19 換金所へ
森での時とは異なり、俺が起きてもアヴィはぐっすりと眠っていた。久々のベッドでの眠りは違和感を覚え、寝付けないと思っていたのだがそんな事は無かったようだ。
安眠出来るに越したことはない。素晴らしいことだ。
しばらく起きる様子が見られなかったので、階下に降りて店主から情報収集をしていた。
出された飲み物が美味く、話が弾んでしまい30分近く時間が取られてしまった。
部屋に戻るとアヴィは支度を終わらせていた。
「よく眠れたか?」
扉を開けて入ると、戦斧を整備しているアヴィが目に入り、声を掛ける。
ベッドの端に座り、斧の汚れを落としていたアヴィは、俺に気付いて立ち上がり、慌ててこう言った。
「お、おはようございます! お陰様で元気です! 寝坊してしまってすみません……」
「気にするな。それと、朝食を食べたら直ぐに出る。支度を整えたら食事処に向かうぞ」
「わかりました」
早々に食事を済ませ、宿を後にする。
例のごとく仮面のせいで食事が取れず、アヴィには自分で頼む食べ物とは別に、持って帰れそうな軽食を頼んでもらった。
こういう手間が発生することを予想しておけば良かったな。口元だけ出ている仮面とか、もう少し考えられたろうに。
それとも、口を介さずに食事する魔法でも調べてみようか。
そんな事を考えていると、スラム街へと入れる路地へとやって来ていた。
入口ではあるが、既に治安の悪さを醸し出していて、所々に立ってこちらを睨む輩からは《表の街にいる人間》とは異なる視線を感じる。
隙でも見せようものなら、荷物の一つや二つ簡単に消えてしまうのだろう。
「俺から離れるなよ」
「承知しました」
アヴィには、師匠に鍛えられた俺とは違って、周りをよく見る力がない。
逃亡生活が長かったとは言え、毎日のように人間を襲っていそうな貧民に勝てるわけがないのだ。気を引き締めて行かねばならないな。
スラム街に入ると、景色が一転した。
道端には生きているのか死んでいるのか分からない人間が転がっているし、ガリガリにやせ細った少年が恐ろしい瞳で俺達を見ている。
少しでも隙を見せようものなら、この路地に住まう人間たちはすぐに俺達に襲いかかるだろう。しかもここは無法地帯だ。助けなど呼べるはずもない。全てが敵なのだ。
しばらく歩いた頃だろうか。スラム街にしては比較的綺麗な店が現れる。
血だらけの看板には《血痕の花》という店名が記載されており、教えられた店と一致する。きっとここだろう。
血にまみれた看板を見て、アヴィがあからさまに顔をしかめたが、そもそも闇市の換金所という時点で嫌な感じしかしないだろう。
扉を開けて中に入ると、長年放置されていた廃墟かのようにホコリが舞う。本当に営業しているのかと疑いたくなる店内だ。
そして店内は様々な臭いが混ざり合って、むせ返りそうな気持ちの悪さ。
硫黄や酸、魚の生臭さ。この世の悪臭を煮詰めたようなそんな感じの店内だ。長時間居ようものなら、卒倒してしまうだろう。
亜人の――特にウルフ種であるアヴィは余計にこの店が嫌なようだ。
鼻が効く分、俺よりも目眩を感じているに違いない。とっとと用事を済ませて出なければ。
「店主は居るか? 換金を頼みたい」
「あいあい、いましゅよ」
店の奥からは、ゴブリンやら魔物と見間違えるほどのおぞましい見た目をした老人が現れた。腰は曲がり歯も所々抜けていて滑舌が絶望的に悪い。
発する臭いが店に負けじと悪臭なのが、ここの店主であるのを物語っている。
俺は空間魔法でガーゴイルの魔石を三つ取り出した。本当に取れたのは六つではあるが、今後必要になる可能性を考えて半分にしておいた。
この店を紹介してくれた店主の様子を考えると、正直一枚でも充分な気もするがまあいいだろう。
「これだ。ガーゴイルから取った魔石になる」
「これはこれは……しかもいちに――3つもいたらけるのでしゅか?」
ゴトリ、とその禍々しいものを置くと、店主は嬉しそうに言った。やはり買い取れる額を持ち合わせているのだろう。一切そんな素振りを見せない。
「そうれしゅね……ざっと五千万エルれしょうか」
五千万エル。
普通に五千万円ってことだと考えると、マジか。しかしこの魔石の相場がわからない。いい方なんだろうか。
不安になっていたのが雰囲気に出ていたのか、店主が再び口を開いた。
「一体これをどこでご入手――いえ、貴方方のような実力者様に聞くのは失礼というものれしゅね」
別に聞かれたところで構いはしないのだが……。街のすぐ外にあったダンジョンだし。
だがまあ深く詮索されないに越したことはない。俺の立場が立場なのだ。
この怪しい店主は通報はしないであろうが、噂でもなんでも聞きつけた奴らが追ってくるのは今後の行動の支障になる。
そんなことを考えていると、店主が言葉を続ける。
「この魔石は採れたてのようれしゅし、何より大きしゃ輝きが今まれ見たものの中れも、最高級と言っても過言れはありましぇん。普段ならばこの数は三千万で買取ましゅが、初めてのお客様だけありましゅし……」
怪しさはマックスだが、どうやら嘘はなさそうだ。
正直そんな大金を手に入れてしまったら、どこかの田舎でゆっくり過ごしたほうがいいんじゃないか……とか思いかけたが、いやいや師匠の死を忘れる気か俺は。
まあ騙されていようが大金には違いない。今後の旅には金が必要だし十分だろう。
「その金額で頼む」
そう言うと店主は金を取りに店の奥へと消えた。そろそろ本格的にアヴィの気分が悪そうだから、早々にこの店内から出たいものだが流石に金額だ。すぐに戻ってくることはないだろう。
アヴィには小さい声で「もう少し耐えてくれ」と伝える。アヴィは辛いであろうに頑張って笑顔を作って返事をした。
「それよりもカズヒロ様、ここは大丈夫なのでしょうか……」
鼻を押さえながらアヴィが尋ねる。怪しさ満点のこの店に疑念を抱いているのだろう。
俺は「心配するな、よく見てみろ」と彼女に話した。
店内にぶら下がっている魔物や獣の死体は、時間が相当経過しているにも関わらず状態がいい。よっぽど高等な状態維持法を持っているのだろう。
それに問題の異臭を放っているのは、この死体達からではなかった。多分余計な輩が寄り付かぬようにした、言わば虫除けだ。
それに販売している素材達は、そこらの冒険者じゃあ討伐できない強さの魔物や獣達だ。ここに来れる人間は相当な手練だけなのだろう。
店主は思ったよりも早かった。分厚い紙袋を片手によちよちと戻ってくる。
紙袋を受け取った俺はざっと中身を確認する。こんな汚い店にしては新札ばかりで疑わしいが、逆にこんな店だからこそ新札が出回るのかもしれない。
この世界の紙幣は、一桁単位で作成されており、物価が安いのにも関わらず最大で十万エル紙幣まで存在する。だたし使うのは貴族ほどであまり一般には流通しないというが……。
貨幣というものは存在せず、色付けされた紙幣ばかりがかさばるのが難点だ。
紙袋の中は殆どが十万エル紙幣ではあったが、不足していたのかチラホラ一万エルとかも混ざっている。まあ多分五千万ちょうどはあるはずだ。
「つかぬ事をお聞きしましゅが、透明適性者様でらっしゃいましゅか?」
「…………」
「ハヒュヒュヒュ……失礼しました」
気味の悪い笑い方をして、店主は話した。
この店はほぼ黒のようなグレーの店。貴重な品々を持ち込めるのであれば、例えそれが人類の敵だろうが王国の騎士団長であろうが、関係なく高額買取を行っているという。
もちろんここで起きた取引は口外など以ての外。秘密は必ず守られる。
この店主にとって大事なのは、どんな人ではなくどんな品なのかだ。そして優良な魔石を持ち込んだ俺は、既に店主の中ではお得意様だろう。
もっと言うのであれば、きっと俺達の実力を既にはかられていた。
今後の持ち込みを期待されているだろう。
「ヒュヒュ、今後もご贔屓に」
お見通しかと言わんばかりに店主はそう言った。
きっと表の人間じゃ知りえない情報も沢山持っているのだろう。買取もしてくれることだし、この店は重宝するとしよう。
店を後にすると、不機嫌そうなアヴィが更に主張をしてきた。
ただでさえピリピリしている地区だというのに、声を大にして俺に不満を叫んだ。
「バレてしまって! よいのですか!?」
俺の進路を塞いで尻尾と耳で必死に怒りアピールをしながら言う。
フン、と鼻息が聞こえそうなほど怒っているアヴィを見て、心の中で少し笑った。
自分の為に感情を荒げられる存在がいるのは、なんだか楽しいな。
ふわふわの銀髪をポンポンと撫でて、アヴィを落ち着ける。
大丈夫だ、心配するな、と伝えて歩き始める。
「そのへんの冒険者様じゃ倒せない魔物もいるぐらいだ、金もしっかり貰ったし問題はないだろう」
「ですが――」
「違法犯罪なんでもござれのスラム街の連中が、上に報告なんて上げると思うか?」
自分達の身もあるのに、そんな危険を冒すはずがない。
厄災もそうだが、自らも国へ歯向かう問題だと言う自覚ぐらいはあるだろう。犯罪を行う連中が風紀委員みたいなことをする矛盾なんて、あるなら逆に見てみたいものだ。
さて、金も手に入れたことだし、ようやく防具屋に行ける。
ナメられるのは御免だからな。見た目も実力に伴うよう改造せねば。
「行くぞアヴィ。次は防具を買う」
一段落したらキャラクター紹介とか書きたいです。




