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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
3章

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第56話 過ぎゆく時と新たな旅立ち


 転移魔方陣(ムーブコネックテ)でオプスブル領に立ち寄ったレティシアたちは、報告を済ませると本来の目的地に向けて準備を急いだ。

 オプスブル家からマルシャー領へは、馬車で向かうことになり、道中でルカの叔母であるレクシアに、レティシアは姿を隠すことを提案された。

 素直にその提案を受け入れた彼女は、前世で彼女が姉のように慕っていた “ララ” の名を借り、髪色と瞳の色を変えた。

 数日掛けて魔の森と国境に最も近い、リタの実家に着いた彼らは暖かく出迎えられた。

 そして、近くの一軒家を借り、フリューネ家を出た6人で住むこととなった。


 神歴1496年6月3日。


 レティシアがフリューネ領を旅立ち、あれから5年の月日が過ぎていた。

 3歳だったレティシアは、8歳の少女へと成長し、大人びて見える。


 しかし、彼女が転生を繰り返す意味も、過去で感じた気配も分からないままだ。

 それでも、フリューネ領を旅立った日から、レティシアは現在もエディットのためにできることを、手探りで探しながら生きている。


 初夏の薫りが心地よいこの時期。


 魔の森に面しているマルシャー領の空気は、一層澄んだものとなり、風に乗って木々の香りが運ばれ、新芽が風に合わせて揺れる。

 腰まであるブラウンの髪が風になびき、少女は髪を耳にかけて前を見つめる。

 ブラウンの偽りを(まと)った瞳は遠い空を映し、微かに揺らめく。

 小さな泉は太陽に照らされ、宝石のように煌めき、周辺には鳥や虫たちが飛び回り、初夏を祝う。

 精霊たちは誘われるように、魔の森に近い泉まで姿を見せて楽しそうに語る。


 そして、レティシアはあの頃と変わらず、日頃の習慣を続けている。

 彼女は優しく微笑みながら、精霊たちと言葉を交わす。


『みんなは元気だね』


『げんきー!』『ねぇ! 今度森に遊びに来てよ!!』

『ソウだヨ!』『あそぼ! あそぼ!』『アソンデ! アソンデ!』


『ふふふ。そうね、魔の森に行けたら、遊びに行くわ』


『わーい』『わ~い!』『約束だよ!』『ゼッタイだヨ』

『ヤクソク!』『やくそく! やくそく!』


『私が行ったら、森の中を案内してね?』


『アンナイするー!』『する! する!』

『森で遊ぶー!』『モリー!』


『そういえば、なんか新しいこととか、変わったことはあった?』


『街の方で、お祭りの準備してたよ!』『してたー!』

『うん! うん!』『おハナ! サいた!』『サイタ! サイタ!』


『そっか、もうお祭りの時期なんだね』


『そうだよー!』『そう! そう!』

『あー!』

『いつものコ、キたー!』『キター!』『きたー! きたー!』

『カエルー! カエルー!』『レティシアまたね! また話そ!』


 人が来る気配を感じ取った精霊たちが、楽しそうに言いながら森へと帰って行く。

 残されたレティシアは、残念そうに彼らを見送る。


 エディットがレティシアを逃がした理由に、精霊たちが関わっていた。

 彼女がそのことを知ったのは、マルシャー領に来てから、少し経った頃だった。

 延命治癒を行うには、教会の力を借りなければならない。

 しかし、精霊が見えるレティシアを、教会に連れて行かれるのをエディットが危惧したのだ。


(はぁ……今日もちょっとしか話せなかったわ……。いつもテオドールが尻尾みたいに付きまとうから、精霊たちや世界と話す時間がなかなか作れないのよね)


 レティシアは肩を落として思っていると、後ろの方から彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。


「ララー! ララー! あーー! もう! ララ! こんな所に居た! 僕ずっとララのこと、探してんだからね!!」


 泉の近くに座っていたレティシアは、大きな声を出しながら走って来たテオドールに抱き付かれた。

 背中から伝わる彼の鼓動や、微かに香る汗の匂いから、彼が本当に探したのが分かる。

 それでも彼女は、振り向いて少しだけ面倒くさそうに答える。


「別に遊ぶ約束とかしていないじゃん。テオにそう言われても困るよ」


 テオドールはブラウンの瞳にレティシアを映すと、彼女が眉を下げて困ったような表情をした。

 それでも手が伸びてくると、彼の乱れたブラウンの髪を彼女が手でとかしながら整えてくれる。

 彼は彼女の優しく触れた手が、心地よく感じた。

 しかし、彼は照れ隠しで頬を膨らませると、持っていた袋を彼女に突き出す。


「これ! ジャンから! 約束してなくても、いつも一緒なんだから分かってるでしょ? それなのに、なんで僕を置いて行くんだよ!」


「持ってきてくれて、ありがとう。いつも一緒だけど、たまには1人になりたい時だってあるじゃない? テオも食べるでしょ?」


 レティシアは袋を受け取り、袋の中からクッキーを1枚取り出しテオドールに渡した。

 すると、彼女の隣に座った彼は「ララ、ありがとう」と言って、クッキーを受け取って美味しそうに食べる。

 レティシアは嬉しそうに微笑んで、袋を彼の前に置いた。


「もっと食べるなら、どうぞ」


 テオドールは、マルシャー家から借りた家の近くに住んでいた子どもだ。

 レティシアたちが住み始めてから、2人は同い年ということもあってすぐに仲良くなった。

 今では午後になると、テオドールが当たり前のようにレティシアと過ごしている。


 テオドールは綺麗な眉を下げ、目を細めて頬を膨らませた。

 そして、後ろに手をついて不貞腐れたように言う。


「午前中もさ、一緒だったら、こんなふうに僕がララを探すこともなのになぁ~」


「私は午前にマルシャー家に行って、仕事しているんだから、しょうがないでしょ? そういうテオだって、午前中は勉強しているでしょ?」


 レティシアは袋からクッキーを1つ取って言った。

 彼女はクッキーを口に入れると、横になって空を見つめる。

 するとテオドールも彼女を真似して横になると、そっと彼女の手に触れて手を繋いだ。


「ふふふ、ララの手、気持ちいい」


「ふふふ、テオの手もね」


 2人は笑って向き合うと、テオドールが少しだけおでこを合わせた。

 これは、レティシアの気持ちが不安定な時や、悩んでいた時期にテオドールが良くしていた。

 そして、この行為は、彼がかつて自分の親から受けていたものと同じだ。

 テオドールも気持ちが落ち着くため、今でも時折2人はこうしている。


 レティシアはおでこから伝わる体温と、近くから聞こえる呼吸を感じた。

 彼女は安心した気持ちになり、次第に瞼が重くなっていくのが分かる。



 漆黒の髪は風に揺れ、柘榴のように赤い瞳は泉を映す。

 彼の黒く光沢のある柔らかい髪は、肩ぐらいまであるミディアムに切りそろえられ。

 前髪は少しだけ目の上にかかり、赤い瞳をより赤く見せた。

 腰から下げた剣は、姿勢の良さと足の長さを綺麗に見せる。

 ルカは、地面に寝転がっているレティシアとテオドールを見つけると、少しだけ眉を下げた。

 2人の距離が近いのは、仕方ないことだと分かっていても胸が少しだけ傷む。

 赤い瞳がわずかに揺らめくと、彼はゆっくりと瞬きをした。

 そして、歩き出すと平然を装い、2人に向かって言う。


「おい、おまえら、こんな所で寝るなよ?」


 テオドールはルカの声を聞いて、勢いよく起き上がった。

 彼はルカの方を見ると、嬉しそうに笑う。

 無邪気な瞳は、太陽の光を帯びて純粋に輝く。


「ルカにぃー! おかえりー!! ねぇ、僕に剣術の稽古してよ!」


「ああ、テオドールただいま。剣術の稽古ならいいよ」


「やったぁー!」


 テオドールは喜びに満ちた顔をして立ち上がると、レティシアに手を差し出した。

 そして、彼女に「ララ、行こう」と言ってニッコリ笑う。

 彼女は頷いてテオドールの手を取って、一緒にルカの元へ歩いて行く。


 この5年で様々なことがあった。

 レティシアは身を隠しているが、ルカ、ジャン、騎士団の3人は普通に仕事がある。

 それで、彼らが弱音もわがままも言わなくなったレティシアに、寄り添えない時もあった。

 そんな時も、テオドールが常にレティシアの側で、彼女を支えていた。

 そのため、深く関わると危険だと知っていても、ルカは負い目を感じてテオドールと距離が取れなかった。

 その結果、こうして頼まれれば、仕事に行かない時や早めに帰った時に、剣術や魔法を教えている。


「ララも剣術の練習するだろ?」


 ルカに尋ねられたレティシアは、木剣を手に持って剣先をルカに向けた。

 そして彼女は歯を見せて笑って答える。


「もちろん! ルカにいつか “降参だ” って言わせて見せるんだから!」


 レティシアはこの5年、誰にも弱音を吐かなかった。

 それは、関わる時間が減ろうとも、彼女のことを理解してくれる。

 赤い瞳の少年の存在があったからだ。


「はははっ! まぁ、今日はあまり遅くならないように、早めに切り上げるけどな。悪いなテオドール」


「ううん! ルカにぃに教えてもらえるなら、少しの時間でも僕は嬉しいから!」


 テオドールのブラウンの瞳は、本当に嬉しそうに輝くと、ルカに向かって木剣を振りかざす。

 ルカは木剣で受け止めると、その度に悪いところを指摘する。


(ルカって本当に教えるのも上手いのよね……テオの呑み込みも早いし……私もいざっていう時に、逃げられるようにだけはしとかないとだね……それと……ルカの様子からして、今夜は報告会かな……)


 レティシアは2人を見ながらそう思うと、木剣を握る手に力が入る。

 この報告会が、唯一彼女が情報をより詳しく知る機会。



 ある程度の時間練習を続けたレティシアは、疲れて座っていた。

 心地よい風が吹くと、木々の囁くような声と、鳥たちが巣へと帰る声が聞こえる。

 レティシアはそれを聞きながら、日の入りが始まったのだと思う。

 そして、まだオレンジに染まってない太陽に照らされる2人の少年を楽しそうに眺めた。


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