17 冒険者ギルド
大通りを歩いていると、右手側に大きな建物が見えた。守衛の言う通りだ。
入口扉の上に掲げられた看板には、この世界の文字で《冒険者ギルド レヴィン正門支部》と書かれていた。
ここ、レヴィン市には二つギルドがあり、表門裏門と二箇所に設置されている。
それなりに大きい都市だからということもあり、出入りに楽な場所に一つずつ作ったのだろう。
扉を開けると、そこには屈強そうな戦士や、有能そうな魔術師が沢山おり、賑わいを見せていた。
入口から真っ直ぐ歩けば、カウンターが存在し、同じ制服を着た女性が数名。受付とスタッフという事か。
周りを見渡すと、クエストボードのようなものもある。入口からやや遠いことと、字が細かいこともあり、貼られている大量の紙には何が書かれているのかは視認できない。
飲食店のような店も屋内に併設されているようで、テーブルと椅子、そこに座る冒険者達が居た。
まずは受付に向かえば良いか。入口から歩いて受付へと向かう。
幸い、カウンターは混み合っていないらしく、すんなりと俺達の番がやって来た。
「冒険者ギルドへようこそ! 冒険者身分証のご提示をお願いします」
冒険者身分証ね……。会員証のようなものだろうか?
まぁもちろん未登録なので持っている訳がない。ここは素直に言うとするか。
「あー……、すまない。未登録でな。登録したいのだが」
「ありがとうございます! ではこちらにお名前と……。身分証に必要な絵を作成しますので、フードを外して貰えますか?」
――来た。
俺はフードを取る。顔……もとい、仮面を見た受付嬢は、あからさまに嫌そうでかつ驚いていた。
さて、呪いの仮面という設定は、通じるのだろうか――
「なるほど、了解しました」
流石科学より魔法が発展した世界だけある、一言二言説明しただけで通じた。
もしかして、呪いの仮面が取れませんでしたっていう、間抜けな人間は、結構ゴロゴロ居たりするのか?防衛本能弱すぎだろう。
まあ、そんなことはさておき。これで俺が顔を晒す事は避けられた。アヴィの登録もしっかり出来たし、結果オーライだ。
もちろん名前の登録は偽名を用いた。これでバレることはないと思いたいが。
「では、ログ様。仮登録は終わりです。本登録に当たりまして、現役冒険者様と戦って頂く試験が御座います」
「試験?」
名簿に登録しただけでは、終わりではないようだ。
初日には、名簿と身分証に使う《魔法絵》を登録する。魔法絵は言わば写真のようなものらしい。
そして後日、ギルドが用意した現役冒険者と模擬戦を行い、実際クエストに出ても支障は無いかを調べると言う。
模擬戦に来るのは、各ランクの人間1人ずつなのだが、最高ランクの《龍級》の人間は、滅多に現れないという。
それはそうだろう。自分よりも遥かに格下の人間の試験相手なんて、したいとは思わない。
ちなみに聞いた話だと、ランクは全四種で構成されている。
弱い方から、烏、熊、鬼、龍と言われる。
龍級となると、一国を脅かす巨大な魔物に対し、一人でと挑めるような強大な力の持ち主らしい。
この世界に少ない人数しか存在しないという。龍級は予定が合わないのもあるんだろう。
「それでは三日後、またおいで下さい」
にこりと営業スマイルで送り出される。
渡された仮登録身分証は、仮登録であっても有効のようで、換金所を始めとする冒険者御用達の商店の類で《通常の金額》での取引が可能だという。
三日の待ち時間を浪費しないで済むので、とてもありがたいな。
場所も教えてもらったし、とっとと換金するか。
三日後に備えて防具も整えないといけないことだし。
受付から少し歩くと、数人に囲まれた。そいつらは、ニヤニヤと俺達を見ている。
……あぁ、なるほど、これはいわゆる初心者狩りというやつか。
目の前にギルド役員がいるというのに、よくやるものだ。こういうのは、ギルドを出て路地裏に誘い込んで、目立たぬように叩き潰すのが普通じゃないのか。
まぁこんな低俗なことをやる人間なんて、そうそう頭がいいとは限らない。
「あんちゃん、ギルド初めてだってなぁ」
「可愛い奴隷連れてんじゃねえか」
ピクリとアヴィが反応する。
ガーゴイル戦とその後に手に入れた戦斧のおかげで、それなりに度胸がついたアヴィは、怯えという感情が落ち着いた。その代わりに、警戒と苛立ちを覚えた。
相手を見定める感覚も得たのだろう、この男達が自分より遥かに劣っている事に気付いている。
さて、まだ楽しげに絡んできてくれている男達。だが奴らが衣服のポケットに突っ込んだ指先が、隠してある武器に触れているのが、俺には分かっていた。
こっちが下手に動けばやる気でいるんだろう。
馬鹿な事にここはギルドの中だというのに。
「……行くぞ」
「はい」
付き合っていられない。今のところは目立つ予定はないし、避けていたいのだ。
ここは無視して去るに限る。
横を通ろうとすると、一人が大声を上げた。
「無視してんじゃねえぞ!」
怒号と共に、ポケットにしまっていたナイフを向けてきたではないか。
クズではあっても流石冒険者といったところか。俺に向けられたナイフはよく輝き、よく研がれている。
男の振りかぶったナイフを、避ける。
男とその仲間は呆気に取られたようだが、ここは当たっておいたほうが良かったのだろうか。痛みはあるが俺にはさほど問題ではない。すぐ治せるし。
それにしても、ギルドの役所内でナイフを所持した危険人物が騒いでいるのに、スタッフは何もないのか。他のパーティも止めに入るような様子もないし、もしやパーティ間のいざこざは、日常茶飯事だったりするのか?
世紀末じゃあるまいし、まさかな。
「てめえ……! おい、お前ら! やっちまえ!」
相手はリーダーだったようで、男の命令で一斉に攻撃が向かってくる。
一番近くに居た、パーティ内では比較的大柄な男が真っ先に殴りかかってきた。
殺意を隠す気もないようで、その大きな拳は俺の頭を目掛けて降ってくる。
もちろんその程度の攻撃は避けるのは他愛ない。格段にアヴィの方が強いとはいえ、実戦経験の圧倒的に少ないアヴィの方へ流れないように誘導しながら、かわしていく。
避けながら後退していると、背後に柱があるのに気が付く。
相手は俺を殺す事にしか集中しておらず、他の事が視界に入っていない。それどころか、あまりにも攻撃が当たらない俺に対して、イラつきを覚えているようだ。
そしてタイミングよく、男は今までの中でも一番勢い良く殴ろうとしていた。
今までの通り俺が避けるとそこは、柱。
勢いをつけて殴りかかったせいで、足は止まらずそのまま柱へと飛び込んで――失神。
ド派手な音と共にぶつかった彼は暫く使い物になるまい。
さて、一名片付いた。
伸びている男を見て安心していると、頬を何かが掠める。
幸い切れてはいなかったものの、俺の後ろでは何か――飛んできたナイフが刺さって、食事をしていた冒険者一名が床へと倒れた。
近接攻撃の次は遠距離か、忙しいったらないな。
反撃も考えたが、そもそも目立たないようにしようとしているんだ。ここは我慢しよう。
そんな事を考えながら、飛んでくるナイフを避け続ける。
しばらくすると、手持ちが無くなったのか、ナイフが飛んで来なくなった。
そろそろ解放してくれると助かるんだがな。
「もう行っていいか?」
ため息をつきながら、頭を搔く。
俺もお前達も疲れるだけだし、死人も出かけている。何もいい事はないと思うんだが。
「ふざけやがって…!」
どうやら癇に障ってしまったようで、残ったメンバー達は魔法を詠唱し始めた。
おいおい、ギルドの屋内で攻撃魔法かよ。
俺やアヴィを始めとした冒険者が耐えられても、スタッフや他の住民に被害が及ぶだろう。
全く本当に冒険者なのか? こんな奴が金をもらって働いているだなんて、考えられないな。
面倒だな……。だがせっかく仮登録を済ませたのだから、ここを破壊される訳にもいかない。
仕方ない、詠唱が終わる前にあのスキルを使うとするか――
「その辺にしろ」
一つの声がその場に響いた。
騒がしかった屋内は、一気にしんとした空気に包まれる。
喧嘩を見る野次馬と化していた冒険者達の間を縫って出てきたのは、背中に大剣を背負った青年だった。その青年に続いて、数名の男女がわらわらと現れる。
チンピラを一瞥すると、チンピラ達はあからさまに嫌そうな顔をしていた。
良くも悪くも、有名なパーティのようだ。
「真紅のゼッド……!」
出てきた男の顔を見て、チンピラのリーダーが呟く。通り名まで付けられる人間とはな。
当然だが俺はその通り名を知らないし、その男の顔すら今初めて見た。
真紅。見た感じ、銀色基調のプレートアーマーに、茶色の瞳に茶髪のオールバックと、あまり赤に関わるような見た目ではない。
ゼッドと呼ばれた青年が背中に背負っている大剣は、幅の細い布でぐるぐる巻きにしてあり、刀身が伺えない。もしやすると、通り名の由来はそこから来ているのかもしれない。
そして、横に立つ女は――彼の補佐的な女だろうか。
暗い赤色を用いたローブを纏い、頭髪は紫色のストレートヘア。瞳の色は綺麗な青色だ。
腕を組み、手には30センチほどの杖が握られていた。
なるほど、このパーティの魔術師だな。
よく見ればローブに魔法が付与してある。魔術式は……なるほど、魔法威力向上か。無難なところだろう。
彼女の魔力値も平均より高そうに見える。
その二人の後ろにはまだ男が二人立っている。
細めの、忍者のような様相の男。
ダークブルーの頭髪に、淡い水色の瞳を持っている。細身と装備といい、多分隠密・スピード型の人間だろう。
俺達に話しかけたゼッドとやらに対して、「めんどくさい」と言うような視線を投げかけている。
それに、チームの中では一際体躯のいい男。金色の長髪をポニーテールで束ねており、瞳はいかにも外国人かのような青い瞳をしていた。
物腰が柔らかそうでいい人感がにじみ出ているものの、背中には人の頭二つ分は優にあるであろうヘッドを持った鉄槌を背負っている。あんなものを振り回されたらたまったもんじゃないな。
「……ご主人様?」
「あん? ……あぁ」
出てきたパーティをジロジロと見ている間に、俺達に絡んできた奴らは消え、解決していたらしい。
無反応の俺を見て心配したアヴィが声を掛けてくれた。
アヴィと会話していると、ゼッドとやらが歩み寄ってきて、手を差し出した。
「冒険者パーティの赤い月だ。俺はゼッド。 お前は?」
「ログだ、助かった」
有名人相手に変な事は出来ないし、ここは素直に礼を言っておこう。
冒険者になるのだから、今後関わる事が出てくるかもしれない。それが俺の邪魔にならなければいいが……。
ゼッドの握手に応じると、横から魔術師の女性が現れる。
「アンタ、雑魚とは言え、アイツらの攻撃をかわせるなんて凄いわね」
「……いや、たまたまだ」
ふむ、さほど強くはないチンピラだとは思っていたが、あれをかわせるのは凄いのか。
やはり数発当たっておけば良かったな。
「それにしても、今のタイミングで冒険者登録か?」
どういう事だ? タイミング?
予約入れるのど忘れしていました。