〈第11話〉劇場の出番順が後ろのほうだからといって面白いとは限らない
「『そうですかねえ』、じゃなくて、もうカンチョウすんなよ。少なくとも大阪ではやめろ」
僕が清花の耳元で返事すると、
「わかりました、わかりました。またやれってことですよね」
とうれしそうに言ってくるので、僕はあわてて「ちょ、なんば言いよるんか。ちがうわ。ちがうからな」と念を押した。
ということで、漫才のトリをとったコンビのネタはほとんどちゃんと見られなかった。だけど、ほんとに、後のほうになればなるほど面白くなる、とは全く感じなかった。
むしろ最初のほうに出てきた若い人たち、顔の知らないコンビのネタでは結構たくさん笑った。漫才がどんどん予想もつかない方向に進んでいったり、今までに見たことがないような設定でしゃべっていたりすると、とてもわくわくした。
後のほうに出てきたコンビの人たちは、テレビで知ってる人たちだから「わ、芸能人だ」っていう興奮はあったけど、ネタ自体はなんだかどこかで見たことがあるような気がしたり、オチが予想できたりと、正直言ってわくわくしなかった。
でも次はお待ちかねの新喜劇。右隣に座った熊谷も、そのまた右隣のロコリ先輩も、楽しみにしてる感じが伝わってくる。十分後に開演されることがアナウンスされると、
「新喜劇はベタのオンパレードやからな。笑いの基本形をケンちゃんも小峰もよう見とけよ。ま、ロコリは適当に楽しんでな」
と熊谷が言った。
ベタっていうのは、お笑いの話をしているとよく出てくる言葉で「定番」ぐらいの意味だと思う。
昔からよくある、決まり切ったパターンの笑いだから、新鮮さはないのだけど、「出るぞ、出るぞ、出たー!」って感じで、やっぱり笑ってしまうことは確かだ。
ベタを極限まで追求したのが新喜劇なんだろう。「とがった笑い」は一切なしで、気持ちいいぐらい割り切って、定番の笑いで勝負する。
見るほうも「斬新な発想」とか「予想外の裏切り」なんてものには期待せずに、ひたすら 「出るぞ、出るぞ、出たー!」を繰り返すから、爆笑できるんだと思う。さっきまでの話と矛盾するようだけど、僕は新喜劇も大好きなんだ。
「く、熊谷くん。ロコリは適当に楽しんでな、って、ど、どういうことだい。ロコリじゃなくて、ロコリ先輩だろ。何回言ったら分かるんだい」
愛すべきこのモジャモジャ頭の先輩がピントの外れたツッコミをして、それに熊谷が何か返そうとしたところで、新喜劇が始まることを知らせる、おなじみの音楽が流れ始めた。清花がリズムに合わせて体を動かしている。
僕たち四人は、会場のお客さんと一体になって、めいっぱい拍手をした。




