第66話 需要と供給
神歴1496年6月30日。
今日の未明、レティシアたちが泊まる宿屋に侵入者が現れた。
ルカとアルノエは、宿屋に侵入した刺客を捕らえたが、リーダー男の息が止まると他の3人も服毒して情報を吐かずに息絶えた。
しかし、服毒した者たちの体を調べると、黒魔法が体に刻み込まれた痕跡が発見した。
アランはその時のことを、ルカと話しながら考えていた。
彼は王子でありながら、テオドールを助けようと危険を冒したことを、間違ったことだと考えていない。
けれど、彼の取った行動が正しいとも、決して思っていない。
そのため、原因となったテオドールのことを観察していた。
テオドールの純粋無垢な行動によって、仲間が危険に晒され、情報が得られなかった。
そのことは、初めての経験ならば仕方ないと、割り切ることができる。
しかし、反省もせず、足手まといとまで言われたテオドールが、何もなかったように振る舞う。
そのことに、アランは懸念を感じ、レティシアと一緒に出掛けようとしたテオドールに声をかける。
「テオドール、君には他にやるべきことが、あるんじゃないのか?」
「ないと思うよ? だって、僕にはかん」
「いいから来い!!」
アランは深くため息をつくと、テオドールの言葉に被せた。
その声は、呆れや不満も含まれたように重い。
「元々ルカが連れて来たんだ、悪いけどルカも付き合ってくれ」
アランはテオドールの背後から洋服を掴むと、彼を無理やり外に連れ出していく。
レティシアとアルノエは一部始終見ていたが、2人はそのことを気にするそぶりも見せず街へと向かった。
街に出たのは、観光が目的ではなく、元々レティシアが予定していた薬屋を回るためだ。
そのため、薬屋にある回復薬の品揃えと在庫の確認なので、楽しむという要素は何もない。
レティシアはテオドールが連れて行かれた理由を、歩きながら考えていた。
(侵入者のことも考えると、ルカに足手まといとまで言われているのに、テオが何もしないのはアランも良く思わないよね。今頃は、アランとルカがいろいろとテオに教えているのかも)
彼女はテオドールの考え方が、少しでも変わればいいとも思った。
この街で1番大きいと宿屋の店主に紹介された薬屋に着くと、2人は中に入っていく。
薬屋の中は、薬草や回復薬の独特な香りが広がる。
店内は明るく照らされ、棚には様々な回復薬の瓶が並ぶ。
レティシアは1つ1つ手に取り、回復薬の色や種類を見て回る。
(フリューネ領の薬屋では、初級回復薬が多かったけど、ここは中級回復薬が目立つわね。解毒薬も多い……魔の森に毒を使う魔物が多いのかもしれないわね)
「すみません。このお店に中級回復薬は、後どのくらい在庫がありますか? それと、上級回復薬はありますか?」
レティシアは背伸びをしながら、カウンターの中に居る店員に聞いた。
すると、男性店員が微笑むと、彼女は店員に満面の笑みを向けて子どもように振る舞う。
店員が仕入れ状態が書かれている帳簿を見ながら、彼女に向かって答える。
「お嬢ちゃんお使いかい? えらいな。そうだなぁ……今この店にある在庫だけど……中級回復薬が100本と……、また3日後には50本が納品されるよ。上級回復薬は、直接納品されちゃってるからうちの店には在庫がないんだよ。悪いね」
「ありがとうございます。では、これのお会計お願いします」
レティシアは笑顔で言うと、中級回復薬3本と解毒薬1本をカウンターに置いて会計を済ませた。
会計を済ませたレティシアは、紙袋を見ながら思う。
(中級回復薬が3万セリーで解毒薬が5万セリー……結構するわね……)
「ララ様、次はどうしますか?」
アルノエは、紙袋を見ていたレティシアに話しかけた。
すると、重たいため息が聞こえ、眉を下げた彼女が視界に入る。
瞬時に彼は何を言われるか分かって、少しだけ彼女から顔を逸らしたくなった。
「ノエ、私のことを様付けするのを、仕事だと思ってやめてくれると助かるんだけど、無理そうかな?」
「気を付けるよ……後、荷物はオレが持つよ」
「ありがとう。薬屋を後何件か回ってみて、在庫を確認しようと思う。その後に冒険者がよく行く装備屋に立ち寄りたいわ」
レティシアは紙袋を渡しながら言うと、次の薬屋に向かって歩き出した。
すれ違う人の中には、人族とは違った肌の色や、耳の形が違う者、尻尾が付いていたりと、多様な獣人族がいる。
それに対して、アルノエはレティシアが気にしたり、むやみに見たりしていないと思った。
そのため、アルノエは小さな女の子に、感心するように言う。
「オレ、ララが初めて獣人族を見るから、もう少しだけ怖がったり、はしゃいだりするのかと思ったけど、案外普通なんだね」
「ん-。本で読んで知っていたし、露骨に反応すると、相手に失礼だし、いやがるわ。それに、耳と尻尾さえ隠れてしまえば、私たちと変わらないわよ」
(獣人族は過去の転生先にもいたから、今回が初めてじゃないのよね。だから、驚いたり過剰に反応したりしないわ。それに、ルカの時で学んだわ……こちらがいい意味で反応しても、それを相手がいやがることもあるって……)
この後、レティシアたちは3件の薬屋に行くと、最初の店と同じように質問し、中級回復薬と解毒薬を2本ずつ購入した。
そして、冒険者が良く行く装備屋に着くと、防具や鞄を見て回った。
その店でレティシアは、アイテムボックスになっているショルダーバッグと、短剣と麻袋を2枚購入した。
空間魔法が使えるレティシアがショルダーバッグを買ったのは、この国では空間魔法を扱える人が少ないからだ。
ヴァルトアール帝国の人族だと隠すなら、必要だと彼女は考えた。
また、アルノエやルカは持っているのに、彼女は持っていないのも理由の1つではある。
麻袋があるかレティシアが店主に聞いた時、アルノエは眉を寄せてレティシアを見た。
だけどレティシアが「まぁ、いいから、いいから」とアルノエに言うと、アルノエは諦めたように買った物を受け取って店の外に出た。
店の外に出ると、すでに空はオレンジ色に染まり始めている。
「後一軒だけ行きたい所があるから、そこに行って帰ろっか」
レティシアが空を見ながら言うと、アルノエは「そうですね」と返事して彼女に付いて行く。
2人が最後に立ち寄ったのは、冒険者ギルドだった。
建物中に入ると、夕方という時間帯のため多くの冒険者が訪れていた。
彼らはアイテムボックスになっている鞄から、今日の狩りで倒したであろう魔物の素材や、採ってきた薬草をカウンターに並べ、ギルド職員とやり取りをしている。
それでも、不快に感じる匂いは感じず、その代わりほのかに木の匂いが漂う。
ガヤガヤと騒がしい中を進み、レティシアたちはそのまま依頼が張り出されてある掲示板の前へと向かう。
レティシアは掲示板の前に着くと、端から隅々まで全ての依頼に目を通していく。
そこに、冒険者が現れ、掲示板に張り出された依頼書を取ると、カウンターに持って行った。
そのことから、レティシアは掲示板に残っているのは、請負を待つ依頼だと理解する。
(夕方になっても、やっぱり討伐系が多いわね……それよりも、薬草の依頼もやっぱり緊急を含めて、結構あるわ。すでに手遅れだったかしら?)
レティシアは張り出されてる依頼を見て思うと、アルノエに「ノエ、帰ろう」と短く言った。
そして来た道を引き返して行くと、突然レティシアは勢いよく誰かとぶつかった。
「いったぁ……」
尻もちをついたレティシアは、痛みから思わず声が出てしまう。
決して彼女がよそ見をしたわけでも、辺りを確かめていなかったわけではない。
突如、誰かが行為にぶつかってきたと言った方が正しい。
「たくよぉお! ここはガキが来る場所じゃねーんだよ! 邪魔だからとっとと帰れ!」
レティシアとぶつかった狼獣人の男性は、レティシアのことを見下ろしながら言った。
彼は彼女の服装を見ると、舌打ちをして睨み付ける。
「冒険者ギルドの冒険者登録は、6歳から可能ですよ? あなたは知らなかったのですか? そもそも、人にぶつかったのなら、相手に暴言を言うのではなく、謝るべきです。――お嬢さん、大丈夫ですか?」
腰の辺りまで三つ編みをした黒髪の男性は、狼獣人に冷たく言うとレティシアに手を差し出した。
彼は優しい眼差しを向けながら、レティシアが手を借りて立ちあがるのを見つめる。
そして、彼はしゃがむとレティシアの目線の高さで、桃色の瞳で彼女に怪我がないかを確かめた。
怪我がないと分かると、彼は柔らく彼女に微笑んで言う。
「怪我はなさそうですね。良かったです」
「ありがとうございます。助かりました」
レティシアが黒髪の男性にお礼を言うと、狼獣人の男性は怒りに震えながら大きく口を開く。
「おい!! 俺様を無視すんじゃねぇー!!」
狼獣人の男性は大声を出しながら、持っていた剣でレティシアに切り掛かろうとした。
しかし、その時アルノエが瞬時に動き、男性の首に剣を押し付ける。
手入れが行き届いた剣は鋭く光り、今にもその身を赤く染めそうだ。
「そこまでです!! ギルド内での争いは禁じてます! 冒険者として、まだ活躍したいのであれば、おやめください!!」
兎獣人の女性が叫ぶと、男性が振り上げていた剣を下ろした。
彼から敵意が消えていくと、アルノエも剣を鞘に納める。
先程の兎獣人の女性は、狼獣人の男性を呼びつけると注意を始めた。
どうやら彼女は、このギルド職員だったようだ。
「ララ、もう帰ろう」
アルノエは優しく言いながら、レティシアに手を差し出した。
彼女がもう1度黒髪の男性にお礼を言うと、アルノエも男性にお礼の気持ちを伝える。
そして、アルノエは握られた小さな温もりに安心した。
オレンジ色の空が、夜を迎える準備を始める。
リグヌムウルブの街では、家庭の匂いが広がっていく。
民家からは暖かい温もりが広がり、家族の楽しそうな声が聞こえてくる。
レティシアはその温かさが、心に染みて痛んだ。
しかし、彼女は宿屋に足を踏み入れると、静かに前を向いて階段を上がる。
レティシアとアルノエが宿屋の部屋に戻ると、ルカとアランはソファーに座って話していた。
2人はレティシアたちに気が付き、当たり前のように「おかえり」と出迎える。
そして、彼らはレティシアたちに、テオドールが疲れて寝てしまったと伝えると、会話を続けた。
レティシアは2人が真剣に話すのを見て、2人の会話を邪魔するの良くないと思った。
そのため、彼女は静かに部屋の隅に向かい、街で買った物を紙袋から取り出す。
そして、空間魔法から小さなガラスのコップを、8個取り出して床に並べる。
彼女はコップの中に同じ分量の回復薬と解毒薬を入れ、それぞれに色や匂いの違いがないか確かめた。
次に少しだけコップの中に指を入れ、液体が付いた指をペロッと舐めて味の違いを調べる。
(作った人は違うけど、品質にバラつきはなさそうね……これを作った人たちの魔力量を考えれば、1日で作れる量もこれじゃ限られるわ……)
レティシアは回復薬に含まれる魔力量を感じ取ると、過去の経験と照らし合わせて思った。
それから、効果を確かめるために、騎士団からもらった回復薬を取り出す。
これで、もしも回復薬の効果がなくても、慌てる必要も重症につながることもない。
彼女は邪魔な髪を紐で縛り、覚悟を決めると洋服の袖をめくり上げる。
洋服に隠れていた滑らかな白い肌は、雪のように白い。
彼女は装備屋で買った短剣を、迷うこともなく肌に充てると白い肌に赤い筋が走る。
「ララ様! 何をなさっているのですか?!」
レティシアの様子を見ていたアルノエは、衝撃的な光景に目を見開き、思わず大きな声を出した。
細い腕からは赤い液体が流れ、慌てて彼は彼女に駆け寄る。
腕からは鮮花やかな赤い色が姿を見せ、彼はもっと彼女の近くにいなかったことを後悔した。
突然叫んだアルノエの声に驚いて、ルカとアランも慌てて駆け寄る。
「何があった?」「どうした?」
心配そうに2人は言うと、レティシアの腕を見ると目を見開いた。
そして、回復薬の瓶が視界に入ると、2人は絶句する。
アランは彼女が何をしようとしたか、すぐに理解して大きなため息がこぼれる。
「何をしようとしてたか、だいたい分かるけどさ……普通自分の腕を切るか?」
ルカの耳には、アランの呆れたような声が、遠くに聞こえた。
握られた拳は固く、ルカは泣きそうになりながら、キョトンとした表情で首をかしげるレティシアを見つめる。
この時、ルカは彼の気持ちが、彼女に何も伝わっていないのだと思った。
そして、それと同時に彼女自身が彼女の存在を気にしていないのだと思うと、ルカは胸の痛みを感じてしまう。
「ねぇ、ララ……俺、前にも言ったよな? 自分をもっと大切にしてって……俺の言葉ってララにとって、どうでもいいことなの?」
「どうでも良くないよ? 自分が大切だから、ちゃんと使う物は確認したいの。これより酷い怪我してから、効果を確かめるのは何も意味がないわ」
ルカはレティシアの言葉を聞いて、それならやる前に言ってほしかったと思って息が苦しくなった。
彼はしゃがむと回復薬の瓶を手に取り、回復薬をレティシアの傷口に優しく使う。
「……これでいいか?」
レティシアは、回復薬が使われた腕を食い入るように見つめる。
先程の傷口が奇麗に塞がっていき、傷ができる前の状態に戻っていく。
彼女は傷口がないことや、内側も完全に治っていることを確かめた。
(この効果なら過去と同じね。それなら解毒薬も同じ効果が出るはず……さすがにこの状況で、解毒薬も試したいとか言えないわ)
レティシアにとって、自分の体を使って薬品を試すことは、過去では当たり前だった。
そのため、彼女は3人が心配すると少しも思っていなかったのだ。
「ありがとう、大丈夫だわ」
レティシアは安心させるように言うと、ルカが軽く彼女の頭をポンとたたいた。
そして、アランとルカはレティシアの近くで会話を始める。
彼女は2人の行動を見て、監視されているのだと感じた。
監視されている以上、危険な行為は控えるべきで、心配を掛けるべきじゃない。
彼女はショルダーバッグに麻袋と新しい短剣を仕舞い、回復薬や解毒薬の瓶を片付けた。
(明日は薬草を探してみよう……この状況が続けば、本当に回復薬が足りなくなるわ……いえ……もう手遅れかもしれないわね……)
レティシア窓から茜に染まる空を見ながら思うと、翌日出掛ける準備を始めた。




