第18話 怪人
大儀そうな仕草で山を下りてきた馬飼を、入り口で待ち構えていた見が研究棟に招じ入れた。
「大変な戦闘だったね。連絡がつかないから心配したよ」
「ええ。実は途中で襲撃にあったんす。軍の連中が裏切って……」驚く見に馬飼は状況をかいつまんで話す。
「……すぐにでも手術を始めてください。たしか事前の説明では、1時間もかからねえって話だった。急ピッチでやりゃあもっと短く済むでしょう。五頭が敵を引き留めてるうちに……、なんとか」
「分かった。待機場の悪童隊にも知らせて五頭君の応援を……」
「いや、それは駄目だ」
馬飼は厳しい口調で言った。
「手負いのあいつらが行っても足手纏いになるだけだ。五頭にも何か考えがある様子だった。わざわざ俺を逃がして一人で闘ってるのも、作戦の内だろう」
「そう……か。相棒の君が言うなら……」
勢いに負ける形で見が肯く。馬飼は表情を和らげ、廊下を見渡した。
「ところで今日執刀する人は?」
「葎先生だよ。今、手術室で君を待ってる。それから僕も助手として参加する。絶対に成功させるから安心して」
見は力強く馬飼の肩を叩いた。傷に響いたらしく馬飼は呻いた。
「うわっ、ごめん、そこも負傷してたか。……」
見は傷口を覗き込んで、口をつぐんだ。
馬飼は大丈夫だという風に手を挙げた。
「掠り傷だ。それより、早く手術室へ案内してくれ」
ああ、と言う風に見は曖昧に返事をした。
しばらく廊下を進んだところで、見は不意に足を止めた。
「少し準備する。ここで待ってて」
見は備品倉庫のようなところへ引っ込んで、すぐに戻ってきた。
「手術はすぐそこだ。その前に滞留した静電気を取り除いておきたい。これを自分の胸に着けてもらえる?」
「ああ」
平たいスチール製のパットを受け取る。ケーブルの先が見の持つ端末に繋がっている。
「それから、電撃の影響が出ていないか、認知正常性のテストを簡単に行っておくね。じゃあ、今日の日付を2乗した数を計算して」
「えーと、つまり729の2乗ってことか? 7月29日だから。あー……」
馬飼は視線を天井に向け、電極のようなパットを心臓のあたりに貼り付けながらぶつぶつと呟いた。「……53万と、1,441だ。違うか?」
「正解」
見は短く答えて素早くスイッチを捻った。
馬飼の半身に衝撃が走る。ひゅっと息を呑み、地面に膝を付いた。「……んだ、これ……!」
「衝撃波式心マ装置だよ。AEDより速くて安全なんだ。よく気絶しなかったね」
「てめえ……! 気でも狂ったか? 自分の仲間に」
鬼の形相で睨みつける馬飼に、見は真顔に戻って答えた。
「馬飼くんは3桁の暗算なんかできないよ。今の若い世代、演算能力なんて高いのが当たり前だけどね、彼や悪童隊みたいに、メソッドに適合しなかった人たちもいるんだ。どこぞの諜報員として雇われるようなエリートには、縁遠い話かもしれないけど」
「……はっ、失礼な話だな。俺だって真面目にやりゃあこのくらいの計算はできるんだぜ。お前こそ凡人の頭の出来を甘く見てるんじゃねえか?」
「それはどうかな」見は冷たく彼の顔を見下ろした。「ところで良いの? 顔の変装、剥がれかけてるけど」
馬飼の顔をした男は、思わずといった様子でぱっと頬に手を当てた。見が確信を得たように続ける。「嘘。でも炙り出せたようだね」
「! 鎌かけやがったか……。クソガキ」
「お生憎様、馬飼くんは僕より年下だよ。けれどそういう台詞が出てくるあたり、君の『中の人』はそうじゃないみたいだね」
見は油断なく身構えながら続けた。
「傷口を見た時から怪しいと思ってたよ。あんたの肩に付いてた銃創は、明らかに実弾のものだった。今時旧式の小銃をを使用するのは跡星教官くらいで、実際今回の演習で配布された火器やP-HEADsの標準装備には、電子式しか採用されていない。その創は跡星教官が残したメッセージさ」
まくし立てるように見が言うと、大人しく座り込んでいた馬飼……だった彼は、観念したようにうな垂れた。
「……まったく、どいつもこいつも喰えない野郎だ」
奇妙な形相でその目が剥かれた。勢いよく覆いかぶせた両手の中で、顔面が飴細工のように波打つ。見もぎょっとしてその容貌を見つめる。福笑いさながらに顔のパーツが変容し、体格や体毛の色までが変化し、その下に眉目秀麗な若い男の顔が現れた。
「これだから最近のお嬢ちゃんは……。いや、お坊ちゃんかな? 性別不詳は嫌いじゃない。わっちもたまに女の子になるからね」
靜馬がやれやれと溜息を吐いて立ち上がる。
「骨格や性別まで変じるほどの変化……? 能力者か……!」
「おーよお坊ちゃん。おいらの肉体は千変万化。12号がエデンの悪魔〈寿〉の血を与えられた稀代の贋作たあ、アタイのことさね」
靜馬が口上を名乗り上げながら近づいてくる。
「メーキャップかマスクだと思った? 残念だったね、僕は自分の顔を好きなように描き換えられるんだ。こんな風にね」
顔面がばきばきと変形する。
「っ……。寄るなっ!」
もう一度衝撃波を発動させる。靜馬がぐっと唸り体を浮かせた。しかし青年は怯んだ様子もなく、電極を荒々しく剥がし詰め寄ってくる。
青年の手が伸びて、見の細い首筋に掴みかかった。
「ッ……!」
「ははぁ、怯えちゃって可愛いね。お兄ちゃん戦闘要員じゃないね? 手術に参加するってことは、研究員か技術屋ってとこか……。そろそろ本物の馬飼君が到着しかねないし、君の容姿を借りてオペに潜入することにしようかな」
靜馬の髪が伸びて、その面が見と瓜二つに変わる。「っそ……」爪を立て、腕をなぐりつける。見の小さな抵抗など意にも介さぬと言わんばかりに、首を絞める腕の力が強まっていく。
「気に入ったら普段使いにするのも良いね。日替わりで、殺した人の貌を使うのが趣味なんだ。君は水曜日の顔にしてあげる……」
銃声が響き渡った。
苦悶の中で目を見張る。目の前で靜馬の頸がくの字に折れ、喉元から掌が離れた。
見は激しく息を吸い、咳き込んだ。冷や汗が噴き出て視界にちかちかと星のような模様が明滅した。
「見君……‼ 無事……⁉」
術衣を翻し葎が駆け寄ってくる。銃を下ろし抱き寄せるようにして見の背中をさする。
「葎先生……。なんで……」
「戻りが遅いから、心配して見に来たのよ。間に合って良かった……」
安堵したように葎が力を抜く。見は床に伸びた敵に視線を向ける。仰臥したままの靜馬は目を剥いて呼吸を停止していた。銃弾を受けた首はほとんど直角に曲がっている。
「……彼……、死……」
見はふと気づいて口をつぐんだ。警告するような耳障りな電子音が、靜馬の身体からはみ出している。脳内に危険信号が弾ける。
見は状況を理解し、靜馬から突き放すように葎を押し倒し、覆いかぶさるようにして爆風から葎を守った。
2人の悲鳴を衝撃が掻き消す。
「……っ、見君……」
「大丈夫です。衝撃は受けたけど、怪我はない。報告より小規模な爆発で助かりました……」
葎を助け起こし、煙を払いながら見は答えた。見は靜馬の体のあった方を振り返った。馬飼がエデンの少年兵たちと闘った時、戦闘不能になった少年たちが自爆させられたと聞いた。靜馬にもそのような機能が備えられていたのだろう。
煙が上がった頃には靜馬の躰は、一部の肉片を残して綺麗さっぱり片付いていた。
「……おい! すげえ落としたけど大丈夫か?」
廊下の奥から、ぼろぼろの姿の馬飼が走ってきた。あちこちに傷を負っているが、肩に銃創は無い。「聞いてくれ、陸軍の奴らが裏切ったんだ! こっちにも敵の手が回ってたのか?」
見と葎は顔を見合わせる。見は手を挙げて馬飼を止まれの合図を出した。
「……馬飼くん、729の二乗は?」
「531,441!」
馬飼は即答した。見が困惑したような表情を見せると、馬飼も戸惑ったように立ち止まって首を傾げた。
「な、なんだ……? 俺、算盤習ってたから計算は得意なんだよ」




