85 開戦Ⅱ
俺がアクトの方へ歩み寄っていくと、明らかに不機嫌なのが見て取れた。
あの腹の立つニヤついた顔はないし、玉座に座ってるものの、手すりについた手はトントンとリズムを刻んで苛立ちを表している。
ここで貧乏ゆすりなどしていればもっと滑稽だったが。
「星の剣、あったんだね」
「お陰様で」
「………」
いつから雷の頂に孤剣があったか知らないが、アクト達もグライト帝国に訪れていたのだから、一緒に回収すればいいものを。
こうして面倒な俺の手に渡ることもなかったのに。……まあ、適合者がいるかは別だが。
「……まあ、いっか」
アクトは玉座からようやっと立ち上がった。俺は剣を構えて、相手の動きを待つ。
じっくりと凝視し、動きを逃さぬよう。
ゆらり、と動いた瞬間だった。視界からアクトが消え、気づいた頃には真横に居た。運良くシールドの展開に間に合った俺は、アクトの方に展開してできる限り逃げる。
詠唱もしないまま無数の氷の矢が俺に降り注いだ。咄嗟に展開したせいで、シールドは二つしか張れなかった。30秒も経たぬうちに最初のシールドがピシリ悲鳴をあげる。
「ぐっ……」
割れていくのをただ観察するほど馬鹿ではない。が、このいつ終わるか分からない氷の雨を無限に防げるほどの魔力もない。
……最悪、透明のスキルを使うしかない。とはいえ、ダメージ値を体力値に変換出来る《吸収》スキルは、致死レベルの攻撃にしか意味が無い。
俺の展開できるシールドでカバーできるような魔法であれば、発動は不可能だろう。
だから俺は第二スキル《消去》を発動した。既に詠唱済みの魔法を取り消せるスキル。透明適性が発見されるのが数少ないと言われているだけあって、化け物並みの能力だ。
当然だが《発動済み》に作用するのであって、事前にキャンセルできるわけじゃない。万が一大技だった場合は攻撃を受けねばならないのだ。まぁそれも、第一スキル《吸収》と併用してでのスキルだろう。
「――《消去》!」
俺に向かってきていた氷の矢が数本消えた。まだ《詠唱中》にあたるものは消せなかったが、このすきにシールドを更に展開しておけばいいだろう。
自身にも防御値上昇のバフをかけ、更にこちらも攻撃魔法を展開する。
相手は黒適性の改変スキル――無限にある体力値を魔力か精神力に振り分けられるスキル――がある故に、魔力値も無尽蔵といっても過言ではない。苦痛を伴えど、その無限にある体力値を魔力値へ振り分ければ済むこと。
だから遠距離でのこの攻防は、俺にとって圧倒的に不利だ。かといって、孤剣の届く範囲に行ったところで、不老不死のアクトに勝てるという確証もない。
「……いつから俺はこんなに馬鹿になったんだろうな」
いや、最初からだ。知識が増えただけで脳みそは元々頭が悪いままだったな。
なんて考えていると、攻撃魔法の魔法陣が完了した。あとはタイミングを見計らって打てばいいだけだ。ちょうど向こうも、新たな氷の矢の生成が完了してこちらに撃ち込んできている。
ホーミング機能はないことに、出来るだけシールドに当たらぬように避けていく。
「今だ……!」
一瞬のすきを見つけ、魔法を撃ち込む。数十もの細かい炎の球が物凄いスピードで撃ち出されていく。
エイムが得意ではないから、魔法陣の一部にホーミング機能を付与した。そのせいで威力は少し落ちたが、元々無限にある体力を削る気はない。体勢を崩させて魔法のタイミングや連発を少しでもずらしたかった。
アクトは避けることなく全ての火の玉に直撃した。煙が舞い、視界が悪くなったところで魔法空間にしまっておいた霊薬を取り出す。
シールドの展開で予想以上に魔力を消費していたから、ここで飲まねばやっていけないのだ。
煙が晴れると、そこにはまだアクトが居た。何かをすることもなく、ただ立っている。炎の球のせいで火傷を負い、服も燃えている部分が見られる。本当に全て受けたのだろう。
だがおかしい。普通に戦うのであればここは避けるか魔法を展開してガードするはずだ。俺のような出来損ないの魔法なんぞいともたやすく、まるで赤子の手をひねるかのようにあしらえるはずなのに。
「……」
アクトは少し焦げた指を見ていた。次第に傷は癒え、もとのきれいな指へと戻っていく。パブリで何度も見た不老不死による自己修復能力だ。
「君は、ティーが師匠だと言っていたね」
「あ?」
アクトが手のひらを天井に掲げる。腕にあった火傷も、足の火傷も、きれいさっぱり元通りになっていく。
そして今度は、雷と炎の矢を生成した。またも無詠唱で。……さっきから弱い魔法ばかりじゃないか?
威力としては申し分ないが、初心者の魔法使いでも使えるような魔法ばかりだ。舐められているんだろうか。
「師匠の失態の責任は、誰が取るんだ? 弟子の君?」
「ごちゃごちゃと、わからんことを……」
少し余裕の出てきた俺は、部屋の隅でこちらを見ているティー師匠を一瞥した。不安そうに俺達の戦いを見つめている。
だが目線の先にいるのは、俺ではなくアクトだった。
……師匠の失態の責任。先程のアクトの言葉と相まって、胸がざわつく。アクトが守りを取らないことと、何関係があるのだろうか。
「……《消去》」
宙に飛んでいた矢達はぱっと消えた。アクトはそれを見て微笑むだけで、悔しがる様子も追撃を見せる様子もない。
なにか裏があるとわかりつつも、完全にすきだらけのアクト。俺は剣を握りそのまま正面に突っ込んでいった。




