67 寝坊
夜が更けても寝ることをしない生徒達。その中のひとりが用を足すと言って席を外した後、実際は奇襲に行ったのだと気付くまでさほど時間を要さなかった。
それは彼が暗殺者であるジース・テイバーだから気付けたことである。
更に言えば向かった先に居たのはカズヒロのチームだったため、放置しておいても良いだろうと思ったのだ。この生徒の中でカズヒロに勝てる人間は一人も居ないのだ。もちろん、同じ仲間も含めて。
……あぁいや、死なないという点ではパブリが最強なのかもしれないが。
しばらくして生徒が意気消沈した様子で戻ってきたのを見ると、まんまと奇襲がバレて怒られたのだろう。それにここのチームBの男子生徒は、他のプライドの高い生徒と比べて割と素直だ。自分の愚かさと弱さに気付かされて、今後の成長に繋がるに違いない。
ちゃんと戻ってきた辺り、カズヒロには勝てないと分かったのだろう。それに正攻法で勝とうと心を改めたのかもしれない。
「イリン遅かったな。うんこかよ?」
「ちょっと、ベイ……」
「私だったからいいが、女性にはそれを聞くなよ」
「き、ききき、聞かねぇよ!?」
さて、そろそろ作戦を考えるという話から脱線し始めている。夜は長いようで短い。いくらクリアすれば不合格は無いとは言え、睡眠を取らずに良い行動を出来るとは言えない。
護衛と言うよりベビーシッターな気分になってきたジース。パン、と両手を叩いて生徒達の視線を集めた。
「おい、そろそろ寝ないと支障が出るぞ」
「はぁ~い」
「ちぇ」
ジースも一眠りすることにした。奇襲されても気付けるよう訓練されているから、彼にとってはこの状態は何ら問題のないものだった。
結局日が昇るまで何も無いまま無事終えた。終えたのだが……。
彼らが起きたのは昼過ぎ。完全に寝過ごしてしまったのだ。夜遅くまで起きていたツケである。
ジースが通信で確認すると、数時間前にはもうカズヒロのチームは出発済み。パブリ、アヴィももちろん出発していた。当然ながらマルンのチームも出発していた。
要するに一番最後になってしまったのである。
「ジースさんなんで起こしてくれなかったんだよ!」
「はぁ? だって俺ただの護衛だし」
「わかったわかったから! 俺達は別に手伝うなとか言ってねーじゃん!」
「僕も手伝って欲しいですね……!!」
「私からもお願いします」
満場一致でジースは困惑した。次はちゃんと起こしてやるか、と思ったのだ。
野宿したキャンプ地の後片付けを急いで行い、走り出す。なんとして最後尾に追いつくには走るしか無いのだ。
「おい、最後尾は誰だよ?」
手伝うと言った手前何かしらしてやらないといけない。俺も随分甘くなったな、と考えながら、ジースは通信機器を立ち上げた。
最後尾が分かったとしてもこの森の地図すらない。何時間前に出発したなどで計算する必要がある。
『一番最後に出発したのは、マルン達だよ~』
『最後尾はジースさんなのです、プププ』
「クソガキてめぇ、後でぶっ殺すからな」
『もう、二人ともやめなさい。マルンは三時間前頃に出発していたと思います。ジース、まさか生徒の手助けをするんですか?』
「……良いだろ別に」
アヴィの質問に拗ねたように返事する。それを聞いてカズヒロの小さく笑う声が聞こえたが、聞かなかったことにした。
正直ジースが彼らの肩を持つのは他の理由があった。ハッキリ言ってこの状況が懐かしいのだ。
あの頃のスラムに居た頃を思い出す。男子だけのこの軽いノリ。暗殺者として恩師に引き抜かれてから、スラムに立ち寄ったことはなかった。もう二度と見れないやり取りだと思っていたのに。
まるで昔の自分を見ているようで、楽しいのだ。もちろん、そんなこと口が裂けても言えなかった。
さて話を試験に戻そう。最後に出たマルンが三時間前。一時間でも相当開くというのに、三時間となると追いつくのが困難だろう。
彼らの中には加速系の魔法を持つ人間は居ないだろう。そんなことをする必要がないのだから。
最初から合格すればいい、そういうスタンスだったからそこまでへこんでいないだろうが――
「!」
そう思ってふと生徒の顔を見た。ジースはそんな考えをした自分を悔やんだ。
合格すればいい。そんなの建前で言い訳で、何よりも弱い自分を誤魔化す盾だ。誰だって一番になれたらそれに越したことはない。
生徒達の表情は暗く、確約された最下位に嘆いていた。
「……イリン、氷魔法が得意って言ったな?」
「? えぇ」
「よし、ちょっと難しい頼みがある」
*
「うそ……」
「嘘じゃないよ。さっき起きたってジースさん言ってたもん」
マルンの通信を聞いてソワソワしていたのはルニー。自分の想い人である人間がいるチームが、最後尾になったと聞いたのだ。
しかも起床した時間がついさっき。一番遅かったマルン達ですら、もう出発して三時間は経過している。その差を埋めるには、彼らの力は弱すぎる。
「ま、まぁ、合格すれば単位は貰えるんだし? 大丈夫だよ」
「……」
「そーだよー、ルニーが気に病むことないって」
「……」
「…………一番がいいよね」
ふとつぶやいたのはマルンだった。その言葉を聞いたルニーは、はっとして顔を上げる。マルンは苦笑していた。
好きな人が一番だといい。そう思うのは愚かなことだろうか。そう願うのは、馬鹿げたことだろうか。
マルンだって、カズヒロに対する世間の行いを聞いた時は、見た目では冷静さを保っていた。でも心の内では酷く怒っていた。こんなに怒れるんだ、なんて思ったくらいだ。
ただただ適性が透明色だっただけで、まだ何もしていないのに、世界を滅ぼす魔王みたいに扱われるなんて。
リンを助けてくれたのに。マルンを旅に誘ってくれたのに。いろんな世界を見せてくれたのに。
だからマルンはカズヒロが幸せになることを、彼が認められることを望んだ。……たとえその隣に立つのは自分じゃなくても。
「…………待とう」
「は!?」
「チームBを待とう」
「ちょっと、ルニーあんた正気!?」
「本気だよ! 順番なんてどうでもいい! 私は……! 私は、ベイと合格したい!」
その言葉にみんなが足を止めた。正々堂々がポリシーのルニーがこんなことを言い出している。その珍しさは誰もが分かっていた。
それに誰も反論する人間はいなくなった。あの生真面目なルニーが駄々をこねるのだ。付き合ってあげなくてどうしろというのだろう。
マルンはニコニコと微笑みながら、通信機器を立ち上げた。
「マルン達は待ってるね。そっちの子と、一緒にゴールしたいってさ」
『……青春してんなぁ……』
年甲斐もなく青春してるのはどっちなんだ、とマルンは言いそうになったが、言わないでおいた。
次の投稿から、16-17時頃に変更してみようと思います。




