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7.幸せの咲く場所

◇ ◇ ◇


 セミの鳴き声が聞こえてくる。最近ではそれが当たり前だ。季節はすっかり夏本番。もう少しすれば、今度は秋の兆しが見えてくるだろう。

 うだるような真夏日が続く中、今日は珍しくカラッとした陽気だ。暑くはあるが、不快ではない。

 宿舎の裏手にある広場に、マキはひとり立っていた。


(そろそろ草むしりの時期だな)


 無造作に伸びている雑草に目をやり、思い返す。毎年このくらいの時期になると、家族みんなで草むしりをした。センセイも一緒に。

 誰もいない(さび)しい広場に、過去の情景が重なる。今にも笑い声が聞こえてきそうなほど、はっきりと。

 旅立ちの碑を見た途端、魔法が切れたように情景も消えた。駆け回るミーコ。草むしりをさぼるジュンペイを叱るリサ。みんな消えた。


(みんな行っちゃった)


 旅人の家には、もう誰もいない。夏祭りの翌日にセンセイは旅立った。

 マキは石碑の前まで歩み寄ると、しゃがみ込んで雑草をのけた。埋もれかけていた石碑に刻まれた、文字があらわになる。


『誰もが楽園に旅立てる』

(センセイのしてきたことは……人の命を勝手に決めるのは、たぶんきっと悪いこと)


 ずっと左手に握っていたカードを、石碑へと立てかける。押し花になることで時を()めた菜の花は、あの日喜楽園のそばで()まれた時からずっと、あせることなくその色彩を(たも)ち続けている。


「センセイ……私ね、やっぱり、センセイが間違ってたとは言えないよ」


 石碑に手を()れ、語りかけるマキ。


「だってユキヒロやリサが、みんなが不幸だったかなんて、私には分からない。センセイの鳥籠は確かにあったかくて……少なくとも、みんなと過ごしたあの時間。私は幸せだったよ。あのままなにも知らずに終わっても、きっと私は幸せだった。センセイは私に、とっても素敵な、あったかい世界をくれたんだ」


 太陽の光を浴びた石碑は、ほんのりと温かかった。


「だけど私は知っちゃったから。生きる苦しみも、(よろこ)びも」


 マキは胸に手を当てた。ドクドクと命を叫ぶ心臓。今ではもうマキの一部だ。ソラが――大地の弟がくれた命だからこそ、余計に大切に思う。


「もしかしたら私は、明日(あした)死んでしまうかもしれない。終わりがいつになるのか、私には分からない……でもだからこそ、今この瞬間、生きてることがうれしいんだ」


 笑って立ち上がり、ポケットから(しるべ)を取り出す。マキがかつて持っていたものではない。センセイが用意していた予備の(しるべ)だ。大熊先生がセンセイの部屋を整理していた時に見つけてくれた。

 鮮やかなマリーゴールドの押し花。裏返すと、整った字体で文字が書かれていた。

 ()()


「私、今を生きるよ。精いっぱい生きるから」


 真生は空を見上げた。楽園があろうとなかろうと関係ない。

 きっとそこに、みんなはいるから。


「ありがとうセンセイ。幸せの場所を見つけたよ」

お読みくださり、ありがとうございました。

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