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### プロローグ

 姉は、美しい人だった。


 艶のある黒髪に、小さな唇。浅黒い肌と広い額。

 深い黒の瞳はまるで夜そのものを閉じ込めたようで、光の加減によっては、本当にその奥から淡く輝いているように見えた。


***

 マゴス王国では、白に近い金髪が好まれる。

 子どもの頃は金色に近い髪で生まれても、成長するにつれて赤褐色や茶色へと変わっていく者がほとんどだからだ。大人になっても美しい金髪を保つ人間は少なく、それだけで価値があるとされていた。


 瞳も同じだ。

 この国では青い瞳が美しいとされている。


 青い瞳を持つ者は生まれつき数が少なく、さらに高貴な血筋に多く見られるため、いつしか青い瞳は気高さや高貴さの象徴になっていた。


 姉はこの国の美の基準から大きく外れていた。


 黒髪。

 黒い瞳。

 浅黒い肌。


 マゴス王国で称賛される要素を、姉はひとつとして持っていなかった。


 ――それなのに。


 姉は誰よりも美しかった。


 姉は十歳で十か国の言葉を操った。

 大人ですら読むことを諦めるような難解な書物を、当たり前のような顔で読み進めていた。


 十五歳の時には、戦地にいる父と兄が交わしていた軍議を偶然ドア越しに聞き、その内容に助言をしたことがある。


 初め、十五歳の少女の戯言を誰も本気にはしていなかった。

 けれど、その助言によって戦況は大きく変わり、父たちは勝利を手にした。


 そう。姉は賢かったのだ。


 そして、ただ賢いだけではなかった。

 声は鈴の音のように澄んでいて、文字を書けば川の流れのように美しい。

 多くの才を持ちながら、驕ることもなければ人を見下すこともない。

 いつだって穏やかに微笑み、控えめに振る舞っていた。


 私は十歳の頃に気付いた。


 美しさとは顔立ちだけではないのだと。

 人の在り方そのものが、美しさになるのだと。


 そして同時に、私は順調に姉への劣等感を育てていった。


 語学は自国語だけで精一杯。

 勉強も得意ではない。

 政治の話など聞かされても、何を言っているのかさっぱりわからない。


 姉が当然のようにできることを、私は何ひとつできなかった。


 唯一似ているのは、髪と瞳と肌の色だけ。

 けれど同じものを持っていても、姉が夜空なら私は泥だ。


 姉の輝きを際立たせるためだけに存在する影。


 姉の絞りカスのような人間。


 ――それが、私、イザベラだった。



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