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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
2章

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第42話 再建と氷の剣


 神歴1490年6月21日。

 朝焼けの空は澄み切っており、新鮮な空気で訓練場は満たれる。

 剣がぶつかりあい、甲高い金属音が響く。


 風を受けながら走っていたレティシアは、木々の近くでふっと足を止めた。

 彼女は木陰に移動すると、疲れた体を休めさせる。

 けれど、それはまるで彼女だけが、時間に取り残されていくみたいだった。


 情報漏洩でレティシアを危険に晒したことにより、メイドだったアンナは騎士団に捕縛された。

 その後、彼女の身柄はフリューネ家から、オプスブル家に移されている。

 レティシアが元々いた地球では、普通に考えればそんなに大きな罪でもない。

 確かに、国に対しての裏切り行為ならば重罪に当たる。

 けれど、アンナがやったことくらいでは、罰則がたとえあったとしても、命を落としたりしない。

 それでも、レティシアがこれまで転生してきた世界では、命の重さがとても軽かった。


(私も、そういう世界に慣れてしまっているのかもしれない……。魔力暴走の話を聞いた時も、アンナの時も……同じだった……。私自身は、死にたくないって思っているのに、私と無関係だったり、裏切り者や、護るべき者を傷付けた者の命は、軽く見ている……不思議よね……)


 木陰に座っていたレティシアはそう思うと、そのまま後ろに寝転ぶ。

 葉っぱの隙間からは、日差しが差し込み彼女は眩しく感じて手で目を覆った。

 彼女は戦争や戦いになれば躊躇(ためら)うこともなく、他者の命を奪うことができる。

 それは、彼女が持つ冷酷な一面だ。

 だからといって、決して人の命を軽んじているわけではない。

 生きるためにしていることだ。

 しかし、彼女はそれが正しいと思わないが、それが間違いだとも思わない。


(……それに、アンナは……もう……、普通に生きていけない。彼女はフリューネ家とオプスブル家の双方から、裏切り者の烙印が押された。そして、オプスブル家に送られたとなれば、アンナの今後は彼らに委ねられたことになる……今回の顛末を聞いたお母様が、アンナを許さなかったのも……大きいか……)


 レティシアは大きなため息をつくと、目を覆っている手を前に伸ばす。

 指の間から差し込む日差しを見つめる顔は、憂い帯びている。


「レティシア様、また考え事ですか?」


 騎士団の練習を抜けてきたアルノエは、柔らかい声で言いながらレティシアの隣に腰を下ろした。

 練習を抜けることは、普段の彼ならしないことだ。

 しかし、この日はアンナのことが、レティシアにも報告されている。

 そのため、口数が少ない彼は、それでも彼女のそばにいてあげたいと思った。

 彼はレティシアを見ると、彼女のロイヤルブルーの瞳がわずかに揺らめく。

 その瞳を見て、彼は儚さの中に確かな強さを感じた。


『んー。アンナのこと、聞いたから少しだけ……』


「……そうですか」


 アルノエはそれだけ言うと、それから何も言えなかった。

 彼はレティシアが、アンナを誘ってもいいかと聞いた時のことを、アンナを捕縛してから考えていた。

 彼が許していれば、違った未来があったのではないかと思うと、レティシアに何も言えなくなったのだ。

 彼は遠い空に、雲がゆっくりと流れるのを見つめた。

 暫くすると、木陰には心地よい風が流れる。

 どんなに考えても、答えなどでないのかもしれない。

 それでも、彼はその事実に向き合わなければと思って胸が苦しくなる。


「レティシア様、そろそろ訓練の時間も終わります。なので、そろそろ中に戻りましょう。本日はエディット様がお出掛けになられておりますので、この後は少しだけオレと文字を書く練習しましょう」


 レティシアは文字と聞き、勢いよく体を起こしてアルノエの方を見る。

 彼女の顔は嬉しさに満ち、弾むような声で彼に言う。


『うん!! 書く練習する!!』


「最近、また上手になったことですし、きっとエディット様もルカ様も驚かれますよ」


『ノエ! 早く戻ろう!』


 アルノエは立ち上がったレティシアを見ると、口角が上がる。

 そして、急ぎ足で宿舎に戻る彼女を、複雑な心境を隠して微笑ましく見つめた。


(最近お母様が、お出掛けになることも、テラスで過ごすことも減った……何かあるのかな? そもそも、アンナのことを考える暇があるなら、私は自分のできることを考えるべきか……)


 レティシアをそう思い、無理やり気持ちを切り替えた。

 彼女は今世で、彼女の力になりたいと言った人から裏切られた。

 そこにどんな理由があろうとも、アンナがレティシアを裏切った事実だけは変わらない。

 そして、レティシアはそのことを、忘れることはないのだと思った。

 彼女は胸を張り、堂々と前を向いて進む。

 それはまるで、ここで挫けないと告げているように見えた。



 レティシアが宿舎でシャワーを浴びた後、彼女は執務室へと向かった。

 執務室ではいつもと変わらない空気が流れ、まるでこれが彼らの日常だとでも言うようだ。

 しかし、変わらない空気が今のレティシアには有難い。

 少なくとも、今の彼らは彼女を裏切らないのだと、示しているような気さえしてくる。


 執務を終えたアルノエが、ソファーに座っているレティシアに文字を教え始める。

 ニルヴィスとロレシオも執務をしながら、彼女が文字を書く練習するのを見守っていた。

 執務室にはペンが紙を走る音と、ペンがたどたどしく紙の上を歩く音が静かに聞こえる。

 紙がめくれ、時計の秒針が時を刻む。

 窓から差し込む日差しは、部屋の空気を暖める。


 ニルヴィスはアルノエが席を立つのを見ると、紅茶を入れに行くのだと思った。

 彼は静かに席を立つと、ソファーに座るレティシアに近付く。

 そして、彼女の横に座ると、頼むように手を合わせる。


「ねぇ~ねぇ~。レティシアちゃんお願い!」


『ん-?』


「すっごく、個人的なお願いなんだけど、ボクの使ってる剣に、付与術を付与してほしんだけど……ダメかな?」


 レティシアはニルヴィスの顔を見ながら悩んだ。

 彼が無理難題を、彼女に押し付けたりしないのは、彼女も分かってはいる。

 けれど、裏切りにあって間もない彼女は、どこか気持ちが冷めていた。

 誰かに何かを頼まれて行動するのは、必ずしも何かを得るためだけではない。

 それは一時の取引で、その場限りの信用で終わるからだ。

 しかし、いつも関わっている人となれば、少なくともそこには信用が付きまとう。


『……内容次第』


「わぁーい! ありがとう! 実はさ、これなんだけど!」


 ニルヴィスは嬉しそうに手のひらから剣を取り出し、レティシアの前に綺麗に磨かれたシルバーの剣を置いた。

 手のひらから出てきたということは、そこに彼が空間魔法をつなげていることになる。

 それを隠しもせず、レティシアに見せたのは彼女を信用しているからなのだろう。


「それね~。今ボクが使ってる剣でさ、付与されてるのが氷なんだけど、なんか最近はずっと相性が良くないんだよね~」


 ニルヴィスの話を聞いたレティシアは、剣を触りながら剣と付与術の相性を視る。

 丁寧に磨かれた剣は、レティシアには重く感じる。

 だけど、ちゃんと視ようと思えば、魔法は邪魔するので使えない。

 彼女は真剣な眼差しで見極める。


(付与と剣の相性が良くないって訳じゃないのね……)


『……』


(……そっか……あなた……)


 レティシアは、この剣が長年ニルヴィスに使われてきたことに気付いた。

 物には魂が宿るというが、長年大切にされてきたこの剣にもわずかに魂が宿っている。


「ボクが使いやすいように、また氷を付与してくれないかな?」


『……無理』


「……そっか~! 無理なら良いんだ! レティシアちゃん、ごめんね、ありがとう」


 ニルヴィスはレティシアに無理と言われ、肩を落とした。

 長年愛用してきた剣だが、そろそろ買い替え時なのだと思うと、少しばかり彼は悲しかった。

 それは、彼が苦しんでいた時も、悩んでいた時も、この剣が一緒だったからだ。

 しかし、それも仕方ないことだと諦め、彼は剣に手を伸ばす。


『……書き換えてもいい?』


 レティシアは剣を見つめたまま、剣に語りかけるように言う。

 そして彼女は、ニルヴィスの返事を待たず、剣に向かって指を向けると、指先に魔力を流し始めた。


【汝刻まれし刻印断ち、汝玉風纏いし風の刃となり真の力をその身に刻め】


 レティシアが剣の上で術式を書くと、剣が薄く緑色に変わり、レティシアの瞳が淡く光る。

 すると、剣に刻まれていた文字が浮き上がり、1文字、1文字、新たに書かれた文字と入れ替わるように、剣に深く刻まれる。

 全ての文字が刻まれると、スーッとレティシアの瞳も元に戻り、剣は淡い緑色に変わった。

 それは、まるで剣自身が、ニルヴィスの所有物だと主張しているようだ。


 レティシアは、そっとその剣に触れる。


(これで、あなたの願い通りに主人を守れるよ)


 彼女はそう心の中で言った。


 ニルヴィスは付与が終わった剣を、何も言わずに手に取った。

 しかし、剣に刻まれた文字を見ると、彼は眉を寄せる。


「レティシアちゃん、ボクは氷がいいって言ったよね? なんで風なの?」


 彼は風ではなく、氷がよかった。

 なぜなら、彼がこの剣を使い始めた時、彼は風の魔法が上手く使えなかったからだ。

 そのことで苦手意識が付き、彼は風魔法が不得意だと思っている。


その剣(その子)が望んだからよ。何度かニヴィが魔法を使うところを見たけど、風属性と相性が良かったの。それ、何年も使ってきた剣じゃない? その剣(その子)もニヴィとすごく相性がいいの。それで、望まれたから術式を書き換えたのよ。氷が使いたいなら、水属性の魔力を流しながら、その剣(その子)を使ってみて。面白いくらいに、今までよりも使いやすいと思うよ? でも、風の方が相性いいのは、確かだよ。ふふふ』


 ニルヴィスは楽しそうにレティシアが、説明するのを静かに聞いた。

 しかし、彼はその様子に首をかしげながら、魔力を少しだけ込めて剣を握る。

 その瞬間、彼の周りの床から壁や天井まで、一瞬で凍り付く。

 彼は驚きで目を見開き、握った剣を見つめる。


 レティシアは、ニルヴィスの魔法発動と同時に張った防御壁(シールド)を解くと周りを見す。


『ふふふ。ニヴィ、すごいね~』


「嘘だろ……。ボク……剣に(まと)わせるイメージで少しだけ魔力を流しただけなのに……」


 レティシアが楽しそうにしているのに対し、この現状に、ニルヴィスだけではなく、ロレシオとアルノエも困惑していた。


『相性がいいって言ったでしょ? 魔法を使う人には、それぞれ相性がいい属性があるのよ。人によっては、その属性が苦手だったり、上手に使えない人もいるけど……。それでも、わずかにだけど、魔法を使うときはそれが出るの。その剣(その子)はニヴィと相性がいいわ。今までと使い勝手が違うけど、ニヴィの力を最大限に引き出してくれるはずよ』


 レティシアはニルヴィスが張った部屋の氷を、溶かしながら楽しそうに話した。


「……ニルヴィス……その剣、ちゃんと使えるように訓練しとけよ……」


 未だに困惑を隠せないロレシオがそう言うと、ニルヴィスは剣を見つめたまま何度も頷いた。


 アルノエは剣を見つめながら、「前回と全然違う……」と自然に口からこぼれ落ちた。

 彼は付与術を施しているところを見るのは、これで2回目だ。

 前回との違いに、彼は違う意味でも驚いている。

 アルノエはゆっくりとレティシアを見ると、彼女と目が合う。


『これは、使用者を指定していないからね。その剣(その子)が拒否して、力を抑える可能性はあるけど』


「これは、一般的な付与に近い形だよ。でも。一般的な付与は物に対して、役割を刻むんだよ。例えばだけど、通信魔道具はいろいろと刻まれてるけど、簡単に言えば、声を受信して送信して、とか……ボクの剣に刻まれてたのは、魔力を流したら氷の刃になれ、とかね。これは意味を持った “言葉” が刻まれてるから、またちょっと違うけど……」


 レティシアの説明に付け足すようにしてニルヴィスが言うと、彼は剣を満足げに見つめて、再び手のひらに戻した。



 そして翌日の訓練で、ニルヴィスが訓練場を氷漬けにし、その状況をレティシアは転がるようにして、おなかを抱えて笑った。


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