8:ようこそ、トドゥルへ
翌朝。温室の東屋でいのりが待っていた。
『さて、目的を整理しましょうか。目的地は墓所の結界石の南東側に広がるオシラサマの領域――原生林〝聖蹟の樹海〟です。ここで結界石の修復に必要な素材と、その前段階で必要となる錬金炉自体の修復に必要な素材を採取します。指示したものは準備できましたか?』
「備品室にあった探査用の服に着替えた。錬金術師の必須装備だとかいう安全帯もしっかり締めたよ。バックパックには着替えと携帯食糧と水筒、それに野営セットが入ってる。あとはいのりに言われて書棚から探してきた、植物園日誌二四三四巻の写しが一冊」
いのりは『充分です』と言い、東屋のミニテーブルの上に手を伸ばした。そこには拳ほどの大きさの、黒光りする球体が置かれている。何やら特徴的な波紋が浮かんでいて、久遠はそれに見覚えがある気がした。いのりは手のひらをかざし、祈るように囁きかけた。
『天の福音を預かりし、星見の巫女が語りかけん。我、天の羽衣を纏いし者なり……』
球体を中心に幾何学的な桜色の魔法陣が浮かび、いのりの霊体を包み込んでいった。球体はふわりと浮かび上がり、いのりの髪と虹彩がほんのりと桜色に染まった。
『アルマの器と呼ばれる魔道具です。アルマとは、エニェ文字でたましいを意味します』
「アルマの器。たましいの器ってこと?」
『ご明察。謂わばこの植物園の地縛霊ですから、わたし。外に出るには、いちいち魔道具に憑依する必要があるんですよね。めんどくさいことこの上ないですケド』
そんなアルマの器は鬼火のように桜色の燐光を放ち、ふわふわとの目線の高さに追従する。
いのりは得意げに、ふふんと鼻唄を口ずさんだ。
「あ、ちょっと! どこへ!」
「外へ」
東屋を抜けて花壇を歩いていくいのり。熱帯植物に囲まれた温室の出入り口が姿を表した。
二重のドアだ。どちらもきれいな一枚板のガラスで出来ている。
ドアノブは無い。
いのりはガラスの扉の一枚目に、透けた手のひらをぴたりと添えた。
『防疫正常。DNASコネクタとグリーンライブセンターの接続正常性を診断中……』
「なあ、やっぱりこの家って――」
温室に生い茂るパキラの葉をかき分けて、久遠がいのりに追いついた。
『外界大気組成正常、窒素七十八パーセント、酸素二十パーセント、二酸化霊素一パーセント、アルゴン〇・九パーセント、二酸化炭素〇・〇四パーセント』
一枚目の扉が、ひとりでに開く。
導かれるように二人がそれをくぐると、背後で一枚目の扉が閉まった。
すると少しだけ、耳鳴りがした。
いのりは淡い逆光のなかで柔らかく微笑むと、三つ編みを翻して、久遠に手を差し伸べた。
『ようこそ、無数の墓標と花畑に覆われた無人の惑星、トドゥルへ……』
やがて二枚目のドアが開く。
立ち尽くす久遠の鼻孔を、春の花の香りが吹き抜けていった。




