衝撃の事実
陽平の言葉を受けて驚きの表情を浮かべた後、魔王もミーアも頭を抱え込んでしまった。
その様子にどうしてものかと陽平は思案したが、脈絡が分からなくて困惑してしまう。
と、重々しい口調で魔王が陽平に問いかけ始める。
「すまない。今聞き間違えかと思ったのだが、君は三十八と言ったな」
「え、ええ。そうです」
尋常ではないその様子に、陽平はごくりと唾を飲み込んだ。
横を見ると、ミーアが酷く不安そうな表情で陽平を見つめていた。
陽平が魔王に視線を戻すと、待っていましたと言わんばかりのタイミングで魔王が問いかけを続ける。
「君達のところでの平均……いや、違うな。君のところでの一日の時間と一年の長さを教えてほしい」
「えっと、一日は二十四時間で一年は三百六十五日ですけど」
明らかに重くなった空気に緊張しながら陽平は答えた。
すると、横で息をのむ声が聞こえる。
もう一度そちらへと顔を向けると、ミーアがショックを受けた表情を浮かべていた。
「なるほど、いや、にわかには信じられないが嘘ではないのだろう」
ミーアが何故そんな表情を浮かべたのか、訳が分からず固まってしまった陽平に魔王が話しかける。
その声に陽平は思わず体を震わせてしまったものの、気を取り直してもう一度魔王と向き合った。
「ええ。うるう年といって三百六十六日ある事もあるのですが。えっと何か問題でも?」
「ふむ、問題か。あると言えば大有りだな」
相変わらず深刻そうに言われ、陽平はまた喉を鳴らした。
その様子に、一瞬魔王は躊躇し、しかしはっきりと口にする。
「こちらの一日は百五十六時間だ。そして一年は千二百四十八日ある」
「……は?」
意味が分からない。
陽平は魔王の言葉を聞いても実感が全く持てず、気のない声を零した。
だが、その表情にからかう様子など皆無。
また、冗談を言う必要もない訳で、じわじわと嫌な予感が浮かんでくる。
「申し訳ない。こちらの感覚で数百年程度掛ければもしかすると戻れるだけの可能性は出るかもしれなかった。だが、君にその時間はないだろう。だからこそ聞きたいのだが、君達の平均寿命はどのくらいだ?」
元々数百年なんて生きられない。
だが、数年だったとしてこちらの感覚では陽平が生きている事は難しいだろう。
しかし、あまりにもぶっ飛んだ内容に陽平はとっさに理解が出来なかった。
何を言っているのだろう?
そう思うので精一杯だ。
だが、黙っている陽平に対してどう思ったのか、魔王が更に言葉を続ける。
「あくまでこちらの感覚で考えれば、人族は短命でたった千年ほどしか生きられない。とはいえ中には二千年以上生きる者もいるようだが、そんなのは稀だ。とはいえ可能性を否定せずに考え、君が後千年も時間があれば数百年掛かろうと送り返す可能性もあっただろう。だが、一日の長さも一年の長さもそれだけ違うなら数百年も君は待てない。それでも、数年待ってもらえれば手紙は送れるかもしれない。たった三十八歳。というのはあまりに予想外過ぎたが……」
何かを話しているのは分かった。
だが、全て耳から滑っていく。
頭の中に入らない。
陽平は話の突拍子のなさに、完全に付いていけないでいた。
ただ、二人の様子が激変した理由が分かった。他の全てが理解できなくとも、だからこそ二人が今の自分のように衝撃を受けたのは想像に難くない。
「よーへー」
ミーアの消え入りそうな声。
それでも陽平ははっきりと聞き取れ、呆然としたまま顔をそちらに向ける。
と、ミーアが泣きそうな表情で喋りかけ始めた。
「ごめんね。たった三十八歳だなんて知らなくて。私がそのくらいの赤ん坊だった頃、お母さんに守られていたのに。ごめんね、ごめんね」
ああ、今までの言葉は事実なんだと、ミーアの言葉で陽平は思い知らされる。
未だ現実味がなくどこか体がふわふわした感覚が何故かあるのだけど、それでもミーアが自分に噓をつくとは陽平には考えられなかったのだ。
だから、ミーアの手を強く握って微笑みかけた。
「その、えっと。赤ん坊は勘弁してくれないかい? 一応俺これでも成人しているし。というか、うん。もっとショックを受けるだろうけど、俺って百年も生きれば長生きな方なんだ」
ガタガタと椅子が倒れる音が部屋中に響く。
何事かと陽平が視線をそちらに向けると、魔王が唖然とした表情で立ち上がっていた。
すぐにミーアの事が気になり、ミーアへと視線を戻せばミーアも固まっている。
「嘘。嘘だよね? そんな、一瞬みたいな命しかないって。ねぇ、冗談、だよね?」
本当は分かっているのだろうが、あまりにも衝撃を受けすぎたのか陽平に懇願するミーアの声に抑揚も力もない。
いやいやをするように首を振るが、陽平は顔を引きつらせる事しか出来なかった。
「なんて事だ、人ゆえに寿命は短いだろうと覚悟していたが。ここまでだとは」
魔王の声が聞こえる。
ミーアの方が優先度が高いとはいえ、あまりに絶望に染まった声色に陽平は視線だけそちらに向けた。
すると、魔王は陽平を見てはおらず、テーブルへ両手をつき顔を俯かせていた。
二人の姿を見て、陽平はじわじわと実感し始める。
ここは異世界で、何もかも違う世界だと。
勿論頭では理解していたつもりだったが、改めて心から思い知らされたように感じられた。
沈黙が落ちる。
正直陽平は自分の感情を持て余していたし、それはミーアも魔王も同様だった。
座りなおした魔王は、ひたすら自分の考えに没頭する。そして、ミーアは陽平に縋るように抱き着き洋平はただただ抱き返す事しか出来ないでいた。
暗い雰囲気のまま、長い時間誰も何も言葉を発する事など出来なかった。
「君の手紙を届ける事だけは可能だ。書いていてもらえばそれを送る事が出来るから。それを成し遂げるのは私の名と命に懸けて誓おう」
沈黙を最初に切り裂いたのは魔王だった。
まるで葬儀の真っ最中のような雰囲気の中、打破するように力強く陽平へと話しかける。
何とか気持ちを落ち着ける事が出来ていた陽平は、力はないが頷き返す。
ミーアは放心状態のまま陽平に抱き着いていた。
「ありがとう、ございます」
陽平はなんとかそれだけ口にする。
それに対し魔王は口を開き、だが何も言葉にできず閉じた。
魔王の言葉は気休めでしかない。
いや、実のところそれは陽平にとってもうどうでもよくなっていた。
戻れないのは改めて思い知らされたし、ならば手紙を届けてくれるだけで感謝の気持ちが湧き上がっている。
勿論複雑な強い感情のせいで声を出せずにいたのだが、今は疑問の方が強かった。
ミーアの反応は、まだ分からなくもない。
自惚れだろうが、自分を慕ってくれたからこその反応だと考える事が出来るからだ。
ただ、魔王の言動が解せない。
ミーアにも言えなくもないのだが、それ以上に出会ってからの時間が短すぎるのだ。
正直他人でしかない自分に対しての反応とは思えなかった。
何かしら考えがあるのだろうが、神ならぬ陽平に分かるわけはなく。だからといって問いかける事も出来ずにいた。
だからこその沈黙だったのだが、今度は陽平が沈黙を切り裂く。
「その、僕がここで骨を埋めるのはもう覚悟が出来ました。だから、そんなに気を落とさないで下さい」
なんとかそう口にする。
その言葉にミーアは手に力を込めた。
ちょっと痛みを感じられる程度だったが、その姿はまるで陽平を逃がさないとでも言わんばかりだ。
一方の魔王はと言えば、陽平の言葉に対し沈黙を返した。
相変わらず何かを思い悩んでるようで、陽平は言葉を選んでいると判断する。
「魔王様。入室の許可をお願いします」
そんな中扉の外から響いてきたのは、ロアの事務的な声だった。