44 対峙
「あなたが、透明だからですか?」
……表情には出ていないはずだ。他の仲間は知らないが、少なくとも俺は顔に出ていないと思う。だからこう言う。
「何のことだかわからないんだが……」
「誤魔化しても無駄なのです。私は長い間貴方のような、透明適性者を探していましたから」
なるほどね。さしずめ研究者ってところだろうか。殺意は見て取れないが、ここで居合わせたのも偶然にしては出来過ぎている。
こいつ一人で俺達を倒せるとも思えないし、見える範囲で行動させるのが一番いいかもしれない。
「あぁ、ご安心ください。探していたのは趣味の範囲なのですよ」
国に突き出したりしませんよ、と続ける。変な女だ。普通そう言われてホイホイ信じる馬鹿がいるだろうか。
俺が怪訝そうな目で見ていると、彼女はまた話を続けた。
「先ほどの魔法は、上級魔法とお見受けしたのです」
「あれは上級だったのか?」
階級のようなものがあるのはなんとなく知っていたが、どれがどこに区分するかまでは詳しくない。師匠の教え方も曖昧だったし、文献も大量にあった。
あの家に滞在していた期間も短かったことから、実技でなく勉学の方の知識はほぼほぼないのだ。
「使っておいてこの世界の魔法の定義をご存知ないんです? もしかして召喚された元勇者様ですか? ならばご説明するのです」
俺が何も言っていないのに、勝手に説明が始まった。まぁ……いいんだが。
聞いた感じこの少女は世界について詳しいようだし、出来る限り情報をしぼり取るのも手だな。
魔法は五つの段階に分類されると言う。
下級、中級、上級。そしてその更に上に神級と言うものが存在する。そしてその強大な力ゆえに使用を禁じられている禁術。この五種類だ。
定義があまりにも広すぎるゆえに、下級でも一般人が使えないレベルの魔法があったりもする。長い年数が経っている為、今更変更を行うには多大な時間がかかるらしい。
中級程度が容易に扱えれば、冒険者ランクの最上級である龍級にもなれると言われている。
先ほど俺が使ったのは上級魔法らしく、扱うには国の魔術師が複数人で行わないと成功しない魔法らしい。
師匠から当然のように教わったから、そこまで強い魔法じゃないと思っていたが、そうでもないようだ。
まぁ師匠には魔法のランクなんぞどうでもいいのだろう。肝心なのはそれが完璧に扱えるかどうか。それだけだ。
「ここは歴代の王の墓なのです」
「あぁ、知ってる」
「あらら、随分冷めた答えなのです。目的は観光じゃありませんです?」
この女、俺の後ろをまるで小鳥のようにピョコピョコついて来やがる。はっきり言って邪魔だ。鬱陶しい。
何でもかんでも聞いてくるし、縛り上げて外に置いておけばよかった。
「じゃあここで安置している剣なのですか?」
「! 知ってるのか?」
「えぇまぁ、今あの方が持ってる剣ですよね?」
少女が指を差す先には、小太りの男が一人。そして禍々しい魔力を放つ剣が一本。裕福そうな様相から多分あれはこの国の貴族・王族だろう。
そして噂が本当であれば、あの男は剣に魅了された国王だ。
男は俺達を見るなり血相を変えて剣を持って逃げ出した。閉鎖中で薄暗い墓の中を容易に駆け回るあたり、やはり王族なのは間違いない。
俺達も男を追って走り出した。
入り口から入ってすぐは展示室のように広く作られていたが、細い通路へと入った瞬間迷路へと変化した。かろうじてどこに曲がったかは姿が視認できたが、一体どこまで追えるだろうか。
結構な速度で走って来たが、ついて来たのはアヴィとジースだけ――いや、あの少女もついて来ている。浮いてついて来ている。
マルンの姿は――ない。
クソ、一般人に近いとは思っていたが、やっぱり無理だったか……。走りながら俺はため息をついた。
「カズヒロ! マルンがいない!」
「あの子私達と走れるんですか!?」
二人もこう言っている。この迷路を迷うのは嫌だが、後でマルンを回収するとしよう……。
手間が増えたと落胆していると、少女がニコニコと喋り始めた。
「あらら、ピンク髪の子なら、私の魔法空間に入ってるのですよ」
………………は?
いや、空間魔法は便利だが、取り出しづらいのが難点だ。一度入れたらそれこそ念入りに探らないと見つからない場合だってある。
最悪一生取り出せない事例だってあると本で読んだ。動物実験すらしたことはないが、生命体を入れて無事で済むわけがない。
「はぁ!? マルンを殺す気か!? 取り出せなくなるだろ!」
俺の怒りを見て、少女は目を丸くした。何を言っているんだ、とそんな顔で。
そうしてしばらくして、勝手に理解したような顔をしてまた話した。
「もしや空間魔法をマスターされてないのです? 見たところ魔術師だと思ったのですが違うのです?」
「魔法使い同士で盛り上がってるところ悪いが、見失ったぞ!」
少女の言葉にカチンと来ていた時に、ジースが声を上げた。最初の最悪の予想通り俺は男を見失ってしまった。
この墓がどれほど広いのか分からないが、探知魔法を使うしかないか……。
「この墓から王国、特にお城に通じている隠し通路は一つしかないのですよ。先回りして――」
「だ、ダメです!」
意外な人物が声を上げたことにより、一同はシンとした空気になった。アヴィは場の空気を悪くしたことに申し訳なさそうだったが、それでも自分を通した。
俺が「アヴィ? どうした」と聞けば、口を開く。
「……血の流れるニオイがしました。恐らく……」
「…………マズい」
背に腹は変えられない。俺達は少女の言う道順を全力で走った。
急いだ結果追いついた、と思ったのは一瞬だった。アヴィは目だけではなく鼻もいい。彼女の言った血の流れるニオイというのは、王が刺されたということだった。
横たわる王と、その側に立つ青年。そして、王の持っていた剣が空気の膜のようなものに覆われて空中に浮いていた。
青年は倒れていた王を眺めていたが、俺達がくるとその顔をゆっくりとこちらへ向けた。
「やあ、異端者。久しぶりだね。六十年ぶりかい?」
「……多分それくらいなのです」
先程までニコニコと笑っていた少女は、男を見るなり真顔になった。どうやら二人は知り合いらしい。しかも仲がいいという感じの知り合いではなさそうだ。
少女は男を見据えながら、魔法空間からマルンを出した。やはり、マスターしている、という意味を細かく聞いた方がいいかもしれない。
空間から出て来たマルンは、目の前の光景を見て青ざめた。そしてあろうことか、彼女は行動に移った。
「よくも……よくも、リンのパパを!!」
「おい、馬鹿、止まれ!」
そう叫んで何も考えずに敵か味方か分からぬ男の元へと突っ込んでいく。感情的になっている。相手の力量を見定めてすらいないのに、こんなの自殺行為だ。
それに、リンのパパ、ということはやはりあの男は国王で間違いがないようだ。なんて悠長に考えている場合じゃない、最悪が起きる前にマルンを止めなければ。
「汚いなぁ。エルフと人の混血か」
突進してくるマルンのことを、男はそう称した。どう考えてもその言葉選びからして、俺達に好意的な人間じゃないのはわかった。
と言うかそもそも人を殺めている時点で良いサイドの人間ではない。
そして剣は依然として男の手中(実際は空気の膜の中)にある。あの剣をあのまま渡すわけにはいかない。
男が空中を撫でるように手を動かせば、また空気の膜が生成された。その膜はマルンへと一直線へ向かっていき、そのまま顔を覆った。宇宙飛行士のように顔を丸い膜で覆われたマルンは、ゴボボ、という空気の漏れる音がした後苦しみ始める。
――あれは酸素が入っていない空気だ。この男はマルンですら殺す気でいる。
マルンの体は、膜の影響なのか空中に浮き始め、足をばたつかせている。顔の周りを手で掻くが、それが取れることはない。
「マルン!」
アヴィがそれを見てすぐに動いた。だがそれを見た男は、更に顔をしかめた。どうやら亜人に良い思いをしないようだ。
そうして
また空気の膜を生成し始めた。アヴィまでもああなるのは少しこちらとしては痛手だ。
アヴィは躊躇いもなく腰から斧を取り出して、オリジナルサイズへ変化させた。そして飛んできた空気の膜をスッパリと切り裂いてかわしていく。
マルンのところへ辿り着いて、彼女の顔を覆っていた膜を同じように切った。あんなドデカい斧を振り回しておいて、頭を切らない技術は彼女が斧を使いこなしている証拠だろう。
浮く力を失って落ちたマルンをキャッチして、もう心配はないと俺に目線を送った。
「獣人まで……。それに、その斧は――」
ワナワナと震えながら指を差す。説明もなしに見ただけでその斧がどれだけ重要なものかわかるのか。勇者の遺物を知っている、ということだろう。
ブツブツと気味の悪い独り言を繰り返したのち、彼はいきなり正気へとかえる。
「ま、まあいい。世界も全て、い、いずれ僕のものになるんだから。君達とは縁がありそうだ。またいずれ――」
「おい、待て! お前は誰だ!」
男の立つ横の空間が黒く渦巻き淀み始める。本で読んだことがある。これは転移魔法の一種だ。
このまま剣を持って逃げる気だ。そうはさせない。
「待てって言われて待つほど優しくはないんだ。じゃあね」
ひらひら、と手を振って男は呆気なく転移魔法でその場から去った。もちろん剣も忘れずに。後少しということろで……!
接客業なんですが、やっとGWが終わると思うとほっとします。




