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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
19/80

クビ喰む

 

 平将門(たいらのまさかど)の首。――呪と怨念を撒き散らしながら、ずるりと……髪を手足のように動かし、桶より這い出る。

 その姿を焼き付けるように、しっかりと両目で見つめる面々。


「首だけでも動くなんて。小次郎(こじろう)に掛けられた呪(しゅ)は強力なんだろうね」


 呻(うめ)き声を発し、将門(まさかど)の首は帝の首筋を噛み切ろうと跳ねる。


「貞盛! 帝を守れ!」


 いの一番に切羽詰(せっぱつ)まった声を発したのは、藤原忠平(ふじわらのただひら)。


 ――帝の眼前に迫る、将門の口。

 ――が、平貞盛(たいらのさだもり)が片膝をついた状態で、帝と将門(まさかど)の首の間に右腕を滑り込ませ、阻(はば)む。


「従兄弟(いとこ)殿……お鎮まりになられよ、帝の御前(ごぜん)ですぞ」


 首に噛みつかれ、ぽたりとぽたりと右腕から血が滴る。――貞盛は痛みなど意に介さず。幼子(おさなご)を諭すように、ゆっくりと将門の首に語りかける。

 

「ふう……肝を冷やしたわい」


 藤原忠平は汗を拭いながら、襟元(えりもと)を正す。


「むう……ふう……」


 藤原秀郷(ふじわらのひでさと)は貞盛(さだもり)の右腕に噛み付いて離さない、将門(まさかど)の首を両手でしっかりと持ちながら、溜息(ためいき)を吐く。


「斬った後に、将門(まさかど)の体から出てきたモノは蜈蚣切丸(むかできりまる)で突き刺して消滅させたんじゃがな……よもや、此方(こちら)にも。頭にも残っておったとは」


 秀郷(ひでさと)の話を聞きながら、帝は手に持ちたる扇(おうぎ)で口元を隠す。


「藤太(とうた)、そのまましっかりと持っておいて……平太(へいた)も、そのまま少し我慢してね。先にこの呪(しゅ)を祓(はら)うから。――このままだと将門の魂に語り掛けるのに支障がでるから」


 帝の顔から笑みが消え、幼いながらにも真剣な面持(おもも)ちとなる。

 秀郷(ひでさと)と貞盛(さだもり)は縦に首を振り、秀郷(ひでさと)は将門(まさかど)の首が動かないように……さらに両手に力を込める。

 将門(まさかど)の首も、負けじと。――髪を秀郷(ひでさと)の両手に巻きつかせ、ぎちぎちと音を立てながら締め上げる。


「天清浄(てんしょうじょう)、地清浄(ちしょうじょう)、内外清浄(ないげしょうじょう)、六根清浄(ろっこんしょうじょう)と祓給(はらいたま)う」


 帝の口から紡(つむ)がれる祝詞(のりと)、それは聞き惚れる、鈴のような声。


「天清浄(てんしょうじょう)とは、天の七曜九曜(しちようくよう)、二十八宿(にじゅうはっしゅく)を清め」


 扇を上げ、紡ぐ祝詞(のりと)に、天も、地も、呼応する。

 きらりきらりと淡く輝く蛍火(けいか)が天より舞う。


「地清浄(ちしょうじょう)とは、地の神、三十六神(さんじゅうろくじん)を清め」


 帝の足元より、三十六の細い光柱が出で、花紋(かもん)を形作りはじめる。


「内外清浄(ないげしょうじょう)とは、家内三寶大荒神《かないさんぽうだいこうじん》を清め」


 徐々に蛍火(けいか)や花紋(かもん)が一所(ひとところ)。――将門(まさかど)の首に纏(まと)いはじめる。


「六根清浄(ろっこんしょうじょう)とは、其身其體(そのみそのたい)の穢(けが)れを、祓給(はらいたまう)、清め給(たま)ふ事(こと)の由(よし)を」


 帝は口を窄(すぼ)め、扇にふっと息を吹きかけ、将門の額(ひたい)へとあてる。


「八百万(やおよろず)の神等(かみたち)、諸共(もろとも)に、小男鹿(さおしか)の八(やつ)の御耳(おみみ)を、振立(ふりたて)て聞(きこ)し、食(めせ)と申(もう)す」


 将門の呻(うめ)き声と強い光。目をつぶらねばならぬ程の光。

 俄(にわ)かに、秀郷(ひでさと)の腕を締め上げていた髪は外れ、貞盛(さだもり)の腕を噛んでいた口も、赤い血の糸を引きながら外れていく。


「呪も解け、準備は整った」


 帝は将門の額にあてていた扇を外す。

 目を見開き、全てを呪うような恐ろしい顔、ではなく……妙見菩薩(みょうけんぼさつ)のように優しい顔となっていた。


「――と、その前に平太(へいた)。……その傷は後々になると、祟(たた)るかもしれないから手当してきなよ」


 帝は扇で貞盛(さだもり)の右腕を指し示す

 ……しかし、貞盛は首を横に振る。


「それは、従兄弟(いとこ)殿の……魂への語りかけが終わってからにします……それに、これくらいの傷など!」


 何を思ったのか、貞盛は右腕の袖(そで)を捲(まく)り……しっかりと、くっきりと付いた歯型を見せる。

 

「むん! むん!」


 掛け声と共に、右腕に力を入れる貞盛。

 見る間に、腕の筋肉の力のみで傷を塞ぐ。――ぽんぽんと傷が塞がった、右腕を叩きながら、大笑いをする貞盛。


「大丈夫? なら始めようか。小次郎(こじろう)の首は……首桶の蓋を閉めて、その上に置いてね」


 秀郷(ひでさと)は帝の指示通りに、首を置く。その腕には締め付けられた跡が、未だに赤々と残っていた。

 帝は将門の首を正面から見据えるように座(ざ)し、右手を将門の額へとあてる。


「平小次郎将門《たいらのこじろうまさかど》よ……この呼びかけが聞こえるだろう、さあ返事をしておくれ」


 帝の澄んだ声が遠くまで……東国(あづまのくに)や黄泉(よみ)の国まで届いていく。




 黒い……一切の陽の光も、火の灯りも奪い去るような漆黒の湖。

 辺り一面も闇の帳(とばり)が降りた世界。

 そんな湖に五体を投げ出し浮かび、揺蕩(たゆた)う男。


『小次郎』


 何処(いずこ)からか響く声、 無であった湖に波紋が生じる。

 ゆっくりと響く声に反応して揺蕩(たゆた)いながらも、目を開ける男。


「懐かしい呼び名だ……この将門を……今もそう呼ぶ者は少ない。とうとう幻聴まで聞こえるようになったか」


 誰もいない……独り笑い、独り言(ご)つ。

 ふいに将門の視界を光る物が横切る。


「む、なんぞある?」


 ぱしゃりと水面を掻き乱しながら、慌てて起き上がり、光る物を探す――それを見つけるのに時間は掛からず。

 闇の世界でここに居るぞと主張する、水面に留まる、光る蝶。


「これは一体……」


 光る蝶が、ついて来いと言わんばかりに飛び舞いながら、将門を誘う……蝶に釣られ将門も、ぱしゃりぱしゃりと水音を立てながら歩みはじめる。


 幾ばくか歩むと、湖に浮かぶ島のようなものが見えはじめる。

 そこにだけ闇の中で唯一、陽の光が天より射し込んでいた。

 光る蝶が島に止まり、人型に変わる。


「久しぶりだね、小次郎(こじろう)」


 その姿と声に驚き、将門(まさかど)は体制を崩しながらも駆け寄る。

 ――あの時から随分と時が経ち、成長している。が、それでも将門は見間違う筈もなく。――平伏す。


「お久しゅう御座います、帝。――この度は我が不徳の致(いた)すところ、如何様(いかよう)な裁きでも受ける所存」


 将門の謝罪の言葉に対して、からからと笑う帝。


「もう君の体は罰を受けた、乱も鎮まった、魂にまで罰を与える気はないよ……それよりも、東国に戻ってから起こったことを……そして何より、君を、小次郎をこんな所に幽閉している者の話を詳しく聞かせてよ」


 その言葉を聞き、面を上げる将門。


「些(いささ)か、長くなると思いますが……よろしいのでしょうか?」


「もちろん構わないよ、此処は誰にも邪魔をされない場所だ……ゆっくりで構わないよ」


 島に唯一ある切り株に座し、扇(おうぎ)で、ぱたぱたと扇(あお)ぎながら、将門の次の言葉を待つ。


 将門は記憶を呼び起こすように、ゆっくりとつい先日の事のように思い出せる。

 まさに激動の数年を語り出す。

朱雀天皇の祝詞=天地一切清浄祓《てんちいっさいしょうじょうはらい》

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