第5話 鍛錬と大地と精霊
生後半年が過ぎた頃から、レティシアは魔法の鍛錬を始めた。
9度目の転生で魔法が使えた時、元々魔法に対する強い憧れを持っていた彼女は、その頃から魔法に魅せられ、心を強く奪われた。
今世では過去に感じた謎の気配も理由にあるが、魔法が使えると分かると、強欲に魔法に関する知識をレティシアは増やしている。
この日も、レティシアに関わる人が寝静まった頃、彼女の瞼は静かに開いた。
彼女は自身の気配を消し、周りに人の気配がないこと、そして魔力を感じないことを確認する。
大丈夫だと分かると、体を起こしてベッドに座る体勢になった。
暗闇になれた目で周囲を見渡してから、月明かりが差し込む窓を軽く見つめると拳を握る。
そして、器用に浮遊魔法を使い、ドレッサーに置かれている宝石箱から、プレゼントとしてもらった大きめの宝石を何個か取り出し手元に運ぶ。
宝石を確かめるように見ながら、レティシアは結界を張り始めた。
周囲の空気が揺らめき、透明な膜が彼女を包み込む。
結界の内側では、一見すると外となんら変わらないように見えるが、魔力が視える人ならば魔力の流れが感じられる。
この結界は防御壁や通常の防御結界とは違い、結界外からの攻撃は防げない。
そのため、防御壁と同じ用途で使おうとしても全く使えない。
それなのに、結界の内側から外へは、魔力遮断も組み合わされているので、外に魔力や魔法による攻撃が漏れ出ることは一切ない。
この結界は、レティシアが9度目の転生で考案したオリジナルの魔力遮断結界である。
本来は魔力暴走の被害を抑えるために、作り上げられた魔法だった。
けれど、他の使い道もある魔力遮断結界を、レティシアはとても気に入っている。
レティシアは、自身を囲むよう張った結界に問題がないことを確かめ、空間消音魔法と透明化魔法を使い、陰影魔法で暗闇の中に姿を隠した。
それから宝石を1つだけ握って、他はベッドの上に置く。
ふぅーっと息を吐き出しながら気持ちを落ち着かせたレティシアは、彼女の中にある魔力に意識を向けた。
そして、宝石が割れないように魔力をコントロールしながら、宝石の中に魔力を注いでいく。
宝石に使われるダイヤやサファイアなど、数多くの鉱石の中には自分に合った鉱石がある。
その鉱石には、自分に合わない鉱石より多くの魔力を溜められる。
けれど、これは決して簡単なことではない。
鉱石に注ぐ魔力量が鉱石より多ければ、鉱石は割れて使い物にならなくなる。
逆に少なければ鉱石に魔力が入っていかないため、魔力コントロールが重要になってくる。
たまたま初めてプレゼントとしてもらった宝石が、過去のレティシアと相性が良かったようだ。
そのため、過去の世界線でやっていたことを、レティシアは今世でもできるか何気なく試したらできたのである。
魔力が軽く反発し合う感覚を感じて、レティシアは宝石を変える。
この後に使う魔力分だけが残るまで、この作業を彼女はひたすら続けていく。
そうすれば、筋肉を付けるように、魔力コントロールの精度を上げられる。
それでも、今維持している魔法と、この後に使う魔法に使われる魔力量の計算を間違えてた場合。
魔力が枯渇し、最悪の場合は死ぬかもしれない。
しかし、枯渇するかしないかのギリギリの状態を維持することで、魔力を蓄える湖が強化されていく。
そのため、見極めの判断を間違わないように、体内の魔力量も常に把握しながら進めるしかない。
魔力量が増え、さらに魔力コントロールも鍛えられ、おまけに魔力を視る眼まで養える。
そのため “やらない” という選択肢は、レティシアにはなかった。
(……そろそろかな)
体内の魔力量が残す予定の量になったのを視て感じたレティシアは、魔力を注ぎ込むことを辞める。
そして、手元の宝石を持ち上げると、魔力を観ることができる彼女の瞳には、幻想的な世界が映し出される。
宝石の中で魔力がきらめく様子が、まるで星空の一部を閉じ込めたように見える。
彼女は軽く微笑むと、心身共に疲労を感じて天井の方を向いて息を吐き出した。
とはいえ、レティシアはまだ処理すべきことが残っているので、これが最後ではない。
よし! っとレティシアは気合いを入れ直し、先程まで魔力を溜めた宝石たちを複製魔法で複製し、作ったダミーを宝石箱へと仕舞う。
ダミーは一見パッと見ただけでは偽物と見分けられない。
身に付ける時は、隙を見て本物と交換するればいいとレティシアは考えている。
それだけ、見破られないという自信が彼女にはある。
次に先程魔力を込めた宝石に付与を刻印する。
別に盗られたり売られたからといって、レティシア以外の人が中に込められている魔力を、使えるわけではない。
そのため、彼女自身あまり心配していない。
けれど、念には念をだ。
刻印を済ませるとレティシアは空間魔法を使い、異世界でおなじみのアイテムボックスを取り出すと、そこに魔法付与を終えた宝石たちを入れていく。
レティシアは空間魔法が使えるなら、この世界でもアイテムボックスが使えるのでは? っと思い付きで、過去に使っていた物と同じものを作って試してみたら使えた。
その時に淡い期待を持ちつつも、3つ前の前世で使っていた空間につながっていないか、中にアイテムが入っていないか確認した。
だけど、つながってもなく、もちろん空っぽだった。
(そもそも世界線が違うし、同一人物じゃないからあっちのは使えないのかもなぁ。あぁ……そう言えば、お金もあの中に置いてたんだよなぁ……はぁ)
こうなると知っていたのなら、レティシアは弟子たちにレア素材や魔道具を渡しとけば良かったと後悔した。
ついでにアイテムボックスを金庫の代わりにしてたのを思い出し、彼女は余計にガックリと肩を落とした。
アイテムボックスを閉じて初めにかけていた魔法を解くと、クラっと目眩を感じたレティシアは、そのままベッドに倒れ込んだ。
体が重たい貧血のような症状が彼女を襲うが、これは限界ギリギリまで体内の魔力を使い切った証拠でもある。
そのため、魔力量を増やしたいのであれば、自然にある程度の魔力が回復するまで耐えるしかない。
レティシアの場合、彼女が危険だと判断したら、今も彼女が身に着けているペンダントに込められた魔力を使えばいい。
使われてる鉱石は、そんなに魔力を溜め込めるものではない。
けれど、空間魔法からアイテムボックスが取れるだけの魔力が込められている。
そのため、何も問題はない。
(今日も疲れた……。でも、魔力量も魔力の質も上がっているのが分かる……やっていることは間違っていない)
彼女はそう思うと、次第に疲労から睡魔が襲い、彼女は静かな寝息をたてて深い眠りに落ちた……。
◇◇◇
翌朝、目が覚めたレティシアは体内の魔力の状態を確認した。
寝る前にギリギリまで使った魔力が、自然回復していることにホッと胸をなで下ろす。
欠かさず毎日やっていることではあるが、過去の転生で自然に魔力が回復しない病気にかかった人をレティシアは見たことがある。
そのため、できるだけ自分の体調と魔力の管理は怠りたくない。
暫くすると、いつもと同じ時間にドアをノックする音が聞こえ、レティシアはゆっくりとその方向を向く。
ダークブラウンの髪を三つ編みにしたメイドのアンナが、部屋に入ってすぐに言う。
「失礼します。レティシアお嬢様、おはようございます」
彼女のブラウンの瞳を見ながらレティシアはニッコリと笑いかる。
「アンナ、おはよ」
レティシアがあいさつを返すと、そばかすのあるアンナ、ひまわりが似合うような笑顔を見せた。
アンナは晴れた空をレティシアに見せようと、カーテンを開けながら本日の予定を伝える。
「本日は天気がいいので、午後にエディット様がテラスでお茶をするそうですよ。レティシアお嬢様も、いつものようにお庭で遊びたいと思うので、昼食を済ませたら本日もテラスに行きましょうね」
まだ16歳のアンナは、この屋敷で働くメイドであり、エディットが数年前に帝都の貧民街から連れてきた。
アンナがレティシアの担当に任された初日、彼女はエディットへの深い感謝と愛情を熱く語った。
エディットの素晴らしさ、どれだけ助けられたか、そしてエディットをどれほど尊敬しているかを、アンナはレティシアの手を握りしめながら、一心に語り続けた。
レティシアは驚きつつも、アンナから聞けるエディットの話が新鮮で、彼女の話に耳を傾け、気が付くとお昼になっていた。
(お母様は自分が思っているよりも、人を魅了して引きつける人なのかもしれない……)
レティシアはそう思ったが、実際のところエディットは人心収攬の術を心得ているのかもしれない。
なぜなら、この屋敷で働く使用人の多くは「エディット様、大好き!」という人が多い。
領主であるエディットは領民からも慕われ、頻繁に感謝や彼女の健康を気遣った手紙が屋敷に届く。
そのため、領民や屋敷で働く使用人たちは、エディットの娘であるレティシアのことも大切にしてくれている。
それは、レティシアにとっても悪いことではない。
以降、レティシアはアンナにこうして世話や相手してもらっている。
けれど、アンナはレティシアの着替えと朝食を終えると他の仕事も任されているため、昼食前まで戻ってくることはない。
そのため、レティシアは1人でこの部屋に残されることとなる。
本来なら、リタがレティシアを世話するはずだった。
しかし、レティシアに専属侍女が付くまでの間「わたしが、やりたい!」とアンナがその役目を買って出たそうだ。
なので、今ではリタの代わりにアンナが来るようになっている。
お昼を食べ終えておなかが落ち着いた頃、レティシアはアンナに連れられテラスに出る。
すでににテラスではエディットがお茶をしているところだった。
「あらレティ、いらっしゃい。今日も元気そうでよかったわ。今日もお庭で遊ぶのね」
嬉しそうに頬を緩ませながら言うエディットに対して、レティシアは満面の笑みを向け舌っ足らずでも、しっかり発音できる言葉を選んで返事する。
「おかあさまも、げんき! にわ、あそぶ!」
「ふふふ。――後でリタが迎えに行くわレティ、それまで自由に遊んでちょうだい」
アンナは庭の芝生にレティシアをゆっくり下ろすと、彼女はレティシアに一礼し来た道を引き返す。
「エディット様、レティシアお嬢様、失礼いたします」
アンナは再度お辞儀をし、彼女の仕事場へと向かう。
アンナが任されてるのはここまでの時間だ。
この後はリタがエディットの世話をしつつ、その合間にレティシアが寝るまで世話する。
レティシアは地面に座ると目を瞑りながら、地面を触り大地に意識を向けた。
こらから彼女は、大地と対話する。
彼女は大地に自分の感情と一緒にわずかな魔力を流すと、大地からマナが返ってくる。
そうしているうちに、ふわふわと幼い精霊たちが飛んで集まってくる気配がした。
ゆっくり目を開けた彼女は、ふわふわと飛び回る妖精たちにテレパシーであいさつをすると、彼らは嬉しそうにあいさつを返してくれる。
レティシアは彼らにあいさつが終わると、また目を瞑り大地にも意識を向ける。
より多くの魔法を使うために、ゆくゆく精霊と契約を結ぶつもりのレティシアにとって、大地との対話は精霊の力を扱いやすくするために必要なことだ。
だからといって、精霊たちを蔑ろにしているわけではない。
目を瞑っていても彼らの存在をレティシアが認識できるのを、彼らも認識している。
そのため、精霊たちからレティシアが反感を買うことはない。
彼らのような幼い低級精霊は、見える人が少ない。
そのうえ、精霊が人前に姿を表すのも珍しい。
彼らは嘘を述べないし、友好的ならいろいろと教えてくれる。
ここにいる精霊は、プラスのことを言うことの方が多いが、それは彼らの性格のせいだろう。
知りたいことを聞いてみると、大抵のことは答えてくれる。
この時間がとても心地よく、過去でもレティシアが好きだった時間だ。
『今日ね! 庭園のお花が咲いたんだよ!』
『アトでレティシアにも、ミせてあげたい!』
『みせたい!』
『あとで、れてぃしあにもみせるー』
『レティシア、すきー!』
嬉しそうに次から次へと、この土地の出来事を聞いてもいないのに報告してくれる。
それがまたレティシアにはかわいく思えて楽しい。
そして楽しい時間は、過ぎるのも早い。
リタが近づいてくる気配を背中にレティシアが感じると、その光景を見ていた精霊たちが騒ぎ始める。
『ひときた!』『きた! きた!』
『もう時間かぁ〜! レティシア! またお話しようね!』
『しよー! しよー!』
『また、おハナシしよー』
残念そうに言いながら精霊たちが帰っていく。
大地からも『またね、レティシア』と彼女は、言われた気がした。
「あらあら。レティシアお嬢様、また座ったままで寝てしまったんですね……ふふふ」
そう言いながら、リタが笑ってレティシアを抱き抱えて運んでくれる。
もちろんレティシアは寝たわけではないが、何をしていたのか聞かれて返答に困りたくない。
そのため、毎回彼女は寝たフリでやり過ごしている。
そうしていると、リタの抱き抱えてる腕も、落ち着いた足取りも、ふわふわとして心地よい。
暫くすると、リタの腕の中では、スヤスヤと寝息を立てながら眠るレティシアの姿があった。




