5.鳥籠の幸せ⑤ だから知りたい。
◇ ◇ ◇
木々の葉が作る影が、地面にまだら模様として映り込む。風が葉を揺らすたび地面の葉影も移り変わり、一瞬も停止することのない絵を描いている。
センセイに会いに行くと決めた翌日。
マキと大地は午後の日差しを浴びながら、待ち人の家へと続く道を歩いていた。
かつて整えられていたであろう野道は、今ではもうすっかり荒れ果てていた。好き放題に生い茂る木々の間で、窮屈そうに道としての名残を主張している。
「なあ」
道中ずっと黙り込んでいた大地が、突然口を開いた。
「な、なにっ?」
気まずい沈黙にようやく慣れたところでの振りに、マキは虚を突かれて動じた声を上げてしまった。
「ごめんな。俺、お前の状況も知らずに、いろいろときついこと言って。ずっと謝らなきゃって思ってたけど、機会がなくて言えなかった」
うつむいて漏らしたのは、下草の少ない、歩きやすい部分を探しているからなのか。それともマキの方を直視できないからなのか。
そんなこと大地本人でなければ分からないが、マキはマキで後ろ暗く思うことを抱えていたので、やはりうつむきがちに告白した。
「ううん。私こそ昔、大地にすごくひどいこと言ったよね。ごめん」
言いながらさり気なく、大地の頭へと目をやる。この季節には少し暑苦しい、分厚い帽子をかぶった頭に。
「いいんだ。俺は慣れてるし」
大地が軽く言った言葉はとても重くて、マキはきゅっと口を引き結んだ。
(知らなければ仕方ないって、そんなんじゃ駄目だよね)
だから知りたい。知れることは全て。それが今のマキに、まずできることなのだ。
「――あった。あれだよ」
そう言って大地が指し示した先には、巨大な塀がそびえていた。
「あれが……」
意識せず小走りになる。大地も歩調を合わせてくれた。
塀の前にたどり着き、まず感じたことは。
「外から見ると、こんななんだ」
ずっとその中で生きていたはずなのに、まるで見知らぬものに見える。マキはぼんやりと塀を仰ぎ見た。
灰色の塀は、来る者を強く拒むように厳然とたたずみ、中からのぞくとがった屋根は、やけに殺伐としたものを感じさせた。なぜだろうと思ったら、似ているのだ。喜楽園の図書室で読んだ、化け物屋敷が出てくる物語の挿絵に。
以前、ソラをさらった大地を追いかけた時に、確かに少しは外からの姿を見た。しかし夜間で視界は悪かったし、しみじみと外観を捉える余裕もなかった。
(なんだろう。なにかが違う)
マキは眉根を寄せて目を細めた。
それは宿舎を長く離れていたことや、新しい角度から見たことによる違和感なのだろうか。
しばらく眺めてみたものの違和感の原因は結局分からず、マキは諦めて大地を振り返った。
「ごめんね、待たせちゃって。入ろっか」
「ああ」
大地とともに、正面にある扉へと近づく。
木製の大きな扉。宿舎にいた頃は、悪い外敵から家を守るための、大事な門だと聞かされていた。
「本当に開くのか?」
大地が半信半疑といったふうで、持ち手に手を掛ける。
大熊先生によると、マキたちが訪ねることは伝えてあるから、扉の鍵は開けてあるとのことだったが。
「……開いた」
ゆっくりと、大地が扉を押し開ける。そこから垣間見える景色は、確かに見覚えのあるものだった。完全に開くのも待てず、マキは急くようにして、扉の隙間から中へと滑り込んだ。
「あ、おい。マキっ」
大地の声を後ろに、広場へと駆け込む。
そう、この広場で飽きるほど遊んだ。
「……やっぱり違う」
「なにが?」
追いかけてきた大地の問いに、マキは答える術をもたなかった。
「なんだろう。分からないけど」
呆然と立ち尽くして、続ける。
「なんか、すごく寂しい。こんなんじゃなかった」
この広場は、元々こんなに寂寞としていただろうか。
場を包む空気は暗くはないが明るくもなく、ただからからに乾いてそこに在った。
こうしていると、自分がこの中で生きていたことが信じられない。それに、
「今の時間なら、誰かひとりくらいは外にいてもいいはずなのに……なんで誰もいないの?」
異様な静けさに、焦燥感をかき立てられる。
「センセイはどこっ?」
マキは走りだした。心臓が不吉の象徴のように、どくんどくんと波打つ。不安の波は呼吸を引きつらせようと押し寄せてきて、マキはごまかすように、握った拳でどんどんと胸元をたたいた。
真っ先に向かうなら、センセイが日中、一番長くいた場所だ。
診察室にたどり着いて早々、ノックも忘れて乱暴にドアを押し開く。
しかし室内には誰もいなかった。
「マキ、急に走ると身体が……」
マキは反転すると、気遣ってくれる大地を押しのけ、次なる可能性へと急いだ。
診察室の向かいにある、センセイの居室。
「センセイっ!」
今度こその思いを込めて、ドアを開く。
センセイの部屋には、マキの人生の中でも、数えるほどしか入っていない。
だけどその一回一回が大切な思い出だったから、部屋の内装はよく覚えている。
室内は記憶通りで、なにも変わっていなかった。ただ部屋の主は、大きく変わってしまったようだった。
窓際のベッドの上。
半身横たわり、壁に背を預けてマキを迎えたセンセイは、ひどくやつれた顔で微笑んだ。
「やあ、久しぶりだね。待っていたよ、マキ」
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