6.夏の夜の鼓動① ただ楽しくて、笑っていた。
◇ ◇ ◇
窓は閉じているのに、外からセミの鳴き声が聞こえてくる。
1カ月前、夏の訪れを告げたセミと同じ種類の鳴き声だ。
(でもそのセミは、きっともういないんだよね)
セミの地上に出てからの余命は、とても短いと聞いた。
こうして自室の机に向かって座っていると、宿舎にいた頃を思い出す。
もちろん、部屋の広さから内装まで全てが違っている。
だけど悶々とした思いにとらわれて、机に向かっているのは変わらない。
(それでも発作が落ち着いてきただけ、マシなのかもしれないけれど……)
マキはため息をついた。
昔の自分はこんなに鬱々としていなかった。毎日がただ楽しくて、笑っていた。
センセイがそんな世界を作っていてくれた。
(センセイ、大丈夫かな……)
最近では、大熊先生が毎日のように往診に行っている。大熊先生としては、センセイを喜楽園に連れてきたいようだけれど、本人が拒否しているらしい。
(きっと、最期まであの場所にいるつもりなんだ)
下唇を嚙む。センセイの最期について考えると、いつも心が締めつけられる。
(嫌だよセンセイ。いなくならないで)
それがようやく導き出せた、マキの嘘偽りない本音だった。しかしそれを前面に押し出すことには抵抗があった。
(私は少しでも長く、センセイに生きていてほしい。だから喜楽園で大熊先生に診てもらってほしい。でもセンセイは長く生きることより、待ち人の家にいることを望んでいる。だったら私の気持ちは押しつけなのかな)
マキ自身が、知らぬ間に与えられた心臓に対して、いまだ戸惑いから抜け出せていない。そしてそれ以上に、ソラの命を犠牲にして生き永らえていることに罪悪感を覚える。
では自分は生きたくないのかと自問すると、やっぱり死ぬのは怖くて……
なにが最善なのか。なにが幸せなのか。分からないから求めることもできない。
(なんで私は、こんなに優柔不断なんだろう)
今日何度目かになるため息をついていると、
「マキ、夏祭りだよ!」
元気よく、優菜が部屋に入ってきた。
「夏祭り?」
頰杖を突いたまま、マキはきょとんと顔を向けた。
優菜はずかずかとマキの元までやって来ると、両手のひらで机をたたいた。
「もう、前からずっと言ってたじゃん! 夏祭り行こうねって」
「今日だっけ」
「今日だよ! 昨日もみんなで話してたじゃんっ」
虚空を見上げて記憶をたどる。言われてみれば確かに、最近みんな、そわそわとそんなことを話していた気もする。
「ちゃんと浴衣もあるんだよー。っていってもやっぱり、古着なんだけどね」
「浴衣……ってなに?」
「え? えーっと、夏祭りとかにする、伝統的なおシャレかな?」
そこを聞かれるとは思わなかったとばかりに、優菜がおどおどと答える。
「実は優菜もあんまり分かってないでしょ」
「で、でも着方は知ってるよっ。マキのも私が手伝ってあげるね。5時に遊戯室に集まることになってるから、それまでに準備しよ」
マキが特殊な環境で育ったことを知っていながら、ざっくばらんに接してくれる優菜。意地の悪いことを言われたのに、それでも真摯に世話を焼こうとしてくれる優菜。
そんな彼女にマキは感謝し、微笑んだ。
「うん、いつもありがとう」
優菜がいてくれてよかった。
取りあえずそれだけは確実だ。そこから少しずつ確かなものを見つけいこうと、マキは自分を励ました。
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