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(12) 町長に一杯くらわしてやるんですけども

この小説は のらねこに何ができる? の中のシリーズの1つ “のら小説家に何が書ける?”(高クオリティ小説の王道な書き方) の本文内にて設計したものを、実際に小説として書き起こしたものです。

小説の書き方の連載の方も、合わせてご覧ください。

https://project.sylphius.com/columns


   11


 翌々週の日曜日。

 本来なら店は定休日のため、いつもだったらオルソラと2人でポテチ&コーラ&ネトフリの定番コンボをキメているところだが、今日はパパガロの教会前広場に来ている。

 言わずもがな、町長が突然言い出した武器の発表会である。

「うわお。なんだこの人達!」

「ねーねー見て見て! すごい人! ほら、貴族もいるよ!」

 目の前の孤児院の子供達は、降って湧いた大衆の群れに大騒ぎして、教会の門のところからこちらを覗き込んできている。

 大して広くもないただの草っぱらが、2週間前にいきなり企画されたとは思えないほど雑多に混み合っていた。

「見ろ! 全部俺のために集まった者達だ! これも日頃の人望のたまものだな! 今日はお父様も来てくださる! 先日の言葉を撤回していただくまたとない機会だ!」

 広場自体はそんなに大して広くもないため、どうやら近くにいるらしい町長の声も聞こえてくる。

 僕はこれからそこに行って彼に挨拶するのだが……。

「あいつ、この空気の中でよくそんなこと言えるな」

 ルーパはさっきからしきりにペットボトルの水をがぶ飲みしながら、すでに疲れ切った顔で額の汗をぬぐっていた。

 本来であれば、こんな急な集まりにはパパガロの町民くらいしか来ないはずだし、会の主旨としてはもう少し和気あいあいとした雰囲気になるところだが、今は残念ながらそんな悠長さは微塵もない。

 そう。観客の大部分は、噂を聞きつけた貴族とその護衛兵。彼らは宣戦布告を警戒して緊張感はウルトラスーパーデラックスである。大部分は貴族本人ではなく名代と思われるが、本物の貴族が直接見に来ていると思われる例もあるようだ。

 それが文字通りネコの額ほどしかない小さくて汚い広場に、総勢50名ほどもいるだろうか。しかも全員がネコミミなものだから、さながらマッターホルンの山々か、はたまたチョコレートヒルズかといった様相。

 何年か前、負け確定のプレゼンに大企業までノコノコ出かけていったことを思い出した。そのときもちょうどこれくらいの人数で、同じようにピリピリしていた。そういえばそのときは、知らない営業マンが作ったプレゼン資料を何の準備もなくぶっつけ本番で見せられてしゃべらされ、なおかつ負けた責任はこっちに丸投げだったっけ。

 僕は教会の子供達の方に近づくと、

「ねぇ君達、今日は大人の会合だから、子供は出てきちゃダメだよ。武器を持った人達も大勢いるからね。これ、お菓子だから、シスターに均等に分けてもらってね」

 と、持っていたコンビニ袋を無造作に渡す。

 中身はどこにでもあるような普通のお菓子。ネコ用オヤツにすべきかとも思ったが、普段からズッケラみたいな甘ったるいものを口にしてるなら、人間用で大丈夫だろう。オルソラだって最近は暴君ハバネロとか食べるのだ。とりあえずチョコ系のものだけ避けてウエハース、動物ヨーチ、ビーフジャーキーなどなど。

 ありえないほどピリピリした会場の横に、普通に子供が往来するような施設があることに気づき、急いで日本から買ってきたのである。

 子供達が走っていくのを見送ってから、暴動がいつ起こってもおかしくなさそうな雰囲気の中、混雑した会場を回避してどうにかステージの方へたどり着く。

「おお! おまえらか! 今日は頼むぞぉ! ほっほっほ!」

 町長、勝手に1人で上機嫌である。

 それにやはり――。先日僕とモメたことなど、すっかり忘れているようでもあった。

 いや、厳密には覚えてはいるのだろうが、彼にとって怒鳴ることは、ウィットの利いたフランクな楽しいおしゃべりと同じ認識なのかもしれない。

「…………」

 それが証拠に、こちらが何も答えていないのに、いつものように怒気を荒げることもなくステージの脇まで下がっていった。

 発表用の舞台は長さ10メートル幅3メートルほどの細長いもので、客席に対して横向きではなく、誰もいない野原に向かって細長く伸びるように、観客から見てステージが斜めに設置されている。なおかつ、ステージの左右は絶対立ち入り禁止を示す護衛兵を配置。こちらでは、武器のお披露目会には通常、ステージをこんなふうに配置するんだそうだ。

「キータ、大丈夫? 顔、真っ青よ」

 オルソラがそっと横に来て、ひとくちゼリーを差し出してくれた。

「ん? ああ、大丈夫だ。サンキューな。ま、それくらいがちょうどいいだろ」

 自分では冷静に周囲を観察していたつもりだったのだが、彼女に話しかけられて初めて、自分が緊張していたことに気づく。

 だがここは緊張しない方が無理というものだろう。たしかに似たような負け確プレゼンをやったことがあるとはいえ、そのときは相手が普通のサラリーマンだったのだ。間違っても、実際に人が殺せる得物で武装した人達なんかではない。

「やっぱ俺がしゃべった方がいいんじゃないか?」

 ステージにはルーパも一緒に上がってもらうが、彼は僕がうっかり言葉に詰まっちゃったときにフォローするために立っているだけの役。だから僕がトチらなければ、彼は横にいるだけである。

「いや、練習もしてきたし、今さらパートも変えられないだろ?」

 僕は強がってウィンクして見せた。

 一緒にステージに上がるのは、彼の他にもお手伝いに町長の私兵さんが1人と、メイドさんも1人。

 その先頭を僕は、ロボットダンスのような硬い動きで壇上に進む。

 真ん中に立ち、

「え、ええええ! ほ、ほんじつわあああ! おあ、おあつまり、いただきぃ!!」

 自分自身の緊張も利用して、物凄い裏返った変な声を出した。

「いや待て! 落ち着け! あと右手と左足が同時に出てるから!」

 今度はルーパは周囲に聞こえるような大きな声で、オーバーアクションで注意してくる。

「す、すまん! ……スー……ハー……」

 僕は慌てたようにワタワタと両手を動かして、「――て、右手と左足なら合ってんじゃん!」

 初めて気づいたかのように、ルーパに裏手パンチを入れた。

 言うまでもなく、この寸劇はわざとである。

「…………ハ」

 物凄く乾いた、呆れきったように鼻で笑う声が、先頭のごく数名から漏れる。もしこれがお笑いの舞台なら大失敗だが、今はこれくらいでもいい。

「ブフ……!」

 なんか後ろの方に盛大に吹き出してそのままツボった人も1人いたようだが、その人には壇上からそっと感謝しておく。

 聴衆の緊張をほぐすために一瞬だけ関係ない話題を出すテクニックで、アイスブレイクという。アイスブレイクなのに場を凍らせてどうすんだという向きもあるかもしれないが、少なくとも深刻な話題を出すつもりがないことが伝われば十分なのだ。

「き、貴様ら何を――モガガ!」

 それを見て、事態に何も気づいていない町長だけが、唯一怒りの声を上げていた。が、そうなることは分かっていたので、予めマエストロとオヤッサンに待機してもらっていた。多少乱暴に押さえつけて黙ってもらうためだ。

「えーと、はい。気を取り直して、本日は急な話にもかかわらず、こんなにたくさんお集まりいただきありがとうございます。今回、私どもが紹介しますのは、トポネロのような小型モンストロを退治するのにピッタリな新兵器です。私達の町以外にも、どこの領地でも小さくて動きの速いトポネロに困ってらっしゃるところは多いかと思います。通常の武器では戦いづらく、魔法も当たりにくい、罠もすぐに学習してしまう。そんなどうしようもないモンストロです。今回ご紹介するのは、そんなトポネロにお悩みの方々だけのためにご用意した新兵器! ……それがこちらです! この棒のような細長い武器を、我々はエイミングバレットガンと呼んでいます。こちらをお使いいただきますと、トポネロのようなモンストロを簡単に退治することができます!」

 しつこいくらいにトポネロと繰り返すことで、あくまで小型獣用の武器だと強調する。(ちなみに自己紹介をしなかったのもマエストロ達と相談済みのことで、噂が変な形で店に飛び火するのを防ぐためである)

「では、これからこの武器の性能をご覧いただきたいと思います。準備をお願いします」

「はい」

 メイドさんの方へ話しかけると、彼女は淑やかに一礼し、ロングスカートを揺らして一度ステージを下りて行った。

 ――あ。

 だが表情からは全くうかがい知れないものの、スカートの中で右足が右肩と同時に出ているようだった。この人は初めて屋敷に来たときも執事さんの後ろにいたクールビューティだが、やはり無理をしすぎなのかもしれない。名前はたしか、サオラさんとか言ったはず。うん、早くもらい手が決まって欲しい人だ。根は優秀なんだけどね。

「さて!」

 ――さて。

 ここからが今日の正念場である。

「メイドさんに標的のご準備をいただいている間に、いくつか確認しておきたいことがあります」

 僕は、舞台袖でマエストロとオヤッサンに挟まれている町長に、「今回のご注文の内容を確認させていただきますね。まず、貴族の権威を示すため銃声は大きく派手にする、というご注文でよろしかったですよね?」

 いきなり話しかけて、それから彼がうんともすんとも言わないうちに質問を投げかける。

「な、なんだいきな……!」

 町長は混乱して一瞬、質問の答えとは違うことを言おうとしたので、僕は町長の方へ手の平をまっすぐ差し出した。

 そうすることで聴衆の人達の視線が一気に町長に集まる。

 さすがの町長も、その状況で質問をごまかすことはできなかったようで、

「そ、その通りだ! おまえ達にはあずかり知らぬだろうが、権威は何より大切なのだ!」

 と答えた。

「ありがとうございます。それから次のご注文は、消えない炎、でしたよね? 今回は戦闘が山中で行われるため、ネズミ退治法として一般的な油を用いることができない。なので、その代わりに、消えない炎というものを利用する。そうでしたよね?」

「…………」

 どうやら、これについてはすでに覚えていなかったようだ。町長はしばらく黙った。

 だが皆の視線が集中したままなので、

「そ、そうだ! 消えない炎だ! 油が使えなくてもいいんだ! 炎が消えなければネズミはちゃんと死ぬのだ!」

 町長は取り繕うように、あいかわらず訳の分からない謎理論を展開した。

 この時点で、聴衆の人達の目はすでにまん丸くなってしまっていた。――ナニ言ってんだこの人……。そんな空気が見てとれる。

「はい、それと最後のご注文は、走りながら撃てるようにし、かつ威力を高めることでしたよね。今回はトポネロというモンストロに合わせて60ジュールにしておりましたが、これを100倍の6000ジュールにするのがよいと。それから武器の重さも現行の520グラムでは少し重すぎたとのことで、さらに軽くするようにと指示を受けております。威力は上げて、重さは軽くする。認識は合っておりますでしょうか?」

 僕が一気に質問を投げかけると、人々の中から何人か鼻で笑う声も聞こえた。アイスブレイクのときよりよほどウケている。

「…………」

 鼻笑いが聴こえたことにより、どうも自分の考えが失笑に値するものだったことにようやく気づいたようで、町長はしばらく何も答えなかった。

「いかがでしょうか。これが最後の確認ですので、はい、いいえでお答えいただいてよろしいでしょうか」

 僕の言葉に町長はしばらく考えあぐねたあと、ようやく絞り出すような声で、

「……その通り! よく覚えていたな、だが――」

「はい! ありがとうございました! 確認は以上です! お手を煩わせまして申し訳ありませんでした!」

 そのとき町長は続けて何か言おうとしていたようだったが、だが僕はそれをあえて遮った。彼が発した言葉が、僕に対する初めての褒め言葉だと気づいたのは、声を遮ったあとだった。

 が、どのみち後の祭りである。

 メイドさんも会話の切れ目を見て戻ってきてくれたので、僕は正面に向き直り、

「皆様! ご披露の準備が整ったようです! これより私どもの新兵器、エイミングバレットガンの試射を行わせていただきます!」

 と高らかに宣言した。周囲からパラパラと拍手が漏れる。

 それと同時に、いよいよだぞ、といったひそひそ話も聴こえてくる。

「まずはこちら、ロングモデルからお見せいたします!」

 だがそのタイミングでルーパに手渡されたのは、今まで一生懸命作ってきた銃ではなかった。

 ――ロングモデル? 僕は今回そんなものは作っていない。身の丈が30センチほどもある細長いパイプは、発表会で使うだけのためにオヤッサンに特別に1本だけ作ってもらった特注品だ。グリップとトリガーの構造は同じだが、魔石が手元とノズル先端の2ヶ所にあるのが大きな違いである。加えてパイプの中ほどに、僕が日本から買ってきたエナメル樹脂製の透明シールドも取り付けられていた。

「では、よろしくお願いします!」

 僕は自分の真後ろに控えていた傭兵さんに、そのロングモデルとやらを差し出す。

「や、やっぱやんなきゃダメ……?」

 観客に聞こえないくらいの声で、そっと彼はささやいた。

「はい。是非にでも。これがあなたに対する罰ですから。でも安心してください。さっきも言いましたが、安全性は確認済みです」

 僕も同じくらいの声量で答える。

「わ、分かった」

 彼は覚悟を決めたように、銃を握った。

「こちらのロングモデルですが、町長様のご意見も反映し、先ほどお見せしたこちらの小さいモデルとほぼ同じ、なんと580グラムしかありません! この大きさでこの重さなら、女性でも軽々と持ち運びが可能です! しかも高出力モデル! さすがに6000ジュールに設定しますと発射できる者がなかなかおりませんので、この町一番の大魔術師に合わせ、1280ジュールとさせていただきました!」

 参考値として言っておくと、道路のガードレールの最大耐久値が、バイパス道に使われるような一番強いタイプのもので600ジュールくらいである。

 なのでこの1280ジュールの銃は、それをやすやすと吹き飛ばす計算になる。

「では、お願いします!」

 僕が促すと、彼はしばらく覚悟を決める時間を要したのち、

「く……クレピィィ!」

 傭兵さんは気合いの言葉とともに、誰もいない虚空に向けて銃をぶっ放した。


   パァァァァァン!!!!


 想像以上に大きな破裂音とともに。

 構造的には反動など生じないはずの銃からの反動を受けて傭兵さんが後ろへ吹っ飛ぶのと、

「わあああああ!!!」

 観客からのどよめきが起こるのが、ほぼ同時だった。

 思わず空中に放り投げだされた銃が、宙を舞う。



 しばし、場は静寂に包まれた。

 僕も、撃った傭兵さん自身も、観客、町長達、ルーパ、オルソラ、それから何事かとこちらを覗いていた教会のシスター達、子供達。

 みんな、みんな誰も何も言わなかった。しんと静まり返り、鳥の声さえ聞こえない静寂の中に、キーンという残響だけが耳の中に響いていた。

 だがこの状態をあまり長く放っておくと、今度はパニックが発生してしまう。

 僕はとりあえずステージの真ん中に立ちなおり、大急ぎで叫んだ。

「す、すいませんでした! 今のは寸劇です! 意図的な爆発です! 驚かせて申し訳ありません!」

 まっすぐ観客席の方に向いて、腰を90度折り曲げる感じでしっかりとお辞儀をする。その状態を数秒ほどキープしていると、やがて数秒ほどで観客からザワザワと声が漏れ始めた。

 横目でちらりと傭兵さんを見ると、彼は自分の手足が無事か確認しているところだった。よかった大きな怪我はなさそうだ。

 吹っ飛んだ銃はステージの脇の方に落ちていて……。小走りに駆け寄って拾い上げると、恐ろしいことに、バレル先端が文字通りタンポポのように花開いていた。

 何が起こったのか。そんなの決まってる。

 ――暴発である。

 自身の耐久値を大幅に上回るエネルギーを与えられたパチンコ玉は、発射する間もなく破裂し、バラバラに弾け飛んだのである。バレルの先端が開いているのは、パチンコ玉が弾ける力が、パイプの耐久値すらも大幅に上回っていたためだ。この町では、パチンコ玉のような小さな金属ボールの製造は技術的に初めての試みということもあって組成が荒く、まだまだソリタリアのパチンコ玉には及ばない。作り方は向こうと同じ圧造成型だが、人間の力(とテコの原理)だけで圧造する関係上、材料が鉄ではなくアルミニウムなのだ。だから耐久性が低いのである。

 それとパイプについてだが、今回の開発では初実験の日に9mmパラベラム弾と同じ500ジュールでの試射を行っている。が、実をいうとあれもパイプの耐久値ギリギリだったらしい。一歩間違えれば、あの段階で暴発していたかもしれなかったとのこと。オヤッサンからその話を聞いたとき僕らは震え上がった。

 しかも今回のロングモデルは、それよりもさらに薄いパイプを使ってパワーは上げているわけだから、爆発は必然というワケだ。

 僕は今後の流れを頭の中で確認しつつ、次に(当然ながら)町長の方へ顔を向け、

「さて――」

 と言葉を始めようとした、次の瞬間。

「な……! 何をやっとるんだ! バカモンがぁぁ!!! 貴様は俺の顔に泥を塗る気か! どういうことだ!」

 町長の怒鳴り声がその場に響いた。

 こちらに全速力で走ってこようとしているのを、マエストロとオヤッサンに押さえつけられている。

「貴様ら離せ! 離さんか! あのアホは一発殴ってやらにゃ治らん! 俺がが鉄槌を下してやる!」

「馬鹿野郎! それが怪我をした者に言う言葉か!」

 マエストロが町長に敬語を使わなかったのは、僕が知る限りではこれが最初で最後。彼自身もそれくらい興奮していたのだろう。

 僕は町長の方へ少し歩み寄り、

「威力を上げて軽くしたら爆発するのは当たり前でしょう? あなたの指示ですよ? それともなんですか、そんなことも知らなかったんじゃないですよね?」

「そこを何とかするのを含めての指示だバカもの!」

「そんな技術、人類的にありませんけど?」

「…………」

 そこまで言って、初めて町長は黙った。

 よくよく考えたら、ここまで酷いケースが初めてなだけで、別に聞き分けのない客自体は今までも僕の周りにはいたのだ。俺のイメージ通りのものを作れ、俺と同じ熱量を持て、なんで俺の言ってることが分からないんだ。などなど。そうした困った人達はどこにでもいるものだ。むしろソリタリアの人達の方が、ニュースサイトで巧い言い回しを学習している分、町長のようなストレートなタイプよりもタチが悪いと言えるかもしれない。

 そういう人に自分の言ってることがメチャクチャだと分からせるにはどうすればいいか。簡単だ。実演して見せればいいのである。たとえ実演しても、そういう人達はできなかったことを人のせいにするものなのだが、少なくとも“到底できないことを自分が言った”ことだけは伝わる。

 だから僕は、暴発を意図的に演出した。

 ちなみに誓って言うが、もし町長の命令通りに実装していたら、という前提だけはちゃんと守っており、金属の強度を意図的に落としたりはしていない。そのような細工をすれば確実に暴発を誘えるが、それをやってしまうとバレたときにしっぺ返しを食らう。

 だから僕は、こんなにも堂々としていられるのである。

「それとも、人類の誰もなしえないことを、僕ならできると思ったんですか? それ、根拠なんです?」

 僕は割と不相応に頭がよさそうに見られがちなタイプなのだが、こういう人間にとって「君ならできる」という言葉ほどムカつくものはない。そもそもできるわけがない上に、実際できなかったときの責任も全てこちらに押しつけられるからだ。

「……で、できないなら……」

 町長は、今まで聞いたことがないくらい弱々しい声で、「できんのならできんと……なぜ言わんのだ……」

 正直聞き取るのもやっとの声だったが、どうにか聞きとれた。

「言いましたが? 言ったからこそ不敬罪を持ち出したんですよね。そのときに、しっかりとお断りさせてもらっていますけど?」

 そのときは人類的に無理という言い方ではなく、自身の誇りにかけて無理と言ったのだが、そこは大した違いではないだろう。何と言ったところで、その後の町長の発言は変わらなかったと思われるからだ。

「…………」

 それからしばらく、実に十数秒以上もの間、町長は一切なんの言葉も発することはなかった。

 僕は辛抱強く、彼の次の発言を待った。――早く何か言え。ジッと見つめることで、そういうプレッシャーを彼にかける。

 多少なりとも反省の言葉が出るならそれでよし、あるいは――。

「そ、そもそも! あの命令はそういう意味じゃない! そう! 違うのだ!」

 だが彼の口から出てきた言葉は、とても反省の意識があるとは思えないものだった。

「……は?」

「ご、誤解をさせたのならそれは謝ろう! だが違うのだ、そういう意味じゃなかったのだ! 私の指示は威力を上げろという意味でも、銃を軽くしろという意味でもないのだ!」

 その瞬間――。

「それはどういう意味だ!」

「おまえナニ言ってんだ!」

「恥を知れ恥を!」

「こんな〇〇は××だ!」

 今まで成り行きを静観していた観客から、野次が飛び始めた。

 観客の大部分は貴族の付き人で、丁寧な言葉遣いに慣れた人達のはずなのだが、多少曲解しても丁寧とは呼べないような言葉なんかも飛んでいる。

「ふぅ……」

 僕はため息をついた。残念ながら、彼のこの行動は十分に予想されたものだったからである。

 なぜなら、この国には平民に紙が普及していないからだ。メモ用紙からコピー用紙からトイレットペーパーから、とにかく紙という紙を僕が日本から持ち込んでいるのも、同じ量の紙がこちらではとにかく高いからだ。A4サイズほどの紙1枚と、平民の食事1回分がほぼ同じ値段なのだ。一応、羊や豚などの家畜の皮を効率的に紙にする技術はあるそうなのだが、そんな効率の悪いやり方で国民に十分行き渡る量の紙が作れるわけがない。必然的に大部分は貴族がビジネスに使う分だけで消費されつくされ、その文明の高さと比べて不思議なほど紙のないという、おかしな状況が生まれるのである。

 ゆえにこの国では“証拠を書き残す”という習慣自体がない。町長の執事さんに雑談がてら聞いてみたところ、一般に裁判で証拠といったら物的証拠のみのことを指し、紙面記録の類には証拠能力自体が認められていないそうなのだ。

 そのような文化背景もあり、この国では失言を取り消すのもとても簡単だ。単に「そういう意味じゃなかった」とだけ言えばいい。記録自体がないので言われた側も納得するしかないのである。

 そう。“記録がないから”ね。

「そ、そうだ! 私の指示は威力を上げて銃を軽くしろという意味ではないのだ! そういう心意気というかだな、当然、実際にやれば爆発することは分かっていた! そんなことは当然だろう!」

 町長の言い訳は相当に苦しいものであったが、

「……おまえ」

「あなたちょっと何考えてるの!?」

「そんな言い訳が通じるのか!」

 それでも聴衆の人達の言葉は、それでも少し弱々しくなった。

 本人がそう言う以上、それを信じるしかないのが記録がない世界の欠陥である。

 だが、僕は全く焦らなかった。

 必然的に有って然るべきものを、悠然とポケットから取り出しただけだ。

「じゃあ、これはどういう意味ですかね?」


   威力は上げて、重さは軽くする。認識は合っておりますでしょうか? ……その通り!


 言わずもがな、ボイスレコーダーである。

「………!?」

 それを聞いて、町長は目を丸くした。聴衆からも驚きの声が上がる。

 証拠を残す感覚に欠ける国の人であれば、このような証拠の残し方があるとは絶対に気づかないだろうと思っていたのだ。周囲の声もしっかりと拾えるよう、会議記録用のものを3000円で買ってきた。

「これを聴きなおす限りでは、威力は上げて重さは軽くする、という確認に、その通りだと、はっきりおっしゃってるようですが?」

「…………」

 今度こそ、本当に町長は黙った。

 意外な魔道具の登場に会場自体もざわついていたが、それは一旦無視して、僕は話を進める。

「さて、今この場にいる皆さんの疑問を解決するときですよ、町長。僕が必要十分だと申し上げた威力を、なぜ上げろとおっしゃったのでしょうか? 今ここにいらっしゃる皆さんの大部分は、それが不安でいらっしゃっています。曖昧な理由はもう通用しませんよ」

 僕が何歩か町長の方へ歩みを進めると、

「…………!」

 町長はジリリと後ろへ下がろうとした。

 だが彼は両手をマエストロとオヤッサンに押さえられているし、彼の後ろには草藪もあってそれ以上は下がれなかった。

 本当に長い間、彼は何と言うべきを必死で考えていたようである。

「そ、そもそもだ!」

 本当にようやく、やっとのことで彼は声を絞り出し、「そんなものは捏造だ! 声を覚える装置なんてできるわけがない! できるわけないんだ!」

 それだけ、本当にもう、あまりにも見苦しすぎる反論をした。

「……ふぅ」

 もしこれが日本だったら見苦しすぎて目も当てられないところなのだが、だがここはガトーニア。実のところ、これは彼の言い分の方が正しい。

 装置の存在が認められていないということは、その証拠能力も認められないということでもあるからだ。

 心情的にはおそらくすでに彼は四面楚歌であろうが、だからといっても、どうしたものか。

 ――議論をフリダシに戻すしかないのかな……?

 僕がうんざりと、そんなことを考えた、そのとき。

「仮に先ほどの不思議な声に証拠能力がないのだとしてもだ。おまえが国家転覆を図った証拠はもうそろっているのだぞ。残念だがもう終わりだ」

 声が響いた。



 振り返ると、そこには1人の男性が立っていた。

 一目で貴族と分かる服。それも軍人の礼服だ。まかり間違っても小さな町のミニイベントに出かけていく服装ではない。

 その姿を見て、まずマエストロとオヤッサンが敬礼をした。その際に彼らは町長の腕を解いたが、町長は逃げなかった。

 それから執事さん傭兵さんメイドさんと、なんとルーパもステージ上から敬礼している。観客席にいる人達も、一部貴族と思われる人達以外はほとんど敬礼している。相当偉い人なのだと思った僕は、彼らに倣って敬礼しておいた。

 年の頃なら、おそらく60か70くらいだろうか。その口の周りにはたっぷりと髭を蓄え、堀の深い青い眼からは、今にもレーザービームでも出そうな恐怖を感じる。

 とはいえ、この人が誰なのか大方の予想はついていたので、

「……お、お父様……!」

 町長がそんなことを呟いたときも、やっぱりね、というくらいしか僕は思わなかった。

 ここパパガロを含めた計5つの町を統べるダッコー領全体の領主、ダッコー男爵である。

「思えば、おまえは昔からそうだったな。おまえにこの町を任せたとき、多少は問題を起こすことは織り込み済みだった、問題のある人物が町長になると告げるために、私は町の有力者達に何度も頭を下げねばならなかったものだ。平民に1日3回も頭を下げたのは、本当にあのときが初めてであった。それでもとおまえを町長にゴリ押ししたのは、決しておまえを信じてのことではない。おまえに少しでも責任感というものを持ってほしかったからだ」

 僕は彼の喋り方を聞いて、だいぶ安心した。なぜなら今までずっと、似たもの親子だったどうしよう、という不安を持っていたからだ。

 多少、父親としては不器用なタイプなんじゃないかなと感じさせる面はあるが、人としては十分にまともそうだ。

「お、お父様、私はただ……!」

「黙れ」

「…………!!」

 何か言おうとした町長を、だが男爵はほんの小さな囁きだけで押しとどめた。

「すまないが、場を開けてもらえるかね?」

 彼はステージの真ん中に立つため、そこにいた僕に声をかけた。

「もちろんです。どうぞ」

 僕はそう言って一歩後ろに下がる。

 彼がステージに立つと、僕の目には確かに、街頭演説を行う政治家の影が見えた。なんというか、立ち方がとっても政治家っぽいと感じたのである。

 聴衆に信頼されてようがされてまいがモノともせず、自分の意見を大声で叫ぶだけの器量があるように見えた。

「お集まりの皆さま! それからパパガロ町民の諸君! こたびは我が不肖の息子が心配をおかけしたことを、心からお詫び申し上げたい。先ほどの町の者からの卓越な説明ですでにお察しいただいてるかと思うが、我が町から戦火が起こるなどという噂は誤りである! ……しかし! 調査の結果、誤解される状況があったことが事実だったと判明した。その点について真摯に謝罪したいと考えている。本当に、申し訳ない!」

 ダッコー男爵は深々と、ステージ上から頭を下げた。

 チラリ、と町長を覗き見ると、彼の顔はそれはそれはもう、真っ青だった。生まれたての小鹿のようにプルプルと震えており、釣れたての新鮮なイカとどっちが白いかと聞かれても、すぐには答えられないくらいだった。

「さて、オンブレよ。おまえには質問が2つある」

 男爵は町長の方へ向き直り、「1つは、なぜトポネロを殺すための武器を、ドラゴンを倒すものと偽った? それによって私に一時は国家転覆罪の容疑すらかかったのだ。理由ははっきりさせてもらうぞ」

 そう質問した。

 これについては、個人的には予想はついている。うっかりドラゴンも倒せると言ってしまって、引くに引けなくなったといったところだろう。

 この世界のドラゴンは、ちゃんと存在する生き物の名前だそうだ。カタストロフ級だの神話級だのといった凄まじい存在だったりはしないみたいだが、少なくともソリタリアの常識では計り知れない、地上最強の生き物ではあるらしい。きっと彼も最初は、ものすごく強いという慣用句のつもりで、ドラゴンも倒せると言っただけだったのだろう。

 たったそれだけのことが、国家を揺るがすような大きな噂になったのだ。

 ちなみにその際、銃を褒めちぎりすぎて噂に真実味を持たせてしまった傭兵がいたのだが、それが先ほどロングモデルを撃った彼だ。同じことを先に町長がやってしまったとはいえ、まだ未発表だったはずの兵器の情報を外部に漏らした罪。こういうことになるから、未発表作品の情報は重要な機密なのだ。

 そしてその罪に対して与えられた罰が、発表会で一番危険な役を引き受けることだったのである。

 ホント、口は禍の元とはまさにこのこと。

「……それは……その……」

 町長も今さらながらそれを深く実感していることだろう。なかなか二の句が継げずにいたようだった。

「あともう1つの質問は――」

 だが、男爵はなぜか町長の答えを待たず、早々に次の質問へ移った。

 なぜ深く追求しないのか不思議だったが、その疑問はすぐに解決した。

「フローレンス州の州領主様への、私の手紙を捏造した理由だ。先日行われた晩餐会について、私は断りの手紙を出したはずだった。それをおまえは自分が1人で行くという内容に勝手に書き換えたな。州領主様宛の手紙はれっきとした公文書で、隣町の町長への手紙とは重みが違う。書き換えは公文書偽造罪。これについて私が、相応の謝罪と対応を求められていることは……分かるな?」

「…………」

「といっても、今すぐ答える必要はない。親としての最後の情けだ。答えを考える時間をやろう。おまえには裁判への出頭命令が出ている。その日までに答えを用意しておけ。答えられなければ罪は相応のものになるから、そのつもりでな。おまえをちゃんと教育してやれず、すまなかった」

「…………。……はい」

 町長は本当に、文字通り蚊の鳴くような声で、たった一言それだけ答えた。

 先ほど男爵が国家転覆罪という言葉が出たことからも分かる通り、現在その罪は町長にかかっている。もしその罪がそのまま認められた場合、その量刑は、人類史上古今東西どんな時代のどんな国でも死刑か、よくてせいぜい永久的禁固刑と決まっている。

 町長がこれを回避する方法はただ1つ。見栄を張るために嘘をつき、その辻褄あわせのために周囲に怒鳴り散らしたと、真摯に認めることだ。個人的には、彼には裁判のときまでにそれができるようになってほしいと思っていた。たしかに町長は僕にとってクズだが、死を望むほどではないからだ。

「なお、本日現時点をもってオンブレ・ダッコーの町長の任を解職とする! ――護送しろ!」

 男爵の言葉で兵士が2人出てきて、町長は彼らに引き渡された。

 両脇を固められて歩く彼の姿は、人間のそれというより、指先でつままれた一粒のアンチョビのようだった。

 町長の姿が見えなくなると、ふと、男爵がこちらに顔を向けた。

「ときに聞きたいのだが、町長の命令に歯向かって不敬罪になりかけたのはおまえだな?」

 まさかこのタイミングで声をかけられるとは思わず、僕はちょっとドキッとした。

「え、あ、は、はい!」

 ちょっと声が裏返った。

 不敬罪相当の行為を行ったことを認めるべきか悩んだのだが、考える暇などあろうはずもなく、素直に認めるしかなかった。

 まさか本当に不敬罪が適用に!? 口は禍の元が自分の身にも!?

 一瞬、そんなことを心配しそうになったが、

「ありがとう! いい判断だった!」

 だが予想に反し、返ってきたのは肯定的な言葉だった。

「……え?」

 ちょっと意味分かんなかった。

「聞いた話だが、自分の銃で人は殺させないと、オンブレに向かって真っ向から豪語したそうじゃないか」

「……あ! たしか……言ったと思います」

 そういえば、そんな感じのこっぱずかしいことを町の中心で叫んだ気がする。

「あの一言を他の町の行商人がたまたま聞いていたそうでな、その話がすぐに広まったことで、兵器開発が宣戦布告のためのものという噂が払拭されたようなのだ」

「え、たったあの一言でですか?」

 たしかにあのときは相応の人混みがあったが、複数の町々に話が広がるほどではなかった気はする。

「噂とはそういうものだよ。そして私の国家転覆罪の容疑もな、それで晴れたのだ。だからある意味、君は私の命の恩人なのだよ。本当に、ありがとう! 君のその尊き職人魂を、心から喜ばしく思う」

 こ、この世界の人はホント……! ポジティブな感情表現が大げさすぎる!

「あ、は、はい……お役に立てたなら、幸いです……」

 どう反応したらいいか分からず、僕は少し俯いて言葉に詰まった。

 男爵は一転、朗らかな顔で両手を大きく広げ、

「さぁ! お集まりの皆さま! 長らくお待たせした! パパガロの職人が作りし魂の新兵器、ドラゴンには到底およばぬが、トポネロに悩む農村に革命を超すことは確実である! ……さ、君の作品の本当の実力を披露してもらえるかね?」

「はい! 喜んで!」

 この“喜んで”という言葉を本当に心から言ったのは、日本人では多分僕だけだと思う。

 その後の発表会では弾が命中するたびに大きな歓声が上がり、質疑応答タイムが3回も延長されるほどの大盛況だった。


   エピローグ


 当初僕は、急な町長の退任で町はかなりドタバタするんじゃないかと思っていたが、別にそんなことはなかった。

 なんせ、オンブレ・ダッコー元町長はまともな仕事をろくにやっていなかったからだ。もともと仕事をしてなかった人が仕事をしなくなったからといって、何が変わるわけでもなかったのだ。町長舎に官僚長という約職の人がいて、今までも町の仕事の大部分はその人がやっていたらしい。新しい町長が決まるまでは、その人が町長代理となると聞いている。ただし、マエストロ、オヤッサンほか数名の町の有識者が補佐に任命されたため、彼らの方はかなり忙しくなった様子。顔を合わせる機会はほとんどなくなっていた。

 僕の作ったエイミングバレットガンは、トポネロ掃討作戦に順当に正式採用され、順当に成果をあげている様子。店に立ち寄った冒険者の人達からお褒めの言葉をいただくことが増えた。曰く、トポネロだけでなく、小型のモンストロの大部分を一撃で倒せるようになり、狩りがとても楽になったんだそうだ。

 さて、その日は、マエストロが忙しい合間を縫って中間報告に来てくれていた。

「ま、少なくともトポネロの凶暴化が落ち着くまではうちの町で独占してよ、来年くらいから他の町に向けても販売していくことになった。おまえらとしても忙しくなるだろうが、よろしく頼むわ」

 店が閉まるくらいの時間になって彼が訪ねてきたので、僕は彼を事務所に上げていた。

 もうすっかり聴き慣れた夕の鐘が、茜色の空に響く。この音も涼しい秋日に聴くと、なんだか他の季節とは違った情緒があるように感じた。窓から入ってくる風はどんどん冷たくなっており、過酷な環境で生きる現代日本人としては、ろくすっぽ暑くなりきれないうちにもう秋か、という印象である。

「俺らは問題ありませんよ。ただ量産するだけなら注文するだけですからね。忙しくなるのはオヤッサンでしょうね」

「だな」

 ルーパとマエストロは、苦笑気味に茶をすすりあっていた。ちなみに、このとき出したお茶は伊右衛門。ペットボトルの方ではなく、京都福寿園から取り寄せた茶葉だ。

「ああ、そうだ。この町で新しい制度が始まることになったから、おまえらに関係しそうなのを教えとくぜ」

 思い出したように、マエストロは人差し指を立てた。

「え? こんなときにですか?」

 今は町中がドタバタと忙しいだろうに、このタイミングで? 僕にはそれが不思議に感じた。

「こんなときにというより、こんなときだから、と言うべきだろうな。前町長がせき止めてた話が一気に動き出したんだよ」

「ハハ……」

 あの人、承認のサインをするだけのお仕事すら嫌がりそうだもんな……。

「おまえらに関係ありそうなのは……2つかな? 1つは、今度から失業者、浮浪者に対する仕事紹介制度が始まる。おまえらも人を雇いたいときは町役場に行くといい。そこで人の面倒をみてくれる」

「へぇ! いいですね! さっそくコボちゃんの相棒を探すか!」

 と、ルーパは目を輝かせた。つまるところは異世界版のハローワークといったところだろう。うちとしても店番担当が今後ますます不足する見込みだから、相棒といわず2~3人いてもいいかもしれない。

「それともう1つは、前町長が汚いから絶対やるなっつってた下水道整備事業が、本格的に動き出す。これはおまえらにとっては悪いニュースだが、事業を長く止めてた分、下水道料金が当初より高くなる見込みでな。低所得者層から金をとるわけにはいかねぇからって、高所得企業の事業税に上乗せすることになった。これからはおまらも無視できねぇ話だぞ」

「……あ、そっか! うち、今年は零細企業じゃないんだったわ!」

 今さら思い出したように、オルソラは手をポンと打った。

 しかし下水道整備事業を止めた理由が汚いからって……本末転倒というか。それが前町長らしさなのだといえば、それまでだが。

「それともう1つ……だ」

 不意に、マエストロはなんだかニヤニヤとした笑みを急に作った。

「ど、どうかしたんですか?」

 ちょっと嫌な予感。

「キータの作ったプログレッシブナイフな。あれ、C級魔剣に認定されることになった」

 すると――。

 事務所の空気が一瞬だけ、本当に一瞬だけ凍りついたようになって、

「な、マジか!」

「やったー!」

「まぁ、おめでたいわぁ~。おめでとう、キータ~!」

 一気に弾けた。

 え? ……え!? どゆこと?

「あのあの、どうかしたんですか!?」

 あまりの大声に、帰り支度中だったコボちゃんがビックリして戻ってきてしまった。

「あ、いや、すまん。キータの武器が魔剣認定されたんだよ。プログレッシブナイフな。明日からそのつもりで売ってくれ」

「あ! それは凄いです! あのあの、おめでとうございます!」

 コボちゃんは僕のところへ駆け寄って、両手を握って祝福してくれた。

「ああ、ありがとう」

 まだピンと来てない僕は、それしか言えなかったが。

「魔剣認定されるとどうなるんだ?」

 なので聞いてみる。

「あそっか、分からないわよね」

 オルソラは指で涙をぬぐいつつ、「魔剣認定は、特に攻撃力の高い危険な武器に所持制限をつける制度よ。本来は販売者に有利な制度じゃないんだけど、でも普通に作った普通の武器が認定されることないから、実質的に頭一本突き抜けた武器を作った称号みたいなものね。しかもC級よ、C級! C級以上は店の看板に出せるわ!」

 彼女は僕の手をブンブンと振り回した。

「そ、そっか……」

 なんだか、この町に認めてもらえたような、そんな気がした。

「って、もー! あんたはそうやってすぐ泣くんだから!」

「あ、ああ、ご、ごめん」

 自分ではちょっと目頭が熱くなる程度のつもりだったのだが、周りに分かるくらい涙が出たらしい。オルソラがハンカチで拭いてくれた。

「でもぉ~。だとしたら二つ名を考えてあげなきゃだよねぇ~」

「お。そういやそうだな」

「え? そんなのいるの!?」

 二つ名という言葉自体は単にニックネームという意味だが、二つ名がつくというとどうしても中二病みたいなイメージがつきまとう。

「ああ。魔剣の製造者には自然に二つ名がついちまうものなんだよ。でも自然に任せると変な名前になったりするから、周囲のやつらで話し合って決めるのが通例だ」

「ちなみに自然に任せるとどんな感じになるの?」

 できればカッコ自称カッコ閉じ、の状態は避けたいのだが……。

「ん~。あたしが知ってる範囲だとぉ~。ポルトフィーノのが有名かなぁ~。ここから半日くらい行ったところにそういう町があるんだけど~、そこにいる武器商人さんで、B級魔剣のゴリゴリぶよぶよのって人がいるわねぇ。あの人、本名なんだっけぇ~?」

 ゴリゴリぶよぶよの!?

「ああ、その人か。本名あんま知られてないんだよな。ゴリゴリぶよぶよの人としか……」

 てかそれ、どんな魔剣!? しかもB級て!

「でもぉ。自然に任せた方が有名になれる確率は上がるわねぇ~」

「ま、それはそうだな」

「お手数ですが考えてもらえないでしょうかっっ!」

 僕は即答したのだった。

「それならいいのがある。もしかして、と思って考えておいたのがあるんだ」

 おお! ナイス、ルーパ! 脱、ゴリゴリぶよぶよ!

「どんなの? 意識的につける二つ名といったら普通だと、何々の錬金術師、って形に収めるのが通例だけど」

 れ、錬金術師ときたか……。

「ルーパ、あなたは確か、ひたむきの錬金術師、よね」

「え? ルーパ、魔剣認定者?」

「ああ。俺のはD級だからあんま知られてないし、看板にも出してないけどな。ただでさえ錬金術師って言葉は研究バカって感じすんのによ、そこに“ひたむきの”なんてつけたら、よく考えたらひたむきな研究バカって意味になっちまうじゃねぇか!」

 ルーパ、あんまり気に入ってないみたいだけど、それ君のイメージぴったりだからね?

「だからこいつには俺みたいな失敗はさせたくねぇ。もっといい意味合いのものがいい。そう思ってな。……こいつの知恵はどれも革新的だが、中でも一番応用の効くのがパチンコ玉の製造技術さ。小さすぎて本来は1つ1つ手作業での加工が必要なところを、低温でも溶けるアルミニウムを使うことで工程を大幅に削減した。このアルミってのは本来、加工しやすいが武器には使えない柔らかい金属だったはずなんだが、キータの野郎、いくつかの金属を混ぜて実用十分な強度を作り出しちまいやがった。これぞまさに鋼の革命さ! だからこいつの名前は鋼の――」

「そ、それダメーーーー!!! バツバツ絶対ダメ!!! アウトー!! それ荒川先生にめっちゃシバかれるやつ!!!!」

 残念だが全力で拒否させてもらうっっっ!

「そ、そうか……。そんな怖い人がいるならしょうがないな」

 ルーパ、否定されてちょっとしょんぼり。だが許せ。守ろう、著作権。

「じゃあ、こんなのはどうかしら」

 すると次はオルソラがアイデアを出し、「今回の銃を作るとき、安全性に配慮した実験とかメッチャやったでしょ? 人を傷つけないために武器を作るって、考え方としてけっこう逆と言うか、斬新だと思うのよね」

「ああ、そういや、場所を借りてわざわざ金まで払って実験したのは俺も初めてだったな」

 え? そうなの?

「でしょ? だからそういう感じを大事にしたいと思って、“良き錬金術師”とかどうかしら」

「ふむ……。悪くねぇ」

「あ、それいいかもぉ~」

「どう? キータ」

「ああ、ありがとう。いいと思う。気に入ったよ」

 中二病臭さも低めだし、自然に忘れてもらえそうないい名前。

 ――と、そのときは思ったのだが。

 実際にはこの名前が町の人達にすっかり浸透し、かつ、これが僕自身のイメージとなって相談事とかメチャクチャ増えるんだけど、それは別の話。

「まとまったみてぇだな」

 マエストロはその巨躯を持ち上げ、「飯でも食いに行こうぜ! 今日はおごるからよ! 全員でついてこい!」

「やった!」

 僕らはみんなで歓喜の声を上げた。

 なぜなら、この町には食うもんが肉しかない反面、それゆえ肉と酒は最高に美味いのだ。



 最後に余談だが――。

 この春まで僕が務めていた会社が、情報漏洩事件を起こして新聞に載った。

 当初は「以前勤めていたエンジニアが退職時に漏らした」と発表されていて、それって僕のことだよね、などと多少おっかなびっくりだったのであるが、実際には人事部長が小遣い稼ぎで流したのが真相だとアッサリとバレて警察沙汰になったようだ。

 犯人は、僕が辞めるキッカケとなった、最初に難癖つけてきたあの人だった。僕を謹慎処分にしたこと自体、自分の罪を押しつけるためだったようだ。

 しかもその際に発表された話の辻褄があまりにもおかしく、そこから問題が起こると全責任を開発部に押しつける企業ぐるみの依存体質が明らかになったり、就業規則も開発者に不利になるような改定が一方的に行われていたことが分かったりして、現在は全ての取引先から縁を切られて孤立無援状態。

 倒産のカウントダウンがすでに始まっているとのこと。

 これには僕も正直スッキリしたというより、ここまで酷い企業だとなぜ在社中に気づかなかったのか、自分の鈍さにちょっとうんざりした。

 いや、これはむしろ逆かな?

 いい仲間に出会ったからこそ、それ以前の環境の劣悪さにも気づけるようになったのだと思う。


おわり


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