第64話 森の都と護衛
アランは窓辺に居るレティシアが気になって、斜め後ろを向いてチラッと見た。
だが、特に何かを言うわけでもなく、再びルカの方を彼は向く。
正直、彼は他の3人が座ったのに対し、彼女が座らなかったことに疑問が湧いた。
この先も1人だけ別行動するのであれば、それは彼にとって良くないからだ。
しかし、彼女が何者か、なぜルカが連れて来たのか分かっていない状況でそれは指摘できない。
そのため、とりあえず話を聞くことにして、アランは話し出す。
「それじゃ、自己紹介しようか。おれは、竜人と人族のハーフで、エルガドラ王国第2王子、アラン・ソル・エルガドラだ。まぁ、王子だからといって、変に気を使わなくていい。だから、気軽にアランって呼んでくれ」
ルカはアランが自己紹介すると、必要な情報だけを提示するために口を開く。
それは、護衛対象であるアランに、不要な危険が及ばないためでもある。
「3人は俺から紹介する。俺の左隣に座ってるのがアルノエ、右隣りがテオドールだ。そして、あそこの窓辺にいるのがララだ」
レティシアは、最低限の礼儀を尽くそうと思い、アランの方を向いた。
しかし、彼女は振り向いたアランと目が合うと、彼は軽く手を上げて左右に振る。
彼女は彼の振る舞いに驚き、軽くスカートを持っていた手は、困惑で固まってしまう。
「あーそういうの、いらない。おれ、お堅いのあまり好きじゃないから。本当に、気軽に話してくれていいから。それとおれさ、こう見えてもまだ9歳だから」
アランはレティシアの行動を見て、面倒くさいと感じ、だるそうに答えた。
彼は彼女の行動から、彼女が貴族だと分かる。
庶民が軽く練習したからといって、スムーズに淑女の礼ができないからだ。
そのため、あえて彼は年齢を明かし、彼女が少しでも気軽に接することができるようにした。
そして、彼はソファーの肘掛けに頬杖をつくと、ブルーグリーンの瞳にルカを映す。
(竜人は魔力量が多いと成長が早いって本に書いてあったけど、あれで9歳なの!? ルカと身長そんなに変わらなかったわよ!? そういうことなの!?)
レティシアはアランの発言に驚きつつも、外が気になって再び視界の端で窓の外を見た。
宿屋の前を行きかう人々に、彼女は視線を向ける。
(なるほどね……行き交う人たちに紛れて、何人かいるわね)
レティシアは外を見ながら思うと、外を警戒しながら部屋の中の会話に耳を傾けた。
「アラン、早速で悪いが、あれから何があったのか知りたい」
ルカはおなかの上で手を組みながら言うと、アランの方を真剣な顔で見つめた。
結局のところ、今の状況が分からなければ、危険なのはアランだけではなく、レティシアも危険になる。
そのため、彼は些細な情報も、危険を回避するために知りたい。
「ああ、ルカがヴァルトアール帝国に帰って、1年ぐらい経った頃かな? そのくらいの時期に、まずおれの食事に毒が盛られたんだよ。すぐに気付いて、吐き出したからなんともなかったけど……そこから、ちょくちょく毒は盛られたかなぁ」
「他には?」
「そうだな……ここ最近は、刺客が送り込まれることが、増えたかもしれない。確か……その頃から魔の森が、おかしくなったんだよ。それで討伐部隊が組まれることになって、討伐隊の中におれまで組み込まれてた。親父にその理由を聞きたかったけど、ヴァルトアール帝国に密書を送った後に倒れたから、おれは城に居るよりも安全だと思って、討伐隊にそのまま参加したわけ。子どもでも、半分でも、竜人は竜人だから、そこそこ戦えるしな」
テオドールはアランの話を聞いて、城には毒見役や護衛が居いないのだと思った。
そして、危険だと思い、ルカを呼びつけたのに、討伐隊に参加する理由を、彼は理解できない。
結局のところ、誰かが護るなら、安全な場所で待てばいいのだと、彼は思ったのだ。
そのため、彼は自分には関係ないと感じながらルカとアランの話を聞いた。
「エルガドラの国王が倒れたのは聞いた」
「そっか、そっか、やっぱルカは情報を手に入れるのが早いねぇ」
「それで、他に気になることはあったか?」
「気になることじゃないけど……親父が倒れてから、討伐部隊に聖騎士が加わったことかなぁ? さすがに、なんかあるだろうなぁ~って思ってたら、魔塔まで協力するって言い出した時は、びっくりしたよ」
ルカは思考するように、アランと同じように肘掛けに頬杖をつくと、足を組み直した。
赤い瞳はアランを見つめ、彼の行動や視線を観察する。
そして、ルカは街の様子を思い返しながら話す。
「なるほどな、冒険者も多かったけど?」
「あー。魔物の行動が活発になってるって報告されてると思うんだけどさ、実際は狂暴化してんだよ。だから、脅し抜きで言うけど、狂暴化した魔物は通常の魔物より強い。これは、おれも先日参加したから言うけど、普通の個体より数倍強いと思っていいよ。それに、魔物によっては、さらに手強くなってる」
アランはそこまで言うと、目を細めてルカを見た。
子どもであっても、アランはこの国の王子だという自覚がある。
そのため、他国の貴族を危険に巻き込んで、その後問題にされるのは避けたい。
彼は厳しい視線を、ルカに向けると続きを話す。
「まぁ、それで聞くんだけどさ? そこの兄ちゃんは強いって分かるけど、その子どもと、あの姫さんは大丈夫なわけ?」
アランに尋ねられたルカは、アランが王子として聞いているのだと分かった。
それと比べるように、ルカはテオドールの方を一瞬だけ見てしまう。
ルカはテオドールが他人事のように聞いているのを見て、彼の皇子としての自覚が低いと感じた。
なぜなら、アランが自分の立場を理解し、自分の安全だけでなく、他の人々の安全にも気を配っている。
それに対し、テオドールは自分の立場や責任について深く考えていないように見えたからだ。
だからこそ、事実をアランに伝える。
「正直なところ、まだテオドールは足手まといになるかもな。だけど、ララの方は、何も心配してない。最悪の場合、アルノエが彼女を護るから」
テオドールはルカの言葉を聞いて、静かに目を伏せた。
剣も魔法も自信があった彼は、戦闘になっても楽勝だと考えていた。
しかし、これまで彼を指導していたルカが、ハッキリと足手まといと告げた。
自信は音を立てて崩れ落ち、波のように不安が押し寄せる。
けれど、彼には戦闘経験もなければ、日頃から守られる立場にいる。
そのため、咄嗟に彼は、誰が自分を守ってくれるのか考えてしまう。
だが、すぐにルカに言われた「自分の身は自分で守れ」という言葉が脳裏を過ぎた。
心臓の音が耳にまで届き、恐怖で視点が定まらない。
彼はテーブルの一点を見つめていることしかできない。
「おいおい、そんな2人を連れて大丈夫なのかよ?」
アランはルカの言葉に呆れ、この先のことを考えると頭が痛くなった。
彼はルカが仕事に対して、責任感が強いのも知っている。
冷静で決断力があり、常に周りを警戒している。
そんなルカが、なぜ子どもを連れて行くのか彼には理解できない。
(ルカの評価は間違っていないわ。それにアランの不安も分かる。彼から見たら、私なんて彼より小さいし、ひ弱な存在だもの)
レティシアは冷静に思うと、またルカとアランの会話に集中した。
「それなんだが、こっちにもいろいろと事情がある。だから、テオドールは連れて行くが、アランが気にすることじゃない。それに、ララは剣じゃ体が付いて行かないけど、魔法に関して言うなら俺より使い慣れてると思ってる。ちなみに、これはララが術式を付与したものだ」
ルカがブレスレットを外すと、それをアランに差し出した。
アランはそれを受け取り、じっくりと観察するために角度を変えて見た。
刻まれた術式に違和感はなく、しっかりと刻まれてる。
そのことから、これを付与した者は、魔法に深い知識と技術を持っているとアランは思った。
「ふーん。結構しっかり刻まれてるんだな」
ルカは差し出されたブレスレットを、アランから受け取った。
そして、再び手首に着けると、話し始める。
「これを、ララとテオドールにも持たせてる。だから、最悪の場合、1人でも逃げ切ることはできると思ってる」
「なるほどな、ルカがそう言うならいいよ。まぁ、2人が死んだところで、連れて来たルカの責任だしな」
アランが冷たく言い放った言葉は、冷淡なようで明確な線引きだ。
実際、討伐に参加したレティシアとテオドール、2人のどちらかが死んだ場合、それは国同士の話に繋がる。
そのため、責任の所在がハッキリとしていなければ、最悪の場合も考えられる。
「ああ、分かってる」
「それじゃ、おれの隊に入れるけど問題ないよな? 獣人が多いから、最前線になるけど」
「ああ、それも問題ない。そもそも、俺たちはアランの護衛だ。細かいことを、今さらアランが気にする必要もないだろ」
「それもそうだな。んでさ、ララだっけ? 君はいつまでそこにいるつもりなの?」
アランは面倒くさそうに言うと、ソファーに寄り掛かって窓辺の方を向いた。
彼女が下を向いて歩いてくるのを、アランは静かに見つめる。
歩き方や仕草で、何か考えてるのが分かる。
しかし、彼女はそのまま無言でアルノエの隣に座った。
「なぁ、ルカ……この子さ、人見知り?」
「いや? そんなことはないけど……ララ? どうかしたの?」
ルカとアランが不思議そうに見つめていると、レティシアは顔を上げると首をかしげた。
「別に? ただ少しだけ魔物が狂暴化する原因を考えていただけよ?」
「実際にアランの話を聞いて、ララはどう思った?」
ルカに聞かれたレティシアは、アランの方を一瞥する。
「そうね……アランを完全に消そうとしていることだけは、分かったわね」
レティシアの返事を聞いたルカは、彼女が他にも何か考えているのだと思った。
それは、彼の勘ではなく、彼女との長い付き合いから出た結論。
そのため、彼はさらに彼女の考えを尋ねる。
「他には?」
「仕事の話をルカがした時に聞いていたから、依頼の内容と被るけど、確実に魔の森で何かが起こっていて、それを調査しなければいけないことくらいかな? だけど、実際に魔物が狂暴化する原因っていろいろあるけど、そのことを1つ1つ確かめない限り、何が原因だってハッキリと言えないし、倒しても増えるなら、原因が1つとは限らないのかもしれないわ」
アランは小さな女の子が、話すのを真剣に聞いていた。
立場や周りの視線を気にせず、考えをはっきりと述べ。
物事を深く考え、自分自身で解決策を見つけようとする強さと独立性。
そして、問題の本質を理解し、それを解決するための方法を模索している。
その姿を、彼は面白いと感じ、感心すると同時に、ルカがなぜ彼女に意見を求めたのか分かった気がした。
「へぇー。おちびちゃんだけど、結構しっかりしてんなぁ」
レティシアはアランに言われた言葉が頭の中こだまする。
確かに、彼女の見た目や実年齢はまだ幼く、アランは間違ったことは言っていない。
しかし、誰にも明かしていないとはいえ、精神年齢で言えば、何度も転生を繰り返している彼女は、この場で最年長者だ。
彼女は、作り笑いをするとアランに向かって、ニッコリと笑いかけながら言う。
「王子様、おちびちゃんは、余計な一言だと思いますよ?」
アランは笑いかけたレティシアの目が、少しも笑っていないことに気付いた。
おちびちゃんと言ったのは、彼女の身長ではなく、年齢的な意味で言ったつもりの彼は焦る。
そして、彼は彼女と同じように笑う少年を知っている。
そのことで、彼はルカとレティシアが似ているのだと思った。
もちろん、その時の恐怖も似ていて、彼は慌てて話す。
「わ、わりぃ、おちびちゃんは失礼だったな」
「分かっていただけたなら、大丈夫ですよ」
レティシアはニッコリ笑いかけながら言うと、アランが下を向いて、困ったように頭をかいた。
それを見て、彼女は満足して、気になっていたことを質問する。
「ところで、次はいつ頃森に入る予定なの?」
アランはレティシアに聞かれると、目を細めて彼女の方を見た。
「3日後の7月2日に、また森に入るつもりだけど、なんで?」
「ありがとう。いつ森に入るか分かれば、準備ができるでしょ? こんな子どもが予定を聞いたから、アランは不思議に思ったの?」
「いや、悪い……本当にただのおちびちゃんだと、思ったから……」
アランは少しだけ気まずくなり、レティシアから顔を逸らした。
「まぁ、どうでもいいわ。この部屋も、さっきアランが言っていた刺客にはバレてると思うし、宿屋に着いてからずっと外に3人の見張り役がいたわ。それなら、森に入る前に対策できることは、やっておくべきだと思うけど?」
「本当に普通の子どもじゃないんだな……外の奴らに気付いてないと思ってた」
アランが口元を手で隠しながら言うと、ルカは小さく笑う。
「アラン、ただの子どもだと思ってララのことを見てたら、護衛に刺されるぞ」
アランは楽しそうにルカが言うと、顔を顰めた。
冗談でルカが言ったのだと分かっていても、アランには冗談に聞こえなかったのだ。
「やめてくれよな。護衛に刺されるとか、マジで笑えねぇから」
ルカはククッと笑うと、気持ちを切り替えた。
そして、真剣な面持ちで言う。
「外の害虫はこのままにしておくが、一歩でも宿屋に入ったら駆除する。3日後の討伐まで、アランの護衛しつつ、アルノエもララも、そしてテオドールも準備しておけ」
「分かったわ」「かしこまりました」「……うん」
返事した3人を、アランは静かに見ていた。
だが、レティシアとアルノエやルカが席を立っても、その場から動かないテオドールを、アランは呆れたように見ていた。




