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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
18/80

ガイセンと過去を探る

 

 東国の乱を鎮(しず)めた大英雄――俵藤太(たわらのとうた)こと……藤原秀郷(ふじわらのひでさと)の凱旋(がいせん)により、雅(みやび)な花城(はなしろ)は貴族から民草、果ては犬猫までもが熱狂の最中(さなか)にあった。


 秀郷は巻き起こる大歓声と大喝采(だいかっさい)に応えるように、馬上より手を振り、とびきりの笑顔を向けていく。


 そんな中、馬上で手を振りながらも、引きつった顔を見せる平貞盛(たいらのさだもり)…… 秀郷(ひでさと)に小脇を肘で小突かれながら、さらに貞盛の耳に痛い小言が飛ぶ。


「おい、貞盛(さだもり)……市井(しせい)の人々に不細工な顔を見せるなよ、もそっと良い笑顔を見せろ」


 貞盛は口を広げ、固まったままの笑みのまま返す。


「こんな大喝采(だいかっさい)を浴びたのなど……短い人生の中で初めてなもので、緊張が――」


 俄(にわ)かに民からの喝采(かっさい)が止み、じっとりとした不快な風が吹き、静寂(せいじゃく)が訪れる。

 周りから囁(ささや)き声が一つ二つと集まり、響(どよ)めきが生まれていく。


「叛逆者(はんぎゃくしゃ)……」


「裏切り者」


 幾多(いくた)の目が、ぎょろりぎょろりと秀郷と貞盛の後ろへと注がれている。

 視線の先、そこには人足に担がれ、運ばれていた首桶……将門(まさかど)の首が入った首桶。


「朝廷に叛旗(はんき)を翻(ひるがえ)すなんて」


「人じゃない」


 秀郷と貞盛は不穏な気配を感じとり、下馬し……腰に刺した刀に手を伸ばし、いつでも動けるように少し足を広げて立つ。


「鬼だ!」


 何処から飛んできたか、その言葉により、燻(くすぶ)っていた火が一気に燃え上がる。

 民達が虚(うつろ)ろな目となり、道に落ちている小石を拾い、首桶に向かって投げつける。


「しゃら!」


 短い掛け声と共に貞盛(さだもり)は首桶の前に立ち、向かってくる小石を刀と鞘(さや)を巧(たく)みに振るい、正確に弾き落としていく。

 秀郷は民を見ながら渋い顔をする。


「邪気に当てられたか、それとも……いや、よいか……清浄符(せいじょうふ)よ! 魔風を祓い給え!」


 秀郷は符を両手に掴み、空に向かって大量にばら撒く。――清澄(せいちょう)な空気が風に乗り、京の町の隅々まで届いていく。


「あれ、なんで?」


 力が抜けたのか、膝を折る者が出始める。


「なんて事を……」


 虚(うつ)ろな目に理性の火が灯り、人々は正気に戻りはじめる。

 貞盛はゆっくりと、左手に持った鞘(さや)に刀を納め、右手で柄頭(つかがしら)を握り、地面に杖のように鐺(こじり)から叩きつける。――大きな音が響く。


「我が従兄弟(いとこ)である、平将門(たいらのまさかど)の首に石を投げつけるとは不届き千万!」


 貞盛から怒気と殺気が入り混じった大声。――市井の者には酷である程の、力が篭った声が辺り一面に響き渡る。


「これより、将門の首に石などを投げつければ、この平貞盛に石を投げつけたものと思え! 俺は石を投げつけた者の首の保障はせんぞ!」


 鐺(こじり)をまた地面に打ちつけると、貞盛の怒りに呼応したのか軽く揺れる。

 人々は貞盛に畏(おそ)れ慄(おのの)き、首(こうべ)を垂(た)れていく。


「では、叔父上……行きましょうか」


 睨(にら)みを利(き)かせながら、秀郷の方に向き直る貞盛。

 その顔は知らずのうちに、何処か――変わってしまう前の、将門に似ていた。


「うむ、行くか」


 秀郷と貞盛に率いられ、将門の首は大内裏(だいだいり)を目指し行(ゆ)く。

 道行く人々は首(こうべ)を垂(た)れ、稲穂(いなほ)のように揺れる。



 大内裏(だいだいり)の紫宸殿(ししんでん)。

 藤原秀郷(ふじわらのひでさと)と平貞盛(たいらのさだもり)、そして両名に挟まれるように、将門の首桶は置かれていた。

 秀郷と貞盛の二人は鎧ではなく、束帯(そくたい)姿で座り、身じろぎせずにひたすらに待つ。


 そんな折に摂政(せっしょう)である藤原忠平(ふじわらのただひら)が参着し、二人は平伏す。


「此度(こたび)の追討(ついとう)、誠に大儀であった!」


 忠平より、威厳のある、重たい言葉が飛ぶ。


「帝(みかど)も大変、およろこ――」


「伯父上、人払いは済ませてあるから。……そんな形式(けいしき)張ったのはいいよ」


 ひょっこりと出てくる帝は、その鈴のような声で、忠平の言葉を途中で遮る。


「いやしかし、大事なこ――」


「藤太(とうた)に平太(へいた)よ、面(おもて)を上げよ」


 又もや、忠平の言葉は遮られる。――悪戯な笑みを浮かべる、帝。


「はっ!」


 秀郷と貞盛が顔を上げる……そこには頭を抱える忠平と、御簾(みす)より前に出(い)で立ち、目を輝かせている帝。


「さっきのちょっとした騒動は魔風(まかぜ)――何かが悪意を持って起こしたもの……二人には迷惑をかけたね」


 少し顔を伏せて申し訳なさそうにする。


「帝、大丈夫ですよ! あれぐらいの事、修羅場や化け物に比べれば」


 どんと胸を叩き、誇らしげな顔をする貞盛。


「平太(へいた)は頼りになるね。――晴明(せいめい)にも、京の結界の強化も頼んでみようかな」


 帝は顎に人差し指を当て、少し頭を傾げながら、考え込む。


「魔や陰陽道(おんみょうどう)などの方面には、とんと疎(うと)いものでお力になれませんが。……人や荒事でお困りであれば、いつでもお頼りくださいませ」


 にこやかに笑う貞盛と帝。

 そんな貞盛を横目に見ながら、隣でさらに眉間(みけん)の皺(しわ)を深くしていた秀郷が口を開く。


「帝。……将門を操っていた者までは発見できませんでした。――興世王(おきよおう)が臭いと思ったのですが……我らが岩井を襲撃した時には姿が見えず」


 ぎりっと歯嚙みをしながら、秀郷は伏(ふ)す。


「不肖(ふしょう)、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)は如何様(いかよう)な罰でも受ける所存です」


 秀郷の言葉を聞き。一寸だけ、キョトンとし、次の瞬間にはからからと笑う帝。


「藤太(とうた)……そんな罰なんて与えないよ、今回の敵は尻尾を隠すのが上手いみたいだから、仕方のない事だしね」


 ゆっくりと帝は将門の首桶に近づいて行く。


「でも、もしかしたら……小次郎(こじろう)なら。――敵の正体をしっかりと見て、記憶してるかもしれないね」


 うんうん、唸りながら首を傾(かし)げる貞盛。


「たしかにそうですが、将門はこうして首だけになっておりますし……どうやって話を聞くのでしようか?」


 帝は、にこりと貞盛に笑みを向け、ぴしりと首桶に扇子で指す。

 その姿を見て、さらに首を傾げる貞盛に近づいて囁(ささや)く。


「首を通じて、その魂に呼びかけるって事だよ!」


 帝は勢いよく、首桶と対座するように座る。

 藤原忠平は、とんとん拍子に話が決まり……付いて行けずに座して、ゆっくりと見守る。


「藤太は準備が出来たら開けて。平太は何が起こっても自分の成すべき事を成してね」


 意を決した顔をし、こくりと頷く。


「では、帝……開けます!」


 秀郷はそろりと、首桶の蓋を持ち上げ開ける。――そこには将門の首。

 その顔は……全てを憎み、呪いそうな程、恐ろしい形相を浮かべている。

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