59 悪夢の再会Ⅱ
しばらくもせずにパブリが浮遊してやって来た。勇者御一行を一瞥してなんとなく俺の命令を予想しているようだが、それでも言わせてもらおう。
「あいつらは邪魔だ、外へ運んでくれ」
「お、お、お、おお、俺達もたたたた、戦える!」
変なプライドが発動したのか、生まれたての子羊がごとく足を震わせながら立ち上がるキヨヒト。それで戦えるだなんて子供ですら思わないぞ。いやむしろ子供のほうが役に立つかもしれない。ヒーローになりたいって気持ちが大人より強いだろうから。
俺を始めジースやアヴィから冷たい視線を受けるキヨヒト。その様子に敵(?)であるアクトですら笑っている。
「役に立たない」
「さよならなのです」
パブリが杖を振るとキヨヒト御一行は空間魔法へと収容された。そしてパブリは観客の逃げた先へとまた飛んでいった。
安全圏に落としてまた戻って来てくれるはずだ。
「せっかくだから紹介するよ、彼女はミラ」
キヨヒトが去ったのを確認すると、アクトが待ってましたと言わんばかりに喋り始めた。
ミラと呼ばれた女性は、アクトが喋り終わると、まるで俺達を蔑むように微笑んで、手を叩いた。そしてそれを徐々に開いていけば、バチバチと火花が散る。
あの魔法を俺は一度だけ見たことがある。あれは――
「正気かよ……っ!」
*
「いいかい、カズヒロ」
師匠が教えてくれる魔法は順番や規則、ランクなんて関係なくて、その時の気分で決まっていた。たまに俺が本を読んで「これは?」と聞けば教えてくれる時だってあった。
それはもちろん禁術や神級も例外ではなかった。
「剣とか体術とか、魔法とか。そういうのはね、知識がなくても経験があれば勘でわかるんだよ」
「勘?」
「そ。ちょっと見てな」
ちょっと見てな。そんな言葉で済ませていい内容ではなかった。俺はその場で死を悟ったからだ。
師匠が「コンビニ行ってくるわ」くらいの感覚で発動させたのは、禁術に区分されている魔法。属性は確か闇だった。
よく覚えていないというべきだろう。俺はその後気絶して、気付けばベッドで寝ていたのだ。
勘でわかる。その言葉はよく理解できた。でも、わかるで済む人間は相当強い。たいがいはあんなおぞましさを目の前で受けたら、俺のように気を失うだろう。
師匠は何度も謝っていた。酷いことをやった自覚はあったようだ。
多分俺がもっと強ければ、あの場で耐えて質問攻めに出来たりしたのだろう。
「あれは国を滅ぼしたと言われる闇魔法だよ。だから禁術になった」
「そんなヤバい代物を、家の庭でホイホイ披露するな」
「あはは、すまんね」
テヘペロに似たテンションで済まされた。こっちは倒れたんだが。だがあれほどヤバい魔法であれば、経験なんぞなくてもその恐ろしさに誰もが気付くだろう。死を悟るのである。
「だけどね」
「?」
「いずれはアンタにも教えたいと思ってる。覚悟はしときな」
「…………あぁ」
*
あぁわかる。師匠の言っていた意味がすごくよく分かる。禁術までではないが、あれはヤバい。おそらく神級だろう。
判断を間違えた。あんな攻撃は神器ではないと防げない。マルンも一緒に呼び戻すべきだったんだ。
「消えろ、人間」
そうか死ぬのか。俺、復讐終わる前に。しかもあのキヨヒト達を助けた後に死ぬのか。なんだよそれ。ただのいいやつじゃん。
仲間思いで死んでいったみたいじゃん。馬鹿らしい。
師匠の死が無駄になるのか。色々知りたいこともあったのに。
アヴィにも満足した生活をさせてあげられなかった。これから嫁に行ったりするだろうに……。
マルンだって親父さんに無理に行ってついてきている。ただの町娘に無理をさせすぎた。パブリには期待以下って思われそうだな。あぁ、あいつは死なないからこの雷撃のあとも再生して生き残るか。
ジースとはもっと一緒に語らいたかったなぁ。同年代の友達。貴重なのに。
…………。
……………………。
………………………………。
っていつ死ぬんだよ?
「ま、にあったー!」
目を開けるとそこには満開の花が如く笑顔を見せるマルンだった。……あれ、呼んだっけ?
俺が随分頓狂な顔をしていたのか、マルンは笑い出した。
「避難、カンリョーしたよ! 盾兵マルン姫、ただいまもどったよ!」
「……」
「カーくん?」
「……フッ、そうだよな。何いってんだか」
「ちょっと! マルンのことバカにしたな?」
こんなところで死んでられない。俺は師匠と、俺の復讐をするんだから。
いい年した男が悩んでるなんてアホらしい。とりあえず俺の復讐を邪魔するこのアクトとかいう愛想笑い野郎をぶっ殺す。それだけだ。
「馬鹿な、神級の魔法を……!」
「よく見なよぉ、あれってば神器だよ? ドジっ子ミラちゃん」
「……申し訳ございません。アクト様」
「いーのいーの、誰しもミスはある。まーでも、今ので魔力ほぼないよねん。用事は済んだし帰ろーよ」
「はい」
「おい待てクソ野郎!」
しまった、見落としていた。
いつの間にか女の手に握られていたのは、今回の報酬である伝説の剣。合流するまでアクトが一人だったのは、あのミラという女に探させていたからか……!
アクトに気を取られて、肝心の目的を忘れていた。
風魔法で浮遊してアクトの元へと急ぐが、空中に居たアクト達は一瞬のうちに消え去った。転移魔法か。クソ……!
「心配することないのです。模造品なのです」
「ならよかった。……じゃない、模造品でも強いんだろ……」
「まぁそうなのです」
今回の件は、翌日新聞に取り上げられて、街はその話題でもちきりだった。厄災がやってきた。悪魔だ。などと口々に言っている。
そして俺はその話を聞く度に、昨日の不甲斐なさを思い出してはため息をついていた。
「もっと経験を積みましょう」
そう言ってアヴィが持ってきたのはギルドの任務。今はそういう気分じゃ無いんだけど。
だがまぁ厚意を無下にするわけにはいかないので、紙をとって読んで見る。それが思いの外面白そうなのだ。
「……魔法学園の訓練の護衛?」
次回から新章です!