〈第36話〉心臓レッドの格好は視界も悪くなるし、普通に座れないからきつい
「陽月祭、それは古くから、ここ年希で人々の健康を願って続けられてきた祭りである」
言えた。
台本を読んでるだけだから言えて当たり前だけど、ともかく言えた。グラウンドにスピーカーを通して声がしっかり届いたのが分かる。しかし、この心臓レッドの格好は視界も悪くなるし、普通に座れないからきつい。
「え?そうなの?陽月祭って健康を願ってんの?単に太陽と月の祭りなんじゃないの」
え?
こちらが聞き返したい思いで、隣の吉谷を見た。なんで普通に話しかけてきてんだよ!焼きそばをほおばりながら、まじめな顔をしている。
「バカ。いいんだよ。これは健康をテーマにした寸劇なの。それより声でけーよ、マイクに入るだろ」
思わず注意したが、僕の声もそのままマイクが拾ってしまったようで、布の仕切りの向こう側から「ははは」といういくつかの笑い声が聞こえた。
「ていうかお前、こんなとこでくつろいでんじゃねえ。焼きそば食べてないで、焼きそば作れよ」
今度はわざとマイクにも届くように言ってみた。くすくすという音が広がるのが分かる。
人の姿が見えなければ、僕だってこれぐらいは普通にしゃべれるんだ。と少しだけ調子に乗ってナレーションを続ける。
「そんな人々の願いをくじくことを目的とした悪の集団が突如年希を襲った。その集団とは怪人カドノアルコール・・・」
「ぶはは。カドノアルコール。過度のアルコールってことか。飲みすぎか」
「うるせえってお前。フランクフルト食べながら話しかけんな。ていうかもう焼きそば食い終わったのかよ」
計算してなかった吉谷ハプニングだったが、会場をあっためるのには役に立ったみたいだ。
肩を叩かれ、振り返ると、真剣な顔をした熊谷と清花とブロッコリー先輩が立っていた。まじめな表情だけど、みんな怪人にしか見えないからギャップが面白い。僕は思わず吹き出していた。その後ろには木崎も控えている。
熊谷が手で(おれたちはもう行くぞ)と布の仕切りのほうを指さした。裏手の布をめくって出て、やぐらの階段を上って舞台袖でスタンバイしないといけないのだ。
僕は親指を立ててうなずき、マイクのほうに向き直った。
「アマイモノノタベスギ、ウンドウブソク、ギャクニウンドウノシスギ、スイミンブソク、そして・・・」
わざと機械のような平板なイントネーションで言う僕に対して、吉谷が絶妙な感じで「甘い物の、食べすぎ。はは。運動、不足・・はは」といった具合にかぶせてくるものだから、お客さんにはかえって分かりやすかったようだ。
誘い笑いの役目も果たしてくれているのか、波がちょっとずつだけどうねりだしている予感がした。
「その集団とは、人々を不健康にするためにやってきた悪の組織なのだ」
マイクを使っているからというのもあるのだろうけれど、しっかり声が出ているというのが自分で分かる。さらに台本を進めていく。次の部分を読めば、いよいよ熊谷の登場だ。
「他にも怪人はたくさんいて、ストレスノタメスギ、オサケノノミスギー、それから・・・」
そこで「長いわ!」という勢いよく響く大きな関西弁が聞こえた。
ナレーター以外の役者はみんな地声で勝負することにしたんだ。音楽や効果音といった音響も一切なし。布の仕切りの向こうから、どよめきと笑い声が起きたのが分かった。




