第63話 森の都と幕開き
次の日レティシアたちは、予定通りに最初に立ち寄った村を出発した。
その後は新たに襲撃を受けることもなく、次の村にたどり着く。
そして、同じように宿屋で一泊し、さらに先を急いだ。
神歴1496年6月29日。
レティシアたちは、当初の予定通りにリグヌムウルブに到着した。
レンガで作られた建物が多かったフリューネ領や、木造建築が多かったマルシャー領とは違い。
このリグヌムウルブは白いコンクリートで作られ、白を基調とした建物が多い。
建物の窓辺には花が飾られ、道路もしっかりとコンクリートで整備されていた。
そして歩道には、等間隔で木が植えられている。
乗合馬車を降りたレティシアは、背伸びをしながら大きく息を吸い込んだ。
新鮮な空気は肺を隅々まで満たしていく。
「んー! 空気が美味しいわ」
レティシアは目を輝かせながら言うと、周りを見渡した。
乗合馬車の待合所から見える噴水は大きく、存在を主張する。
噴水の周りを囲むように、花や背丈の低い低木が植えられ手入れされているのが分かる。
「ここがリグヌムウルブなのね!」
(人で溢れているわ! あのお店も賑わっているし、街の人たちの顔も生き生きとしていて、素敵な街だわ。獣人族も多いけど、人族も多いわね。さすがエルガドラ王国第2の都市と言われるだけあるわ! でも、剣や杖を持っている冒険者ぽい人が多いのは、魔物討伐のせいかしら?)
「ララ、どお? 気に入った?」
ルカはレティシアに聞きながら、彼女の隣に立つと同じように街を見渡した。
この風景を彼は懐かしく感じ、同時に彼女が隣にいることが嬉しいと感じた。
「気に入ったわ! 観光で来たかったわ」
「それなら良かった。観光じゃないけど、俺はこの光景を見た時に、ララにも見せてあげたかったんだよ。きっとララの好奇心を、刺激してくれると思ったから」
「ルカ、連れて来てくれてありがとう」
「ああ」
ルカは短く返事すると、レティシアに喜んでもらえたことが嬉しかった。
そのため、この時間が少しでも長く続けばいいと、彼は思ってしまう。
そのくらい、彼がこの街で初めて感じた穏やかな時間だ。
彼の頬は自然に緩み、行き交う人々に柔らかい笑みを向ける。
『ねぇ、ルカ。あの人たちは冒険者よね?』
突然レティシアのテレパシーが聞こえると、ルカは思考が停止した。
彼は、彼女が場の雰囲気を、全く気にしない人だということも分かっている。
それでも、今だけは気にしてほしいと、彼は思ってしまった。
『……』
『あれ? 聞こえてなかったのかな? ルカ?』
『はぁ……レティシアは相変わらず場の雰囲気ってものを、全くと言っていいほど気にしないよな? その話、今する必要があったかな?』
レティシアはルカが表情には出さないが、彼の声色から呆れられたのが分かった。
そのことに、彼女は申し訳ない気持ちになる。
『……あ、ごめん、気になって……つい……』
ルカは落ち込んだ彼女の声を聞き、仕方ないと思うと諦めたように伝える。
『まぁ……いいよ。――そうだな、あれは冒険者だ。きっと魔物討伐で集まったんだろうな。魔物の素材も金になるし、エルガドラ王国からちゃんとした魔物の討伐依頼も出てるはずだから』
『そうなのね、それなら後で回復薬を作りたいわ』
『またなんで?』
レティシアは尋ねられて、行き交う冒険者たちに目を向けた。
『私たちの中で、私以外に簡単な回復魔法が使えないからよ。それに、今回の討伐で多くの冒険者が集まっていて、魔塔や教会が出てくるなら、魔物が弱いとは思えない。それなのに、この討伐がいつまで続くか分からないなら、回復魔法を自在に使える精霊師か聖女の力が必要になるわ。だけど、その子たちは全員を回復して回れるのかしら? そう考えたら、確実に回復薬が足りなくなるわよ。そうなってからじゃ、素材も間に合わなくなるの。だから作れるうちに作って、おきたいなぁって……そ、それに、今なら精霊たちが森を案内してくれれば、素材は簡単に手に入ると思うわ!』
レティシアは話している途中で、今話している内容が前世の経験を元に話しているのだと気が付いた。
しかし、途中で話すのをやめるわけにもいかず、結局最後まで彼女は話した。
『ふーん。まぁ、確かに前回この街に来た時より、冒険者の人数が多いのは気になるな』
ルカは表情を変えずに言うと、レティシアのことを目の端に映した。
彼女が博識なことも、洞察力が高いのも、彼は知っている。
だけど、先程の話を考えると、果たして本からの知識からだけで、得られる情報なのか疑問が湧く。
そして、先程の話し方から、まるで彼女が経験談を話してるように彼は感じた。
『でしょ? それなら後で薬草を探しに行きましょ』
『ああ、分かった』
「よっ! 黒いの久しぶりだな!」
ルカは、突然肩をたたかれて話しかけられた。
彼は振り向くと、肩まである赤髪を1つに結んだ少年が立っている。
少年の髪は、ほんのり波を打って燃える炎のように赤く揺らめいていた。
深い森の中で、生き物の喉を潤す秘密の泉のようなブルーグリーンの瞳がルカには懐かしく思える。
少年の顔を見たルカは、片眉を上げて不快な気持ちを隠さずに話す。
「俺には、ちゃんとした名前がありますよ? もうお忘れですか?」
「いいや? ちゃんと覚えてるよ? そっちが君のお姫様?」
少年は、ルカの機嫌なd気にせず、レティシアをブルーグリーンの瞳に映しながら聞いた。
彼女のブラウンの瞳が警戒するように見ていることに気が付くと、彼は彼女がルカと似ていると思った。
しかし、ルカの赤い瞳が睨んでることに気付くと、彼はルカのことを嫉妬深いと思ってしまう。
「悪かった、悪かったって……、そう睨むなって。――ところでもう泊まる部屋は決めたのか?」
ルカは少年が軽く両手を上げて謝ると、何も変わっていないと思った。
彼はそのことに呆れながらも、睨むのを辞める。
そして、頭の後ろで手を組んだ少年に、彼は探るような視線を向ける。
「いや、これからだ」
「ふーん。それなら、おれと同じ部屋に泊まればいいよ。どうせなら、同じ部屋の方がいいと思って、広めの部屋を借りておいたからさ」
「それは助かるよ」
「まぁ~前みたいに、ずっと屋根裏に居座られても、困るからなんだけどね~」
「あの条件なら、そっちが宿を取るもんだろ」
ルカは面倒くさそうに言うと、レティシアの方を見て少年を紹介するように手を軽く出す。
「ごめん、ララ。こちらが今回の護衛対象のアランだ」
レティシアが一歩前に出ようとした瞬間、それを見ていたアランは片手を前に出して上下に振った。
「いいよ、いいよ。そういうのも宿屋でやろう。そっちは前回と違って人数が多いみたいだし、さすがにここで自己紹介とかしても、別にいいことなんてないと思うしさ」
アランは興味なさ気に言うと、チラッと人の通りがある方を見た。
すると、ルカも気が付かれないように、そちらに視線を向けてるのに彼は気付いた。
そのことから、彼はルカの洞察力が、前に会った時よりも、さらに鋭くなった気がした。
しかし、小さな少女も同じ方を見ていたことに気が付くと、彼は彼女の洞察力に感心する。
「ああ、それもそうだな」
ルカはため息をついてから言うと、歩き始めたアランと並んで歩き出した。
だけど、彼は隣を歩く少年が、わずかに彼より大きいことに気付くと、驚いてしまう。
「アラン、大きくなったな。俺より少しだけ高いのか?」
「まぁな! おれ、今成長期だから!! 今は169くらいかな? ルカは?」
ルカは、まさかこの5年で身長が抜かれているとは思っておらず、あからさまに肩を落とした。
「負けた……168……」
「……まぁ、大きいから……竜人は……」
アランはルカをフォローしようとして、なんと言って良いのか分からず曖昧に答えた。
それでも彼の足は止まらず、真っすぐに宿屋に向かう。
長い脚が2人分並び、歩く姿勢は重心がブレることはない。
足音は周りの音に消され、赤い髪を風になびかせながら、颯爽とアランはルカと並んで歩く。
アランが泊まっている宿屋は、ここから近いのか、彼が後ろを気にして振り向くことはない。
ルカと話しながら、どんどん先へと進む。
角を曲がり、4階建ての建物の前に着くと、アランは何も言わずに中に入る。
それに続くように、ルカも中に入っていく。
レティシアが中に入ると、フロントではアランが人数の追加を申し出ていた。
宿屋の店主は断ることもなく「ごゆっくりどうぞ」と暖かく出迎えてくれる。
レティシアたちはアランに付いて行き、階段を使って4階まで上がる。
4階は部屋数も少なく、彼が借りてる一室へと通された。
通された部屋は広く、バルコニーに繋がる大きな窓が真ん中に4枚並び。
左右には、小窓が付いて日当たりもいい。
部屋の中央付近に置かれたテーブルは、左右に3人は座れるソファーが2台置かれ。
さらに、1人掛けのソファーが2脚置かれていた。
2つベッドが置かれた部屋が2部屋あり、その他に浴室とトイレも備え付けてある。
そして、部屋には長期滞在のために、キッチンも完備されている。
「ゆっくりしてっていいよ。部屋に風呂もあるから、好きな時に入ればいいよ」
「アラン、ありがとう」
ルカがお礼を言うと、レティシアやアルノエもお礼を言って、軽く頭を下げた。
「いや、こっちこそ悪いな、また呼ぶようなことになって……正直、助かるよルカ。――とりあえず座ってくれ」
アランは悲し気に言うと、窓に近い1人掛けのソファーに座った。
ルカは、アランの向かいにある1人掛け用のソファーに向かい、腰掛けると長い脚を組んだ。
アルノエは少しだけ悩むようにソファーを見ていたが、結局ルカの左側のソファーに座った。
テオドールはそのまま開いているソファーに向かい、アルノエの向かい側に小さくなって座る。
レティシアは部屋の隅に荷物を置いて、振り返ると彼女以外はすでに座っていた。
彼女は完全に出遅れたと思い、小窓の方へと向かう。
窓から外をチラリと見ると、宿屋の前を行きかう人たちが見える。
そして、彼女はソファーに座る4人を見ながら思う。
(どこに座るか悩むくらいなら、立っている方がいいわ)
最初に立ち寄った村で、テオドールを見つけた日。
あの日からテオドールは、レティシアたちと行動をともにしている。
だが、マルシャー領に居た頃と違い、3人は彼と深く関わることはなかった。
テオドールが話しかければ、普通に話したりはする。
だけど、3人からテオドールに話しかけることはなかった。
まだ8歳の子どもに冷たいかもしれないとおもいつつ。
それでも、レティシアは未だにテオドールとの、わだかまりが残ったままだった。




