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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
9章

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第238話 静かな駆け引きの先で……


 レティシアはルカから視線を逸らすと、ブローチを見つめながらため息をついた。

 オプスブル家の中に鼠がいる以上、ルカが怒りを覚えるのも当然なのかもしれない。

 けれど、アルフォルティアでの出来事も考えれば、今動くのは得策とは言えない。


(誰が誰と繋がっているのか、関係性も含めて見極める必要があるわ……何より、関係性が変われば、だいぶ状況が変わってくる。だけど……ルカの様子を考えれば、既に鼠が誰なのか見当がついていそうね)


 彼女は暫く考えていたが、こめかみを押さえながら肩の力を抜いた。

 2枚のカード……帝国に残る未来と独立の未来。

 フリューネ家が帝国に残る選択をするには、アルフレッドが自力で皇帝の座を掴むしかない。

 しかし、それでも数ある条件のひとつに過ぎない。

 もしフリューネ家が帝国から離れた場合、恩恵が消える可能性もある。

 けれど、誰かを犠牲にして成立する恩恵など、いつか必ず終わりは訪れるものだ。

 それが今か先の未来か……それだけの差でしかない。


(そもそも、帝国の大地にある恩恵は、長年この世界で生きているステラさえ知らない。それなら、フリューネ家が帝国を離れたからって、恩恵が消えるとも言い切れない。それに……調べたけど、書物よりも言い伝えで残されてきた感じなのよね)


 そこまで考えると、レティシアはカップに手を伸ばし、一度カップの中に視線を落とした。

 そして、紅茶を飲みながら、腕を組むルカに気付かれないよう、一瞬だけ視線を向ける。


(今のルカなら、もしかしたら何かしら知っているかもしれないけど……聞いたところで、彼が話すような気もしないのよね……)


 完全に冷え切った紅茶は、まるで今の状況そのものだと思いながら、彼女は息を吐いた。

 けれど、一息ついたところで気持ちは軽くならず、逆に思考だけが沈んでいく。


(知りたいことも、追及したいことも多いのに、どこまで行っても足元が冷えていくような感覚が消えない……。お母様のことにしろ、結晶化にしろ、新しい情報が入ってこないのは……ルカの仕業でしょうね。……アルフォルティアのことからせめて、ルカに情報を吐かせるべきかしら……)


 彼女はカップを置くと、執務机の上で手を組み、少しだけ前かがみになって肘をついた。

 そして、一度だけ視線を軽く下げると、ルカに視線を向けながら、両親指の上に軽く顎を乗せる。


「そういえば、アルフォルティアの件はどうなったのかしら? アルフレッドがどのように皇帝陛下に報告したのか、もう情報は掴んでいるのでしょ?」


「アルフレッドの報告は、基本的に俺がお前に渡した報告と似てる」


 ルカの細かな視線運びを見ながら、レティシアは少しだけ思考すると、ロレシオとアルノエに視線を軽く流した。

 けれど、特に2人に変化が見られず、横目でニルヴィスの方をチラッと見てから、再びルカたちの方に視線を向ける。


「そう、それじゃルシェルの方はどうなの?」


「それに関しても、報告書に記載されてたと思うが?」


 ルカは淡々と答えると、レティシアがこちら側の様子を(うかが)っているのだと悟った。

 しかし、この状態で動きを見せれば、彼女が気付く可能性がある。

 何食わぬ顔で彼女から少し顔を背けると、右の肘掛けに頬杖をつき、静かに目を瞑る。


「そうなると、ミネルバのことも報告書どおりってことね……」


 レティシアの声を聞き、ロレシオはほんのわずかに全身から力が抜けた。

 けれど、数秒してから「はぁ……度忘れしてしまったわ」と言った彼女の声が耳に届き、思わず視線が下がってしまう。

 彼女が度忘れするのは珍しい……。

 疲れているのかと心配していると、「――ロレシオ」と名を呼ばれた瞬間、鼓動が大きく跳ねたかと思えば、一瞬で緊張が走る。

 ルカの方を一瞥したものの、目を閉じたルカの思考が読めず、背筋に嫌な汗が流れる。


「悪いのだけど……私の手元にあった報告書はレイが持っているの。ミネルバのところに何が書かれているのか、報告してくれるかしら?」


 平然を装いながらも、ロレシオは「はい」と返答すると、テーブルにある報告書に目を移した。

 それから、ほんのわずかに息を吐き出し、「――レイ様、少し報告書よろしいでしょうか?」と言いながら手を伸ばす。

 しかし、「あら?」とレティシアの声が聞こえると、瞬時に手が止まる。


「ここに来る前、報告書をルカから渡されたのでしょ? それを答えればいいわ」


「……まだしっかり読んでいないため、曖昧な返答になりますが……それでもよろしいでしょうか?」


 ロレシオは手を止めたまま尋ねたが、「ええ、構わないわ」と言われると、手を引っ込めるしかない。

 大きく息を吸い、彼女が何を聞きたいのか思考しながら、短く息をついて気持ちを落ち着かせて話す。


「では……ミネルバに関してですが、レティシア様たちが去った後、彼女が行方不明者のリストを作成したようです。その後、リストを皇帝陛下に渡しています。また、彼女の元には来客が頻繁にあるようです」


「来客が誰なのか把握しているの?」


 レティシアの声はとても穏やかに聞こえ、それが返ってロレシオの不安を煽った。

 最初に読んでいた資料の内容を思い出そうとするも、後からルカに渡された資料がどうしてもちらつく。

 どの情報を彼女が持っているのか分からず、彼女の目を見て話すことができない。


「はい、それについても報告書には、領民と書かれていた気がします。うろ覚えですみません」


「構わないわ。それじゃ、彼らの会話までは分からないわね……後で、彼女が作ったリストを、私も見ることは可能なのかしら?」


 返答しやすい問いが来ると、思わずロレシオは彼女と目を合わせてしまう。

 そして……。


「皇帝陛下の手元にあるため、陛下が許可を出さない限り、厳しいかと思います」


 と答えた瞬間、「そう……」と言った彼女の口元が上がったような気がした。

 それでも、視線を彼女から逸らすこともできず、耳に鼓動の音が聞こえる。


「私たちが帰る前、彼女があった人物については?」


「アルフレッド殿下とアルティア辺境伯にお会いしたかと……。申し訳ございません、そこまで記憶にございません」


 咄嗟に視線が下がりそうになったが、ロレシオは彼女の目を見ながら答えた。

 穏やかな声とは違い、明らかに彼女はこちらの様子を観察している。

 それが分かったところで、彼女が何を見て判断しているのか分からない。

 声色、視線、小さな動き……。

 だけど、それだけで判断しているとは思えない。


「ルカ? さっきから黙っているけど、彼女が誰に会っていたのか調べたのでしょ? その後の行方はどうなっているの?」


「別に黙ってたわけじゃない。お前がロレシオに聞いたんだろ? だから、俺は口を閉じてただけだ。それで? 誰の行動が知りたい?」


 ルカは呆れながら訪ねると、うっすら目を開けてロレシオの様子を(うかが)った。

 凝視しないと分からないレベルで、瞳孔がほんのわずか左右に揺れているのを見る限り、少しの動揺があったのが分かる。

 彼女が観察しているのに気付いたのだとしても、魔力までコントロールしろよ……と内心でロレシオに対しての呆れが勝つ。


「彼女が会った全員よ」


「それなら、もう一度資料を読め。報告書に、全て書いてあるだろ。それに、俺も暇じゃないんだ。エディット様についての情報を、お前がいらないというなら、既にお前も読んだ内容を詳しく話すが?」


 レティシアは目を細めると、ルカを真っすぐに見つめた。

 直感的に、ルカたちが何か隠しているような気がする。

 けれど、彼が今の会話に呆れていることは、言われなくても彼の声色で分かる。

 知りたいことを天秤にかけられたような感覚に、レティシアは深く目を閉じる。

 大きく息を吸い込みたい気持ちを堪え、目を開けてルカを直視すると、できるだけ冷静に「何か分かったの?」と尋ねた。


「ああ、エディット様が亡くなる前、エディット様が帝都に来て男と会ってた話があるだろ?」


「ええ、覚えているわ」


 レティシアは冷淡に答えると、さらに目を細めた。

 ダニエルがその情報を使って、お母様を侮辱した過去がある限り、忘れもしない。

 ルカが話したかった新情報は、それなのかと思っていると、「その人物が分かった」と言われ、思わず「そう」と言いながら深く息をついた。

 その男については、既にレイの協力で見当がついている。

 選択を間違えたと思い、レティシアは目を伏せると、カップに視線を向けてしまう。


「それと、エディット様がダニエルに渡されてた指輪と似た物が、当時の帝都で売られてみたいだ」


 続いて聞こえたルカの言葉に、レティシアは目を見開いた。

 全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、微かに組んでいた手に力が入る。

 それでも、気付かれないように、唾を飲み込んで彼女は話す。


「……つまり、探せば指輪が見つかる可能性があるってことよね?」


 ルカはレティシアの反応を聞き、体を起こして彼女に視線を向けた。

 エディット様のことに関して、そもそも彼女が食い付かない訳がない。

 けれど、彼女には既に気になっている情報があった。

 ならば、情報は出し方だ。

 既に知っているかもしれない情報を先に出せば、知らない情報が出た時、人は興味を惹かれやすくなる。

 そして、「確定ではないけどな」と素っ気なく告げると、彼女の様子を見ながら食いついたと、彼は内心で微笑んだ。


「指輪が見つかれば、お母様がどうして奇病に罹ったのか、調べられるかもしれないわ……」


「本当なら、指輪を見つけてから、この話をすべきだったが……お前の知ってのとおり、裏切り者がいる以上、安易に動けないんだ……悪いな」


「いいえ、あると分かったのなら、こちらでも調べてみるわ」


 レイはレティシアの様子を見ながら、(まんまとルカに乗せられたな……)と思った。

 しかし、彼女の方に視線を向けると、彼女と視線が重なる。

 その瞬間、乗せられていると気付きながらも、彼女がルカの話に乗ったのだと分かった。

 人をやめそうな彼女の綱を、いつもルカは手繰り寄せて彼女を人に戻す。

 2人が互いをどう思っているのかは、正直に言えば分からない。

 けれど、曖昧な関係性でも、少しだけ羨ましくも感じられる。

 カップに手を伸ばし、一口だけ飲んで、カップに残る紅茶を見つめる。

 喉を通り過ぎた紅茶に味はなく、「ああ、頼むよ」とルカの声が聞こえ、小さなため息がこぼれてしまう。


「レティシア様、一ついいですか?」


 アルノエの声が聞こえ、レティシアは「何かしら?」と聞き返した。

 このような場で、彼が自ら発言するのは珍しい。

 そして、真っすぐアルノエに視線を向けると、彼の瞳がわずかに揺れる。


「資料には、光の柱について書かれてましたが、レティシア様はどのように考えているのでしょうか?」


「そうね……それについては、ライアンにも協力してもらってから、あなたたちにも報告するわ」


 ルカはレティシアの返答を聞き、思考を巡らせた。

 魔法関連の知識なら、レティシアの方がライアンよりも詳しいはずだ。

 そもそも、光の柱については、あの時の様子を思い返せば、彼女は何か知っている可能性が高い。

 それなのに、なぜライアンに協力を仰ぐ必要があるのか、疑問が残る。


「分かりました。しかし、行方不明者が出ている以上、早急に対策を練る必要があります。そのため」

「分かっているわよ」


 レティシアはアルノエの言葉を遮り、ぴしゃりと言い切ると、静かに目を閉じた。


(光の柱について、今世で分かっていることは何もない。私が知っているのは、全て彼らが知らない、過去の別世界の知識でしかないわ。もし、この世界に存在しない魔法であれば……、光の柱について語った時点で、どこで知った知識なのか追求される……。それに、もしこの世界に存在しない魔法なら、その魔法の知識を教えた人物も、私と同じ転生者の可能性もあるわ)


 ふと目を開けながら息を吐き出すと、レティシアは一瞬だけブローチに視線を向けた。

 点滅をやめたブローチはとても静かなのに、心の中は酷くざわついている。

 幼い頃はひたすら考えたことが、頭の隅で静かに語りかける。


『本当に、謎の気配と続く転生は、無関係だったのか?』


 彼女はもう一度目を閉じると、深く息を吸い込んで、ゆっくり吐き出していく。

 いつ終わるかも分からない人生。

 生きている間に、何を残し、何をしてやれるのか……

 生きることや守ることに必死だった頃は、考えもしなかったことだ。

 愛を知って弱くはなった。

 けれど、愛を知ったからこそ、何かしら生きた証を残したいとも、考えてしまう……。

 それが悪いことだとレティシアも思わないが、残されるものがどう思うのか考えると、少しだけ胸がチックと痛んだ気がした。


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