第4話 この世界について
生まれてから半年が過ぎる頃には、レティシアは自分のことや、家族について知ることができた。
彼女はスノードロップに似た、ホワイトドロップと言われるこの世界の花を紋章に持つ。
フリューネ領の領主であるエディット・マリー・フリューネ侯爵の第一子として生まれた。
少しでも家族のことを知ろうとした彼女は、母親であるエディットと過ごそうと奮闘する。
けれど、領主の仕事があるエディットは、午後のお茶のわずかな時間や、食事の時間以外は書斎で仕事をしている。
転生者なので、忙しいと言われてしまえば、無理に付きまとうことはできない。
また、レティシアは父親のことを、食事の時間にエディットに聞くことがあった。
なぜなら、彼女が生まれて半年が経っても、父親に会ったことがなかったからだ。
しかし、エディットはその話を振られると、いやそうな顔をした。
そして、話を逸らしては、父親のことをレティシアに話さない。
レティシアは肖像画が置かれた部屋で、父親の肖像画を探すように見渡す。
だけど、どこにも父親の肖像画を見つけることはできない。
彼女はエディットの様子を思い返し、肖像画がなかった理由を考える。
その結果、両親はすでに離婚している。
もしくは、父親はすでに亡くなって、父親はいないのだと考えた。
しかし、実は違うのだとジョルジュの話から知ると、そのことにとても驚いてしまう。
エディットが離婚することもなく、父親の帰りを待っている。
それなら、父親は相当な働き者か、離婚ができない理由があるのだと結論に至る。
さらにジョルジュにレティシアが詳しく聞くと、彼は困ったような顔をする。
ジョルジュはいずれ分かることだと思って諦めると、知っている範囲で包み隠さずレティシアに話す。
「レティシア様のお父様のお名前は、ダニエル・フリューネ様です。ダニエル様はエディット様と結婚されましたが、エディット様がお身ごもりになった後、帝都で他の方とお暮らしになり、レティシア様と同じ年のお子様もお持ちです。フリューネ家は、ダニエル様のご実家であるガルシア子爵にも抗議しましたが、すでに婿に出された以上、それは我々の問題ではないと一蹴されてしまいました。――レティシア様。エディット様はご自身の言葉で、レティシア様が傷つかれるのではないかと考えられると、この事実をレティシア様にお話しになりたくなかったのだと思います。私がお話したことは、レティシア様の心に留めていただけると嬉しいです」
レティシアは、悲しげに話すジョルジュに対して複雑な気持ちになった。
きっと彼も言いにくかったのだろうと思ったからだ。
そして、彼女は最初の人生で父親だった人の姿が脳裏に浮かぶ。
(この人生でも私の父親ってクズって言われる側の人だったのね……今世も、家族に普通の家庭を期待するのは諦めよう……。父親に愛を求めて、少しでも期待したら不幸になる気がする。お母様がなんで離婚しないのか、それは分からない。法律や結婚した時の事情があるのかもしれないし、このことに関して私が口を挟むべきことじゃないわね)
レティシアはそう思うと、冷めた気持ちになる。
最初の人生で、レティシアは母親に離婚を進めたこともあった。
しかし、母親が彼女の話を聞くどころか、父親の不倫は彼女のせいだと責め立てた。
エディットはあの母親だった人と違うのかもしれないが、それを確信することができない。
そのため、レティシアはエディットとダニエルのことについて口を挟まないことに決めた。
だけど、レティシアは今世でも彼女が思い描いた家族ではないと知ると、彼女の顔には微かな悲しみが浮かんだ。
彼女自身が夢を膨らませ、家族に期待して、その後につらい思いをするのは自分だと。
幾度となく繰り返す転生でレティシアは身に染みて知っている。
それでも、彼女は常に “どうせ転生したのなら、せめて1度くらい両親に恵まれて生まれたい” と思っていた。
だからこそ、その期待が裏切られ時の落胆があるのだろう。
(お母様が離婚できないなら、別に帰ってこなくてもいいから、厄介事だけはお願いだから持ち込んでこないでほしい……。後でこの帝国の法律も少しだけ調べておいても、良いかもしれないわね)
レティシアは悲し気に足元を見ながら思った。
彼女は降りかかるかもしれない火の粉をどうにか回避できないか考える。
しかし、そもそもの原因である火種はエディットの決断に委ねられている。
(転生したからって特別大きな夢なんてないのに、なんで家族に恵まれないのかな? ただただ幸せになりたいだけなんだけどなぁ……)
この人生も出だしから苦戦が予想され、レティシアはため息をついた。
書庫で本を読んでいたレティシアは、精霊のほかにも過去に転生したことのある世界と同じように、魔獣が存在することを知った。
魔獣のような生き物がいるなら、魔物もいるのだと思い調べると、彼女が暮らす大陸にも存在していることが分かる。
そのため、フリューネ家に騎士団が存在しているのだと納得した。
その時、たまたま世界地図を見つけたレティシアは、悲しそうにフッと鼻で笑ってしまう。
やはりと言うべきなのか、過去の転生で1度も訪れたことがない世界だったからだ。
この世界には大きくわけて5つの大陸が存在する。
・イシアス大陸 ・エヴルムスペ大陸 ・フェルシア大陸 ・リスライベ大陸
そしてレティシアが生まれたベルグガルズ大陸があり、この大陸には4つの王国と教国と、彼女の住むヴァルトアール帝国がある。
大陸の約3分の1を占める広大な領土を治めるヴァルトアール帝国は、ベルグガルズ大陸西部に位置し、東部には3つの王国が隣接している。
レティシアは、地図をもってエディットの所に行くと、ジョルジュとエディットが彼女に丁寧に説明をした。
その時に、この世界で人は人族と呼ばれていることや、人族以外の種族がいるのだと彼女は教わる。
母親であるエディットが教えていたことから、レティシアは嬉しそうに話を聞く。
エディットは楽しそうなレティシアを見ると、嬉しくなった。
そして、学校の先生でもなったような気分になり、眼鏡をかけると縁をクイッと上げる。
「レティ、いいですか? 人族以外の存在もこの世界にはいるけど、このヴァルトアール帝国の8割が人族で、他種族が少ないの。その理由は、帝国が “愛された大地” と称され、他の国よりもマナが豊富であることが関係しているのよ。
今では見える人族が少なくなったけど、精霊が集まる場所はマナが多いわ。それにね、帝国の大地は他国の大地よりマナの量が多いから、それに伴って影響を受けやすい体質の人族が多く生まれるの。
それで、帝国民の人族には長寿が多くてだいたい200年は生きるのよ。でーも、誤解してほしくなんだけど、その恩恵は全ての人族に与えられるわけではないの。
例えばだけどね、他国から帝国に移住した人族は、子どもの頃から帝国で生活しても、大地の恩恵を受けるには約150年の時間が必要になると言われているの。だから、その恩恵は子孫に徐々に授けられるわ。でもね、中にはその恩恵を早く受ける方法を探しているという噂があるのよね」
この時、レティシアは咄嗟に、まだ20代にしか見えないエディットとリタの顔を交互に見ると、2人から叱られた。
「レティシア様、申し上げるのが遅くなりましたが、女性に年齢を訪ねたり、このように年齢の話になったからと言って、すぐに女性の顔を見てはいけませんよ」
白髪を後ろに撫で付けた赤目の老人が、レティシアの耳元でコソコソと言ってからニッコリと微笑む。
フリューネ家で家令として働いているジョルジュ・オプスブルも、若い頃にやらかしたのだと察して、レティシアは乾いた笑いを浮かべる。
しかし、レティシアが考えなければならないことは他にもある。
それは、12度目の人生でBOSSから感じた気配。
それから、彼女が転生を繰り返す理由。
レティシアは生まれて半年が経っても、毎晩のように12度目の人生の最後を夢で見ていた。
転生を繰り返し初めてから、こういった経験をしたことがない。
彼女は考えるように顎を軽く指で触る。
他の人生でもあの不思議な気配を、感じたことがなかったのか記憶を辿った。
その結果、レティシアは頭を抱えることとなる。
なぜなら、過去12回の転生でレティシアの死因が10度目と12度目の転生以外は、全て人の手によって命を奪われてきたからである。
そして、どの人生でも多少の変化はあったものの、あのBOSSと似たような気配がいたことに気が付く。
しかし、9度目の人生でメイドとして働いていた彼女は、自分の意思で主人を護って死んだ。
そのことから、全てがあの気配が企てたと考えたくない。
無意識にその可能性を否定したい気持ちが膨らむ。
もしも、過去の死因にあの気配が少しでも関与しているとすれば、このまま何もしないでいても、あの気配が行動をおこさないとも、言い切ることができない。
そもそも、同じ世界に追ってきたのか、それとも偶然だったのか、先にいたのかも分からない。
さらに、レティシアを狙っているのかも不明で、もし狙っているならその理由も目的も分からず途方に暮れる。
どんなに考えても結論が出せなかったレティシアは、考えた末。
少しでも可能性があるならば、ただ無防備に殺られるのではなく、できることをして足掻こうと決めた。
◇◇◇
レティシアの1歳の誕生日を控えた神暦1489年2月上旬。
なんの前触れもなく、レティシアの世話をしながらいつも無表情なリタが少しだけ嬉しそうに、エディットとの関係性をレティシアに話し出す。
「レティシアお嬢様、知っていますか? 私はエディット様が幼い頃から専属侍女として近くにいました。なので、感覚的にはエディット様と一緒に育ったようなものなんです。ですから、後数年もしたらレティシアお嬢様にも、エディット様と私の時のように年齢が近い専属侍女が付くことになるんです」
(へぇ、お母様と仲がいいと思ったけど、幼い頃から一緒なら納得ね。だけど私にも歳が近い侍女が付くなら、もうすでに数名の候補は決まっているのかもしれないわね)
そう思いつつ、レティシアはどこか他人事のようにリタの話を聞いていた。
そして、小腹を満たすために用意してもらった小さく切られているフルーツを、丁寧にフォークを使って口へと運ぶ。
「もし、レティシアお嬢様についた侍女に何も問題がなければ、その子が将来は私のようにレティシアお嬢様にお子様ができた際は、その侍女がお子様の乳母もやることになるんです。さすがに、このことは博識なレティシアお嬢様でも、知らなかったのではないでしょうか?」
先程まで、ニコニコと表情を作ってリタの話を聞いていたレティシアの顔が凍りつく。
手に持っていたフォークを落としそうになって、彼女は慌ててフォークを落とさないように握った。
(まって!? それじゃ、私の世話もしつつ、子どもの世話もするの!? フリューネ家って、案外ブラック企業並に働かせてるんじゃないの? 大丈夫なの?)
少しだけ嬉しそうに淡々とした態度で話すリタに、この家の娘としてなんと答えればいいのか、レティシアには分からない。
とりあえず愛想笑いをしようとして、笑顔が引きつってなんとも曖昧な表情になった。
その様子を見ていたリタは、満足げに一瞬だけ微笑んだ。
彼女は、いつも子どもらしくないレティシアのことを、心配している。
そのため、レティシアのどこか困惑した様子が、子どもらしいと感じて嬉しいと思った。
レティシアは、リタが微笑んだのを見て、からかわれたのだと分かり、呆れながらもフルーツを頬張る。
けれど、いつも無表情なリタの意外な一面が見られたことに、彼女は嬉しさで微笑みが零れた。