もし過去をやり直せたら
私はその後、1週間経過観察のため入院をした。
大好きな子供達も義両親が体調を配慮してか、数時間の面会で連れ帰ってしまう。
穏やかでむしろ退屈すぎる日々に、懐かしい友人が面会に来てくれた。
「もう、本当にビックリしたわよ。二回も倒れるなんて。」
「ごめんごめん。わざわざお見舞いに来てくれて本当にありがとう。」
「いえいえ。夕方にはまた帰るけどね。」
それは親友の咲良だった。
彼女は高校卒業後上京し、今では故郷から遠く離れた地の地方局でアナウンサーをしている。
バリバリ働く彼女は魅力的で、私の自慢の存在である。
「そういえばスピーチ内容はできあがりそう?」
「…全く考えてなかった!」
「まぁ倒れるほど忙しい梨子に聞いた私が間違ってたね。ごめん。」
「休憩中の今こそ考えるのに最適ね。よかったら今度添削してね、咲良。でも二人が結婚なんて、本当に嬉しい。」
私は再来月友人達の結婚式の代表スピーチを頼まれていた。
友人達とはーそう、紗奈と新太である。
彼らは順調すぎるほど穏やかに愛を育み、去年結婚した。
「夫側の友人スピーチは、絢斗くんがやるんでしょ?」
「そう!あいつこそ忙しそうだけど。まさか本当にプロテニスプレーヤーになるなんてね。」
そう、まさかのまさか。
絢斗は私に振られた時に言った捨て台詞通りの未来が現実になっていた。
まあ、私は後悔はしていないけれど…。
ちなみによく週刊誌にとりあげられるモテモテプロテニスプレーヤーには恋沙汰もなく、奥手のようだ。
「てか、梨子。倫太郎先輩ももちろん来るよね。」
「そうだね…。あれから12年ぶりか。」
私と倫太郎はホワイトデー以来、もう会うことはなかった。
二人とも地元で生活していたのに不思議なものだ。
でも彼の話はよく新太から聞いていた。
「倫太郎先輩も幸せになって良かったね。」
「うん、私もはや先輩の子供に産まれたかった。」
「まだ言ってるの?そんなこと。」
倫太郎は大学卒業後に結婚して、今や三姉妹の父親のようだった。
相手は人柄もいい人で、幸せな恋愛をしたと聞く。
私は倫太郎と再会することに、不安はもはやなく冗談を言えるくらいだった。
でも自分から別れを告げたくせに、彼を忘れられるまでには多くの時間がかかった。
それは一度目のときと変わらなかったのかもしれない。
しかしもうお互い幸せな家庭を持っており、再会してもきっと他愛無い話ができる気がする。
そして私はふと、咲良に突拍子のないことを聞いた。
「ねぇ、咲良にはやり直したい過去はある?」
「うーん…。」
私の不思議な問いかけにも関わらず、咲良は頭を抱え真剣に考えて言った。
「私は過去よりも、今をやり直せたらいいんだけどね。」
そう言うと、咲良は哀しそうに笑った。
私にはその言葉の重みが分からなかった。
「ごめん、時間だ。じゃあ、スピーチの内容できたらメールでも手紙でもいいから送ってね。」
「あ、うん。気をつけてね。」
咲良はいつもの柔らかい笑顔を見せ、颯爽と病室から出て行った。
私はずっと彼女は完璧な人生を歩んでいると思い、憧れていた。
しかし私が咲良の抱えていた心の闇を知ったのは、もう少し先のことだった。
小説「私の年下のヒーロー」へと続きます。
シリアス多めの展開になりますが、咲良をメインにした続話ですのでせびご覧ください。