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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
2章

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第51話 砕け散る偽りの絆


 神歴1491年3月7日。

 外では冷たい雨が降り、全てを洗い流していく。

 花はまるで凍えるように、頭を垂らしている。

 外の薄暗さが、屋敷の中にも影を落とした。


 結局、あれからダニエルが、レティシアの部屋や書庫を訪れることはなかった。

 その代わり、彼は何度か騎士団の方に顔を出して問題を起こした。

 レティシアを出さないことに激昂したダニエルが、雪の雫隊に所属している団員に怪我を負わせたのだ。


 その報告を受けた時、レティシアは頭を抱えたくなった。

 なぜなら、雪の雫隊は領民が団員として働いているからだ。

 そして、領民に手を上げても、彼はフリューネの名前に守られる1人。

 赤の他人なら、追い出すこともできるが、家族ともなればそれは叶わない。


(本当……なんでお母様は、あの人と結婚したんだろう……)


 レティシアは窓辺の椅子に座って、本を読みながら思った。


 窓には冷たい雨が当たり、不穏な音が部屋に広がる。

 それでも、部屋の中は暖かく、外との温度の差で窓には結露が付いている。


「レティシア、俺ちょっとエディット様に呼ばれてるんだけどさ、アルノエたちの誰か呼ぶ?」


 ルカは悪いと思いながらも、静かに本を読んでいたレティシアに声をかけた。

 彼女が振り向くと、悩むように首を左右に揺らす。

 その姿が、どことなく幼いとルカは思った。


『んーいいよ、1人で待っているよ』


 ルカは気怠げに言った彼女が、再び本に視線を戻すのを見つめた。

 彼女を残していくことに、彼は不安がある。

 それでも、彼女なりに考えているのだと思うと、ダメだと言えなくなった。


「そっか……何かあったら、すぐに騎士団でもらったブローチを使って、俺も持ってるから」


『うん! ルカ、いってらっしゃい』


「行ってくるね」


(お母様が、ルカだけを呼び出すなんて珍しいわね……)


 レティシアは不思議に思いながら、ルカが部屋から出て行くと、本を読み進めていく。

 部屋の中には、ページをめくる音が窓辺から広がる。

 レティシアは静かに1人の時間を楽しむように、ドアの外に意識を向けた。


 少し経った頃、ドアの前の向こう側から、人が向かってくる気配をレティシアは感じた。

 彼女の鼓動が大きく脈を打つと、1人の男性がノックもなしに部屋の中へと入ってくる。


 レティシアは横目で入ってきた男性を見ると、冷ややかな視線を向けた。

 彼女の瞳に、ブラウンの髪とブラウンの瞳が映る。

 相手の口角が少しだけ上がり、彼女も合わせるように口角を少しだけ上げる。


(さぁ、あなたはその口で、何を語るのかしら?)


「あぁー……いたいた、レティシア! 君に会いたかったんだよー! 初めましてかな? 君のお父さんだよ」


(いや? あなたとは、2度お会いしているんですけどね? 娘の顔も忘れちゃうの?)


 レティシアはそう思っても、決して顔には出さない。

 そして、彼女はダニエルが一瞬だけ悩んだのも、見逃さなかった。

 彼女は椅子から立ち上がると、持っている本を椅子の上に置く。

 それから、笑顔の仮面をつけて、わざと子どもらしく拙いカーテシーをして見せる。


「はじめまして、レティシア・ルー・フリューネです」


 ダニエルは、レティシアが丁寧にあいさつをすると驚いた。

 帝都に残してきた子は、まだそのようなことができないからだ。

 それでも、彼は先程の拙いカーテシーを思い返し、見下すように鼻で笑う。


「初めまして、レティシア。君と話がしたかったんだけど、なかなか会えなくてね。少し話をしないか?」


 レティシアはダニエルの様子から、彼がただの子どもだと思ってくれたのだと思った。

 そして、そのことを内心でレティシアは安堵し、彼の見る目のなさを笑う。


「いいよっ!」


「そっか、そっか。こっちにおいでレティシア」


 レティシアはダニエルがいるソファーの近くまで行くと、彼の向かい側にあえて座った。

 彼がどんな反応するか、確かめたかったからだ。

 レティシアは彼を観察し、彼の瞳孔や視線を見る。

 すると、彼は隠したようだが、わずかに片方の眉が上がった。

 それは悲しさから出た変化ではなく、苛立ちから出た変化だとレティシアは理解する。


「実はね、君に言わなきゃいけないことがあるんだよ」


「なぁ~にぃ~?」


 ダニエルは、不思議そうにレティシアが首をかしげると、笑みが零れそうになる。

 けれど、彼は悲しげに眉を下げて話し出した。


「お父さんね……お母さんが、なかなかレティシアと合わせてくれなかったから、今日まで毎年……誕生日の1週間しか、この屋敷に来られなかったんだよ。それで、今まで会いに来なくて……ごめんな?」


「ん-ん!」


「レティシアは、エディットの娘なのに……優しんだな……。レティシアのお母さんを、悪く言いたい訳じゃないけど……お父さんにも冷たいし、お母さんはレティシアを、こんな屋敷に閉じ込めてるんだよ……。本当は帝都にも屋敷を持っているのに、1度もレティシアは行ったことがないだろ?」


「うん、ない!」


「そうだろ? お父さんも心苦しんだよ……レティシアが帝都に来たら、毎日会えるのに……お母さんは、レティシアとお父さんがこうやって話すのも、よく思ってないんだ……ごめんな?」


「んーん」


「レティシアは、賢いんだな」


 ダニエルは、そう言って立ち上がると、レティシアの隣に座った。

 彼は彼女の頭をなでると、満足そうに笑う。

 けれど、なでられているレティシアの頭は、彼がなでる方に動く。

 そこには、一欠けらの優しさすら込められていない。


 レティシアは、頭が勝手に動くことに苛立ちを覚えた。

 彼女は過去の人生でも、こうやって頭をなでた人がいたのを思い返す。

 同時に、そこに愛情が存在しなかったことも思い返していた。

 いい加減嫌気がさした彼女は、ずっと疑問だったことを聞くことにする。

 それは、ダニエルがなぜ彼女に会いたがっているのか知りたい。

 彼女が彼と会う目的は、それだけだ。

 そして、彼女はこの不快な時間を早く終わらせたくて、話を切り出した。


「よーじなーに?」


「あぁー……、実はね。レティシア、君には妹がいるんだよ! 今度さ、帝都に来て会ってあげてくれないか? その時に、レティシアの新しいお母さんも紹介するよ」


「……」


 レティシアは、ダニエルの話を聞き、言葉を失くした。

 悪びれることもなく、まるで喜んでくれて当たり前のように話す。

 そんな彼に、レティシアは吐き気さえしてくる。

 それと同時に、本当の3歳児でも、そのことを素直に受け入れる子どもはいないと、彼女は思う。


「レティシアには、妹と新しいお母さんがいるんだよ。新しいお母さんは、レティシアをこんな所に閉じ込めたりしない。それに、レティシアがほしいと思った物を、なんでも買ってくれるよ?」


「……」


「妹もレティシアと2ヵ月しか変わらないから、きっとすぐに仲良くなれるよ! あの子は本当にかわいくて、優しい子なんだ。大丈夫だよ! レティシアが人見知りでも、きっとあの子ならレティシアと仲良くなれるから。そもそも、レティシアが人見知りなのは、エディットの責任だよ。こんな屋敷に閉じ込めて、かわいそうに」


 ダニエルはそう言うと、またレティシアの頭をなでた。

 彼は満足げにレティシアを見つめ、笑っている。


(親に触られて、こんなに不快な気持ちになるのも久しぶりね)


 レティシアはそう思うと、瞳の奥が濁る。


「なぁ、レティシア。お父さんと一緒に帝都で暮らさないか?」


「なんでー?」


 レティシアは、本当に疑問に思って本心からそう尋ねた。


「その方が楽しいからだよ? こんな所で、エディットに閉じ込められてレティシアもいやだろ?」


「んーん! たのしいよ?」


「でも、エディットはレティシアを置いて、お父さん以外の男と出歩いてるんだよ? レティシアはそれでいいのかい? お父さんなら、レティシアにそんな思いをさせないよ?」


「……」


「ほら、レティシアだっていやだろ? レティシアは知らないかもしれないけど、お母さんね。お父さんと別れて、新しい人と結婚するのに、レティシアが “邪魔” だから、レティシアを “養子” に出そうとしてるんだよ……レティシアは知らなかっただろ?」


「……」


 ダニエルは俯くレティシアを見て、口元を隠した。

 隠された口元は、口角が微かに上がっている。

 しかし、彼はすぐに悲しげな表情を浮かべ、話を続ける。


「こないだお母さんが、何日か家を空けただろ? その時、お母さんは帝都に来てて、偶然お父さんはその話を聞いちゃったんだよ……だから、そうなる前にレティシアと話さないと思ってね」


 レティシアはダニエルの話を聞いて、全力で否定たくなった。

 数日前にレティシアは、エディットから愛していると言われている。

 あの言葉に偽りはなかったと、彼女は思いたかった。

 それでも、エディットが彼女を避けていたことも、家を空けていたことも事実だ。

 ダニエルの口から落ちたシミが、じわじわとレティシアの心に黒く広がる。


「レティシア、捨てられるくらいなら、お父さんと帝都で暮らそう」


 レティシアの鼓動が鼓膜に響き、大きな音を立てながら血液が流れ。

 それと同じくらいに、レティシアの感情はどんどん黒く染まって、気持ちが溢れそうになる。


「ぁあ~。可哀想なレティシア、大丈夫だよ。お父さんのところにおいで? そしたら新しいお母さんと、妹がレティシアを歓迎してくれるよ! それに大丈夫だよ、お父さんはレティシアを捨てようと思ってるエディットのところになんか、レティシアを置いていったりしないから」


 ダニエルは眉を下げながら、レティシアの頭に手を伸ばす。

 あと少しで届きそうなところで、小さく「かえって……」という声が聞こえ、彼は手を止めた。


「ん? レティシア、なんか言ったか?」


 レティシアは勢いよく立ち上がると、ドアに向かって全力で走った。

 ドアの前まで来ると、彼女はドアを指さしながら感情のままに叫んだ。


「おかあさまの、わるぐちをいう、おまえなんか、かえれ!!!」


 その瞬間、顔を真っ赤にしたダニエルは、テーブルを叩いて立ちあがった。

 レティシアを見る目は怒りに満ちており、彼は大きな声を出して怒鳴る


「俺に対して、ガキの癖にどんな口の利き方してるんだ!」


 それでも、レティシアは怯むこともなく告げる。


「かえれ!!」


 ダニエルはドスドスと足音を立てて、レティシアに近付く。

 レティシアが睨むように見てることに、彼は気が付いた。

 その瞬間、怒りの沸点を超え、彼は大きく手を振り上げてそれを全力で振り下ろす。

 手はレティシアの頬に当たり、大きな音を立てて部屋に響く。

 そして、勢いよく叩いたことで、彼女の小さな体が立っていた位置から飛ばされていた。

 彼は倒れた彼女を見ると、思わず鼻で笑う。


(いったぁあ……子どもにすら手を上げるのね)


 レティシアはゆっくり体を起こすと、どんどん殺意がこもった感情が溢れでる。

 そして彼女は、冷たい視線をダニエルに向けて思う。


(はぁ……もう、このクズ……もう、いいか。そもそも、こいつがいなくなれば、お母様のことで心配しなくて済むよね? そうだよね? なんでこいつに毎年、毎年、私が脅えなきゃいけないのよ)


 レティシアはおもむろに立ち上がると、ダニエルに向かって右手を向けた。

 ダニエルを見つめる彼女の瞳は、沸く光を帯びていく。

 それに合わせて、右手に魔力が集まっていくのを彼女は感じた。


「悪いんだけど、ダニエル様、帰ってくんない?」

「そうですね、帰ってほしいです」


 ハッとして様子で、レティシアは声がした方を見た。

 すると、そこにはルカとアルノエが、開かれたドアの所に立っていた。

 2人の表情はどこか冷静で、それでも視線は刺すようにダニエルを見ている。


 ニルヴィスは2人の間を通って中に入ると、レティシアに駆け寄った。

 彼女の頬が痛ましく腫れていて、彼は胸が苦しくなる。


「レティシアちゃん大丈夫?」


 ニルヴィスはそう言って、頬以外にも怪我していないか確かめる。

 だけど、どうやら咄嗟に受け身は取ったようで、他の部分に怪我が見当たらず、彼はホッと胸をなで下ろす。


「ダニエル様、今日のところはお引き取り願います」


 高圧的にロレシオは言うと、ドアのところに立っていた2人が中へと入る。

 それでも彼は入らず、ドアの外に向かって手を付き出す。

 そして、軽く頭を下げて、ダニエルのことを睨むように見た。

 すると、ダニエルはわずかに肩を上げると、怯えたように部屋を出て行く。


(2度と来るな!!)


 レティシアはダニエルの後ろ姿を睨みながら、心の中でそう叫んだ。



 ダニエルは部屋から出て、ある程度離れると、声にならない声で「クソッ」と吐き出した。

 彼はポケットから、サイズの小さい指輪を取り出す。

 その指輪には、赤紫の宝石が付いている。

 彼はその指輪を握りしめると、怒りに任せて拳を壁に叩きつけた。

 そして、廊下の先を見ると、指輪をポケットの中に戻し、再び歩き出した。


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