第16話 好敵手
縦横に並んだモニターの青い光に額を染めながら、見が中央の画面に視線を注ぐ。
「試験も大詰めですね。いよいよ大将首ふたりの対決ですか」
「『牛頭馬頭』の二人もさすがに消耗してるわね。互いにビブスの帯電量は残り僅か……。クリーンヒットが決まれば一撃で決着もありえるわ。……あら」
端のモニターの映像を葎が見止める。「あの子は面白い動きをしてるわね」
インカムに入った連絡を見が聞きつける。
「脱落者の回収、ほぼ完了したそうです。麓の小屋で待機、皆この映像を見てる」
「全員が二人の一騎打ちを見守ってる……か。残りの人数は?」
「四人です」
「決着もそろそろか……。手術の準備を始めましょう」
見がくるりと椅子を回して振り返る。「もうですか?」
「狂花帯の定着は、肉体に負荷がかかっている時の方が安定するの」
立ち上がりしな、葎が球体のパネルから資料を投射する。
「例えば交通事故直後の手術例として、5号や一ちゃんがいるわよね。ダメージによる免疫力の低下と、生存本能による細胞の貪食化が、狂花帯との結びつきを強めるの」
葎は白衣を羽織ると、ヘアゴムを口に咥えて髪を後ろに結わえた。それから時計を操作して手術室の開錠コードを見に転送した。
「試験官のオペレーションは慶留間四兄弟に任せて、見君は私の補助に回って。あなたの試験を始めるわ」
「……その様子だと、一年組をやったのは五頭か。ずいぶん疲れてんな。後輩に思いの外てこずったか?」
からかうように馬飼が言う。五頭が顔を顰め肩を抑える。
「一年全員が徒党を組んできただけだ。柤岡に一本取られる日が来るとは思わなかったが……最後は地力の差だ。一瞬の気の緩みが勝敗を左右する」
五頭は銃を真横に向け、近くの藪へ見向きもせずに射ちこんだ。「こんな風に」
銃弾を頭に撃ち込まれ、一番合戦が茂みから倒れ出る。
「あっ! おめー一番合戦、途中から潜伏ってやがったな?」
「っ、あー、悪くない作戦だと思ったんだけどな……」
譫言のように呟いて、一番合戦二年が昏倒する。五頭はその懐からカートリッジを抜き取り、素早く装填する
「残るはお前と……、まあ後原あたりか。あいつも降下地点はこの辺のはずだ。じき追いついてくるだろう」
とはいえ、近くに潜んでいる気配は無い。人影はあるが数からして試験官たちだろう。それにしても随分集まったものだ……。五頭は微かな違和感を感じながら周囲を観察する。
「ならそろそろ始めるか。ここまで来て出し惜しみもねえだろ」
視線を目の前に戻す。後原との戦闘も計算に入れていた五頭だったが、逸る馬飼の表情を見て頬を緩めた。
「ふ……。そうだな、お前との一騎打ち(タイマン)に集中するとしよう」
火花が散る。互いの交錯する目線から、五頭の放った銃弾を受け止めた馬飼のバットから。
電子弾が逸れて背後の木を穿つ。二丁拳銃が火を噴く。馬飼の次の手も早い。盾を前面に押し出し間合いを殺す。近接の領域に入る。馬飼は止まらない。そのまま盾の圧力で五頭を撥ね飛ばし、緩んだ手元の銃を払う。
五頭も負けてはいない。空中で態勢を立て直しながら正確な射撃で馬飼の足を撃つ。後ろに倒れると同時に跳ね上がり、抜き去った剣で即座にもう片足を捌く。
さすがに鋼の肉体、刀でも切れはしないが打撃のダメージは骨に届く。ふんばりの弱まった所を五頭の足蹴が飛んで弾き飛ばす。
今度は馬飼が背を付ける番だった。五頭が覆いかぶさるように立って銃口を突きつける。盾を捨て空いた片手で銃身を掴む。予想外の動きに反応の遅れた五頭の手にバットを振り下ろすが、一歩間に合わず五頭は銃を離した。
遠く手の届かない場所に拳銃を放り捨てる。自身の得意に賭け、馬飼は残りの戦闘をバットと拳に託す。五頭もそれに応じるように、背面からもう一本の刀を抜き出した。二刀流の構えだ。
「……人間の動きじゃないな」
乱れ舞う剣劇を眼下に見下ろしながら、P-HEADSの隊員たちが呟く。
「寄生木三佐のゴーサインは出ている。……大丈夫か?」
ガスマスクを外し、微かに顔色を悪くした隊員が答える。「生半可な覚悟でここに来た奴は、いませんよ」
五頭の連撃が馬飼の動きを縛る。二刀の手数に加えて得物の軽さも五頭の方が勝っていた。馬飼は防戦に回らざるを得ない。しかし五頭も手を緩めるわけにはいかなかった。大振りとはいえ、金属の塊であるバットのスウィングを受ければビブスの許容量が持たない。重量差から言って、受太刀をすれば得物が折れそうだ。
馬飼はじりじりと後退する。斬撃の雨が剃刀のように肌を傷つけていく。一瞬、片足が抜け、バランスが崩れた。
好機! 五頭は腰を据え本振りの二撃を繰り出した。その両手の間に透明な壁が入り込む。
「!」
それは馬飼の放った盾だった。後退し盾の位置にまで誘導した馬飼は足裏で盾の端を踏みつけ、エネルギーシールドを宙に放り上げてみせたのだった。
腕の間に挟まった盾が斬撃を阻害する。盾ごと打ち抜いた馬飼のフルスイングが、五頭のボディにミートした。
盾が割れ、五頭がよろめく。シールドが衝撃を軽減してくれはしたが、内に響く強烈な一打だった。すかさず馬飼が次打のモーションに入る。五頭は気合で刀を放つ。馬飼の腕を抑え、バットの先を地面にめり込ませる。流れるように足で踏み抜き、金属バットを横にひしゃげさせる。「………っ!」
「うはっ、さすがに痛かったろ、今の」
バットを捨て、馬飼が五頭の下ろした足を睨みつける。両刀の追撃を躱し、刀の持ち手を蹴り上げる。
「お返しだ」
一本が宙に舞う。もう一本を受け太刀に回させ、続けざま振り下ろしたかかとで峰の先をへし折った。
五頭は刀身を半分ほど残した剣をちらりと見て、鞘に納刀した。それから両拳を構える。「結局はこうなるか……」
2人の拳が重々しく互いの肉を打つ。腹部への打撃を庇うためそれ以外の部位の防御は甘くなる。それを見越して互いに両肩や顔を張り合う。どちらも相手の攻撃に一歩よろめきながらすぐ反撃を加える。一進一退の攻防だった。
五頭の左手が馬飼の顔面を射抜き、退いた足をすかさず前に出して肩を殴る。続けて逆の肩に繰り出した手を掴んで、五頭が足蹴に誘い込む。胸で受け止め右手で頬を撃ち抜く。よろめき、反撃の右ストレート。隙を見せた馬飼の腕をとって背負い投げ。衝撃もそこそこに起き上がった馬飼が五頭の足を払う。バランスを崩して倒れつつ両手で地面を捉え、反動で踊るように半身を回転させた五頭がその脚を敵の脳天へ降ろす。腕でそれを受け止め撥ねのけた馬飼の拳を胴に当たる直前で防ぎ、交差させた腕をしならせながら五頭が後ろへ吹き飛ぶ。すぐさま馬飼が距離を殺しにかかる。
一つ一つの攻撃が重い。蹴打と殴撃の鈍い応酬が互いの筋肉に戦績を刻む。二人とも急所への攻撃は通さない。既に限々(ぎりぎり)の制電許容量、一分の隙が勝敗を分けることを直感していた。
突然、馬飼の半身が下がる。踏みしめた足が汗に滑っていた。下半身に攻撃を集めた五頭の功でもあった。バランスを崩した敵の両肩を引き寄せ、五頭の膝撃ちが馬飼の腹を突き上げる。
電流が馬飼の身体を迸る。勝利を確信した五頭の肉体が一瞬の弛緩を見せる。馬飼が歯を食いしばる。
「ッまだだァ!!!」
硬直した筋肉を引き絞り、握りしめた拳が五頭の胴体に叩き込まれた。
再び電流が森を照らす。吐き出した唾を踏みにじるようにして五頭が踏ん張る。その隻眼はまだ死んではいない。五頭もまた制電の衝撃を耐え抜いて立ち続けた。「ッ、お前に出来て、俺に出来ないことはない……」
唸り声を上げて、五頭と馬飼が最後の拳を放つ。
互いの意識が目の前の相手に向ききったまさにその瞬間、銃声が木立の狭間を貫いた。五頭の眼帯の死角を突いた弾丸が、そのこめかみに突き刺さった。
「ッ⁉⁉」
五頭が目を剥く。
安地外からの狙撃……。後原か!!
五頭の拳が逸れ、馬飼の横を素通りしていく。芯を捉えた馬飼のストレートが、五頭の身体を吹き飛ばした。