本編就業編・6-5.5 ニケ視点2
進行上本編にのせることが出来なかったものを
こちらに投稿せさせていただきます。
「ナナリー?」
それから暫くしてヴィクトル先輩がお酒に倒れてしまいそれを介抱したあと、飲みの席に戻ればフニャフニャとした、見ようによればトロンと熱があるような表情のナナリーがお酒の杯を片手に座っていた。どうしたのかと周りを見れば、先日騎士団長が宿舎の憩い場でロックマンに飲んでみろとすすめ、そして彼を数分後撃沈させた伝説のお酒、コラスィ酒の瓶がテーブルの上に置かれていた。
まさかあれを飲ませたのだろうか。なんてことを。
王宮魔術師長でもあり魔法も地位も怖いものなしのロックマンが一杯半で駄目になったお酒なのだ。
私もまさかナナリーがあれほど飲めると思わなかったので驚いたけれど、いくら酒豪とはいえ、さんざん飲みに飲んだあとで飲むものではない。
ロックマンはその様子を心配するでもなく呆れた表情で見つめていた。
一部始終を目撃していた殿下によれば、コラスィ酒がどれだけ飲めるのかを競っていたのだという。
なんて生産性のないことをここまで来てやろうと思うのか、たまにナナリーが優秀な人物であるということを忘れそうになる。
声をかけると返答はあるものの、ふわふわしていて危なっかしい。ゼノン殿下もその状態を見かねてナナリーに大丈夫かと声をかけるも、
「あ……待って、寮に、ドレスある」
ナナリーは何を思ったのか、急にロックマンのローブの裾を、椅子から立ち上がって素早く掴んだ。
掴まれたほうは首を捻ってナナリーを見ている。そして自分の掴まれたローブの裾とナナリーの顔へ視線を交互にやると、仕方のないような小さい子供でも見るような表情で彼は問いかけた。
「ドレス?」
「白の、公爵様から……借りたやつ。返すから待って」
「いいよ返さなくて。持っていればいい」
私とゼノン殿下は目を合わせて眉尻を下げる。何の話だろう。
ロックマンは早く店を出たいのか、裾を持っているナナリーを気にも留めずに出口へと向かって行く。まるで駄々をこねる子供が母親にしがみつき引きずられるように、私の友人は床の上を滑っていた。騎士仲間達は何事かとナナリーと隊長を見ている。
何とか引き留めようとしてか、ナナリーは隊長のローブを自分の方へと引き寄せていた。
うっ、と声を上げたロックマンは、振り返りざまにナナリーをひと睨みする。
睨みとは言うものの、ロックマンの本気の睨みを仕事中に多々目撃している身からすれば、あれはまだ可愛い方だ。
というか、そもそもドレスって何なのだろう。
「駄目、渡すの今日」
「なんで」
「見るだけで不快なの」
「なら一生不快でいればいいじゃないか」
「嫌だ」
もう一度ナナリーが引っ張ると今度はロックマンの膝がぐらつき、床に崩れてしまった。そのせいで、まるで二人の体勢が口づけ寸前のような間合いとなっている。
見ているこちらはヒヤヒヤだというのに、よく見てみれば二人の間にそんな雰囲気が微塵もないせいで、周りも冷やかしをするわけでもなく心配そうな、けれども珍物を見るような視線で見ていた。
私の横ではパラスタさんが、どういう仲なのかほんとに分かりかねるわね、と耳打ちしてくる。
「あのね、僕はあっちに行きたいんだけど」
「アルウェス隊長ー! 置いていってしまいますよー!」
どこか違う店で飲み直すのか、同僚の男騎士達がドルモットの店の女の子は皆可愛いんだよなー、酒は微妙だけどなー、とわくわくしながらも鼻の下を伸ばしながら酒場の外へ出て行く。
ロックマンもそこへ誘おうというのか、皆に呼ばれて手を振られていた。
あんなお店に行くなんてと女性陣からしてみれば軽蔑ものではある。しかしロックマンの場合は多忙さを知っているためか、そういう所で癒されるのもありなのかもしれないと思うところもある。
忙しいからと言って全世界の女性が手放しで認めてあげられる行為ではないけれど。
「離してくれないか馬鹿娘」
「行くまで離してやるもんですか」
黒いローブを握り絞めて離さないナナリーの頭を、ロックマンが片手で鷲掴んで離そうとしている。ナナリーの扱いがぞんざいなのでもう少し丁寧にしてほしいと思うも、彼女も彼女で相当しつこいのでお互い様かとちょっと笑ってしまった。
それにしても未だに負けじとナナリーは裾を引っ張っているが、一向に事態が進まない。いつまでかかるのか分からないので二人の間に入って行こうとすれば、同じく見かねたらしいナナリーの職場の人、アルケスという男性が二人の間に先に入った。
彼女の後ろにしゃがみ込んで、彼はロックマンと向き合う。
「すいませんねウチの子が」
「いいえ、大丈夫ですよ」
男性は後ろからそっとナナリーの手を掴んで、ロックマンのローブから離させようとしていた。するとやっと観念したのかナナリーはその手を離す。
そしてトンとその背中を彼の胸に預けると、ヘルはコラスィ酒禁止だ、と小さく咎められていた。父親のような兄のような、彼の年齢は確か40代と聞いていたけれど、見た目が若いので見ようによれば恋人同士にも見えなくはない。
ナナリーは、はーい、と舌足らずに口を窄めてロックマンを見ている。
彼女のことだから狙っていないということは重々承知しているけれど、女の私から見てもあの可愛い容姿であのフワフワ状態は、なかなか心をくすぐるものがある。常日頃ナナリーからは美人だ可愛いだなんだと言われているけど、自分も自分で大概なのだと分かってほしい。
分からないなら分からないままのほうが、面白いことは面白いのだけれど。
「何よ馬鹿。この女好き、ちゃら男、美形、優秀、高身長っ」
「良くも悪くも本当に正直ね」
パラスタさんがその隣に来てナナリーの額を撫でた。
思っていることが素直に口に出てしまっているが、優秀だなんだと言っている時点で悪口にもなっていない。
どうしようもないくらいに正直な子である。
「パラスタさん、寮はハーレの近くですか?」
「え? ああ、直ぐ裏です」
「仕方がないので、送りついでにドレスを持って帰ることにします」
「え?」
するとロックマンは何を思ってか先ほどまでの態度とは打って変わり、アルケスさんに寄りかかっていたナナリーの腕をぐいっと引いて、そのまま扉の外へ向かい歩き出した。勢いで前のめりになってしまったナナリーも、そのまま大人しくついて行っている。
「ほら行くよ」
「……行くの?」
急に行く気になったのだろうか。急にドレスを返してほしくなったのだろうか。
私としてはもっと別の理由なのではないかという考えが思い浮かんだけれど、マリスさんやウェルディに怒られそうなのですぐに打ち消す。
ロックマンはそのままナナリーを店の外まで連れて行くと、召喚魔法で自分の使い魔を出した。
ボン、と音がなるとユーリが現れる。
「ユーリ、ハーレまで頼む」
「これはナナリーさま、お久しぶりですね」
「ゆーり?」
ユーリの首もとをナナリーがぎゅっと抱き締めると、ロックマンがその後ろに乗って彼女の身体を包み込むように支えた。
そんなに大事そうに抱える姿を、皆に見られて良いのだろうか。
「団長、私は少し遅れて行きます」
「よし。じゃあ俺達は先にな。気を付けろよ」
やり取りを大人しく見守っていた私は、同じくナナリー達を見ていた殿下とふと目が合う。
「また明日な」
「はい」
城の方向へ飛んでいくゼノン王子の背中を見送り、その反対方向の夜空へ滑っていく二人の様子を眺めた瞬間、私はハッとした。
後ろにいたパラスタさんの肩をつかんで詰め寄る。
「パラスタさん、さっきの勝負って」
「ええ、そうね」
パラスタさんがあらぬ方向を見ている。
その顔を覗き込んでみれば、目は真剣なものの明らかに口元が緩んでにやけていた。
「ふふふふ、やだ私、自分が怖いわ」
解釈は、人それぞれ。