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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
3章

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第65話 仲間の重みと自覚


 神歴1496年6月30日未明。


 静寂がリグヌムウルブの街を包み、空に星が光り輝く。

 それは、人々が最も安心し、深い眠りに付いてる時間。

 朝を待つように、風が森の香りを街に運ぶ。

 街は月明かりに照らされ、夜の闇を少しずつ暴いていく。


 薄暗い宿屋の一室で、ルカはふっと目を覚ました。

 彼は隣のベッドで眠るアランが視界に入ると、すぐさまベッドから出る。

 そして、天井に視線を向けると、静かに天井から感じる気配に集中した。

 わずかに感じられる気配だが、知っている者の気配じゃない。

 そのことから、ルカは侵入者だと判断し、どう捕らえるか思考を巡らせた。


 生きて捕らえれば、アランを狙う目的も、誰に依頼されたか判明し、アランを護衛しやすくなる。

 しかし、問題は犯人が複数人いることだ。

 そのため、誰を生かすかによって状況がまた変わる。


 ルカは小さくため息をつくと、小さな気配が部屋に近付いてきたため、仕方なく部屋のドアを開けた。

 そして、彼は優しく小さな女の子に、テレパシーを使って言う。


『起きたのか? 寝てていいよ。夜くらいは俺が護るから』


『ちょうど、眠れなかったから大丈夫よ。それより、気配からして侵入者ね。予想はしていたけど、行動が早いわ……ルカは、これからどうするの?』


 レティシアは淡々と言うと、ベッドで眠るアランを見た。

 けれど、寝てると思った瞳が、彼女を見ていることに気が付いた。


『アランも起きたみたいだし、俺はアルノエを連れて、侵入者を捕まえてこようと思う。レティシアはアランのことを頼めるか?』


『いいわよ。任せてちょうだい。その代わり、テオのことは守れないわよ?』


『それはいい。優先すべきなのは、アランとレティシアだ』


 ルカは冷静に言うと、レティシアの頭を2回たたいた。

 本音を言えば、ルカは彼女が眠ってくれてたら良かったのにと思った。

 そうすれば、フリューネ家に居た時のように彼女を闇に隠せた。

 その方が1番安全で、彼が最も安心できるからだ。


『……そう。分かったわ』


 レティシアは音を立てずにアランのベッドまで行くと、ベッドに腰掛けてから防御壁(シールド)陰影魔法(シャドウ)を使う。

 そして、アランが話しやすいように、空間消音魔法(サイレント)を使った。

 すると、彼女はさらにルカの気配が薄まるのを感じ、ルカが部屋から出て行くのを目の端で追った。

 静寂に包まれた部屋で彼女は、テレパシーを使わずアランに話しかける。


「アラン、もう話しても平気よ」


「なんか変な感じ。幼い女の子に護ってもらうなんて、今まで考えたことも、経験もしたこともないや。ルカは捕まえに行ったのかな?」


「そうみたい。アルノエも行ったから、問題ないと思うわ」


「テオドールだっけ? あの子は良いの?」


「ルカが優先するのは、アランって言ってたわ」


「ふーん? まぁおれは別にいいけど。自分の身は自分で守れるから、あの子のことが心配なら行って来たら?」


 アランはベッドから出ると、背伸びをして、まだ眠っている自分の体をたたき起こす。

 もし何かあれば、彼はレティシアもテオドールも、護るつもりだ。

 王子としての自覚と、竜人としてのプライドが、守られるだけの存在でいることを許さない。

 それは、逃げないという彼なりの意思表示でもある。


「行かないわ。これは仕事よ? 私だってそのくらい分かるわ」


「ルカと初めて会った時、ルカも仕事だって言ってたけど、カリカリしてたよ」


 アランは当時のことを思い出して、小さく笑った。

 結局、5年の月日が経っても、またルカに頼ってしまったことを、彼は情けないと思ってしまう。

 国の現状や、近隣国との関係も日々変わっている。

 その状況で、王子が命を狙われるのは、一定の層から変化を求められているのだと、彼は考えている。

 そのため、彼が平和を求めるなら、ここで倒れることはできないとも思う。



 屋根の上に出たルカとアルノエは、隠れた侵入者に意識を向けた。

 次の瞬間、小さくカタンと音が鳴り、赤髪の男性が屋根すれすれに姿勢を低くして走り抜ける。

 すると、静寂を破るように甲高い金属音が響く。

 アルノエは刺客の隙を狙って、素早く剣で切り付ける。

 しかし、刺客は素早く身をかわす。


『アルノエ、そいつは頼む。俺は他の奴らを片付けてくる。くれぐれも本気を出して殺すなよ。そいつは生け捕りにしろ』


 ルカはテレパシーを使って言うと、後ろを振り返り他の刺客のところに向かう。


 アルノエはルカの気配が消えていくと、目の前にいる刺客をどう捕まえるか思考する。

 目元以外を隠した刺客を、彼は注意深く観察した。

 身長や筋肉の付き方を考えれば、アルノエには刺客がまだ青年にも見える。

 そのことから、ルカが目の前の刺客を生け捕りにしろと言ったことも理解できた。


 アルノエは首をかしげると、刺客に氷のように冷たい間差しを向けた。

 彼は屋根が壊れない程度に踏み込むと、一気に間合いを詰める。

 刺客が瞬時に後ろに跳び退くが、それでもアルノエの瞬発力の方が上だ。

 アルノエは下から上に向かって剣を振ると、刺客が「クッ」と言いながらアルノエの剣を受け止めた。

 軽やかに見えたアルノエの剣が、想像以上に重く、受け流せなかったのだ。


 月明かりが剣に反射し、アルノエの顔が剣に映し出される。

 そこには感情が欠落したような表情か写り、刺客からは唾を飲み込む音がした。

 しかし、アルノエはさらに剣に込める力を加え、刺客の剣を弾いて懐に足蹴りを入れる。

 吹き飛ばされた刺客が懐を抑えると、アルノエはその首に剣を当てて冷たく言い放つ。


「抵抗すれば切る、だが、こちら側の質問に答えれば命は保証する」


 だがアルノエは刺客が何かを言う前に、手刀で気絶させた。

 彼は剣を鞘に納め、刺客の手足を空間魔法から出した紐で縛る。

 紐には魔法封じの効果が付いており、そのため刺客は一時的に魔法が使えなくなった。

 そして刺客を持ち上げると、彼は刺客を肩に担いだ。



 テオドールは静かに目を覚ますと、部屋にアルノエが居ないことに気付いた。

 彼は眠たい目を擦り、おもむろベッドから体を起こして辺りを見渡す。

 けれど、部屋の中は静まり返り、時計の秒針が動く音だけが不吉に響く。

 彼は恐怖を感じて、素足でベッドから出ると慌てて部屋を出た。


 部屋を出ても、そこに広がるのは静寂な闇。

 幼い彼には、広がる闇がただただ恐ろしい。

 そのため、彼は安心したい一心で、ルカの部屋のドアをゆっくりと開けた。


 ドアを開けると、テオドールの視界に飛び込んできたのは、冷たい視線と血を流しながら縛られた人。

 そして、レティシアやルカとアルノエから向けられる、冷ややかな視線。

 それなのに、血を流した人から救いを求めるような視線に、彼の心臓は激しく動き、彼は胸の辺りが痛いと感じる。

 今の状況が理解できず、彼はただ手足がガクガク震える。

 それでも、レティシアが自分の意見を言っていたのを思い出して、恐怖で張り付く喉から声を絞り出す。


「そ、その人怪我してるよ、手当てした方がいいんじゃないの?」


 テオドールの言葉を聞いた中年の刺客は、ニヤリと笑う。

 彼は相手がルカだったため、死なない程度に怪我を負っている。

 そして、このままだと生きてここから出られないことを、彼は覚悟していた。

 そのため、テオドールの登場で、彼はわずかな希望が見えた。

 彼はあえて、弱々しく、縋るように言う。


「た、たすけてくれ……血が止まらないんだ……このままだと……死んで……しまう」


 テオドールは刺客の言葉を聞いて、すぐにルカの元まで震える足で走った。

 そして彼はルカの服を握ると、助けを求めるように言う。


「ねぇ! ルカ! 彼の手当てしてあげて!」


「テオドール、お前は宿屋に着いた時、俺とアランが何を話してたのを忘れたのか?」


 ルカはしがみ付くテオドールに冷たい視線を向けながら、冷静に尋ねた。

 しかし、テオドールの瞳が困惑したように揺れると、ルカはため息をついて話す。


「刺客がアランの元に来てることを、アランは話してたし、ララも宿屋の外に刺客が居ると言ってたのを、お前はもう忘れたのか? それとも覚えてて、それでも助けろと言ってるのか?」


 アルノエはこの状況を見ながら、幼いころのルカや、レティシアを彼と比べてしまった。

 2人は幼いころから大人びており、冷静に判断してきた。

 たまに無邪気に見えるところがあったが、このような状況では見たことがない。

 そのことから、アルノエはテオドールの行動は軽率であり、将来帝国を導く可能性があるのだと思うと、呆れてしまう。


「で、でも! このままじゃ、死んじゃうよ!!」


「だからどうした? どのみち、こいつらが情報を吐かなければ、待ってるのは死だけだ。アランの命を狙ったんだ。そのことをよく考えろ」


 ルカは冷たく言い捨てると、テオドールの瞳が涙で歪んで行くのが見えた。

 そのため、ルカはさらに突き放すように、しがみ付くテオドールを自分の体から引き剥がすと、厳しい視線を向ける。


「分かってるよ! でも話せばきっと分かってくれるよ!」


 テオドールはそう言うと、刺客の元まで走った。

 彼は刺客の怪我を見て、自分では手当てができないと思い、刺客の手首にまかれた紐を解こうとする。


「大丈夫だからね、でも後でアランを狙った理由を話してね」


 テオドールがそう言うと、その場にいたルカ、アルノエ、そしてレティシアは完全に呆れた。

 皇子が自分の身の安全も考えず、護衛している他国の王子を殺そうとした刺客を助けようとしている。

 そのことに3人は理解ができなかった。

 しかし、3人はこの後の状況が予測でき、アランの周囲に集まる。

 護衛を任されている状態で、アランの身を危険に晒すわけにはいかないと考えたのだ。


 結ばれていた紐は固く、テオドールは泣きそうになりながら解こうとした。

 それでも解けないと分かると、彼は空間魔法から短剣を取り出して手足の紐を切った。

 そして彼は刺客に向かって明るく言う。


「もう大丈夫だからね、傷の手当しよう!」


 刺客は手足が自由になると、次の瞬間テオドールから短剣を奪った。

 そして、テオドールを人質に取って言う。


「おい! このガキがどうなってもいいのか? 仲間だろ? それなら俺たちを解放しろ!」


「どうでもいい。それより、この部屋からどうやって出るつもりなんだ? お前に逃げ場はないし、そいつを人質にしても、俺たちはそいつを助けるつもりはない」


 ルカは冷静に冷たい声で言う。

 テオドールの顔から血の気が引いて行くのを、ルカは冷静に見ていた。

 しかし、皇帝の命令で動いてるルカにとって、テオドールの命よりもアランの命の方が優先される。

 それが現状で、依頼が終わるまで変わらない事実だ。


 一方で、アランは静かに今の状況を考えていた。

 ルカやレティシアの態度から、事前にテオドールに危険が訪れても、彼らが対応しない決まりだったと考える。

 しかし、テオドールも討伐隊に加わる仲間だ。

 助けられるのに、それを見過ごすことはできない。

 それは、王子としての自覚と、竜人としてのプライドが許さない。

 相手の武器を考え、竜人の自己治癒能力も考えれば、それほど危険でもない。

 そればらば、助けるのは難しくないとアランは思った。

 アランは天井すれすれまで飛ぶと、そのまま刺客の背後に跳んだ。

 そして、迷うこともなく刺客の背後から、刺客を切り付けた。


 アランに切られた刺客がテオドールに血を吐き出すと、テオドールから小さな悲鳴が上がる。

 その瞬間、他の刺客たちは、奥歯に仕込んだ毒を一斉に噛んだ。

 彼らは苦しみながら、テオドールを見ると彼を睨んだ。

 その目には、明確な恨みと憎しみが浮かんでいる。

 そして、アルノエが捕まえた刺客は、苦しみがらテオドールに向かって言う


「ちくしょ……お前のせいで……お前のせいで……お前が余計なこと……したから……おれは死ぬんだよ……」


 レティシアとルカはその言葉を聞いて、不審に思った。

 2人は急いで刺客の元に行くと、心臓が止まった刺客を調べ始める。

 すると、遺体から黒魔法の痕跡を、2人は見つけた。


「……やられた……どうやらリーダーが死ぬと自動的に毒を服用するように、黒魔法で操作されてたみたいだ」


 ルカは淡々と言うと、アランに視線を向けた。


「悪いな、おれのせいで……」


「いや、アランが無事ならいい。向こうで少し話そう」


 テオドールとアラン以外の3人が部屋から出ると、か細い声でテオドールが呟いた。


「なんで……なんで誰も僕を護ってくれないの……前は……僕を護って……くれたのに……」


 アランはその言葉を聞いて、思わず足を止めた。

 そして、皇帝からの依頼を受けたルカと、一緒にヴァルトアール帝国から来たことを考えた。

 テオドールの無邪気さと純粋さ、そしてヴァルトアール帝国という国の内情、彼の発言。

 その全てから、アランはテオドールが皇子だという結論を出した。


「……なるほどな」


 アランはそう呟くと、部屋を後にしてルカたちが居る方に向かった。


 宿屋の外では、暗い夜が終わりを告げ。

 太陽が東の空を徐々にオレンジに染めていく。

 鳥たちは朝を喜ぶように鳴き、風は新鮮な風を運んでいた。


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