7:明日のために、いのり
その日の夜。久遠といのりは明日に向け、必要なものを植物園の隅々から掻き集めた。とはいえいのりは幽体なので、もっぱら久遠に指示を出すだけ。肉体労働は久遠にしかできないので、久遠は不服そうな顔を浮かべ続けていた。そろったのは探査用の衣類や着替え、寝袋や簡易的な調理器具。食材だけは見つからず、現地調達という一抹の不安を残す方針が決まった。
『ああ、あとこれも』
そう言っていのりは、母屋の工房から採取用の試験管や刃物なども指さした。
『それも』
最後にいのりが指さしたのは、工房の作業台の上に開かれたまま放置されていた〝植物園日誌〟。久遠が中を確認すると、錬金炉の使い方や素材の選び方といった錬金術師の基礎となるような知識がメイリオ文字で記されていた。いのりが言うには、この植物園が最初の国定錬金術師によって開設され、いのりが死んで地縛霊になるまで、歴代の術者によって連綿と書き連ねられてきたものらしい。
道理で何万千冊と残ってるわけだ、と久遠は思った。簡単なありふれたノートなのに、何万冊もの日誌が劣化せずに残っているのも、錬金術師の力、あるいはこの植物園内に生じている何らかの力場の作用だったりするのだろうか。そんなことを考えながら、久遠は必要なものをバックパックに詰めていった。
こうして荷造りを終えた久遠は、母屋の奥の物置部屋に案内された。埃をかぶったベッドやサイドテーブル。くすんだ窓ガラス。大量の小さな紙箱。それらをえも言えぬ表情で見渡す久遠に『取り急ぎここで寝泊まりしてもらうことにしましょう』といのりが告げた。
久遠は「ねえ……」と言いかけたが、居候の身で文句を言うのも違うのではないかと思いとどまった。別にこの植物園にずっと暮らすわけでもないんだ。いのりの言う神獣の脅威とかが落ち着けば、元の場所に戻る方法だってすぐに思いつくはずだ。
『お手洗いは右隣の扉です。左隣は地下室の扉なので間違えないように』
「……その地下室とやらには入れるのか?」
『光の速さで動く粒子を扱っている特別な領域です。下手に開けると宇宙が壊れます』
「トイレと間違えて壊れる宇宙って……」
久遠は明かりを消し、もそもそと布団にもぐった。なんだか埃の匂いがする。
『明日のために、久遠さん』
「明日のために、いのり」
そう言うと、久遠はまぶたを閉じた。