〈第38話〉僕は清花とブロッコリー先輩と、手と手を合わせ深呼吸した
台本は机に置いたままで、しゃべりながら階段を駆け上がる。仕切り布をめくる直前、吉谷を振り返り、親指を立ててみせた。吉谷がうなずく。
「どうなってるんや、ヒーローはおらんのかい」
ここは三好が舞台袖まで移動するための短いつなぎの会話をつくり、最初の台本に書き足した部分だ。マイクを口に向け、セリフを吐き出す。
「モンクバカリイウナ」
「もうええかげん、その口調やめえよ」
しかし、よく考えたら、最初からハンドマイクを使えば移動しなくて済んだんじゃん。階段を二段飛ばしで駆け上がる。
よし、舞台袖に着いた。息を整える。
そこで初めて僕はグラウンドに集まったお客さんたちの姿を見た。
うわあ。
ものすごい数だ。
実際にここに来たら、足がふるえだしてしょうがないんじゃないかとさっきまでは思っていたのだけど、平気だ。冷静だけど興奮している自分が分かる。
清花とブロッコリー先輩と手と手を合わせ深呼吸した。木崎が心配そうに僕の顔をのぞきこんでから「長瀬、頑張れ」と励ましてくれた。
よし、マイクを置いて飛び出すぞ。
そう思った瞬間に、舞台の上から熊谷がこちらを見てニヤリと笑った。
「ほんでナレーター!最初のほうに、ジブンの横でいろいろ言うとったやつはどこいってん」
え?
なんだって?
そんなセリフは台本にないぞ。
頭が真っ白になりかける。
いや、そもそも吉谷がやってきて、マイクの横でしゃべりだしたこと自体ハプニングだったんだから、こんな場面、台本にあるはずがない。
この状況で、まさかのアドリブをぶっこんできやがった。ということに気づくまでに一秒もかかっていないと思うが、下に置きかけたマイクを握り直すと僕はあわてて大きな声で、再び言葉をつむぎ出した。
「アイツハヤットヤキソバヲツクリニイッタ」
一瞬の静寂の後、「どはははは」という笑い声が聞こえた。
下でナレーションをしていたときと違い、今度はお客さんの顔がこの目ではっきりと見える。
うわー、やった!
大阪のヨシムラの劇場に迷い込み、舞台袖に立ったことを思い出す。あのときは味わうことなんて一生ないと思っていた感触を、自分は今確かに味わっている。




