第43話 書庫と3人の騎士
神歴1490年9月22日。
汗ばむ時期が過ぎ去り、肌を程よい風がなでていく。
木々は緑の葉を、色とりどりに染め始め美しく着飾る。
訓練場では、激しく剣がぶつかり合い、火花を散らす。
しかし、その激しさとは違い、訓練場には一瞬の静寂が訪れている。
レティシアがニルヴィスの剣に付与術を付与してから、彼は何度も訓練場を氷漬けにした。
そのたび、レティシアの笑い声が訓練場に響いた。
それでも、最近は扱いに慣れたニルヴィスは、訓練場を氷漬けにすることはなくなった。
それどころか、彼は自在に剣を扱えるようになっている。
(使い慣れるまで、2ヵ月……やっぱり早いわね。少なくとも半年は掛かると思ってたけど……)
レティシアは、剣を構えているニルヴィスを見ながらそう思った。
彼女は浮遊魔法を使いながら、両手で短剣を構える。
ニルヴィスの額から汗が流れると、レティシアは思わず笑みが零れた。
彼女はそれが合図だとでも言うように、ニルヴィスに向かって剣を振るう。
下から降り上げられた短剣は、斜め上から振り下ろされた剣とぶつかり、火花を散らす。
『ニヴィー、本気出してもいいー?』
「いや! 待って! レティシアちゃん待って!」
レティシアはニルヴィスの言葉も聞かず、短剣に火属性の魔力を流す。
すると、短剣を纏う炎の剣は短剣より大きくなり、最終的に短剣の倍になる。
彼女は短剣を構え、一息吐き出すと空中を蹴り、一気にニルヴィスとの距離を詰めた。
ニルヴィスの氷剣と、レティシアの炎が激しくぶつかる音が、訓練場に甲高く響く。
そして、そこを中心に水蒸気の渦と、ぶつかり合った時に生じた風が広がる。
「レティシアちゃん、ボクは待ってって言ったよね?」
『そうだっけ?』
ニルヴィスは必死に静止させようとするが、彼女は首をかしげると、続けて素早く体を回転させ、次の攻撃に出た。
すると、再び剣が激しくぶつかり合う音と、水蒸気の波紋が勢いよく広がる。
騎士団で副団長という座に就いているニルヴィスにとって、彼女の剣はまだまだ軽い。
しかし、それをカバーするポテンシャルが彼女にはある。
まだ完全に剣の扱いに慣れてない彼は、このままでは危険だと判断した。
彼は額の汗を拭うと、彼女が怪我する前か、自分が切りつけられる前に止めなければと思った。
「レティシアちゃん! 頼むから、ボクの話を聞いて!」
『聞いてるってっばっ!』
レティシアはゾクりとする感覚を背中に感じると、口角が自然に上がった。
そして、彼女はニルヴィスに何度も上から、下から、横から、角度を変えて切りかかる。
しかし、ニルヴィスはそれを危なげなく全て受けると、彼女と距離を取った。
「ねぇー! ちゃんと聞いて! それ以上は本気出したらダメだからね! お願いだからね!」
ニルヴィスはレティシアと距離を取ったことにより、彼女が短剣に込める魔力量が上がったのが分かる。
そして、彼女の瞳が淡く光、揺らいだと思った瞬間。
ニルヴィスは彼女が風を纏って、先程よりも速いスピードで向かっていることに気が付く。
彼は覚悟を決めると、彼女の魔力量がさらに上がったことに気が付き、剣を握る手に力が入った。
「そこまで!!」
ロレシオが訓練場に響く声で言うと、時が止まったかのように2人の動きが止まる。
『……』「……」
(まだ体が幼いんだ……これだけで、体が悲鳴を上げて震えている)
レティシアはそう思うと、鼓動が大きく脈を打つ胸を押え、短剣を震えながら握る手を見つめた。
彼女は何度かニルヴィスと手合わせをしている。
しかし、ここまで悔しい思いをしてきた。
魔法が使えれば、もっと動けると思っていただけに、この結果は納得がいかない。
それは、彼女が自分の全盛期を知っているからこそ、感じることだ。
「もぉー! レティシアちゃん! ボクはまだ練習中だって言ってるでしょ!? それとも、ボクごと剣を切るつもりだったの!?」
『ごめん、途中から楽しくなった……』
ニルヴィスはレティシアの言葉を聞いて、一瞬だけ言葉を失くす。
彼は命の危険も考える程、彼女の魔力から敵を倒すという、強い意思を感じたからだ。
それを小さな女の子が楽しんでいた。
普通の感覚では、考えられないことだと彼は思う。
「楽しくなったって……最後、相当魔力を込めてたよね~? だけらボクが言ったよね? 本気出さないでって!」
『ぅう……ごめんなさい』
「もう、そんな顔するなら、ボクの話をちゃんと聞いてよ」
ニルヴィスは困った顔をして、落ち込んでいるレティシアの頭をクシャっとなでた。
彼は彼女が身長や力のことで悩んでいるのを、十分理解している。
そのため、魔力に自信がある彼女が、ある程度は本気を出すのも分かっていた。
しかし、それでも限度があると、彼は思う。
「普段、付与された武器を使わないが、普通に属性を纏わせるより、威力が高いのか?」
ロレシオは2人に近付くと、疑問に感じたことを聞いた。
彼はレティシアと、ニルヴィスの顔を交互に見る。
何気ない質問だが、彼は付与された武器についてそこまで知識がない。
だからこそ、彼は威力が高くなるなら、実戦でも取り入れるべきか悩んだ。
「普通の付与なら、ここまでじゃないよ~。ボクは、元々魔力量が高いけど、身長とか筋力を補うために使ってただけだし。一般的な付与付武器は、ちょっと魔力を通しやすくなってるか、属性を纏う感覚に近いかな? 元々付与がされてる武器を使うのは、魔力量が少ない付与術師とか、潜入作戦で魔力の消耗を押えたい時だけ。だから、戦闘場面において、付与された武器なんて、ほとんど補助に近いんだよ~」
『そうだね。私も魔力量を増やしているけど、それに耐えられる体ができたら、術式は書かないで、剣に属性を纏わせると思うよ? 誰かをサポートするのに、付与は使うかもだけど』
ニルヴィスはレティシアの話を聞いて、眉を顰めた。
そして、彼はダークグリーンの瞳で、レティシアを見つめて聞く。
「ねぇ~? レティシアちゃん、今なんて言った?」
風のように軽やかな声とは違い、ニルヴィスの眼差しも雰囲気も重い。
しかし、ハッとした様子でレティシアが口を押えると、彼の雰囲気はさらに重くなる。
「レティシア様、俺も聞きたいかな?」
「オレも、聞きたいです……」
レティシアは、突然アルノエの声が聞こえると、彼女の心臓は大きく跳ね上がった。
(ノエ! あなたは、どこから湧いてきたのよ!!)
彼女は心の中で思うと、額に汗をかきながら、彼らから視線を逸らしてしまう。
『えっと……なんのことかな?』
「ボクの認識だとさ、魔力量って生まれてから増えることもあるけど “増やす” もんじゃないんだよね~」
『えっと……それについては……』
ニルヴィスは目を逸らしたレティシアの態度に、苛立ちを覚えた。
彼女が明らかに何かを隠しているのは、態度や視線、また瞳孔のわずかな変化で分かる。
「それについては~?」
『ルカが許可を出したら言う!!』
「ルカ様ねぇー。今さ、連絡が取れないの分かってて、レティシアちゃんは言ってるのかな? ねぇ~? レティシアちゃん」
レティシアはニッコリとニルヴィスが微笑みながら、顔を覗き込もうとするのが分かる。
けれど、必死に彼と目を合わせないように顔を背ける。
(この微笑は、絶対に目が笑っていないやつだ! 私は知っているぞ!)
レティシアはそう思うと、固く目を閉じた。
彼女は以前に、ルカから同じような微笑を向けられている。
その時の苦い記憶が脳裏を過ぎり、ぶるっと身震いした。
「夜な夜なレティシア様が何かやってるの、オレたちは知ってる……ルカ様からは、レティシア様が倒れないように見守ればいいって言われてるけど、それと何か関係ある?」
アルノエは、できるだけ感情を表に出さないように尋ねた。
本当はレティシアに、なんでも話してもらいたいと彼は思っている。
しかし、それは一方的な気持ちだということも、彼は理解しているのだ。
『!! ルカがそう言ったなら、言う必要はないと思うけど……』
レティシアは、彼らが気付いていることに驚いた。
そして、ルカの名前が出たことに驚きつつも、説明する必要性を考える。
話せば、確実に怒られるかもしれない。
もしかしたら、ルカと同じように彼らは止めるかもしれない。
それを考えれば、言わないという選択肢もチラつく。
彼女は3人の顔を見ると、頭を掻いて諦めたように話し出す。
『……しょうがないか……実のところ魔力量って “増やせる” のよ』
レティシアは、3人の目が期待で輝いたのが分かった。
しかし、事実を伝えなければ、彼らならやりかねないと思い真実を伝える。
『でもね、残念だけど、3人をずっと見てきたけど、3人が魔力量を増やすことはできないわ。3人は他の人より敏感に魔力量を感じることはできても、魔力量を視るとはできないから。魔力量を視ることができないなら、魔力量を増やそうとして死ぬよ?』
レティシアが冷たく言うと、その場には沈黙が流れる。
アルノエは真剣な眼差しのレティシアを、静かに見つめていた。
彼女の言葉を何度も頭の中で繰り返す。
そして、魔力量を増やす方法が、1つだけあることを思い出す。
しかし、それは普通の感覚ではやらないことだ。
そのため、彼はレティシアの顔を見ることができず、少しだけ視線を下げた。
それと同時にルカの言葉も思い出し、胸が締め付けられる。
「……それで……レティシア様は、夜な夜な死ぬかもしれないギリギリを、1人で過ごしていたんですか? オレたちに見つからないように、毎晩コソコソとやって……。今さらですが……なぜルカ様が、夜は魔力探知に神経を注げって言っていたのかが分かりました」
レティシアは、苦しそうに話すアルノエの方を見た。
彼は今にも泣き出しそうな表情して、拳を握っている。
丁寧な言葉を使っていたことから、彼ができるだけ感情を出さず、話していたことも雰囲気から感じ取れる。
ロレシオとニルヴィスも、下を向いて表情が読めない。
しかし、重苦しい空気から、彼女は俯き肩を落とした。
『……ごめん』
「いいですよ。オレたち3人じゃ、レティシア様が倒れたことしか分かりませんので……オレたち……そんなに頼りなかったですか? そんなにオレたちのこと、信用できませんでしたか?」
『違うよ』
「違ってません!!」
アルノエは手で空気を力強く振り払うと、レティシアの言葉に被せるように大きな声を出した。
彼女の肩がわずかに上がったのが分かったが、彼はそれでも沸き立つ感情が抑えられない。
そして胸元の服を掴むと、苦しい胸の内を吐き出すように続きを話す。
目には、視界が歪むくらいの涙で溢れる。
「オレたちに隠れてずっとやってて!! どこが違うというんですか!! たまたま、自分でボロを出したから今話してるだけで、それはオレたちがレティシア様に信用されてなかったってことでしょ!! 少なくても、オレたちのことを少しでも考えてたなら、詳しく話さなくても! オレたちが自由に出入りできない、書庫に隠れて行ったりしてない!!」
レティシアは、涙を流すアルノエをただ静かに見ていた。
彼女は彼らに悪いことをしたと思うと地面に視線を落とす。
しかし、暫くの沈黙が流れると、彼女は首をかしげた。
『……信用していない訳じゃないし、そもそも……3人とも、私が居なくても書庫に入れるよ?』
3人はレティシアの言葉を聞くと、キョトンとした表情で彼女の方を見る。
『あれ? えっと……伝えた気でいたんだけど……その様子じゃ……言っていないね……。3人とも書庫に入れるようになっているんだよ……1人で入ったことがないの?』
「ないです……いつも一緒なのでっ……」
鼻をすすりながらアルノエが言うと、レティシアは胸が少しだけ傷んだ。
彼らに大切なことを、しっかりと伝えてなかったこと。
そのことで彼らを不安にさせ、傷付けたのだと彼女は思った。
『……ノエ、ごめんね。ニヴィもレオもごめんね……。きっと一瞬でも、書庫に入れないのに、中で倒れて死んでいる私を想像したんでしょ? でも大丈夫だよ。そんな失敗したりしないし、そもそも、普通に3人とも書庫に入れるから』
レティシアは優しく言うと、浮遊魔法を使い、小さな腕でアルノエを抱きしめた。
「……はいっ」
アルノエは返事すると、レティシアを抱きしめ返した。
彼女を抱きしめる腕に力が入ると、アルノエの頬を涙が滑り落ちていく。
彼は小さな彼女を、大切な妹のように思っている。
そのため、彼女が1人で寂しく冷たくなっているのを考えるだけで、胸が張り裂けそうだった。
「レティシア様は、俺のことも愛称で呼んでくれるんですねっ……アルノエもニルヴィスも呼んでくれないのにっ……」
ニルヴィスは袖で涙を拭くロレシオを見ながら、彼の肩をポンと叩いて言う。
「ロレシオ、何泣いてんの~? さすがに団長を愛称で呼べないよ~だからそれは諦めて~。ノエもさ、レティシアちゃんは苦しいと思うよ~?」
アルノエはニルヴィスに言われて、レティシアを抱きしめていた腕の力が緩む。
指摘されるまで、彼はレティシアを強く抱きしめていると思っていなかった。
そのため、彼は苦笑いを浮かべた彼女を見て、不安気な視線を向ける。
「……ごめん」
『いいよ。……3人とも……心配掛けて、本当にごめんね?』
ニルヴィスは眉を下げて話すレティシアを見つめる。
そして彼はロレシオを引っ張って引き寄せると、腕を広げて3人を抱きしめた。
彼は目を潤ませ、明るく言う。
「ボクたちのお姫様は、やっぱり変わってるね」
「「ああ」」
2人が相槌をうつと、涙が混じる笑いが4人から溢れた。




