青髪王子の求婚と、硝子の双剣使い。(完結)
唖然とする皆の顔を見回して、チェルは申し訳なさに消え入りそうだった。
ーーー恥ずかしい。
自分は何も見えていなかったのだと、彼らの会話を聞いて感じていた。
皆、チェルを守ろうとしてくれていただけだったのに。
特に。
「あの、お義母様……?」
指先を揉み合わせながら歯切れ悪く話しかけると、スオーチェラはピシリと言う。
「シャキッとなさい。何ですか、その手は」
「はい! あの、その……申し訳ありませんでした!」
慌てて手を体の両脇に戻し、チェルは背筋を伸ばしてから、大きく頭を下げた。
義母は、その内心を知ってもやはり義母である。
厳しく、強く、そして怖い。
頭を上げると、ここぞとばかりに二人の姉が口々に言う。
「だから身の程を弁えなさいと、再三伝えたでしょう」
「そうよ、今回こそ本当に懲りなさいよ!」
「はい……ごめんなさい、義姉様」
義母はチェルが何を謝っているのかには触れず……多分、分かってはいるのだろう……アズールに目を向けた。
「陛下がずいぶんと早く人を寄越したと思えば、殿下でしたか」
「言いつけを破り、申し訳なく思ってはおります。ですが、ゼゾッラを納得させるには、直接あなた方のやり取りを見聞きさせたほうが早いと思いまして」
「明察ですね。気分は良くありませんが」
ふん、とスオーチェラが鼻を鳴らすと、アズールが肩をすくめる。
「昨夜まで、私もあなた方を疑っていました。父王に呼ばれ、事実を知るまではね。それを聞かされた後に、貴女が帰る前に『優秀な護衛を欲している』と告げて帰ったと聞いたので、こうして変装をしてみたわけですが」
疑ったことに関しては申し訳ありません、とアズールが謝罪するのに、チェルもおずおずと付け加える。
「……申し訳ありません、お義母様」
「全くです。貴女はもう少し、きちんと物をお考えなさい」
そうして、こちらに目を向けないまま、彼女はぼそりと続けた。
「……これでも、心配しているのです」
「はい……」
デュークがポリポリと後頭部を掻きながら余計な口を挟む。
「耳が赤いぞ、スオーチェラ。恥ずかしいからと気持ちを伝えないせいで、ゼゾッラが暴走したのではないのか」
「お黙りなさい、デューク。泣くまで痛めつけますよ」
「叔父様。お母様は口下手で不器用ですから……」
「アナスタシア?」
「はい、黙りますお母様!」
どこか和みつつも居心地の悪い空気が流れるが、彼らが犯人でないとすると新たな疑問が湧き上がる。
「でも、だったら。お父様とわたしを狙ったのは、一体……?」
「おそらくは、隣国の何者か、ではないかな」
トレメンス家は旧家である。
竜殺しの英雄を初代に掲げる家系として、代々優秀な舞闘士を生み出して来たこと。
また〝硝子の双剣〟の継承者で在り続けたことで、その名声はもう高まりようがないほどに極まっている。
「長く続いただけあって、トレメンスの血を継ぐ者は少なくない。我が曽祖母もトレメンスの出だし、隣国の王家や貴族に嫁いだり、養子として引き取られた記録もある」
そんなトレメンスにおける家訓の第一は『当主を〝硝子の双剣〟に選ばれた者とする』こと。
「その継承権を狙う者や〝硝子の双剣〟を狙う者が、当主を謀殺しようと画策することは、何らおかしなことではない……あなた方はそう考え、まだ幼かったゼゾッラを人目から隠そうとした。違いますか?」
アズールの言葉に、スオーチェラは、軽く目を閉じてこめかみに指を当てる。
「我々も当時、同じ予測を立てました」
「兄上とゼゾッラを運んだ馬車と御者は、隣国の者だ」
「やはり……」
「だからパドーレ様には、重々お気をつけ下さい、と再三申し上げていたのです。隣国は友好を謳いながら、きな臭い噂も絶えなかった。あちらの大公以外は信用ならないのです。ですから、あの件はその発露であった、と考えています」
すると、チェルとアズールにしか声が聞こえないスーリエがそれを補足する。
『御者は、崖から転落する前に馬車から飛び降りた。縄を使って降りてきて、君たちを殺そうとしたから、パドーレが反撃して殺したんだ』
「だから、何でそれを言わないのよ!?」
『御者が隣の国の人間だったとか、ボクが知ってるわけないじゃない。馬車に乗るまで寝てたし』
この精霊は、気まぐれが過ぎる。
いや精霊というのは、そもそもこういうものなのかも知れないが。
しかしそれで、ゼゾッラも合点がいった。
「お父様が馬車の転落から大きく離れた場所で、隠れるように岩陰に潜んでいたのは雨から逃れるためだと思っていたけど……隣国の者たちを警戒していたのね」
チェルの呟きに、デュークがうなずく。
「少し周りを探った痕跡はあったが、兄上の命を奪った雨が、同時にゼゾッラを救った。あの雨の中を凍えながら探索するのを嫌い、待ったのだろう」
そうこうする内に、スオーチェラが相手の予想を遥かに上回る速度で救出に来たのである。
「あれ? でもどうやってスーリエは、お義母様にお父様の状況を伝えたの?」
トレメンスの血を引いていない彼女には、声が聞こえないはずだ。
そもそも舞闘士ですら【精霊憑依】はあくまでも身体能力を底上げするだけで意志の疎通は出来ないはずである。
「……わたくしの剣には、精霊王の息子が宿っていて対話が可能です。そちらから言伝に聞いたのです」
「だから我が師は、スーリエを夫人の元へ行かせたのですね」
「スオーチェラは昔から並外れているんだ。精霊と意思の疎通が図れることが分かった時、王家に迎え入れる話も上がったほどだ」
「昔の話です。それより、わたくしも気になることがあります」
スオーチェラは自分の話題を嫌ったのか、アズールに話を振る。
「なぜ殿下は、御触れなど出したのです? 陛下から事情を聞いたのなら尚更、ゼゾッラの身元が割れれば危険が増すと分かるかと思いますが」
「それに関しては、先日【精霊憑依】をしてゼゾッラと舞った舞闘士が関係しておりまして」
アズールは表情を引き締めて、新たな事実を明かす。
「処罰を受けた後から、足取りが分からなくなりましてね。よくよく調べれば、隣国からこちらの国に養子に入った者だったのです」
「何だと?」
デュークも初めて聞いたのか、目を見張った。
同時にスオーチェラが、表情を変えないまま、窓の外にちらりと視線を送る。
「引き取った両親は?」
「どちらも病死、となっていますが……」
「こちらに間者として紛れ込んでいた者でしたか。引き取り手は、毒殺された可能性がありますね」
「ええ」
「そして先ほどから、我が家の庭をウロウロしている連中の正体も割れました」
スオーチェラの言葉に、デュークが、何かを悟ったように大きく息を吐く。
「なるほどな。スオーチェラ、君が剣を佩いていた理由はそれか」
「お気づきになっておられなかったようで、相変わらずですこと」
「その言葉は、甘んじて受け入れるさ。いつも通りにな」
デュークも諦めたように腰の剣を抜く。
「すでにゼゾッラの居場所がほとんど特定されているかも知れぬと思い、どうせなら手練れが一堂に会すこの場で、始末をつけてしまおうかと。あなた達の動きを見て、ネズミは無事にあぶり出せたようです」
好戦的な笑みを浮かべたアズールは、二振り腰に差した剣の片方……〝硝子の双剣〟を引き抜く。
「皆、舞うのは得意でしょう?」
そのまま恭しく膝をついた彼は、チェルにその柄を差し出した。
「お返しいたします、愛しい人。この剣はやはり、貴女が佩くのが一番よく似合う」
そして優しい笑みを浮かべたまま、言葉を重ねた。
「これを受け取りーーー生涯、私と添い遂げていただけますか?」
アズールの言葉に、チェルはその場にいる者たちを見回す。
デュークは仮面を取り出しながら肩をすくめ、二人の姉は『まぁ』と目を輝かせている。
スオーチェラは剣を手にしたまま、いつも通りの顔でこちらを見つめていたが、その目は少し優しい気がした。
チェルはそっとアズールが差し出した剣の柄に手を伸ばし……不敵な笑みと共に、それを手に取る。
「ーーー喜んで。アズール様」
そうして。
二人の再会を、そして再びの婚約を祝う、仮面舞闘会の幕が、上がった。