元勇者だと言う事は知っている、だとするとナレイア様とは元仲間の間柄と言う事だって解る・・・しかし今は立場が違うのだし、あまりにも・・・あまりにも失礼ではないか!?
しかしナレイア様は全く気にする様子もなくニコリと微笑んでペインに対応した。
「今回は孤児の女の子を一人、私の方でお預かりするのでしたね?」
「ッチ!、ハァ・・そっちも相変わらずだな・・・おう、ミース、こっち来い!」
まさに柳に風。
ナレイアのその態度にむしろペインの方がやり難そうにしている、その様子を見てフリージアは、やはり自分は修行が足りないのだと思い知らされた。
ミースは知らない大人がたくさんいて緊張しているらしく、レインの後ろに隠れていたが、促されて前に出る。
そのミースとナレイアは目線を合せて話した。
「こんにちは、私が院長のナレイアです。ミースさんはこれからここの皆さんと一緒に勉強していく事になりますが、頑張れますか?」
にこやかに、決して相手が子供だからと侮ったりしない真摯な物言い。
その雰囲気を感じ取ったのか、暫く呆けたように聖女ナレイアの顔に見とれていたミースは、恥ずかしそうに自分の服の裾を掴むと、何度も頷いた。
「良い子ですね。それではこれからよろしくお願いします」
ナレイアはそう言ってミースの髪を撫でると、傍に控えていた尼僧にミースを預ける。そして今度はレインに向き直った。
「貴女が彼女のお姉さんですね?」
「あ、は、はい・・・オレ・・・じゃない!わ、私が、あの、ミースの姉のレインでございます・・です」
ミースと同じくナレイアに見とれていたレインは、急に声を掛けられて動揺し、おかしな受け答えをしてしまう。それで真っ赤になり、服で手汗を拭っていたレインにナレイアは
「何かと辛い事もあったでしょう、あなた達の生活を私は想像する事しか出来ません・・妹さんは確かにお預かりいたします、今までよく頑張りましたね、これからの貴女達に幸多からんことを」と、そう言って、自ら聖印を切った。
大司教であり聖女の祝福の言葉など、どんなにお金を積んでもそうそう聞けるものではない。
孤児であり、盗みで生計を立てていた自分にそんな言葉をかけて貰えたことが嬉しくて、そして、もうミースは大丈夫だと安心した事で、レインの目から涙が溢れる。
「ありがとう・・・(ヒック)・・・ございます」
結局レインがナレイアに返した言葉はそれだけだ。だけどその一言に全てが詰まっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
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旅の疲れが出たのだろう、フリージアもレインも与えられた部屋で寝息を立てている。
そんな寄宿舎の一室で、ペインとナレイアが向き合っている。
ペインは懐から大金貨の入った袋をテーブルの上に置き、ナレイアの方に差し出す。
かなりの枚数の入っているらしいその袋は、テーブルの上でじゃらりと重そうな音を立てた。
「大金貨で50枚ある。これで足りるか?」
「ええ、十分過ぎますよ、ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだ、すまねえな、突然変な事頼んじまってよ」
レインやミースがどのような環境に置かれていたのか、手紙であらかた報告は受けている。
預かるのには十分な理由だ。
「教会が孤児を預かるのは変な事でも何でもありませんよ。それよりも珍しいのはそちらでしょう、貴方が個人的に孤児の保護をお願いしに来るなんて。しかもこんな大金まで出して・・・」
「ケッ・・・たまたまだよ、たまたま!!、それに俺が死んだらどうせ預けてある金は全部国だの聖堂だのに引き取られるんだろう? だったら死ぬ前に出来るだけ好きに使わなきゃ損じゃねぇか・・・大聖堂のジジイどもの手に渡るくれぇならお前の方がまだマシだ」
居心地悪そうに口を尖らせるペイン。
「ふふっ・・・そう言う事にしておきましょう。あなたに地母神の加護がありますように」
ニコリと笑い、聖印を切るナレイアをペインは苦手意識を持って見返す。
昔からこの女はどうも苦手だ。全部見透かされていると言うか、こいつと話していると手の平の上で踊らされている様な気分になる。
だが信頼できる人間である事は間違いない、そうでなければ自分の女の妹・・・身内を預けたりはしない。
「まあ、ともかく頼んだぜ。俺はまた放浪の生活に戻るからよ」
「はい、お任せください」
そう答えながらナレイアは少し安心していた。
10年ほど前に再会した時、ペインはもっと荒んでいて、暗い目をしていた。まるで自らの破滅を望んでいる様な、自暴自棄になった人間特有の目をしていたのだ。
だが今のペインからはそこまでの闇は感じない。
(きっと良い出会いがあったのでしょうね。・・・あの可愛らしいシャーリアスの神官さんが関係しているのかしら?)
金を置いて部屋を立ち去るペインの態度はぶっきらぼうで、女性に対する配慮も大司教に対する敬意も足りてはいない。しかしナレイアはそんな事は気にならなかった。
(彼の心にいつか安らぎが訪れますように)
ナレイアは地母神にそう祈った。
◇ ◇ ◇ ◇
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豪華ではないが十分な食事を取らせてもらい、翌日ペインたちは地母神の聖堂を後にする。
「そんじゃぁな、またお互い生きてたら会う事もあるだろうぜ」
大司教であろうと聖女であろうと「古い友人」の態度を崩さず、最後まで馴れ馴れしいペインの態度に、レインが「ペイン!そんなの聖女様に対して失礼だろ!!」と言って、ペインに向かって腰の入ったローキックを放つ。
それを軽く捌きながら味方のいなくなったことを感じたペインが「チッ、レイン、お前もかよ。ナレイアの奴はすぐ周りの人間を手なずけやがるからな・・クソッ」とぼやいた。
どうやらレインはこの二日ですっかり聖女ナレイアのファンになってしまっているようだ。
「って言うか、ペインみたいな奴が、何でナレイア様と知り合いなんだよ!」
「あ゛!? 言っただろうが、昔の知り合いだってよ?」
「どうせナンパしようとして失敗したとかそんなんだろ?知り合いだって言って図々しすぎるんだよ!」
「そのおかげで今回ミースがここに入れたんだろうが! 感謝しろ、感謝!」
じゃれ合う二人は仲の良い親子のようだ。
ナレイアはその様子を目を細めて見ている。手紙でレインが愛人候補・・・将来的に体の関係を持つことを約束していると言う事は知っていた。
あまり褒められたものではないが、それでもこれもまた、良い出会いの一つなのだろう。
同じように二人のやり取りを呆れながら見ているフリージアにナレイアは話しかける。
「フリージアさん・・・」
「は、はい!何でしょうか聖女様」
「そんなに緊張しなくても結構ですよ、貴女は知っているのでしたね?」
ペインが元勇者だと言う事を。
手紙にあったフリージアとペインの出会ったきっかけは、フリージアが元勇者のペインをそれと知って尋ねた事であったと。
以前のナレイアであったら、そんな事をしないで欲しい。もう彼をそっとしておいてあげて欲しいと思ったかもしれない。
しかし今の彼の様子を見る限り、その出会いは良いものであったようだ。
「はい・・・」
緊張気味に答えるフリージア。責められるとでも思ったのだろうか?それならば彼女は正しくペインの現状を理解していると言う事だ。
ナレイアはおせっかいだと思いつつ彼女へ一つ頼み事をする。
「彼は・・・ペインは勇者の使命を果たすには優しすぎたのでしょうね。彼も私くらい図太ければ良かったのでしょうが」
ここまで言葉を紡いだナレイアの表情は寂し気だ、しかし彼女は一拍置くと、声を明るくして言った。
「でもフリージアさん、今の彼は以前よりだいぶマシになった様に思えます。どうか彼を受け入れ、支えてあげて下さい。元仲間として、お願い申し上げます」
「そんな!ど、どうか頭をお上げください、聖女様!」
地母神の大司教にして聖女、そのような雲の上のお方に頭を下げられ、慌てるフリージア。
それでも彼女は決意を秘めた顔でナレイアに約束する。「私にどれだけの事が出来るか分かりませんが、精いっぱい努力してみます」と。
先に歩き始めているペインとレインに追いつくために、フリージアはそれだけを約束すると深く頭を下げ、小走りで彼らを追いかける。
その答えを聞いたナレイアは、笑顔でペインたちを見送ったのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
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____その日の夜。
道中、街に寄って宿に泊まれる時ばかりではない。
この日は天幕を張っての野営だ。
以前はペインの一人旅だった為小さな天幕で良かったが、今は3人にまで増えた事により、クイーザの街で一回り大きな天幕に買い替えている。
街道脇の開けたスペースに天幕を張り、火を熾して夕食を取る。
そして例の如くペインの「何かあればすぐ判る」との一言で、3人で天幕の中で食休みをしている時だった。
ペインの手がフリージアの腰に伸びてきて、フリージアの尻を撫で始めたのだ。
「ちょっ!!、ペインさん!やめて下さい!!」
隣にはレインも居るのだ、一体何を考えているのか。
だがレインは何でも無い事のように、ニヤニヤと笑いながらこう言った。
「あ~フリージアぁ、フリージアがペイン相手に股を開いてんのは知ってるから、オレのことはそんなに気にしなくていいよ?」
「ま、股!?・・・っ、、レインさん!!女の子がそんな事言っちゃいけません!後、私の事は『フリージアさん』と、ちゃんと『さん』を付けて呼ぶようにと言ってるでしょう!!」
「硬い事言うなよ、おんなじペインの愛人だろ? フリージアの方が先みたいだから、オレは2人目でいいからさ。」
夕食の時、レインの育った境遇を知った。
彼女が孤児院の院長に強姦されたという事実に言葉が出なかった。
「周りの大人は・・・他の職員は何をやっていたのですか!」と憤慨する私を見て、レインは「他の大人?院長が腰を振ってる間オレの手足を押さえつけてた奴らの事?」と白けた様に言った。
まただ・・・私は無知ゆえにレインさんを傷つけてしまった。と、その時は思ったのだ。
なのにレインさんはこんなにも強かに生きている。まだ16だというのに、私よりも4つも年下なのに!
「くっくっく、レインは物分かりがいいなァ?」
「だってペインはミースがいる間はオレにもフリージアにも手を出してこなかっただろ? 小さな子がいる間我慢をさせちゃったんだから、やっとデキるようになったのに、ダメだって言ったらペインがかわいそうじゃん」
ペインさんはレインさんの言葉を聞いて感心し、私に向かって諭すように言った。
「・・・フリージア、お前もレインを見習って人の心を思いやれる人間にならないとダメだぜ?神官にこそ必要だろ、そういう優しい心は」
「人のスカートの中に手を突っ込みながらそんな事を言っても説得力がありません!!」
「どうか彼を受け入れ、支えてあげて下さい」という聖女様の声を思い出すが、それはこういう事ではない筈だ。
私は後ろから抱きすくめられ、このままでは・・・そう思った時、私はレインさんに懇願した。
「見ないで、せめて後ろを向いていて!」
「え?ヤダ」
「!?」
なぜ!? そう思わずにはいられない。
「だってフリージアみたいな美人がペインの愛人だっていまだに信じられなもん、どんな顔でエッチするのか見てみたい」
レインは私の痴態を見てみたかったのだと。その顔は邪気の無い子供の様で怒るよりも呆然としてしまう。なんという無慈悲な好奇心か。
しかし明らかに倫理的におかしいこの状況にもかかわらず、フリージアの味方はこの天幕の中には居なかった。
___________
私はなんて罪深いことを・・・
何とか一線を越えることは諦めさせたものの、好き放題身体を弄られているところをレインさんに見られてしまった。私がその事を神に懺悔しているのに、当の二人はと言えば
「本当にフリージアってペインの女なんだね、まあ最後は本気で抵抗してたっぽいけど、二人の関係は何となく分ったよ」
「まあな、これでもこいつには感謝してるんだぜ?顔も体も最高だし、ちょっと面倒臭ェとこはあるけどイイ女だよ、こいつは」
「ふ~ん、何でこんな事になってるのか分かんないけど、これからはオレもいるし、ペインがその気になったら言ってよ」
「はっはっは、いい心がけだな、そんじゃもっと食って早く大人になってイイ女になりやがれ」
・・・なんて、そんな和気藹々とした会話を楽しんでいる。
確かに私は世間知らずでレインさんよりも社会経験が少ないかも知れない、だけどレインさんもちょっと一般的とは言えないのではないだろうか?
レインは孤児院の中でもハズレ籤を引き、かなりのハードモードな人生を歩んできた。そしてハードな人生と言うならそれはペインもだ。
故にペインとレイン二人の会話の中にはフリージアには信じられないような粗野で、品のない会話も混ざる。
特にレインさんが経験した事の話には、とてつもなく重く、酷い内容も多い。だけどレインさんはそれを軽く、もう終わった事だとばかりにペインさんに話し、ペインさんもそれを当たり前に受け止めている。
今までは絶望と共に語すしか無かった事を、ペインがちゃんと受け止めてくれるのが嬉しいとすら感じている節もある。だから軽口のように話す事が出来るようになったのだ。
恐らくレインさんの過去や、将来への不安はペインさんによって解放されたのだろう。
胡坐をかいたペインの背中に寄りかかり、寛いだ表情で話すレインはまるで警戒心を解いた野良猫・・・あるいは抱っこされて甘える安心しきった子供の様だった。
確かにレインさんにとっては良い事なのだろう、しかし、流石にレインさんのいる前ですら私に手を出そうとするのは違うと思う!
フリージアは思う。
確かに成人しているとはいえレインさんはまだ子供だ。今までは育ちの悪さゆえに身に付けられなかった常識や礼儀をこれから身に付けていけばいい。
その為には自分がしっかりしなければいけないと、むしろ使命感すら感じる。
問題はペインだ。
彼はもう大人だし、今更生活を変えるつもりも無いだろう。しかも力も知識も自分よりも上で、注意しようにもあっという間に丸め込まれ、論破されてしまう結果しか想像できない。
「彼を受け入れて、支えてあげてください」
聖女ナレイアの言葉がまた頭に響くが、フリージアの口からはため息が漏れる。
本当に私にペインさんを支え、救う事なんてできるんでしょうか?
・・・ナレイア様、私、心が折れそうです。
そう思いながら空を見上げると、満天の星空では幻の聖女ナレイアが「頑張って!」と、無責任に微笑んでいるのが見えるような気がした。
___________つづく
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