アリサ・フェルベール。8
少し様子がおかしかったような気がしたが、今更ながらに異性に裸を見られた事でアリサも恥ずかしくなったのだろう。
なにはともあれ、これで俺が殺される心配はひとまずしなくて良くなったはずだ。
俺は体を温めてからお風呂を上がった。
脱衣室で着替えを終えた俺は食堂に向かった。
体を動かしたからかお腹が空いたから何か食べたいと思ったからだ。
「すみませをが、何か食べる物を貰えますか?」
「はいおぼっちゃま。まだ朝食は全てできてませんが、パンとポタージュスープならすぐに用意できます。少々お待ち下さい」
メイドはすぐにキッチンの方に戻って用意を始める。
そこに母親がやってきた。俺の方に笑みを浮かべながらやって来た。
「リオン……アリサさんから聞きましたよ。まだまだ子供だと思っていましたが、中々やりますねぇー。ふふっ、アリサさんに求婚したんですって?」
「……はい?」
俺が不思議そうな顔をすると母親は小指を立てて微笑む。
「これ……小指を立ててそれを互いに絡めるのは、あなたの事が好きです付き合いましょうの意味なのよ?」
「はい!? えっ? 約束をする時に破らないようにするんじゃないんですか!?」
驚く俺に向かって母親は少し不機嫌そうな顔になって答えた。
「そんな事は聞いた事ありません……リオン? 女の子を泣かせる事をしたら貴族としても、紳士としても私は許しませんよ?」
「……はい。分かっています……母上」
母親の顔からその言葉が本気なのは感じ取るには十分だった。
安易に現実の日本の知識で約束するものではない。英雄と言われているリュウジが名前から明らかに日本人だった事から、この世界には日本の常識が広まっていると勝手に勘違いしていたが、異世界とは言うなればここは外国のようなものだ。つまり、本来の日本の常識が捻じ曲がって伝わっているという事も多々ある。
この異世界では指切りは単なる約束ではなく求婚の申し入れを指しているらしい。そう考えればお風呂でのアリサの反応の辻褄も合う。
だが、考え方を変えれば俺の秘密をアリサが外部に公表する可能性は殆どなくなったと思えば、今回のアリサの求婚を受け入れた事は利になったと言えるかもしれない……
母親は少し不機嫌な様子で無言のままアリサの居る部屋に帰って行った。
俺が放心状態で椅子に座っていると、メイドがパンとポタージュスープを目の前に置く。
そのパンを俺は持って噛み付いたが、もう俺の頭の中はそれどころではなく、そのパンの味もスープの味も全く覚えていない。
俺が自分の部屋に戻る途中、父親に呼び止められた。
「……リオン。悪いが、今から私とグランツと王への謁見に付き合ってもらうぞ。本人が居る方が理解が早いからな」
「はい。分かりました……」
「ん? どうした? お前。顔に生気がないぞ……」
「いえ、別に……」
ランベルクは俺の顔を見て不思議そうな顔をする。
俺はランベルクとグランツと共に王城へと向かった。




