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薬瓶と招待状

「とても美しい作品だったね」


 美術館の近くのカフェテリア。

 ベンジャミンに誘われて隣国の国宝「ペルジャの微笑み」を観に行った帰りだ。

 初日に行ったというセドリックから随分混雑していたと聞いていたが、公開から二週間経過した今も盛況だ。けれどカフェテリアではすんなりと席に着けた。


「『ペルジャの微笑み』も素敵でしたが、『青い瞳の少女』が印象に残っています」

「ああ、随分変わった絵だったが、君はしばらくあの場を動かなかったから余程気に入ったようだ」

 

 『青い瞳の少女』は二百年前の画家ロジャー・パコメの作品だ。黒と白のみで描かれた少女。その瞳だけがラピスラズリの鉱石を砕いて抽出する顔料を用いた青で描かれている。様々な顔料が生まれて、いかに多彩な色を使い華やかにするかを競っていた時代に真っ向勝負するような作風だ。最初は否定されたが、吸い込まれそうな不思議な瞳の少女は見る者を引き込んでいき、やがて国王の目に留まる。国王は殊の外その絵を気に入り献上させ、国宝に指定させた。

 国宝というのは文化審議会により決められるが「青い瞳の少女」は正式な手順を踏んでいないことから、国外への国宝としての貸し出しは一度もなかった。だが、三年前に改めて文化審議会が開かれ名実ともに国宝指定され初の貸し出しが行われたのだ。


 ベンジャミンの口ぶりからは、彼の好みではなかったらしい。

 そういう人も多いようで「青い瞳の少女」の前はあまり人がいなかった。個人的にはもう一度一人できて思う存分眺めようと思うくらいには好きだったので少し寂しく思う。


「そうですわ。ベンジャミン様にお渡ししたい物があります」


 私は持ってきていた小瓶をテーブルに置いた。


「わたくしがはじめて作ったローポーションが入っています」 


 小瓶はベンジャミンの誕生日会でレベッカから紹介してもらった硝子瓶だ。誕生日会の翌日にはベンジャミンの従者から我が家に届けられた。

 硝子瓶は四つが一セットになっていて蓋がハート、スペード、ダイヤ、クローバーの形をしている。ベンジャミンに渡す瓶はどれにしようかと迷ったがハートは露骨すぎるので、クローバーにした。前世では四葉のクローバーは幸運を意味した。これは三つ葉だが幸運であるよう願いを込めて。


「おや、できたのかい?」

「はい。三日前に調合しました」


 そう、三日前についに私はロット草を収穫し、ローポーションを作った。


 ロット草はきちんと育て終えられる株が半数以下になると思ったがそれよりも少し多いくらいが残っていた。喜ばしいことだ。だけど、薬屋の畑を見てしまっていたから少し複雑だ。あのロット草も収穫時期だったが畑いっぱいに青々しく育っていた。葉の大きさだけではなくて収穫量比でも大差ということだ。


「初めての畑ですからね」


 庭師のドルフは言った。

 薬草によっては繰り返すほどに土にその養分が溶け出してよく育つようになるという。ロット草はその最たるもので、次はもっと多くの株が残りますよと慰められた。

 そうであればいいなと収穫を終えた土を慣らしながら思った。


 収穫し終えた薬草は根っこを水洗いして綺麗に土を流し、調合用の小屋に運んだ。

 入るのは初めてだった。

 大人が五人も入ればいっぱいになりそうな広さで、大きな棚が三つ並んでいた。左と中央の棚はガラス扉で中がわかるようになっていて、薬瓶や薬草、それから調合道具が仕舞われ、右端の棚は鉄製で錠前がぶら下がっていた。

 嗅いだことのない匂いもした。小屋では試薬品を作ることもあるので様々な薬草の匂いが混ざっているのだろう。薬草は薬にも毒にもなるので、この混ざり合った匂いが反応して悪影響になったりしないのか心配になって、

 

「窓開けた方がよくないですか?」


 とセドリックに問いかけた。

 前に宣言された通り、私にローポーションの作り方を教えてくれる。


「お前が来る前に洗浄魔術をかけているから必要ない」


 調合の前後は必ず洗浄魔術を行うのが決まりだそうだ。

 この嗅いだことない匂いは洗浄魔術のせいということらしい。


 私は運んできたロット草を作業台に置いた。 

 セドリックはそのうちの一つを手に取り葉っぱを一枚もしゃもしゃ食べた。ぎょっとしたが、口内炎ができているらしい。ロット草は葉っぱそのものに炎症を抑える効果があるので、品質を確認がてら食べたと。……いきなり食べだすから何事かと思った。先に一言欲しい。


「悪くないな。ちゃんと治ったよ」

「……それはよかったです」

 

 まだもしゃもしゃと口を動かしているセドリックを横目に、私はトマからもらったロット草も作業台に並べた。

 約束通り帰りに三株くれたのだ。

 ローポーションにする場合は摘みたてで処理するのがよいといわれているので、母に頼んで防衛魔術の施された食糧庫で保存してもらっていた。お陰で鮮度は保たれていた。

 こうして比較してみると葉の大きさが倍ぐらい違う。

 ごくりとセドリックの喉が鳴って、喉ぼとけが動いた。


「わたくしが収穫した分でどれぐらいのローポーションが作れるのですか?」

「……そうだな……小薬瓶六本ぐらいかな。こっちのロット草なら一株で一本作れる」

「そんなに違うんですか!?」

「販売水準で考えたらそうなる」


 正式に薬として販売が許可されるには販売水準が定められている。

 ローポーションならば基準小薬瓶(百ミリリットル)に含まれる濃度が三十パーセントであること。この濃度であればほとんどの人間に効果が出る。これを下回ると体質によっては中途半端、或いは無効果になってしまう者がでてくるし、濃すぎるとかえって体調不良になる。


「今日の調合は事前に告げていた通りに魔法陣を使う」


 セドリックはそう言ったあとで、すまないが少し水を飲んでくると一度小屋を出て行った。

 私はその背を見送りながら、すでに作成し終えた魔法陣のことを思い返した。


 調合には大別すると二つの方法がある。直接か、間接か。魔力の扱いに慣れてくれば、調合しながら魔力を注いで作ることができる。高品質に仕上げたいときや希少な薬草を用いるときなどはこちらの方法でなければ難しい。対して間接とは、事前に魔法陣を作成して調合を行うことを指す。

 魔法陣とは図案のようなもので、円の中に文字や絵を描き込み出来上がったものに魔力を注いで作る。各薬ごとに決まった様式があり、精緻が大事になってくる。この方法の利点は、魔力が少なくても魔法陣を作る素材によりそれを補えること、事前に準備しておけるので調合中に失敗が起きづらいことなどがあげられる。つまり、初心者におすすめなのだ。

 私はまだ魔力の訓練を受けてはいないので、今回は魔法陣だけを描き、出来上がったものにセドリックが魔力を流してくれた。

 この魔法陣の作成が難しい。セドリックが描いたものを手本にして作ったが、同じように見えるのに魔力を通すと隅々まで行き渡る前に途切れる。線が掠れていたり細すぎたりすると魔力が行き渡らないのだ。

 一度魔力を通してしまうと訂正はできないので二度目は完成したものを慎重に確認した。基本的に一筆描きが推奨されているが、販売薬でないのでとにかく途切れていそうなところを塗りつぶして完成させることを目的にした。けれど、それも失敗。その後も繰り返し七度目にようやく成功した。


「全然違いますわね?」


 セドリックが作ったものと並べてみればその違いは一目瞭然だった。

 魔力を流した魔法陣は薄っすらと玉虫色に輝くのだが、セドリックの魔法陣は均一で美しく額に入れて飾っておきたいくらいの芸術品だった。対する私は、なんとも歪。こんなにも違いがでるとは思わなかった。

 ローポーションは基本の魔法陣とされていて、大事な基礎が含まれているのですらすら描けるようになるまで毎日練習するようにと言われた。

 

「私の描いたもので作れます?」


 心配になって尋ねると、


「……ローポーションは図案さえあっていればそこまで精密さは求められないから行けると思うが……ただ、濃度が低くなる。気になるなら今回は僕の魔法陣で作ろうか?」

「うーん、どうしようかしら。……ちゃんと使えるものを作りたいけど……わたくしの魔法陣でもそれは大丈夫なのですよね? では、やっぱりわたくしが描いたもので作ります」


 肝心の魔力はセドリックに注いでもらうのだけれど自分の描いた不格好な魔法陣を使うことにした。


 作業台に魔法陣を並べているとセドリックが戻ってきた。

 何事もなかったように「さぁ、はじめよう」と調合用具を棚から出し始めた。 

 並べられたのはすり鉢とすり棒、ビーカーと三脚と金網、それからアルコープランプだ。火を使うなら魔石を使った火器が一般的だが、魔石の魔力と魔法陣作成者の魔力とが反発する可能性があり、昔ながらのアルコールランプが使われる。


 セドリックの見立てでは、私のロット草は四、五株で販売基準小薬瓶一本のローポーションができるだろうとのことだったが、トマからもらったロット草もあることだし、一株でどこまで違いが出るかを試すことにした。


 まずはロット草を適当な大きさにちぎりすり鉢に入れ、少量の浄化水と一緒にすり潰していく。ぐりぐり、ぐるぐるとリズミカルにすり棒を回しているとロット草から汁が出てくる。ある程度つぶれたら浄化水をさらに加えて、それをビーカーに移して、魔法陣を挟んだ金網を敷いた三脚台の上に置く。これにアルコールランプで火をつければ、魔法陣が燃えて魔術が発動する。

 私はマッチを擦ってアルコールランプを着火させた。

 するとあっという間に魔法陣が燃え魔術が発動し、ビーカーの液体が渦をまいて、まだ残っていたロット草の破片が溶けて濁った緑からエメラルドの透明な液体に変化した。それと同時に甘い匂いがした。


「成功だな。甘い匂いは魔法陣がうまく発動した証拠だ。失敗していたら焦げ臭くなる。扱う薬によっては酸っぱかったり、刺激臭だったりするが、失敗したときは必ず焦げた臭いがするんだ」


 私が頷くとセドリックはビーカーに細いガラス棒を入れた。濃度計だ。ガラス棒の中心には管があり赤い液体が上がってきた。


「十二か。最初にしては悪くない」


 セドリックの笑顔に私もつられて笑った。

 次に同じ手順で、今度はセドリックが作った魔法陣で生成した。それからトマにもらったロット草でも私とセドリックとそれぞれの魔法陣で生成して違いを調べた。すると、順番に四十五、三十二、九十六という数字が出た。


「ええ!? ここまで差がでるんですか!??」


 特にトマからもらったロット草とセドリックの魔法陣の組み合わせはえげつない。市販基準を大きく上回っている。

 

「濃すぎるから調整がいる。その点、トマからもらったロット草とお前の魔法陣で作ったものならすぐに使える」

「なるほど……」


 その後、残っているロット草の株数を調節して濃度を濃くするようにして私の魔法陣でローポーションを生成した。

 結果、六本作ることができた。セドリックの見立て通りだ。

 私はそれを両親とセドリックとドルフとマリアに渡し、最後の一本をベンジャミンに硝子瓶のお礼を兼ねて贈ることにしたのだ。


「いただいた硝子瓶はちょうど百ミリリットル入りましたので、こちら市販薬と同じ効果のものになります」

「私がもらってもよいのかい?」

「はい。もちろんです。きちんと父と兄からお墨付きをもらったので市販薬と同じ効果がありますよ」

「ありがとう。しかし、もったいなくて使えないな。お守り代わりに持ち歩くことにしよう」


 ふふっとベンジャミンが笑うのを見て私も嬉しくなった。自分が贈ったものを大切にしてもらえるというのはとても幸せなことだ。贈り物は贈った側が幸福になるものだと誰かが言っていたけれど、あれは一つの真実だと思う。

 浮かれる私に、しかし、次の瞬間、脳裏にある映像が駆け巡った。


 学校の校舎。角を曲がったら鉢合わせてぶつかってしまう男女。女子生徒の方が尻もちをついた。男子生徒が慌てて助け起こそうとするが、女生徒は手首をひねったらしく痛みに顔を歪める。


――すまない……これを使ってくれ。


 彼が内ポケットから取り出したのは薬瓶。

 ローポーションが入っている。 


――いいえ、そんな、これくらい大丈夫です。

――いいから。


 それはゲームのワンシーン。

 ベンジャミンとヒロインの出会いの場面だ。


(え? あの小瓶って今私が贈ったものじゃない!?)


 まさか、そんな……と思ったが記憶が克明になって、あの特徴的なクローバーの蓋は間違いないと告げてきた。

 冷や水を浴びせられたようにさっと心が冷え込む。

 どうしよう、どうしよう。あれが二人の出会いに必要な品だったなんて! よりによってそれを私が自分で渡すなんて! ――いや、パニックになっている場合ではない。それがわかったのだから今からでもあの薬瓶を取り返すべきだ。

 ……でもどうやって?

 間違った瓶を持ってきたといえば一旦は取り戻せる? けれど、それだといずれは間違っていない瓶を渡さなけれならない。結局は薬瓶が彼の元に渡るから意味ない。……いや、でも、瓶の形が違っていたら別の結末になるかもしれない。少しでもルートが変わる可能性を実践するべきだ。


「あ、あの、ベンジャミン様」

「うん? どうしたんだい、マリー」

「あ、いいえ。その……申し訳ありません。その薬瓶、間違えました! 蓋が……ハート型のものをお渡ししようと思っていたのに、間違えてクローバーにしてしまって、申し訳ありませんが、一度返していただけますか?」


 好きな人にハートを渡す。可愛い乙女心だ。露骨すぎとあえて避けたものだが、差し替えの言い訳としては悪くないと思われる。

 ベンジャミンは私の申し出に目をパチパチさせたあと唇を緩ませたが、少し考え込んでから、


「そうなのかい? ……ハートか。その気持ちは嬉しいが、ハートを持ち歩くのは少し恥ずかしいかもしれない。よければこのままもらえないか?」

「でも――……」


 しかし、私はそれ以上を続けられなかった。ベンジャミンがとても大事そうに薬瓶を握りこんだから。


「……わかりました。その薬、ベンジャミン様が使ってくださいね」


 代わりに私はそうお願いした。

 ベンジャミンは、当たり前じゃないか、と笑った。でも、私は知っている。彼はこの薬瓶をいずれヒロインのために使うのだ。




 頭がくらくらする。

 ベンジャミンと別れて帰宅しベッドに横になった。ここが私の安全地帯だ。 

 それにしても、あの薬瓶とベンジャミンからヒロインに渡る薬瓶が同一だったとは……どうしてもっと早くに気づかなかったのだろう。これでは記憶がある意味がない。

 けど、まさか、そこで繋がるとは思わなかった。

 だって、あれはベンジャミンルートでかなり重要な役割を持っている。二人の出会いであり、彼女が彼を意識するきっかけであり、その後、彼との関わりが増えてくると薬瓶を見つめながらやりとりを思い出して気持ちを重ねていくのだ。

 それがベンジャミンの婚約者であるマリーからの贈り物だったなんて、そんなのマリーにとってもヒロインにとってもあんまりじゃない?

 あの美しい片思いの描写が「でもそうやってうっとり見つめてる薬瓶は彼の婚約者が彼に贈ったものなのよ?」という横やりにより途端に間の抜けたものに思えてならない。

 ……というか、二人の出会いの小道具まで用意していたなんて、マリーはどこまで都合のいい人物扱いなのだろう? 

 だいたいベンジャミンもヒロインに簡単に渡すなよー、と文句を言いたくなった。まぁ、自分のせいで怪我をさせてしまったのだから焦っていただろうし、宣言した通りに持ち歩いていてお守りにしていたからこそ咄嗟にあの場で渡せたのだろうけど……なんとなく複雑だ。


「あー、もうこれどうなるの?」


 薬瓶のシーンは誰のルートでも必ず起きる各キャラの出会いイベントだから、あの薬瓶がヒロインに渡ることですぐベンジャミンルートになるわけではないにしても、今日のことで可能性が上がったら嫌だな。

 けれど、それも自業自得だ。

 ゲーム開始とされる時期までまだ時間があることで、記憶が蘇ったばかりの頃に感じていた焦燥が薄まってきて油断していた。

 何が何処でどう繋がっているかわからない。その考えも抜け落ちていた。

 ゲームでは描かれていなかったことの辻褄合わせがゲーム開始までにも起きうることを意識しなければならない。

 これからはもっと気を引き締めよう。それがわかっただけでもよしとしておこう。

 起きてしまったことを心配しすぎてもいい結果にならないので、そう思うしかない……。


 悶々としているうちに夕食の時間が来た。

 あまり食事をする気分ではないが、行かないと心配されるので食堂へ向かう。

 入ると母とセドリックがいた。父はまだ仕事から戻っていないらしい。

 近頃忙しいらしく朝も早くから出掛けてしまうので顔を見ていない。働きづめで過労死しないか心配だ。


 執事のセバスチャンが椅子を引いてくれる。彼もマリアと同じく私が小さい頃からいる一人だ。まだうまく椅子に座れない頃は抱き上げて座らせてくれた。私は小柄な方なので七歳くらいまでしてもらっていた気がする。


「マリーに招待状がきているわよ」


 私か座るなり母がにっこりと言った。

 招待状? と不思議に思っていると、


「ほら、預かってきたんだ」


 セバスチャン経由でセドリックから渡された封筒。裏を見ると見たことがない封蝋印。どこの家紋だろう?


「ルシアンからの招待状だ」

「え」


 ルシアンからの招待――それはつまり召喚である。

 つ、つ、ついに、来てしまった。

 何らかの方法で接触をはかってくるとは思っていたが、招待状を送ってくるとは……。

 しかも、何故、この落ち込んでいるタイミングで届くのだろう。本当にことごとくルシアンとは合わない。

 呆然とする私に、意味を理解していないと思ったのか


「先日の詫びだってさ」


 セドリックが教えてくれる。

 続けて母が、


「ルシアン様はお優しい方なのね。これが紳士の振る舞いというものですよ、セドリック」


 とルシアンを褒めてセドリックを窘めた。

 母とセドリックはこの招待状を、セドリックが私の乙女心を踏みにじり作業着姿でルシアンと対面させたことを可哀想に思い、公爵家の茶会に招待するのでうんとお洒落をしておいで、出会いをやり直そう、という意図で読み取ったのだろう。

 違う、違う、違う。これはそんな意味で送られてきたものではけしてない。その解釈は建前にすぎず、本当の本当は私の話を聞くための召喚――だから、全然優しくなどない。むしろ茶会に行くと恐ろしい事態が待っているのだ。……など言えるはずもないので、ぐぬぬっと黙り込むしかない。


「日付はいつなのかしら?」


 尋ねられて私はすぐに開封した。マナーとしては食後にゆっくり部屋で開けるべきだが、ルシアンが家族に読まれて困るようなことを書いているとは考えにくいし、公爵家からのお招きだから早く内容を把握しておきたくて母は今、聞いてきたのだろうと思ったからだ。

 その予想は当たっていたらしく、開封しても咎められることはなかった。

 中には薄い水色の少し分厚い紙が二つに折られて入っていた。

 開けると達筆な文字で、私個人宛ての茶会の招待文が書かれている。

 日時は、三日後。時刻は十三時。場所は公爵家。

 気軽な茶会ですので気負わずにお越しくださいというような気遣いもある。


「まぁ、マリー一人なのね……大丈夫かしら?」


 母は少し眉を顰めた。セドリックも同伴すると思っていたのだろう。

 本来であれば選定の儀式前は子どもとされるので正式な茶会には招待されない。だから私は一度も一人で招待を受けたことがない。それが、いきなり公爵家の茶会に呼ばれたのである。母は気が気ではないはずだ。

 私はひそかに断れるかと希望を抱いた。しかし――


「けれど、気負わないでいいと書いてあるから、いいんじゃないですか? ルシアンは多少失敗しても悪評を流すような人物ではないですし。何より先日の詫びとしてなのですから、マリーに花を持たせようとしてくれているのに断るのは失礼では?」


 セドリックは最後の一文を根拠に後押しをはじめる。

 何故、余計なことを言うのか……いや、セドリックにしても先日のことを申し訳なく思っているからこそやり直しさせてやろうとしているのだろうけど。違うのだ。この招待は違うのだー! とやはり言えるはずもない。


「それもそうね……公爵家のご招待を断る方が角が立つもの」


 そして、最後は母も納得した。

 セドリックはよかったなと私に微笑みかけた。

 全然よくはないが……今回断れたとしても何らかの方法で呼び出されるだろうから素直に従う方が傷は浅い。それに薬瓶のこともある。話せばきっと迂闊さを怒られるだろうけれど、ベンジャミンルートに入る可能性が高まったかもしれないことを相談して回避策を考えるのも大事だ。たぶん、これは、救いなのだと自分に言い聞かせて、出席の返事を出すことにした。

読んでくださりありがとうございました。


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