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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
3章

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第58話 伝えられぬ思い


 時間は悩んでいても、立ち止まろうとも、決して止まらない。

 時計の秒針が止まろうとも、世界を動かす時は止まらず動き続ける。


 エルガドラ王国に出発する近付いた、神歴1496年6月24日。


 殺風景な部屋の隅で、レティシアが膝を立てながら床に座っていた。

 彼女は膝の上に本を乗せ、秒針が動く部屋で静かに本を読んでいる。


「あれから、もう旅に出ることを、テオドールに伝えたのか?」


 ルカは腕を組んでドア枠に寄り掛かりながら、レティシアに尋ねた。

 彼は部屋の隅で本を読むレティシアを見つけ、彼女が悩んでいるように見えたのだ。

 そのため、この質問は彼女の意思を確かめるためでもある。

 彼を一瞬だけ見た瞳は、感情が欠けたようだと彼は感じてしまう。

 それでも、彼は何も言えず、彼女が本のページをめくるのを見つめる。


「……まだよ」


 レティシアはルカに対し、素っ気なく答えた。

 彼女自身、どう伝えればいいのか分からない。

 それは、何度転生しても、彼女の中で答えがないからだ。

 それを反映するかのように、ページをめくる速さも遅く感じられる。


「伝えないのか?」


「……分からないわ」


「……そっか」


 ルカはゆったりとした足取りで、レティシアの傍まで向かう。

 読み終えたのか、床には無造作に本が置かれている。

 彼女の左隣まで来ると、彼はおもむろに腰を下ろす。

 そして、床に散らばった本を手に取ると、本を開いて文字を目で追い始めた。

 素直になれば、きっと話しやすいことで、些細なことだ。

 しかし、立場やこれからのことを考えれば、伝えられない彼女の気持ちが、彼も痛いほど分かっている。


「ねぇ、もしこのまま何も言わないで行ったら、テオは怒るわよね?」


「怒るだろうね」


 そう言った彼は目を伏せ、その瞳に映る影が深くなった。


「そうよね……分かっているんだけどね」


「なら、なんで?」


「……いざ言わなきゃって思うと、口が思うように動かないの」


 持っていた本を、音もなくさらっと撫でたルカは一点を見つめていた。

 その瞳はどこか遠くを見つめ、瞳に落ちる影は色を変えることがない。

 彼はもう一度本のページをなでると、ゆっくりと口を開く。


「それは、いつこっちに帰れるか分からないから? それとも、次に会った時に、忘れられてるかもしれないから?」


 レティシアはルカに言われて、本のページをめくる手が止まる。

 そして、少しだけ間が空いて、彼女は読んでいた本を閉じた。

 本の表紙を触りながら、彼女は寂し気に眉を下げて思う。


(相変わらず、全部を言わなくても……ルカには分かっちゃうんだね……。そうよ……人は忘れやすい生き物……。少なくとも、転生を始める前の私がそうだった。人の顔と名前が一致することなんて、珍しかったもの。それなのに嫌な記憶と、それに関わった人たちの名前も顔も、永遠に忘れられなかった……)


「多分……。そうだと思うわ。人は嫌な記憶以外は忘れやすい生き物だもの」


「でも、忘れないかもよ?」


「それも分かっているわ。でも……もうここに、帰って来ないこともあるんでしょ?」


「ああ、状況次第では、そのままフリューネ領か、帝都セーラスに行くからな」


「そうよね。うん、分かっているわ」


 レティシアはそう言って、持っていた本を床に置いた。

 彼女は膝をさらに胸へと抱き寄せて抱える。

 そして、膝に顔を伏せて思う。


(ルカは今、14歳……。帰国が未定とは言っていたけど、来年の9月から3年間は貴族の義務として、帝都にある学園に通わなければならない。多分彼なら、途中で入学できるように仕事を終わらせられる……。そうなれば、ここに帰ってくることは、もうないわ)


 ルカは静かにレティシアの様子を(うかが)っていた。

 彼は目を閉じると、奥歯を噛み締める。

 彼女がテオドールに言えない原因に、ここに戻って来られないこともあるのは、彼も理解している。

 さらに、彼は5年前のことを考えれば、彼女の気持ちを優先するべきだとも思う。

 それでも、彼はエルガドラ王国に行く時、彼女に付いて来てほしい気持ちもある。

 思い悩んだ彼は彼女の幸せを願い、できるだけ彼女が選べるように言う。


「レティシア、この間の話し合いで、俺は一緒に来てほしいって言ったけど……別に、レティシアは残っても良いんだよ?」


 ルカの声はとても優しく、レティシアにはまるで悪魔の囁きのようにも聞こえた。

 彼女の気持ちは、一瞬だけ大きく揺れる。

 それでも彼女は、首を横に振った。


「ううん。ここに残っても、きっと今の状況が良くなることはもうないわ。それなら、可能性があることを少しでもしたいの」


 ルカはレティシアの言葉を聞いて、彼女が出会った頃と変わっていないのだと思った。

 どんなに彼がレティシアを護りたいと思っても、彼女は勝手に道を決めてしまう。

 そして決めた後は、ひたすら真っすぐに突き進み、護られるだけの存在ではなくなる。

 たとえ、それで傷付くことがあっても、決して揺らぐことのない強い意志。

 対等な関係でいたいと思っていたのに、5年前のあの日から変わってしまたんだと彼は改めて思う。


「そっか……レティシアは、あの頃と変わらないね」


「ルカは変わったね……私に甘くなった。前なら危険だと判断したら、無理にでも連れて行こうとしたと思う」


「確かにな……前ならいやがっても、連れて行く判断をしたと思う。その方が安全だしな……でも今回は、皇帝陛下から提案されたのもあるけど、レティシアを連れて行こうとした理由は、俺が……」


 ルカはそこまで言うと、言葉に詰まった。

 本心を言ってしまってもいいのか、彼は悩んだのだ。

 しかし、彼は5年前のことを考えれば、彼女に言うべきではないと思った。


「俺が……?」


 レティシアは、ルカの言葉の続きが気になった。

 そして、彼女はおもむろに顔を上げて、ルカの方を向いて彼の顔を見た。

 すると、悲しげな瞳のルカと視線が重なって、彼女は目が離せなくなる。

 ルカが少しだけ慌てた様子でレティシアから顔を逸らし、口に手を当てて隠した。


「いや、なんでもない。ちゃんとテオドールに話すなら話せよ。話せないなら、最後まで悟らせるな」


 ルカは早口で言うと、本を閉じて置いてあった場所に戻した。

 その場で立ち上がった彼は、レティシアの方を向かずに、彼女の頭を2回軽くたたき。

 逃げるようにして、足早に部屋を出て行く。


「やっぱり変わったわよ……前なら頭をなでてくれたのに……」


 レティシアは誰もいなくなった部屋で、閉ざされたドアを見つめながら呟いた。

 そして、彼女は足を伸ばすと、そのまま横へと倒れ込んだ。


(ルカは何が言いたかったのかしら……)


 レティシアは魔法で灯を消しながら思った。

 それでも、彼女の中で答えは出ない。


 雲の隙間から、月明かりが暗い部屋を照らしている。

 静かな夜が、より時計の秒針を際立たせる。


(テオには、お別れを言いたくないわ……言ってしまったら、2度と会えない気がする)


 レティシアはそう思うと、寂しさが波紋のように彼女の心に広がっていく。


(私……テオドールにお別れすら言えないなんて……この5年で心が弱くなったわね……)


 彼女は横になった状態で膝を抱えて丸くなると、喉の奥が熱くなるのを感じた。


 ずっと一緒に過ごした相手と、離れることは寂しいものだ。

 さらに言えば、テオドールはこの5年間、友として彼女のことを支えてきた。

 決してレティシアが弱くなったわけではない。

 ルカが言うように、彼女はフリューネ家を出た日から変わっていない。


(お母様だって護りたいのに、今の私じゃ傍に居ることすらできない……。やっと……親からの愛を、手に入れたと思ったのに……お母様に……会いたい……)


 レティシアは月明かりに照らされた部屋で、声を出さないように独りで泣いた。


 レティシアは過去の人生で、仲間を家族のように感じたこともあった。

 けれど、数年も経てば泣くほど会いたいとは、感じたことはなかった。

 しかし、この人生で彼女は、すでに2度も経験している。

 それは、きっと……愛を知らない彼女が、愛を知り始めた結果なのだろう。


 月明かりに照らされた少女の背中は、とても小さく見え。

 微かに聞こえる声は、とても寂しげで儚かった。


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