73 知らぬが仏
「こちらの不手際もありましたが、無事に終わって何よりです」
あれからジースも含めて無事にゴールへと辿り着いた。疲労疲弊を見せていたグリーデ先生に代わって、杖の力を得たパブリがみなを学校へと転送した。
無詠唱で大人数を転移させられたのは初だと、パブリはずっと喜んでいた。杖との相性も良いみたいで、今後の戦闘などで活躍することだろう。
「いま報酬を手配しますので、もう少しお時間を頂きます」
「あぁ。図書室を見ても?」
「えぇ結構ですよ」
生徒が勝手に使う可能性もあるし、流石に魔導書とかは置いていないだろうが、知識として得るものはあるだろう。
ジースとマルンは布団で寝たいと言うので医務室を借りさせてもらった。
アヴィとパブリは俺と一緒に図書室へ行くことにしたらしい。アヴィは相当疲れているだろうが、無理をしなくてもいいのに。(パブリは知らん)
アヴィに「本当に来るのか?」と聞くと、満面の笑みで返事をした。おかしな子だ。
他の学年は授業中のようで、教室がある棟は騒がしいのだが、図書室のある棟は比較的静かだった。授業で使われているかと思ったが今の時間はそうでもないらしい。
図書室独特の静かな空間。死ぬ前を思い出す。そうだ、俺は本自体は好きなんだ。だから勉強も苦ではなかった。どちらかと言えば体術とか剣術とか、体力面で苦労した気がするな。
「学校の図書室だと侮っていたな」
「こんなにあるものなんですね~」
「……普通の学校はこんなにないぞ」
「確かにこの世界の平均的な学校より遥かに多いのです」
もちろん俺の世界基準だが、パブリが言うにはこの世界でも大規模なようだ。図書室と言ったがこれはほぼ図書館だ。都市や国で管理していると言われても遜色ない。
どうやらここの棟は図書室しかない棟らしい。俺達の入った場所は二階で、真ん中に吹き抜けがあって下の様子が確認できる。下にはテーブルと椅子が並んでいて、生徒や教師が勉強したり本を読んだり出来るスペースだろう。
そこら辺の図書館よりも膨大な量があるかもしれない。なにか適当に手にとって時間を潰せれば、と思っただけなんだが……。
「カズヒロ様!」
俺が棚を適当に眺めていると、アヴィが声を上げる。切羽詰まったその声の元へ急げば、顔面蒼白のアヴィがいた。
手には一つの古びた本。厚さはそこそこに厚い。周囲にある本から推測するに、歴史書だろう。
かびたその分厚い本のタイトル。俺は目を疑った。震える手でアヴィから本を預かると、タイトルを一語一句間違えずに読み上げる。
俺の覚えた言語が間違っているのかもしれない。そんなことはないよな。
「……大魔女ティー=アウルシの、重罪と――三百年の歴史」
俺が読み上げると反応したのはパブリだった。少し遠くで本を漁っていた彼女は、俺達の棚のところまで飛んでやってきた。
俺と本を見やって、怪訝そうな顔で聞いてくる。
「なんでその名前を知っているのです?」
いや、この顔は怪訝というよりはなんと形容しよう。疑いもそうだが、怒り、警戒。まるで殺人犯に辿り着きそうな時の、探偵の顔だ。
「俺はティー師匠に助けられた」
「あぁ、なるほど、だから。まあそうなのです、そうじゃなければあの無能勇者と違って、ここまで出来た魔法剣士には育たないのです」
パブリは一人でゴニョゴニョと納得していく。俺達二人を置いて解決しないでくれ。
本のタイトルだけでも疑問と記憶の齟齬が発生しているんだ。
「……教えてくれ」
「はぁ……。長くなるのですよ?」
「座ろうか」
俺は階下のテーブルを見て言った。パブリは嘆息する。
椅子に座るとすぐさまパブリは話し始めた。
ティー・アウルシ。俺の師匠。昔裏切りにあって国から追放された、そう聞いていた。だがパブリが話す内容は、それと180度違っていた。
師匠は結論から言えばあの人を殺めて不老不死になる禁術を使って不死者になったものだけが入れる、漆黒会の――幹部だった。
自分の永遠の命の為に、他人の命を幾つも犠牲にしたのだ。そして世界を滅ぼさんとしているあのアクトが率いている漆黒会の幹部。
「……」
「まさか貴方の師匠がティーだとは思わなかったのですよ」
……俺だって師匠がそんな人間だと思いもしなかった。母だと思ったくらいだ。俺のために頑張って色々と短い間に教えて、最後は俺のために死んでいった。
いや、恐らくこの話からだと生きているのだろう。
となると家を燃やしたのは国じゃなくて、師匠だということ。もしかして俺を逃した後に襲撃してきた人間を殺したのかもしれない。それを見せたくなくて俺を逃したのかもしれない。
なんだかまた裏切られたみたいな気持ちになる。もう何を信じたら良いんだろう。
「カズヒロ様、大丈夫ですか?」
「あぁ……」
アヴィが心配そうに覗き込んでくる。心配をよそに、俺は不思議と絶望はしなかった。この短い間で色んな人に裏切られ蔑まれてここまで来たのに、心が折れなかったのは――
俺はふと笑った。恥ずかしい言葉が浮かんだからだ。
「お前達のおかげで気を落とすことはなかった」そう口からこぼれそうだった。
「ではカズヒロさんの言うことが本当なのであれば、ティーは恐らく漆黒会に戻ってくるのです」
「復讐か」
「はいなのです。日常、平穏。それを乱されたことにより、彼女はきっと怒っているのです。そして――」
「俺が復讐なんてしないと思っている」
御名答、とパブリが言った。
汚い自分を母だと言ってくれるような優しい子が、手を血で染めるわけがないと。謎の信頼を寄せている。
だがその思いも、何度か出会ったアクトが打ち砕いているだろう。アクトが俺のことをいつかは喋るはず。幹部であれば耳にするタイミングだってあるはずだ。
「大丈夫なのですか? 恩師と対峙するのですよ?」
「あぁ。親だって間違うときはある。俺はそれを正すだけだ、違うか?」
「そういうことにするのです」
師匠は俺に真実を言わなかった。隠したいという思いが少しは存在したからだろう。偽りか本当かは知らないが、優しくしてくれた。
その2点を踏まえれば、パブリの言うような昔の残虐な師匠ではないんだと思う。
だから浅はかだけど、俺の言葉が行為が、師匠に伝わると信じて俺はこれから漆黒会と対峙しようと思った。




